このブログのテーマになじまないし、書いてもしょうもないことを承知で、まじめなテーマをつらつらと・・・あ、予め言っておくが、小生特定の政党や個人に肩入れするとかそういう意図はまったくないので念のため。
まずは一連のトヨタのリコール問題についてだが、確かにトヨタの対応が後手に回ったことは否定できない。とはいえ、このアメリカのバッシングはいささか・・・と思っていたところ、こんな記事が出ていた。
米4州知事がトヨタ擁護 議会に書簡「批判は不公平」(朝日新聞) - goo ニュース
アメリカこそが正義でナンバーワンと思っている国民にとって、トヨタの台頭を叩く絶好の機会だろうし、本音はしてやったりだったはずだが、この記事でアメリカやるじゃんと思ったのは、身内からも「やりすぎ」との声が上がったことだ。
それと対極にあるのが、国内のこの記事だ。
福田組が約5億円所得隠し 首都圏マンション受注で(共同通信) - goo ニュース
「一企業が脱税を指摘され追徴金を支払った」という、これだけの記事だが、そこに「小沢一郎の妻が大株主となっていると書く必要がどこにあるのだろうか?
この記事にこのことを記載するところの意図が、なんとも日本のマスコミの嫌なところである。冷静に考えれば、その妻が脱税を指示するなんてありえないのだが、多くの国民にとっては、イメージ戦略上の効果は抜群であろう。
その一方で、こんな記事もあった。こちらは、マスコミと検察(そして官僚)のあり方について鋭く批判している数少ない意見である。
ここにもあるように、7割が幹事長辞任を求めているとある根拠の一方で、7割が辞任不要という世論のデータもあるというのが正鵠を射ているだろう。
連日、これでもかと流される検察のリークとしか思えないニュースを積み重ね、その結果、逮捕されるのが当たり前といった世論を煽る・・・マスコミと検察の連携プレーに極めて危険なものを感じるのは小生だけか?
中国では、メラミン入りミルクについて国に責任を求めようと運動していた人が、「世を騒がせた罪」で逮捕されたという。なんとなく、どこかの国も似たような気がするのだが・・・
その証拠に足利事件だって、当時のマスコミの論調は有罪断定だったわけだが、今は知らん顔して当時の捜査のあり方を叩いている。
誰かが言っていたが、この国にはマスコミはなく、マスゴミだと。少なくとも、我々はマスゴミに煽られないようにしたいものだ。
まずは一連のトヨタのリコール問題についてだが、確かにトヨタの対応が後手に回ったことは否定できない。とはいえ、このアメリカのバッシングはいささか・・・と思っていたところ、こんな記事が出ていた。
米4州知事がトヨタ擁護 議会に書簡「批判は不公平」(朝日新聞) - goo ニュース
アメリカこそが正義でナンバーワンと思っている国民にとって、トヨタの台頭を叩く絶好の機会だろうし、本音はしてやったりだったはずだが、この記事でアメリカやるじゃんと思ったのは、身内からも「やりすぎ」との声が上がったことだ。
それと対極にあるのが、国内のこの記事だ。
福田組が約5億円所得隠し 首都圏マンション受注で(共同通信) - goo ニュース
「一企業が脱税を指摘され追徴金を支払った」という、これだけの記事だが、そこに「小沢一郎の妻が大株主となっていると書く必要がどこにあるのだろうか?
この記事にこのことを記載するところの意図が、なんとも日本のマスコミの嫌なところである。冷静に考えれば、その妻が脱税を指示するなんてありえないのだが、多くの国民にとっては、イメージ戦略上の効果は抜群であろう。
その一方で、こんな記事もあった。こちらは、マスコミと検察(そして官僚)のあり方について鋭く批判している数少ない意見である。
ここにもあるように、7割が幹事長辞任を求めているとある根拠の一方で、7割が辞任不要という世論のデータもあるというのが正鵠を射ているだろう。
連日、これでもかと流される検察のリークとしか思えないニュースを積み重ね、その結果、逮捕されるのが当たり前といった世論を煽る・・・マスコミと検察の連携プレーに極めて危険なものを感じるのは小生だけか?
中国では、メラミン入りミルクについて国に責任を求めようと運動していた人が、「世を騒がせた罪」で逮捕されたという。なんとなく、どこかの国も似たような気がするのだが・・・
その証拠に足利事件だって、当時のマスコミの論調は有罪断定だったわけだが、今は知らん顔して当時の捜査のあり方を叩いている。
誰かが言っていたが、この国にはマスコミはなく、マスゴミだと。少なくとも、我々はマスゴミに煽られないようにしたいものだ。
小生も仕事で民事裁判の被告になったことがありますが、なんとなく自分が犯罪人になったような気がしてしまいました。
いずれにせよ、日本のマスコミをまっすぐ見ることが必要に思います。
「推定無罪」の原則がないも同然の報道は、「被告」=「有罪」の意識を国民に植えつけている・・・と言ったらいいすぎでしょうか。
また検察審査会の意味あいも大きくなり、これがどのように活用されることになるのか、しっかり注目していきたいと思います。