神奈川絵美の「えみごのみ」

知られざる、明治の超絶技巧

突然ですが、みなさん。
この彫刻、何からできていると思いますか?



答えは「象牙」。
このリアルさは、十分うならせるものがあるが、
素材が象牙と言われれば、そうかと納得できる造形だ。


それでは。


こちらはどうだろうか。


カタログの写真では質感がわかりにくいが、
蕪の葉も、パセリも、すべて実物と同じ薄さで、
もし触れたら、しなっと指についてきそう。
これも、すべて、象牙。
こちらはさすがに「えっ? うそでしょ?」
何度も何度も、顔を近づけ凝視して。


この作家、安藤緑山は弟子をとらず、技法も明らかにせず、
自分一代限りで、この超絶技巧を墓場に持っていってしまった。


他方、こちらは七宝。

前々回で紹介した、並河靖之の作品。
レトロモダンな色柄は、今でも新鮮だ。

黒い地に透明な釉薬による艶、そして繊細な描画の
こちらは高さ20㎝足らずの飾り壺。
展示ケースがなければ、思わず両手におしいだき、撫でまわしたくなるほどの美しさだ。

彼は帝室技芸員(今でいう人間国宝に近い位置づけ)に選ばれ、
後進の指導にも力を注いだが、

どうだろうか。これらは後年の作家の作品。
技法は素晴らしいが、並河靖之とは作風が違う。
展示を観る限り、並河後はみなこのように、渋く落ち着いた色柄が主流になって
いったようだ。


後に伝えようとしても、伝わらない。
それも超絶技巧の証なのか。



この展示は、明治の工芸品の収蔵が充実している
京都・清水三年坂美術館の「村田コレクション(蒐集家の名前より)」から
選ばれた160点から成る。
私も初めて知ったのだが、これらの作品のほとんどは海外輸出用で、
村田氏は長年にわたりオークションなどで買い戻し、蒐集してきたそう。
明治といえば、富国強兵で工業化が進み、オートメーションと大量生産が
推進された時代。
“江戸の遺産”が文明開化にともなう欧米との交流で、さらに洗練され、
明治の伝統工芸として注目を浴びたのは、
たった30年間ほどだったという。
(第一次大戦が始まったら西欧はもう、優雅に東洋の美術品を
集めるどころではなくなったし)


大量生産と低価格が推進されているのは、現代も同じだ。
国内でつくっているか、海外でつくっているかの違いだけ。
そして
-画一的なプロダクトを見慣れている目が、
どれだけ美的感覚を鈍らせてしまうことか。-
私は今回の鑑賞で、じわじわと痛感した。


鹿島一谷 二代による金工作品「花鳥図香炉」。
興味深かったのは、明治の金工師の多くは江戸時代に
刀剣や馬具などの武器を創っていたという点。
明治9年の廃刀令により、彼らは実質、職を失い、
アートの道に転向することになった。
(なお、アートとしての刀剣、刀装具の作家に転向した人もいます)


蒔絵。作家は白山松哉。
蒔絵の「線」は常に一方向で、後戻りができないそう。
なので、このような渦巻きの場合、土台の器を細かく細かく動かしながら
描いていくのだそうだ。


泣く子もだまる?柴田是真。
技法がどう、というより(もちろん素晴らしいですが)、
センスが良い、と、つくづく思う。


今回の展示には「薩摩」というジャンルがある。
もともとは桃山時代に鹿児島で興った薩摩焼を、
幕末以降、金彩を加えたり鮮やかな彩色を施したりして、
より豪華なやきものへと昇華した作品群だ。
これは錦光山という作家の花瓶だが、
下は風俗絵巻のひとコマが描かれている一方、上には
大胆な花の透かし彫りが。
これは背景に、海外からの文化の流入があり、
アールヌーヴォーの影響を受けたことが見てとれる。


これも薩摩。作者は精巧山とあるが、現在も不詳。
外側は雀、見込み(内側)は一見、ランダムに金粉でも散らしたように
見えるが、実は蝶で埋め尽くされている。
当時の流行だったようだが……。あまりこう、蠢いているようなのを見るのは
私は苦手かも


……ほかにもたーくさんあり、ここではほんの一部の紹介にすぎません。
日本の良さを再確認する意味でも、
現代の、使い捨て文化に慣れてしまったマインドに喝を入れる意味でも、
声を大にして、おすすめします。
機会ありましたら、ぜひ、ご覧になってみてくださいね。


※「超絶技巧! 明治工芸の粋」展の公式サイト(三井記念美術館内)はコチラ

コメント一覧

神奈川絵美
U1さんへ
こんにちは
そうなんです、TVの影響なのか、平日の午前でも
結構混んでいました。
でもとても良い展示と思いますので、
ぜひ機会があれば…私もこの美術館は好きです

富岡製糸場も今やすごい人気の観光スポットに
なりましたよね。地元ですし、いつか行きたいです。
U1
http://blog.goo.ne.jp/u11953
おはようございます。
この展覧会はNHKの「日曜美術館」でも取り上げていましたね。会期中に上京する機会があれば是非行きたいです。
この美術館のすごく落ち着いた雰囲気が好きです。
富岡製糸場でも感じましたが明治の人たちは本当にスゴイと思います。
神奈川絵美
朋百香さんへ
こんにちは
ホントもったいないですよね。私は、このあたりの時代に関しては、戦争が奪ってしまったものはあまりに大きいと思っています。
あくまで工芸や芸術の領域に限っていえば、
日清、日露、第一次世界大戦がなければ、
もっとこの技術は残っていったと思います。まあ、
工業化は遅れたかも知れませんが…。

手仕事の良さを日本人自身がもっと認識しないと、
こうした工芸は発展しにくいですよね。
神奈川絵美
straycatさんへ
こんにちは
そうなんです。図録では残念ながら、
魅力がほとんど伝わらず。
ぜひぜひ、機会あれば生で観ていただけたら…

この蒔絵、おっしゃる通りで、一度描き始めたら
最後までいかないと(笑)
自分には想像もつきません。

日本人って、アート自体を徹底的に追求するところが
あるのかな。上でコメントした「自在」にしても、
欧米人はあそこまで、リアルな動きをまして金属製で
なんて考えないのかも。
自然を慈しみ尊ぶ気持ちも、強いのかも知れませんね。
欧米だと「神」が絶対、だけれども、日本の信仰っておおもとは自然崇拝なところがあるじゃないですか。それがアートでの写実性や色彩感覚に表れているのかなあ…。
朋百香
http://www.tomoko-358.com
絵美さま
こ~んなに凄い技術や感性を持ちながら、
もったいないですね~。たった30年ですか・・・
日本はどこで間違っちゃったんでしょうかね?
こういう作家さん達をを育ててこそ、日本の生きる道があると思うのですが・・・。
straycat
おお、これですか
画像で見ても100%伝わらないですね、きっと。
素晴らしいものは直に見るに限りますね。
私は蒔絵にびっくりしました。これ失敗できないじゃないですか!後戻りできない一筆書きみたいな・・(笑)
日本人のアート感覚って、やっぱり豊かな四季、風土に育まれたものなんでしょうか?緑なす国土を見て、ふと、そう思ったりします。
神奈川絵美
香子さんへ
こんにちは
>Y田五郎さんがTVで紹介してたんですよ
ああ、そうだったのですね!
道理で、平日のお昼前でもかなりの人出でした。
入口入ってすぐ、ダイジェスト版で、各ジャンル
(金工、漆工、七宝etc.)代表作が展示されているのが
もう圧巻でした。つかみはOKみたいな(笑)。
このレポでは触れませんでしたが、
鉄のパーツをいくつもつなげて、金属なのに
しなやかに動くようにした「自在」というジャンルが
とても面白かったです。魚とか、蛇とか、本物みたいに
動くの。
これ見たとき、日本の技術や感性ってすごいなあとつくづく思いました
神奈川絵美
りらさんへ
こんにちは
先達は純粋な意味でアーティストであり、
追随する人は(そのアートの知名度が高くなるにつれ)
多少の商業主義を意識せざるを得なくなるのでしょうか。
まあでも、例え商業主義だといっても、
その技術は素晴らしいものがありますけれども。

>「どう?この作り方の謎が解けますかぃ?」
ふふ、それがですね、
もう、大学の研究機関がこれらの作品群の謎をとこうと内部を映し出す特殊撮影をしているんです。
それによると、細かいパーツを組み合わせたような
作品は、ねじがいくつも打ち込んであるんですって。
それでも、謎の全容が解明できているわけでは
ないと思うのですが・・・。
香子
早い時期にY田五郎さんがTVで紹介してたんですよ~。
(Y口晃さんのイラスト入りフライヤーも面白いし)
期間が長いと思ってゆっくりしてましたわ
今週近くに行くので寄りま~す♪
りら
なるほど・・・・
七宝の年代による変化は着物と似ているなぁと思いました。
日本っていつの時代も時々とんでもない感覚の人が出て来て、でも多くの価値観は「侘び寂び」だったりするので、段々落ち着いてくる、物凄く大雑把ですがそんな流れなんでしょうか・・・

安藤緑山・・・あまりの素晴らしさに思わず目が点!
後世の人たちに「どう?この作り方の謎が解けますかぃ?」と宿題を出していったようにも思えますねぇ。
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