中国人の行動原理はこうなっている(その1)
巨大市場を失ったドルガバが中国で踏んだ2つの地雷
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中国人民というのは、恐ろしいのである。ドルチェ&ガッバーナ(以下、D&G)の炎上事件を見ていて、
そのことを再認識した。
話はいきなり大きくなるが、悠久の中国史において、王朝が滅亡するパターンは、概ね3通りしかない。
後継者争いを巡る宮中のお家騒動、強力な異民族の侵入、そして人民の蜂起である。
いまの共産党政権は、「中南海」(最高幹部の職住地)でお家騒動が起こらないよう、10年に一度、
慎重にトップを変えている。例外は習近平主席で、今年(2018年)3月に憲法を改正し、国家主席の任期を
取っ払ってしまった。それに先立って、昨年7月には、有力後継者だった孫政才・前重慶市党委書記を
ひっ捕らえ、後顧の憂いを消している。
また、異民族の侵入に関しては、21世紀の初めに当時の江沢民主席が、「わが国は歴史上初めて、
平穏な世を迎えた」と宣言した。どういうことかと言えば、中国は14カ国と陸の国境を接しているが、
その14カ国中、ただ1カ国たりとも、中国を侵略する意図を持っていないと確信したということだ。
中国人はそんな「幸福感」を、4000年の歴史上、ほとんど味わったことがなかったため、江主席が胸を
張ったのだ。その後、胡錦濤時代の2004年には、約4300㎞に及ぶロシアとの国境を完全に確定させ、
安心感はますます増した。
中国人民の怒りを噴出させないための4つの掟
そんな中で、習近平政権が相変わらず恐れているのが、人民の蜂起なのである。
「水は舟を進ませもし、転覆させもする」(水能戴舟、亦能覆舟)という故事がある。
戦国時代の『荀子・王制篇』が出典で、君子を舟に見立て、人民を水に見立てているのだ。中国においては
古代から現在に至るまで、人民は常に執政者を恐れているが、執政者もまた人民を恐れているのである。
換言すれば、中国という国は、執政者と人民との不断の緊張関係の上に成り立っている。
それでも普段、人民の怒りが噴出しないのは、以下の4つの執政者側の自助努力による。
第一に人民を強く抑え込み、第二に人民に適度のガス抜きを与え、第三に人民の「地雷」を踏まぬよう
気をつけ、そして第四に怒れる人民が一致団結しないようにしているからだ
。執政者側がこの4つの「掟」を1つでも破ったら、たちまち人民が暴発するリスクが高まることになる。
ここから話を本題に戻すが、今回のD&Gは、あろうことか第三と第四の掟を破ってしまったのだ。
これは、中国の俗語で言うところの「完了!」(ワンラ)、すなわち「もうおしまい」というものだ。
今回のD&G事件は、そもそもイタリアの高級ブランドメーカーのD&Gが、最大の顧客となりつつある
中国人富裕層に向けて、さらに販路を拡張しようとして、11月21日の晩に、上海で大々的なファッション
ショーを計画したことから始まる。
折りしも同月5日から10日まで、上海では第1回中国国際輸入博覧会が開催され、初日には習近平主席が
演説して、「今後15年で40兆ドル(約4500兆円)分の製品、商品を輸入する」とブチ上げた。
加えて、これからやって来る「3つの商戦」(クリスマス、新年、春節)を控え、ファッションショーで
景気づけを行うには、まさに絶好のタイミングだった。
D&Gは、ファッションショーの予告のため、4日前の17日から、自社のSNSで、プロモーション動画
『箸で食べよう』を、3つのバージョンでアップした。D&Gとしては、話題を呼ぶよう奇抜な内容に
仕上げたのだろうが、私は3本とも、見て唖然としてしまった。箸を持った中国人の女の子が、四苦八苦
しながらイタリアのピザとパスタとデザートを食べようとしている滑稽な映像なのだ。
世界最大の市場を一瞬にして失ったD&G
同じイタリアの文化人で、作曲家プッチーニのオペラ『トゥーランドット』や、ベルトリッチ監督の
映画『ラスト・エンペラー』などでも、中国人蔑視を、端々に感じることはあったが、これほどひどくは
なかった。何も知らずにこの3つの映像を見たら、これらは反中に凝り固まったイタリアのネトウヨが
作ったものと思うに違いない。
さらに、19日から21日にかけては、ガッバーナ氏が中国に対する差別的発言をSNSで行っていたことが、
次々に暴露された。「中国は無知で汚くて臭いマフィアだ」といった類いの発言だ。
それらによって、中国2大ECサイトの天猫(アリババ)と京東が、D&Gのコーナーを削除した。
また、ファッションショーに参加予定だった女優の李冰冰(リー・ビンビン)や歌手の王俊凱
(ワン・ジュンカイ)などが、次々に不参加を表明。女優の章子怡(チャン・ツィイー)に至っては、
「今後二度とD&Gの商品を使わない」と、訣別宣言した。
D&Gは、当初は「サイトがハッキングされた」などと言い訳をしていたが、23日になって謝罪文を
アップした。だが、すべては後の祭りで、D&Gは一瞬にして、世界最大の市場を失ってしまった。
こうした中国人の激しい反発の背景には、多くの人が指摘している「蔑視への怒り」の他にも、2つの要素が
あると、私は見ている。
1つ目は、昨今の米中貿易戦争から来る人民のストレスである。3月22日にトランプ大統領が
「宣戦布告」し、7月6日に「開戦」した対中貿易戦争は、明らかにボディブローが効き、中国は
ノックアウトはされていないが、かなり足元がふらついてきている。特にダメージを受けているのは、
富裕層ではなくて庶民である。そうした貿易戦争による鬱々とした「人民のストレス」が、富裕層しか
手が出せないD&Gに対して炸裂したのである。つまり、D&Gは「人民のサンドバッグ」というわけだ。
D&Gの商品は中国人にとっての必需品ではないため、いまのところ習近平政権も沈黙を保っている。
「D&G批判」で政権への忠誠を示す芸能人たち
2つ目は、范冰冰(ファン・ビンビン)事件の影響である。中国ナンバー1女優の巨額脱税事件の影響で、
中国の著名芸能人たちは現在、「2つの誓い」を迫られている。
1つは、習近平政権に対する誓いである。范冰冰は10月3日に発表した短い謝罪文で、「国家」という
単語を5回も挙げている。社会主義の中国においては、自由奔放に見える芸能人といえども、習近平政権の
有形無形の「庇護」のもとに生きている。だから芸能人たちにとって、D&Gを非難することは、
中国(習近平政権)に対する「忠誠」を意味するのである。
もう1つの誓いは、中国人民に対するものだ。「芸能人たちは高額所得を脱税しているのではないか」と
白い目を向けられている中、「私は皆さんと同じ愛国者です」ということを示す絶好の機会が到来したので
ある。
思い起こせば、イタリアと中国が交易を開始したのは、シルクロードが整備されたローマ帝国と漢帝国の
時代で、当時の両国は東西の両雄だった。
だが、現在の中国はイタリアの約6.2倍のGDPを誇り、イタリアが唯一誇ってきた外国人観光客数でも、
ついに中国が抜いてしまった。その意味では、D&G炎上事件は、イタリア人の嫉妬心が招いた災いとも
言えるのではないだろうか。