大きなユースは全てが機械的だ。
小さなユースで感じるアットホームな雰囲気を感じる事もなく、時間になったので朝食を食べた。
今朝のお供もSR、GPZRの両氏だ。
今日は福岡方面への旅を予定している俺。
中国地方に入りたいと言う二人とは、途中まで一緒に行動、そして夕方にはお別れだ。
今日を入れてたった3日間の出会い。
しかし寂しさがつのる。
出発の準備をする為に玄関前の愛車に向かう。
長崎ユースの門のところに桜があった。
咲き初めだが、綺麗なピンク色の花を咲かせている。
春だ・・・。
まさか長崎で春を、更には無職に加えて家出状態で迎えるとは数ヶ月前には思ってもいなかった。
桜の下、3人で写真を撮る。
今日でお別れのSR、GPZR両氏に、地図の空欄に住所を書いてもらう。
いつかどこかで会えるといいな。
なぜだろう。
今朝の出発は家に向かい始める感じがする。
今までは家から離れている気がした。しかし、今朝の出発は家に近づいていく気がするのだ。
どこか気持ちが落ち着かない。
今日も二人の後ろを走る。安心して背中を見ることが出来る。
仲間だ。
平和祈念像と、原爆資料館に行ってみる事にした。
天気がいいので気分が明るくなってくる。
平和記念像は、思っていたより大きかった。
片手を上に、もう片手を水平に。
3人で同じポーズで写真を撮ってみる。

◆平和祈念像です◆
その後、原爆資料館へ。
博物館を見に行く様な気分でいた俺達。入って直ぐ奈落の底に落とされた。
一瞬で消えた町。
信じられない光景。
人とは思えない墨の固まり。
数々の被爆資料は、言葉を奪ってしまった。
見つめる目には涙がにじむ。
酷い。見たくない光景。
拒絶したい光景。
しかし見なければいけない。
2時間近く見ていただろうか。
あまりの衝撃に何も話せなかった。
この資料は世界の人が見なければいけない。
それしか頭に思い浮かばなかった。
再び平和祈念像に思いを馳せる。
上に指した右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和。
そして、軽くとじたまぶたは原爆犠牲者の冥福を祈っているそうだ。
先程祈念像前で写真を取った俺達。
知らなかったとは言え、ふざけて写真を撮る場所ではなかった。
恥ずかしさで一杯になった。
有明海沿いの道を走る。
海のモワッとする濃密な空気が流れている。
塩の匂いが濃いという感じだ。
小さな漁港が見えてくる。
海に半分浸かったような家で、車庫の代わりに、漁船を収める艇庫が設置されている。
絵に描きたくなる光景。
写真を撮りたいと思った。
前を行く二人に止まってくれと言うべきか迷っているうち、あっと言う間に通過してしまった。
数人で走る楽しさもあるが、一人じゃない不便さも感じた。
西海橋と言う大きく綺麗な橋を渡り、虹ノ松原へ。
海岸沿いに大きな松林が連なる。
観光ホテルも数軒見える。
無料駐車場にバイクを止め、歩いて砂浜に向かってみる。
白い砂と、青い空。それに濃い色で横たわる海と小さな打ち寄せる波。
綺麗だぁ・・・・・。
あっ、俺の日本海初対面だ。
この向こうに韓国や中国があるのかぁ。
それにしても俺が持ってる日本海のイメージとは違った。
暗い海と、吹きすさぶ寒風。それにコート姿で立ちすくむ女性。
笑っちゃうぐらい目の前の現実とは違うのだった。
まあ、ここは九州だからな。
ボーっと海を見つめる3人。
それぞれに勝手な想像を巡らしているはずだった。
福岡方面へ向かってバイクを走らせていると、信号で1台のバイク、NV-CUSTOMと並んだ。
バイクとヘルメットに記憶がある。
“こんにちわぁ”と声を掛けてみる。
振り向いた顔に驚いた。
2日前に島原ユースで夜中まで語り合った一人だった。
“おーっ!偶然だなぁ!”
お互いに肩をパンパン叩く。SR、GPZR氏も島原ユースで語った仲。
“お前達一緒に行動してたんかぁ”
信号が青に変わった事に気が付かず、クラクションで我に帰った4人だった。
NV氏は、俺が今日向かっている八木山高原の先に向かっているそうだ。
旅は道連れ。同行しよう!
途中でいよいよSR、GPZR氏とお別れの時が来た。
信号が赤であってくれよ・・・。
別れの一言を言わせてくれよ。
しかし、信号は青だった。右折する俺とNV氏。
直進して行くSR、GPZRの両氏。
ホーンを鳴らしながら、俺達のほうに大きく手を振り続けていた。
俺も手を振る。
ありがとうの意味を込めて手を振る。
旅の安全を祈って手を振る。
また会おうな・・・。
今度はNV氏か。
奇遇って本当にあるんだな。この旅は俺を一人にはしないつもりらしい。
旅は道連れか。
飯塚市の近くにいるのは分かった。
しかし、自分達がどこにいるのか分からなかった。
NV氏と道路わきにバイクを止め、地図で確認する。
どこにいるのかがわからないと、どっちへ行けばいいのかもわからない。
途方にくれていると、1台のタクシーが通過していった。
数十メートル行ってからだろう。
こっちへバックでタクシーが戻ってきたのだ。
「おぅ、兄ちゃん達どうした!?」
ここに行きたいのだが、道が分からなくなっちゃって・・・。
地図を見せたら、何だそんな事かとドライバーは呟いた。
「俺の後ろを着いてきなよ。」
“えっ?”
驚く俺達。確か先導するにもタクシーは有料だと思ったが。
“お金ないんですよ”
全部を言わないうちにドライバーは言った。
「はぁ?何言ってんだよ。着いてくればいいよ。」
タクシーに先導され、俺達は走った。
こんな経験ってあるのか?
どこかキツネに騙されているような、不思議な気持ちだった。
タクシーは俺が泊まる予定の八木山ユース近くまで回ってくれた。
挨拶をしようとすると、窓から手が出てきて
“じゃ!”
って感じで走り去ろうとしている。
NV氏をこの後も先導するつもりなのだ。
既に声が届かない程距離が離れている。
声にならない言葉を喉の辺りで搾り出しながら手を振る。
“ありがとうタクシーの運ちゃん!NV氏、旅の安全を祈ってるぞっ!”
タクシーとNVが見えなくなるまで手を振っていたろう。
涙が出そうになった。
感謝の気持ちと、あのタクシーについていけばよかったのかと言う寂しさだった。
八木山高原ユースは、とても大きい施設だった。
企業、学校とかの研修にも使っているのだろう。
一見してこのユースも学校のようだった。
受付をして驚く。
今夜はこの大きな施設で、泊り客は自分を含めて二人。
凄い人口密度だ・・・。
部屋に荷物を置きに行った。
畳の部分がある部屋で2段ベットの下段に寝る。
隣のベットの下段に荷物が置いてある。今夜同居人はどんなやつだろう。
ワクワクしながら歓談場所でもある食堂に行ってみた。

◆八木山高原ユースの寝室◆
“ハァーイ”
軽やかに手を上げたのは、背の高いヒョロッとした外人だった。
“!?”
どうしよう・・・。
外人とこんなに近くで会うのも初めてなら、当然話した事もなかった。
しかも英語は苦手だ。
このユースのホストである小太りの主人が、間に入ってお互いを紹介してくれた。
彼はオーストラリアから来たクーパー。
俺も度胸を決めて自己紹介をした。
「マイネーム イズ kawakero・・・」
握手をした。
この時、握手の後はなんだっけ?軽く抱くんだったか・・・と言う考えが頭を過ぎる。
そんな俺の考えをよそに、クーパーはさっさと椅子に座ってテレビを見始めた。
膝がガクガクしそうなほど緊張していた俺だった。
夕食はホストを含めて3人で焼肉を食べた。
食堂のテーブルに乗せたカセットコンロで食べたのだが、家族的な雰囲気の料理に心が温まる。
ユースでこの料理は規格外だろう。
人数が少なかった事で、幸運が転がったって来たようだ。
段々、クーパーにも慣れてくる。
つたない英語でも何とか通じる事が分かれば、変な緊張もなくなる。
彼もオーストラリアではライダーだった。
この旅は、バスとヒッチハイクで動いているそうだ。
九州に来たのは、福岡からフェリーで韓国に渡る予定からだと言う意味の事を言っていたようだ。
偶然か、焼肉の付け合せにキムチが出ていた。
「クーパー・・・ユートライ ディス フーズ」
“!?”
不思議がるクーパーにジェスチャーを交えて食べろと言ってみる。
ホストも面白がって黙ってニヤニヤしていた。
クーパーが恐る恐る箸を使ってキムチを取り出す。
静かに口に近づけて行く。
食べた。
“!?”
一瞬の間隔を置いて、クーパーが大声で叫んだ。
「Hot Hot Hot!!!!!!」
ホストと俺で大笑いした。
クーパーも涙目で笑っていた。
辛いを英語で言うと“HOT”になると知った夜になった。
部屋に戻って、クーパーからオーストラリアで子供が遊ぶと言うパズルゲームを教えてもらう。
紙に書いた升目を取り合うゲームだった。
結局消灯時間まで二人で楽しむ。
ライダーは万国共通なのか?直ぐに溶け込めるのは、国籍は関係ない事を知った。
ベットに入り込む。
色々あった一日だった。
クーパーにお休みを言う。
「グッ ナイッ」
クーパーも答えた。
「おやすみなさい」
日本語知ってんじゃん!
今夜もニヤニヤしながら寝る事になった。
つづく・・・・。
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天気:晴れ
時間:9:00~17:30
距離:203km
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※写真はWEBから拾ったものです。旅中の写真アップは少々お待ちを!