ネガティブと共に生きれなかった

私の『近所の老人の弔問を断ったホームページURLを載せている紹介ブログ』です。後日談や補足的説明なものを綴っていきます。

今回も進展はありません、すみません。

2024-09-18 22:57:56 | 私のHP
こんばんは、ゆみつぐです。

今回もまだ私は何も動き出せてはいません。
もし何かしらの進展を期待して訪れたならこのブログにいらしたならすみません。

それに今回のブログは特にかなり長く、その内容も相手にイライラさせられた内容なので、何かしらの進展を期待されていた方は他の方のブログに移動された方がいいと思います。

ということで始めていきます。

どうしてこうも投稿が遅くなったかと言いますと、
今回の一番目の話(8月20日の午後の話)は、正直気にする話でもない話かなと思いまして、悩んでいましたが、
二番目(9月3日の夜の話)の話の出来事があった時、「もうこの人無理。限界。」となりまして、ならば一番目の話も載せて置こうと考えました。

そうしたら二番目の話がわかりやすくなる、もっと前にあった出来事も載せておこうとなり、書いている内に文章はとんでもなく長く、こんなに時間もかかりました。
正直、2つ目の話から二週間ほど経ったとは思えないほどの時間の経過でした。

そのたいしたことない一番目の話から始めます。

8月20日の午後。
近所のおばさんの家の駐車スペースには旦那の軽ワゴンが入っていて、
家の前には工事関係のような軽ワゴンが停められていました。

軽ワゴンなので、すっきり近所オバサンの前で収まっています。

この人の家の前なので車を停めようが勝手と言っちゃ勝手なのでしょうが、
この家、夕方になると旦那の車がすでに駐車スペースに置いている時は(ほとんどそのパターンが多い)、学校帰りの孫を預かっている近所オバサン宅へ、近くに住む娘が車で迎えがてら3~4時間、自分ちの前に停めるので、
私にとっては、いつも車を家の前に停めている印象で、そんな工事関係のようなイレギュラーな車の駐車も気になります。
気になりますが、仕方ないです。
でも家の前の娘の駐車は正直嫌ですね。

まぁその日も、私もその工事関係っぽい軽ワゴンを避けて、出ていくしかなく車で近くのスーパーへと出掛けました。普段からのいつもことなんですが。

で二、三時間で帰ってきた時もまだ軽ワゴンが泊まって、私が自分ちの駐車スペースに入れていたら、
私の車の音を聴いたらしく急に二階ベランダの窓を開けて、近所おばさんとその小学生二年の孫、そしてもう一人孫の友達らしい小さな男の子もこちらを見ていました。

もう一度見たら、孫だけがそのまま二階ベランダから私の方を見ていました。嫌らしい笑顔でこっちをじっと見ているんです。普段も挨拶もしない孫なので気味悪いです。

私が車を降りた頃にやはり家から出てきて、自分ちの家の前に車があることで話しかけるてくる近所オバサン。
謝罪のわりに笑顔の笑い声を含んだテンションの大きな声で話してきます。

『ビアノの調律しにきてもらっているの』とご機嫌。

この家の前に車を置かれているのは別に慣れているし、私は普通にバックでカーブしながら入れることは出来るので「別にいれらますよ。大丈夫ですよ。」と説明。
すると近所オバサン、『男の子だから入れられる』とか何とか言ってました。

夜は私が車で出掛けている間に、娘がでかい車でやって来て家の前に停めている場合は、
帰って来た私が車を駐車スペースに入れている間も二階のベランダから覗き見していても何も言ってこずの完全無視なのに、娘の来訪以外は正当な駐車とでも思っているのかよくわかりません。

『ピアノの調律』の言葉を聞いた時、

“はい、これでしたか、これが外で言いたくて、周りに聞こえる大きな声で言いたくて、出てきましたか。
近所に聞こえるように、私に気を遣っているアピールですか?
いつもとは違う理由で家の前に車を停めていることを周囲にアピールですか?”
そんな気持ちになりました。もうこの人の『良い人ぶりっこ』は鼻についているので私もこんな気持ちにしかなりません。

この時、孫の友達みたいな顔も覗いていたので、もしかしてその親もいてその手前、良い人ぶりたかったかもしれないとかいろいろ考えてしまいました。

それだけならまだしも、この近所オバサンが私に色々話しかけている間中、ずっとベランダにいた孫がでかい声で汚い言葉を何やら叫び続けているんですよ。
私は完全無視。この子が幼稚園時代の頃にもそんなことがあったので、無視。見上げもしません。もうそれから成長したかと思ったら、まだやっている。
ほんとうるさい。
でも無視。
そしたら、なぜか嬉しそうに近所オバサンが、「『おいこら』やって」、とか「『くそばばあ』やって」とかわざわざ実況してくるんですよ。
この近所オバサンが何しに出て来たかなんかわかっていないように。

こんなことをするのは私にだけのようだし、挨拶もしないのだから(その数日後、またも夕方、この時は自分の家から娘のでかい車で乗って来た時、、私が挨拶したら、母親は挨拶するが、息子は一瞥して無視。その後、母親が「なんで挨拶しないの?」とばかり息子の頭をじわーと触っていて、気持ち悪い家族って正直思いました

嫌な感じですしかないです。
近所オバサンも黙らせるとかもさせないのかと思います。
気持ち悪い家族です。

いつもはこの孫、小さい可愛いらしい声で『ばあば!、ばあば!』なんて呼んでいるのにね。

普段からへんな家族なので別に気にするだけ損だと思ってこのことはブログに書くつもりはなかったのです。

それからの日が経ち、(9月3日の夜の話)。

最初に書いておきますが、近所オバサンについて、
母の件もあり、
また普段は、『背中向け無視』、『私が家から出るとすぐに家に入る無視』、『孫と外にいても二人こちら無視』、そんな状況下で親切心を見せられても無理です。
『そんなことをしておいて親切心なんて感じられるか、このボケは!』はと思う。
それを前提に読み進んでください。

夜7時前くらいの周りが暗くなり始めている中、私が家周りの植物に水を上げている最中、近所オバサンはいつまに自転車で帰ってきて自転車を家に置いて出て来たようでした。

そこで話すのは、先週の土曜のゴミ回収日の早朝に、私の家の前でゴミ袋の中が飛び出て散乱していたとのこと。おばさんいわくカラスが荒らしただろうと言っていました。

(この辺りのゴミ出しはたいていゴミ箱に入れて出すのですが、私はそんなにゴミの量がないので、袋のまま出します。猫荒らし対策に柑橘系のスプレーをして出します。
これで荒らしに一年に一回合うか合わない(5年に二回くらいの記憶)くらいしか被害はあわないのでゴミ箱に入れません。
ゴミ箱の場合、蓋や本体が風で飛んで道の真ん中等に転がっていく可能性もあるので、そっちのほうが迷惑を掛ける場合があります。そういうのをよく見かけるので。)

近所オバサンは旦那に相談し、旦那が「片付けてあげたら」と言われたので掃除してくれたそうです。
これは感謝です。100%感謝です。
(ちなみにその日は私はゴミを出していなかったのを後々思いましたが、その時は特に思い出しもしませんでした)私の家の前でもあり、もちろんしっかりお礼は言いました。

その後がだんだんとこの人の嫌らしい感じが前に出てきまして。

なんと片づけの際、しっかりゴミの中を確認したとのこと。ちらっと見えたとかでなく。
びっくりでした。
私ならどんな気持ち悪い物や汚いものが入っているかもしれないので、薄目で始末するでしょう。得体の知れないもので一日嫌な気分になるものが入っているかもしれないし、目に焼き付いてしまうかもしれないのに。

なんでそこまでするのだろうかと疑問に思いました。
きっとこの人は、『犯人』というか『ゴミの出し主』をはっきりさせたかったのでしょう。
後から思ったのは、そのゴミの中から探し出すべき物はもうこの人の中では決まっていたと思います。
というか、『いつもゴミ袋で出していて』、『私の家の前』ということでほぼ確定されているでしょうし。
(お向かいもゴミ袋で出していますが…)

前にもブログに書きましたが、うちは猫を飼っていて、周辺には猫を飼っている家はありません。なので荒らされたゴミの中に『猫の餌袋』『猫関係の物』や『用を足した後の猫の砂を包んだ広告チラシ』(この話は以前にブログに書きました)があったら私が否定しようが、私のゴミと確定です。

皆さんからしたら、猫の砂に混じっている言っても汚い猫の糞を見ることになるようなリスクを取ることはなるではないか、と思われるでしょう。
でも昔、近所オバサンは猫や犬を飼っていたからわりと平気でしょうし。

何より私が思うのは、私のゴミと確定したいのと同時に、
以前、宅配新聞に入っている自分の家と娘の家で溜まっている広告チラシの提供の申し出を断った(この話も以前ブログに書きました)ので、
新聞もとらずに広告チラシのない状態で、今何を使って猫の砂を包んでいるのか・も自分の目で確かめたかったのでしょう。
自分の気に入らないことがあれば、とことん突き止める人なのです。

またこの人の頭の良さから、『ここまで(こんな汚いものを調べてまで)して裏を取って私は情報を発信している』と近所に示したいのでしょう。(この後でもう少し説明しますが、それを示すように『一色コーデオバサン』のところに行きます。私に話したことは全部話したのでしょう)

やみくもに『捨てるために捨てた』汚いかもしれないゴミを調べる人なんかいません。

で結局見つかったのは、煙草の吸殻だそう。しかも煙草の吸殻だけを一つの袋にまとめて入れてなく、袋にばさっと入れていたようで。

近所オバサンは私が煙草を吸わないことを知っていたので、私のゴミでないことははっきりしたのはいいのですが、
この後、近所オバサンは自分のお気に入りの自分の家横並びの家の人は犯人にはしたくないようで、

『○○さんも○○さんも○○さんも○○さんも○○さんのとこも煙草を吸わないから』と次々名前を上げていくのです。

それぞれの家の事情を知っているのは全然構わないんですけど、このいちいち名前を連呼していくこのやり方がなんとも薄気味悪く。
この人らしい『かばうほどの近所仲良し』アピールにしか聞こえなくて、ほんと気持ち悪かったです。
「この辺知っている人は知らないけど」くらいでいいと思うのですが。
よほど私のゴミじゃないのが気にくわず、やけくそだったのかと。

結局、近所オバサンはゴミ回収業車の人が、どこかのゴミをしっかり回収車の中に投げ入れなかったからこうなっただろうと勝手に結論付けていました。

近所オバサンはその後も、市にゴミの片付けのお願いの電話をしたり(告げたくなかったけれど自分の名前を告げたことに不服そうで)、自分のエリアの自治会班長に報告しに行ったり、そのことでこの人の嫌いな自治会長(これもブログに書きましたね)も動いて、話を聞きにきたそうです。

労力を使い、良い事もしている割には、あまりありがたくなくなってくる近所オバサンの話。
自分の班長へのに報告も最初からそうするつもりでなく、私の家の前と言うことで私のエリアの班長(私はもう自治会非会員です、前にブログに書きましたが)に報告に行くつもりが留守だったので、自分のところの班長に報告しにいったようです。
それも今年のこの人のエリアの班長は、二時間以上立ち話する一色コーデオバサン(前にもブログに登場したあの人)。「〇〇さんもゴミのことで前にあったから」と言い訳のように言い出した時には「それは報告ではなく、ただ色々自分が立ち話をしたいからじゃないか」と私は思いました。

そんな近所オバサン、この話だけでは、なんか誰のか分からないゴミをただ片付けただけになってしまうことに危惧したのでしょう。
この人がしたいことは、私に世話をしてあげ、気を遣ってあげての恩着せなのに、これではただの『いい人』と思われて終わってしまって意味がないのです。

さらにどれだけ私に気を向けているかのエピソードを語りだす近所オバサン。
それはいつの話かは特定しなかったけれど、ある日うちの前に介護タクシーが停まっていて、タクシーの運転手が何度も呼び鈴を押していたそう。

私に何かあったと思って『介護タクシーが来たことに』『何度も呼び鈴を押していることに』近所オバサンは心配して出て来たらしいです。

先にネタ晴らしをすると、うちの住んでいる所は住所の番地は、それぞれ戸建てであるけれど何軒かまとまって同じ番号で、それが原因で表札が自分の目あての名前でなくても平気で呼び鈴を押してくる人がよくいます。

今回もそういうことです。それは数件先の家の人が呼んだ介護タクシーでした。その家の人も家の前に出てきて待っていたそうです。

タクシーの運転手に対して「名前が違うでしょ」と注意したらしいですが、近所オバサン、「心配と言うより情報が欲しくて出て来ただけでしょ?」と思います。
介護タクシーが必要なほどのことが私に起こったと勝手に妄想して、これこそ極めつけの恩を着せれると。
なのに運転手の家間違いだったことに振り回されたことを知って、ただ近所オバサンはキレたけだと思います。
運転手さんもかわいそうです。関係ない人に注意されるとは。

近所オバサン、『いい人ぶりたい』けれど、ただの『いい人』になりたくない。なにか見返り(情報・恩着せ)がないと動かないのです。(皮肉にも母が元気な頃、近所オバサンの大親友・A婆々さんが言っていたそうです、『あの人は、色々してくれるけど見返りを求めている』って。)

その後、私は家間違いされる数例を話してあげましたが。

この二つの話のうち、
最初の掃除だけが近所オバサンにとって私に『してあげた』ことになるでしょうが、
でもゴミは私のものでなかったことで、近所オバサンにとって完璧でなかっただろうし、
二つ目のエピソードなど、ただ運転手の間違い振り回されただけの話で、『いかにも心配して出てきてあげて、間違ったタクシーの運転手をきつめに注意してあげた』としても、恩を着せれたまで実感を得るレベルにはなっていないでしょう。

そして近所オバサンはついに言いました。
「これから時々、ベランダから見てあげるわ」
公式としてベランダの覗きを宣言する近所オバサン。

いやいや『日頃の自然装い無視』をする人が何をほざくか。
この翌日からも『自然装い無視・視線を向けなければ挨拶対象にならないルールで必死にこちらを向かないようにする無視』している人間が。

恩着せを待っているが、挨拶はしないか

これまで幾たびも二階ベランダからこちらをちらちら覗き見する(家の前などは決してしない、挨拶しないといけないから。視線を向けないで挨拶回避の無視をするため)オバサンの視線を感じて、私が睨み返していたので、
その気まずさを解消できると思ったのだろう。
賢いやり方。

それも無期限っぽく聞こえる、言っただけで『恩着せ』にできるなる恐ろしい言葉。だからと言ってこちらが困っていたら必ず助ける決まりでもない。
自分が覗くことを公言し、認めさせただけ。
それで、この人は近所仲間に『私にいつも気に掛けてあげている』究極『世話をしてあげている』と言いまくるんでしょうね。

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ここからは話が前後して分かりにくくてすみませんが、これから書く話はこのブログにも書いた迷惑路上駐車(3月4日)の話、その数日後の話でまだ未発表のものです。

これもまたなぜ当時に投稿しなかったかと言いますと、この話でメインとなる部分が『隣のオバサン』の一言で、でもそこまでのエピソードもけっこうなかなかで、でもそれにしては説明がややこしいなと思っていたので発表はしなかったのでした。

でも今回のブログ記事で『近所オバサンが自身のことを良いように思われたくしていること』を書き続けてきたら、そのことにも関係ある(裏付けるような)『隣オバサン』の一言だったことに気が付き、発表することにしました。

それはブログにも書いた近所オバサンの迷惑路上駐車の車がぶつけられた週末の土曜日(3月9日)、
近所のオバサンの路上駐車のことでテンションを上がっていた余韻が残る中、なんと朝、うちの前に全く見知らぬ自動車がでーんと停めらていました。
どうも隣の家の改築に来た業者の自家用車で、なんか気を遣いながらも駐車しているのですが、どうみても私の家に用事で来た車にしか見えません。

まぁ、うちの車も出られるよう、向かいの車も出られるように気をつかっているのですが、気の遣い過ぎで別の家の車の出入りの邪魔になる置き方をしていたんです。
つい先日、近所オバサンの路上駐車がぶつけられたのに、この状況は明らかにまずい。

で仕方なくお隣に事情を説明しに出向きしばらく立ち話をしていると、その車の持ち主が気が付き、車に乗って去っていきました。
この時の立ち話で近所オバサンの話題になったのですが、なんと隣オバサンに「○○さんに世話になってるんやろ?」と問われ、驚いた同時に完全否定しました。
普段は挨拶すらせず、近所としての少しだけやり取りがあったくらいなのに、どうして『お世話になっている』ことになるのやら。
隣オバサンもそれ以上何も言わず、何を言いふらしているかはわかりませんでしたが。

挨拶を避けるため、体・顔を背けたりするし、そのくせ情報収集のため二階ベランダから覗いたりするのに、私が『近所ネットワーク』に繋がってないことを良いことに、こんな風に近所オバサンの都合の良い事を言っていることを知って、正直あのババアだけは許せないと思ったのでした。

もちろん隣オバサンにはこんな話はしませんでした。する時はもっときつい話をしなければまた中途半端に終わりますから。近所関係って気をつけなければこっちの足元すくわれますから。

まぁ、近所オバサンが私のことを心配・気に掛けているような素振りをしなければいけない理由で思いつくのは、
前述したように、この人の家の前、午後5時過ぎから9時または10時、遅い時は11時頃まで、月曜から金曜まで娘子が車でやってきて、家の前に駐車していることへの誤魔化しでもあるでしょう。
『世話をしてあげていること』にして、その見返りとして暗黙でその駐車は認めてもらっているようにしたいのでしょう。
どう見ても誰が見ても、自分の土地の間口の同じ長さの車を停めてあるのって変ですから、私が良ければそれでいいって感じで、誤魔化そうとしているように思います。
他の家には迷惑はかけていないしで。近所って自分が迷惑かかっていなければどうでもいいところがありますね。

以上、とんでもなく長くなりました。
ここまで超長文にお付き合いいただきありがとうございました。

でももう完全に無理です、あの人。
堪忍袋の緒が完全に切れています。

もう二度とあの人のマウントに付き合いたくはないし、聞きたくもありません。
今までと違って、かなり気持ちははっきりしています。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

すみません、今回はあまり関係ない話です。

2024-07-25 18:35:46 | 私のHP
こんばんは、ゆみつぐです。

今回も進展していない(実際は『させていない』ですね、私自身が動こうとしていないので)ので、もし「もう動いたか!」と思って訪れた方、すみません。

ちょっとだけ近所に変化があったことを書きたいなと思っての投稿です。

今まで園芸オバサンのことを『公的ではないけれど社会的地位がある人』と書いてきましたが、偶然調べて出てきたサイトで、すでに去年の後半頃に園芸オバサンの会社が倒産していることを初めて知りました。先週の15日の日曜のことでした。

私が書けることとしては、
生前母は、この園芸オバサンから仲が良かった頃までこの家の会社の自慢話ばかりされていました。
それはまさに旦那の才覚、自分の会社の自慢話でした。そしてその家族ということで家族自慢もすごかったようです。

普通の感覚の鋭いはっきりした主婦なら「またこの人の一方的な自慢話が始まったわ」と何度か経験した後は、園芸オバサンを絶対関わらない人間リストに入れていたことでしょう。その点、母は正直マヌケだったと思いますよ。

前々からこの人の会社の資本金がどんどん増えていくのを会社情報サイトで知り、このおばさん、『公的ではないけれど社会的地位がある人』だという認識になっていました。
旦那でなく、園芸オバサン?と思われる方に、『それは私の嫉妬やねたみを巻き込んだものでない、他の事実があること』だけのみお伝えしておきます。個人情報を含んだりしますので。

今回見た破産会社情報サイトによると、このお宅の会社は8年ほど前には年商約10億円ほどあったらしくで、私の想像をはるかに超えていた家族でした。

そんなことくらいであまり書けないのが残念です。

ただ明るい話題としては、以前から並行して息子さんが同じ分野の商品で、違う業種の別の会社を経営しているので、『親の会社は潰れても息子が違う会社として存続させているようなイメージ』で、園芸オバサンにしたら代変わりより素晴らしい、自分の力で頑張っている!と誇らしく思うことでしょう。確実に『息子がやっている』というでしょう。

以上です。

私が知らないだけで、倒産していた頃からもそうとは思えない程園芸オバサンは元気でした。
今もわざとらしく陽気で高くて大きな声を出して元気です。でもやかましいのには違いがありません。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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せっかくなので今回、一つ目のホームページの『事の成り行き 癌』のページのA婆々サンの紹介文辺りで加筆しました。

以下のところの途中に、

例えば、A親子と親しい家族の一人の、独断的で身勝手な離婚理由話。しかもその時ですらその離婚はもう10年以上は過ぎた前の話なのに。
「婆サン、本当はその人が気に入らないのか」とさえ思う。その暴露当時、その人達家族はもう幸せそうだったので妬みの気持ちで引っ張り出して来たのだろうか。

赤い部分を追加して変更しました。

例えば、A親子と親しい家族の一人の、独断的で身勝手な離婚理由話。“子供夫婦のどちらかが別れたがった”とかでなく、離婚は本人同士の意思ではない”等の踏み入った内容。 
しかもその時ですらその離婚はもう10年以上は過ぎた前の話なのに。
「婆サン、本当はその人が気に入らないのか」とさえ思う。その暴露当時、その人達家族はもう幸せそうだったので妬みの気持ちで引っ張り出して来たのだろうか。

どちらかの浮気で別れたとか、気持ちが冷めたとかでないところが、A婆々サンの格好の好物になったようです。

すみません、今だ進展させていません。

2024-07-12 21:25:03 | 私のHP

こんばんは、ゆみつぐです。

タイトル通り、今だ進展できていません。もし何かしらの進展を期待されて閲覧しにいただたいた方、すみません。

ほんとに文章にするほどでもない出来事くらいしかありません。この前の月曜の朝、園芸オバサンがまた何やら盛り上がっていた(何か事案が発生して騒いでいた)ことと、その数日前のいくつかの前の出来事くらいです。全部繋がっているようにも思いますが。

たまってしまっている話を一挙に大放出ですので、かなりの長文になりますが、それでもお付き合いいただけることはこのままお付き合いください。

ほんとに特に何もありません、先にお断りしておきます。

ずっと思っていたのが、園芸オバサン、私が外にいてもいないかのように振舞うけれど、案外私の視界から見えない二階の窓からは、時々こちらの行動を監視(←ちょっと被害妄想的な書き方ですが)しているのかなと思っています。

と言うか私が家周りを点検したり、車で帰ってきたりして、ふと見上げると園芸オバサン宅の二階のベランダ掃き出し窓からこちらを見ている姿をまれに見かけます。

もちろん偶然の時もあるでしょうが、でも『ふっと』目に入ったとかでなくって感じでなく、窓からのしっかりこっちを向いて『じとー』と見てるんですよね。

うちは猫の為、道路側の障子は開けて、一応簾で目隠ししているのですが、この家はたいてい半分の障子は開けていて、中が丸見え状態です。とは言っても、気持ちの良い感じの性格ではない人なので対策もしていて、なんだか日光加減で中が見えない特殊なガラスを使用しているようです。やはり覗かれないよう用心をしているのでしょうが、もちろん窓の真ん前に立っていれば、確実にわかります。

それは夜は反射する日光がないので、中で照明をつけていれば家の中は丸見えです。

こう書いている内に『あの人の覗きは偶然はない』と思えてきましたよ。

そんなに関心や興味があるなら挨拶すればいいのにな、と思います。この人は『挨拶してあげない』無視ゲームみたいなものに興じつつ、それでいて、近所の人へ提供する私のネタを収集しているのかなと思っています。(なんだか被害妄想でっぽく聞こえるでしょうが、過去の母や私自身も、この人から近所の人への悪意ある話を聞いたことがあるので、そうでもないんです。)

で最近の話をします。でも何も詳細なことはわかっていない、私の見たままの様子だけということは先にお断りします。ようするに『園芸オバサン、大活躍』を見ただけです。

私が夜勤明けで帰ってくると、園芸オバサンの家の並びにある四件先の家の、『人の良いの夫婦(もう70はとっくに過ぎている)』さん(初出)、一色コーデオバサン(この日はたくあん色の黄色いタオルを持参で二色コーデ。)、都道府県庁(どれかは想像にお任せします)勤務なのにかなり昔から自治会に入らなかった家のもう定年退職して悠々自適の生活をしている家の旦那、そして園芸オバサン。

この日の朝は、自治会の資金調達のための廃品回収日。月に一度回収業者の車が回ってくる日。私が帰って来た時にはもうすでに回収した後のようです。

『人の良い夫婦』さんの家の前の物を触って何やら騒いでいます。出して廃品を持って行ってもらえなかったのでしょうか。

ふとそれで私の頭の中で思い出したのは、数日前に、廃品を出す時のお願いについての内容の紙が非自治会会員の家のポストにも入っていて、その内容でした。

それは『紙類と段ボールはリサイクル処理が違うので別々に出してほしいこと。出す時はひもでしっかり結んだり袋にしっかり入れたりして、くずれないようにしてほしいこと。綿入りの古布・古着・毛布は受けつけない等』と言った、今までルーズにされてきたことが書かれていましたね。

多分そのことで騒いでいたんでしょうかね。非自治会会員の旦那まで混ざるのはレアな状況でしたから。でも所詮はそれだけのことで長々騒ぎすぎ。

やっぱりその大騒ぎの中に、あの無駄に声が高く大きい園芸オバサンがいました。騒ぎまくる時に出すキーキー声全力で。なにやらよくわかならいけど誰よりも『人の良い夫婦』さんの敷地の中の方まで入って、玄関前で動いていましたね。こういう『お祭り』があったら騒ぎまくるのが大好き園芸オバサンだから、私的にも『またいた』くらいにしか思いません。園芸オバサンは『世話焼き』を体を張って見せているつもりでしょうが、この人の場合後々、物ではない見返りをしっかり取りますからね。そのために良い人でいるようです。

同じ家の並びのお気に入りの『一色コーデおばさん』や『人のよい夫婦』さんがいるので、園芸オバサンはおおはしゃぎでした。別に近所が元気なのはかまいませんがこの人の騒ぎ方は、自分達の仲の良さを見せつけるような騒ぎ方なのでうっとしいのです。普通に出来ませんか?って思います。普通にうるさいんですよね。それと同時に『人の良い夫婦』さん以外、普段挨拶しようとしない人達なので尚更うっとうしいんですよね。

そんなただうるさかったの話でした。

そんな廃品の新聞と言えば、その先週の7月2日にもちょっとありました。ほんとはこの話を翌日くらいに書こうとしてたのですが、書きそびれている内に前述の騒々しい出来事があり、書き上げるのに伸びに伸びていきました。

その出来事は私のお休みの日の午後。家の前で猫の草の種を植えるため、作業していたら(去年も同じことしていましたね、あの時は選挙活動中の立候補者が来た時です)、若い新聞勧誘のお姉さんが来て、通り一辺倒の新聞購読勧誘をしてきたので丁重にお断りしました。そして素直に帰られました。

そして少しすると、自分の家から飛び出して来た園芸オバサン登場です。

何を話すと思ったら、生前母がこのオバサンから猫のトイレ用に(猫のトイレの中に敷くのでなく、排せつ物をすくって一旦いれておくチラシで折った『箱』を作る為チラシをもらっていたようで、園芸オバサンは『自分の家と娘の家のチラシがたまっているので要らないか』とのことでした。

チラシ代わりの紙はもう用立てていて、もらう必要はないので丁重に辞退の意志と感謝の意を述べました。

それにしても母が亡くなってからずっともらっていたのなら分かりますが、そんなことは全く一度も言ってこなかったのに、私が最近ホームページのことで声を掛けたことで気をよくしたのでしょうか?今更感しかないです。そもそもこの人親子の不用品なだけに、口先だけの感謝もほんとは言いたくないのですが。

その後、なんとさっき訪ねて来た新聞勧誘のことを尋ねてきました。上でみていて(園芸オバサンちにも来て、この人は多分インターホーン越しで断った模様)、私がどうしたかと聞きたくて出てきたとはっきり言っていました。覗いていたのですね、この件に限らず何もなくても覗いているのは、薄々と言うよりはっきりわかっていましたが。

相手が園芸オバサンと心持構えていましたが、さっき訪れてきた新聞社との契約での対応を素直に話されていたので、私もその新聞社との契約で以前誤魔化されたことがあったことを素直に話しました。

今回訪れて来たのがS社で、園芸オバサンが取っているのがY社らしく、前に契約したら割り引いてもらっても、Y社のほうが安かったと芝居がかったうっとうしい表情で話していましたね。こういうネガティブ話をする時にいつも見せる表情、パターン化しています。『また始まったわ』って感じでした。

しかしその後の話がこの人らしい展開でした。自治会長さんが地域の活動もされていて、各家に訪問してきて、寄付を求めてくることに迷惑しているそうです。自治会長さんは自治会に入っていない若い人の家までやってくるとのこと。もちろん私にとって初耳でしたが、自治会から抜けた私の家にも訪れたかもしないけれど、会ったことがないので近所の参考話として聞いておきました。

それにしても『公的ではないけれど社会的地位はある』園芸オバサン家に寄付を求めにくるのは当然のことと思いますが、このオバサンの場合、自らそれはないない設定のように非自治会員の若家族の家を持ち出して『ただ寄付に来られてみんな困っている話』をするので、話半分と言うより、右から左へ聞き流すのがいいです。この人の話は裏があるのでまともに聞くだけアホらしいです。

一見、親切心(老婆心)で教えてくれたように思えるところがこの人の『恩着せがましさの始まり』でもあります。それに近所の派閥か何かの力関係の裏がありそうです。一応社交辞令で『ありがとうございます』は言っておきました。

最後の方は私もうざくなっていたので、無意識にさっさと話を終わらすための追い払う呪文のように『ありがとうございます、ありがとうございます』を連発していましたよ。

この新聞勧誘の翌日、ちょっと猫のゴミを出しに玄関から出たら、絶対いつもは無視のはずなのに『暑いね~』と向うから声を掛けてきて、私は笑顔だけ返してさっさと家の中に入ました。

だからと言ってその後、また園芸オバサンと近所として普通な関係が復活した訳ではありません。この人との会話は気分がなんだか嫌な感じになるので(園芸オバサン自身は楽しそう面白そうに話しているようですが)が)関わりたくないのです。

これと言って参考になる話はないままですが、この辺で終わりにします。

最後まで長話にお付き合いいただきありがとうございました。


すみません、展開はありません

2024-06-08 21:26:23 | 私のHP

こんばんは、ゆみつぐです。

あの後、皆さんからしたら何かしら私が大きな行動をとったと思われるかもしれませんが、何も進展を起こすようなことはできてないです。何かしら大きな進展を期待をしてここに訪れた方にはすみません。

私は、とりあえずあの人の前で大き目の声を出すことの練習をしていました。今のところ三回だけですが。

先週月曜、私が出掛けようと外に出た時、Bオバサンが自分の玄関前で自分ちの園芸植物をスマホで撮影している時に出くわしました。

なんかずっと外にいるように思うこのオバサン。

私が玄関から出ても、向うはちらっとこちらに気が付くも挨拶する気はなし。無視。

それにムカッとしての反応しての私はでなく、‟こういう時こそ余裕を”と、もう一度『小説(ホームページのこと)』を言っておこうと思っていたので『前に言ってた母の癌闘病記の小説、評判いいです』と伝えると、

またも向うからよく通る大きな声で

Bオバサン「ごめん、○○くん(下の名前)。楽しみにしてる。」

『ゴメン』は、『催促して』のゴメンなんでしょうね

私「楽しみにしてくださ~い」と立ち去りました。

私のこの『~』、以前の私にはできなかった口調。

というか、前はなんかこのBオバサンの前では『避ける行為』していたのである意味の進展です。

そんな日が先週。

その後も、私が家を出るとBオバサンがいることはしょっちゅうでしたが、私も声掛けはなし。向こうも無視。

そして6月2日、私が出掛けようと玄関を出ると、Bオバサンと以前も登場の、でも今回は近所夫婦の奥さんのみしかおらず大きな声で会話中。

この状況でBオバサンは、こちらを気にせず。

なので私が門扉(たいそうな書き方ですが、アコーディオン式と言ってもカッコ良すぎですが、ただのジャバラ(蛇腹)式の)をわざと大き目な音が出るように閉めました。出てもBオバサンは真横の近所奥さんを見て、会話を続けていました。

Bオバサンは私がそのまま去って行くのを待っていたのでしょう。たいていはお互いそうなので。でもこの近所夫婦の奥さんはわざわざ私の方を見てくれました。(他の人ならたいがい無視)

なので「〇〇さん(Bオバサンの苗字)、今日もご機嫌いいですね」

と私が大きく明るく声を掛けると、Bオバサンはこっちを向いて、無視していた割には「そうよ、こうやってボケ防止にしゃべっているのよ」と明るく大きく響く声で返答してきましたわ。

実はこの人達、前日も近所夫婦の旦那さんもいて随分長く話していたので、私が声を掛けても嫌みには聞こえないでしょう。

そしてそのまま私は出掛けました。

Bオバサンがとっさにこんな言葉が出てくるのはやはり頭が良いのでしょう。頭の回転が速いというか。

その即返答能力はこの人の長所であり、武器でありながらも、時と場合によっては短所になるでしょう、こちらとしたらうっとしいだけですが。あの時もそう、自分の言いたいことだけを言って、自己満足で終わりだったし。

このオバサン、こんなユーモアな返しをして、頭の中はアドレナリン大放出の状態が見た目からよくわかりました。勝気な表情と言うかドヤ顔(死語)をしますから。

ただね、この人がこの近所奥さんと会話にするにいたったのは、旦那の車が出掛けている空の自分の駐車スペースに、横70cm縦2mくらい(実際はもっと小さいと思います)のシートを広げ、植え替えのために今まで植えていたプランターの土を広げ、さらに近所の人の分のプランターの土まで加え、その土を3時間も4時間も掛けて土作りしていていて、そこに近所奥さんが通りかかったのがきっかけなのです。

きっかけというより土いじり・作りに時間が掛かっているふりして待ち伏せし、自分のお気に入りの誰かが通るのを待っているんですけどね。『ボケ防止』も要らないほど、しっかりしています。ただ自分がしゃべりたい欲求だけです。欲求不満解消です。ほとんど聞こえてくる声の7割はこの人の声ばかりですから。

「別に自分ちの駐車スペースで何をしようが勝手」ですけど。

そうしたらなんとまた今日、どこから持ってきたのか『自分の駐車スペースに、横70cm縦2mくらい(実際はもっと小さいと思います)のシートを広げ、植え替えのために今まで植えていたプランターの土を広げ』て、肥料を混ぜたり、土を網でこしたり、作業していました。

人の分まで土作りをして、『気に入られよう』としているかのようです。どうも苗も用意して植えてあげているようです。この人が、自分のお気に入りの人に対してとことん尽くすタイプなのは私もよく知っています。

今日も声を出す練習とばかり、私が外に出ても無視のBオバサンに、『この前のボケ封じの話、母の癌闘病の小説に加えます』と大きな声で話し掛けると、『あなたの話の内容は聞いていない」 とばかりに「根を詰めなくてもいいからね」とまたBオバサン、明るく声で返答していました。

お互いもうよくわからない会話になっていて、正直我ながら笑います。もうお互いどうでもいいって感じですね。

以上、最近の話です。

実を言うと私まだスランプ中で、Bオバサンにホームページのタイトルを見せるまでの気持ちの余裕(好戦的な強気)がないので、せめて気持ちを萎縮させないよう、こんな声掛けをしています。

こんな感じの今です、とりあえず。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。


今日は声を掛けられました

2024-05-20 21:23:37 | 私のHP

こんばんは、ゆみつぐです。

なかなか進展しない話の中、今回も根気強くこのブログに訪問していただきありがとうざいます。
今日の話がありました。

今日の午前は、私の夜勤明け・電車遅延・『Bオバサンと近所夫婦の立ち話』というタイミングが重なって、私が家に入る前に、Bオバサンに声を掛けられました。近所夫婦との立ち話中に関わらず。

前回にBオバサンに近所夫婦の前で話した"『私の母の癌闘病の日記の小説』が載っているものか何かを見せて"とえらく明るく楽しく嬉しそうに大きな声で話し掛けてきました。
確かに私は『小説』としか言ってないので、媒体はわからないですもんね。(三年前はホームページにしたと言いましたが、変わっているかもですしね。)

私はディパックから鍵を取り出しながら、「三年前からネットで公開しています。また次あらためて」とそのまま家に入りました。
ドアを開けて入る直前、にこっとしたら、近所夫婦もにこっと返してくれました。全然意味はないでしょうが。

それにしても私も冷静で客観的にどうして私の母の癌闘病記をそんなに大きな明るい声で楽しそうに嬉しそうに聞いてくるのか?を考えるも、
それは安易に不謹慎とかでなく、ただ多分この人の中では、前回、近所夫婦の前で自分だけに声を掛けて教えてもらった特別感のある話をまた近所夫婦の前で展開・行動することに喜びのテンションがあがっているのだと思います。
私はこのBオバサンの性格はわかってきた感じなので、大方そんなところでしょう。

以上、今日の話でした。

こうなったら必ずいつか近いうちに、近所夫婦がいる前で、
タブレットに『母の癌闘病・最悪な最期の日々にした者達』(元々のタイトルの『人達』をこの『者達』に変えたトップ画面バージョンも作ってあります。『者』の方が私的にしっくり来るので)とホームページタイトルをでかでかとわかりやすく表示して、三人に見せたいです。
ただ私、タブレットを持ってないので今のところで理想のシチュエーションパターンです。

とにかく早く動きたいのですが、ちょっと家の中でトラブルがあり、それが収まるのも待ってもいます。

とりあえず『今日の出来事の報告まで』ということで。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。