南・東シナ海で中国が本当に欲しいもの
2016.08.02 nikkeiBPnet
中国は、南・東シナ海でますます過激な言動を繰り返している。南シナ海の管轄権に関する2016年7月12日の仲裁裁判の判決結果を「紙く
ず」だと一蹴し、全く受け入れようとせず、東シナ海では海や空で激しい脅し合いが行われている。一体なぜ、中国の態度はこれほどまでに強
硬なのか。リーダー、習近平の真意は何か。そして、私たち日本人は、この益々過激になる中国にどう対応すべきか――。
東シナ海「一触即発の空」
2016年6月17日、東シナ海上空、日本と中国の状況は極めて緊迫していた。対領空侵犯措置任務中の航空自衛隊F-15J戦闘機と中国空軍の戦闘機の間で、空中戦の一歩手前までいったというのだ。航空自衛隊側の戦闘機は、最終的に自己防御装置を作動させたとされる。
詳細は明らかではないが、恐らく航空自衛隊の戦闘機は「フレア」と呼ばれる発火性の火工品を機体から射出したと考えられる。これは、熱源探知ミサイルが標的をロックオンできないように妨害する高温の発熱体で、パイロットの判断によって機体後方下部から射出される。万が一ミサイルが発射された場合でも、おとりとして使用する防御のための最終手段だ。
熱源探知ミサイルの射程は、通常20km程度。これだけ離れれば問題無いと感じるかもしれないが、実はそうではない。ミサイルの推進速度は約マッハ2.5。後方から狙い撃ちされると20秒程度で、さらに真正面から狙われると互いの相対速度が加わり約10~15秒で命中する可能性がある。
通常、相手に無用な刺激を与えないよう適度に間合いをとりながら接近するはずが、中国軍の戦闘機がこれまでにない特異な動作(高速で真正面から接近、背後を取る機動等)を仕掛けてきたことから、止むを得ず防御動作をとって安全圏に退避したと考えられる。まさに一瞬の判断だ。
このような臨機の判断により「フレア」を射出する事態になったのは、東西冷戦時代にも無かった。現場は「リアルな戦闘」だと感じ、非常に緊迫したはずだ。
現在の東シナ海上空は、戦闘機のみならず、それを支えるための様々な軍用機や艦船が入り乱れる様相を呈している。渋谷のスクランブル交差点や、“ポケモン探し”で異様に盛り上がる近所の公園を思い浮かべてほしい。今回の中国の“振る舞い”は、そんな場所に凶器を持った人物が現れ、「俺の場所だから出ていけ!」と脅し始めたようなものである。
今、東シナ海上空は、中国がパワーを誇示するための主戦場と化している。
なぜ、中国は南シナ海に固執するのか
一方、南シナ海を巡る中国の言動も、いっそう過激になっている。2016年3月31日、習近平国家主席はオバマ米大統領との会談で、航行の自由を口実に中国の主権を犯すいかなる行動も容認しないと表明した。米国の民間シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)は、あと約15年で南シナ海が「中国の湖」のようになると習近平の意図を表現している。
なぜ、中国は南シナ海に固執するのか――。その理由は、中国の対米軍事戦略に隠されている。
中国は南シナ海の島々を次々と軍事拠点化し、できる限り中国大陸から遠い所で米軍を迎え撃ちたいと考えている。これにより、米軍が中国を直接攻撃できないようにし、自らは核兵器搭載の原子力潜水艦を、南シナ海を通じて太平洋に安全かつ隠密裏に進出させたいのだ。この考え方は、「接近阻止/領域拒否」(A2/AD:エイ・ツー・エイ・ディー:Anti-Access/Area Denial)と呼ばれる戦略だ。
ではなぜ、中国はこの戦略を採用するのか――。これについては、下の図を見ていただきたい。
中国にとっての脅威は、東の太平洋からやって来る米軍だった。中国が今ほどの経済力と軍事力を持ち合わせていなかった東西冷戦の時代では、せいぜい、中国大陸沿岸600~700km程度しか守れず、主に台湾を攻撃するための兵器を準備していた。これでは、遠征が可能な米軍の空母が接近してしまうし、日本や韓国にある米軍の基地を攻撃できないから、米軍による中国本土への空爆を許すことになる。結局、作戦は米側に主導されてしまい、自国の作戦能力に損害を受け易くなるるとともに、輸出入貿易のために不可欠なシーレンも失い、経済的な打撃を免れない。
南シナ海「中国の膨らむお腹」
ところが近年、中国は経済成長に伴って強い軍事力を獲得した。加えて、航空機やミサイル技術が進歩し、より遠くまで飛行可能な爆撃機と長距離を飛翔するミサイルを保有するに至った。これにより、長距離爆撃機から長射程のミサイルを米海軍の艦船に向けて打ち込む手段を手に入れ、より遠い場所で米軍を迎え撃つ能力を身に着けた。さらに、これらのアセットを南シナ海の島々に配備すれば、もっと遠方で米軍を追い払えるようになる。
新兵器を自分で開発する能力も向上してきた。人工衛星を利用して米軍の空母をピンポイントで狙い撃ちする新兵器・対艦弾道ミサイル「DF-21」や、米軍のF-35ステルス攻撃機と見た目がよく似た、”中国製の”ステルス戦闘機「J-20」を開発中だ。
これらが十分に戦力化されれば、南シナ海周辺の海空域は当然のこと、沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ第一列島線以東における接近阻止/領域拒否も可能となる。こうして、アメリカを寄せ付けない、中国の対米軍事戦略が完成する。そうなれば、日本も中国の軍事力に強い影響を受けることになる。
中国の太平洋沿岸の勢力範囲は、まるで太っていく“中年オヤジのお腹”のように見えてくる。経済力という栄養を十分に得た中国は、まるでその腹をどんどんと膨らませているようだ。しかも、最新の科学技術と相まって、自然とこれまでに無い高い膨張率で拡大し続け、今まで履いていたズボンとベルトでは耐えられないほどの影響力を持ってしまった。しかも、今後さらに膨張し続けそうだ。
米国の反撃「柔軟抑止オプション」と戦略の転換
もはや米国も黙ってはいない。南・東シナ海での米軍の作戦を指揮する米太平洋軍司令官ハリス海軍大将は、2016年2月、米国議会において南シナ海のことを「戦争に近い状態(Short of War)」と表現し、この認識の下で様々な対策を打ってきた。
例えば2015年の10月から計3回、イージス艦を南シナ海で航行させ、中国による国際秩序への挑戦に対して牽制したり、東シナ海では中国が突如、防空識別区を設定したわずか2日後、戦略爆撃機B-52を悠然と飛行させ、中国には当該空域の管理能力が無いことを国際社会に示して見せた。また、米空軍の最新鋭のステルス戦闘機F-22を沖縄の嘉手納基地に一時的に展開させ、事実上、中国本土への到達能力を誇示。接近阻止/領域拒否が困難だと脅しをかけた。
これらの軍事的な活動は、戦争に至る前段階において行われる作戦の一種だ。柔軟抑止オプション(FDO=Flexible Deterrent Option)と呼ばれ、米軍の中では戦略・戦術の基準となる「統合ドクトリン」という文書に明記されている。武力衝突によらず問題を早期に解決することを目的とする活動で、軍事的手段のほかに、外交的手段、情報的手段、経済的手段などがある。
そもそも米国は、このような対抗策を念頭に10年ほど前から戦略の転換を行ってきた。米国防省が実施する4年ごとの国防計画の見直し(QDR=Quadrennial Defense Review)において、2006年以降、アジア太平洋地域に海軍力をシフトさせる方針を打ち出し、2014年のQDRにおいても同地域への軍のリバランスを引き続き行う旨を明記している。具体的には、これまで太平洋と大西洋で5:5だった海軍力のバランスを、2020年までに6:4にすることや、オーストラリアへの海兵隊2500人規模の展開などだ。
日本の対中戦略を考えるためのポイント
これまでのところ、米国が予想してきた通り、南・東シナ海での中国の軍事活動は過激になってきている。今後、米国とその同盟国は、中国に対してどのような対応をすべきか。明らかにすべき問題は4つある。
まず、中国は今後も引き続き過激な行動をとるのか。リーダー、習近平の意図のみならず、経済力によって成長した“膨らむお腹”が、今後も今までのように膨らみ続け、軍事的な影響力を拡大し続けるのか。
2つ目は、米国は中国との戦争を望むのか。米中は相互に経済的な依存性がある上、米中双方が核兵器保有国であるため、状況は複雑だ。戦争に踏み切るための政治的なハードルは高くなる。
3つ目は、上記の判断を受け、今後米国は中国に対してどのような戦略を展開するのか。米国は太平洋上の空および海から直接対抗する「統合エアシーバトル」戦略(Joint Air - Sea battle Concept)の検討を進めているが、同時に中国本土を直接攻撃しない「オフショア・コントロール」と呼ばれる、より中庸な戦略も提唱している。米国はどちらの道を選ぶのか。
そして4つ目は、米国の戦略によって同盟国の負担は増えるのか。増えるとすれば、受け入れが許容できるレベルなのか。負担を求められた時、日本は何をどう変えなければならないのか。