おはようございます。
くまもとよかとこ案内人の会のブログにアクセス頂きありがとうございます。
昨日、千葉城址について書きました。ここ千葉城跡には宮本武蔵が住んでいました。
熊本城を築城した加藤清正公。清正公のあとは嫡男である忠広公が二代目城主となりました。でも、この時に徳川幕府から加藤家は改易され、小倉から細川忠利公が入国します。忠利公が宮本武蔵を暖かく迎え、武蔵は千葉城跡の一角に居宅が与えられました。
千葉城址、現在のNHK(もうすぐ花畑公園横に移転予定)に行くと、大きな石碑があります。
この後ろに武蔵が使ったと伝えられる井戸があります。
現在は柵の向こう側にあり、目立ちません。
これはじめの人だとみつけれないと思います。何しろ、手前に案内板もないので。
ゆかりの井戸跡と伝えられている
武蔵が肥後細川藩の客分として迎えられたのは事実です。
宮本武蔵という人は謎の多い人生です。断片的にしかわかっていません。でも、寛永17年(1645年)に肥後熊本に来て、人生最後の5年間を熊本で過ごしたのは確かです。だから、ゆかりの井戸はもっとわかるようにしてほしいな。海外からも武蔵に想いを寄せ、たくさんの人が訪れるのに、これでは寂しすぎる。
井戸は千葉城の上にありますが、居住跡の碑は西社会保険事務所のところにあります。
なぜこんなところに? と思いますよね。
千葉城跡の一角に武蔵に与えられた居宅はありましたが、正確な、細かい場所が判っていないので、ここらへんだろうということで、ここに碑があるようです。
細川家の史料は膨大に残っています。古文書によると武蔵の待遇は『七人扶持・合力米十八石』と記録されています。そしてすぐに『米三百石』に引き上げられています。こんなに細かく残っているのに、武蔵の住まいがはっきり判らないなんて・・・。これが武蔵なのかな。
くまもとよかとこ案内人の会は、
熊本城を中心に熊本市のよかとこ!(良い所)をご案内しています。
熊本城下『城彩苑』に平日3名、土日祝日4名が待機しています。赤いジャンバー(ポロシャツ)のユニフォームが目印です。
無料で熊本城を1時間位ご案内致します。
お一人様でも、グループ(7~8名)でもご利用いただけます。どうぞご利用下さい。
城彩苑案内所常駐ボランティアガイド
受付時間 9時~15時
熊本市内のご希望場所へのご案内は事前のご予約をお願いいたします。
ガイド料は無料ですが、交通費としてガイド1名に付き2,000円お願いしております。
観光ボランティアガイド 『くまもとよかとこ案内人の会』
http://www.k-yokatoko.com/
熊本市中央区二の丸1番1-3
桜の馬場 城彩苑 総合観光案内所内
電話 096-356-2333
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます