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 ♪♪♪ H.Tokuda

バレンタイン事情

2017-02-11 01:52:00 | エッセイ
 僕はクリスマスやバレンタインデーといった外来的風習が好きでなく、批判的な話をよく口にする。そのせいか、最近では家族など親しい女性からの義理チョコすら貰えなくなってしまった。
 しかし、こんな僕も、何年か前には若い女性からチョコレートをたくさん貰っていたことがあったのだ。それは農業大学校の教員をしていた時のこと。もちろん義理チョコである。いや、ちょうど進級の試験や卒業論文の提出時期と重なっていたから「賄賂チョコ」と言ったほうがいいかもしれない。(笑)
 この時期には仕事が忙しくなり、女子学生からプレゼントされたチョコを有難くいただきながら残業に精を出していた。普段はチョコレートなんてめったに口にしないのだが、疲れているときには甘いものが欲しくなる。というわけで、バレンタインデーにチョコをプレゼントされるというのは、僕にとって実に都合の良い習慣となっていたわけだ。この際、義理チョコでも営業用チョコでも賄賂チョコでも、何だっていい。

 チョコレートの中でもちょっと高級なものは、今や季節商品のような存在である。バレンタインデー前に需要が一気に高まるわけで、各メーカーはそれに合わせて工場をフル稼働しているのだろう。儲かるときに儲けない手はない。
 チョコのような工業製品ならば供給する側にあまり問題はないのだが、これが母の日のカーネーションのように農産物の場合だと、少し事情が違ってくる。日本中のカーネーション農家は、母の日に大量出荷できるよう開花時期を調節して作っているのだが、それでも生産量に限りがあり、価格が暴騰してしまう。母の日に十分供給できるだけの生産規模を持てば、それ以外の時期に生産過剰となる。日持ちの悪い農産物は、よく売れる日に備えて前々から作り貯めしておくというわけにもいかないのだ。
 そこで花を扱っている人々は、誕生日や結婚記念日に花束を贈るという習慣が定着するよう、切に願っているのである。これだと人によって贈る日が異なるので、一年を通じてコンスタントに需要が伸びることになる。生産農家やフラワーショップで働く人々は、忙しい時期が分散し、仕事がやりやすくなるのでとてもありがたい。
 しかし、実際には、こうした習慣はなかなか人々の間に浸透していかないようだ。母の日やバレンタインデーになると、マスコミやクチコミにつられて、みんなが一斉にカーネーションやチョコを買いに走る。そこには一種の群集心理のような力が働いているわけだが、人それぞれに贈る日が違うということになれば、そうした力は極端に弱まってしまう。花の生産者と生花市場とフラワーショップとが手を組んで、いかなるキャンペーンを展開したところで、群集を一斉に動かすような大きな力は生まれてこないのである。

 日本人はそもそも、こうした群集心理に扇動されやすいのだろうか。最初はごく一部の人々の間で行われていた行事が、お菓子屋の陰謀に乗せられ、瞬く間に全国津々浦々にまで広まった。口裂け女の伝説と同じようにである。そして、いまやバレンタインデーにチョコを贈らない女性は変人のように言われ、誰からもチョコをもらえなかった男性は自分の不甲斐無さに気を落とすといったところまで事態は進んでいる。ああ恐ろしや、群集心理。皆が買うから自分も買う。いや、買いたくなくても買わねばならぬ。

 現代社会では行動様式の多様化や個性化が進んできたと言われている。デパートなどの特設会場へ行けば、ありとあらゆる種類のチョコレートが並んでいて、女性たちは自分の個性をアピールしようと熱心にチョコ選びに精を出す。しかし、みんなと同じようにバレンタイン特設会場へと足を運んでいる時点で、それは個性的な行動とは言えないのではないか。別に悪いことではないが、なぜこのようなことになってしまったのか、どうも不思議でならない。
 かく言う僕も、かつては義理チョコを貰い、残業用補助食料として重宝していたのだから、この変な習慣の恩恵を受けていたということになる。しかし、あえてわがままを言わせてもらえば、それは何もチョコレートに限定される必要はないわけで、たまには大福やシュークリームや551の豚饅なんかをくれる人がいた方がむしろありがたいと思う。いやホントにわがままな言い分だけど。

 僕がまだ純情可憐な少年だった頃、可愛い女の子からチョコレートをもらって喜んでいたことがあった。ちょうどバレンタインデーの習慣が浸透し始めた頃だったと思う。まだ義理チョコなどと呼ばれるものはなく、ホントに好きな人にだけ贈られていた。贈るほうも貰うほうも胸をドキドキさせてその日を待っていたものだ。
 そういうふうにして貰ったチョコレートなら、嫌な残業の合間に食べたりしないだろうな。机の引出しにそっと仕舞い込み、大切に取っておくうちにカビが生えるか、夏の暑さで溶けてしまうか、まあそんなところだ。
 あの頃のようなドキドキ感は、もう再び自分には訪れて来ないのだろうな。青春多感な時代は、はるか彼方に過ぎ去ってしまった。どうせ貰うなら551の豚饅のほうがいいなんて考えている今の自分が、何となく虚しく思えてくる。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
うまい (今宮テラス)
2018-02-13 22:00:17
チョコレートが美味いのでなくて、徳さんの文章がうまい。いつも、一気読みして、納得してしまう。なによりもこれに勝るものはなし。焼酎がいつもより美味い。
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Re: うまい (Toku)
2018-02-13 22:39:27
今宮さん、お褒め戴きありがとうございます。
酒の肴になるような文章を書きたいです。またネタを探してみます。
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