高齢者だからという意識は全然ないのだが、
徐々に何かが変容してきている気がする。
まず、身体が冷えるようになっている。
それまでは感じることがなかった、身体の芯の部分がひんやりする。
ぬるいお湯に長く浸るといいとはいわれているし、
実際にそれをやっているにもかかわらず、冷える。
おそらく冷房のせいではないか。
体力の衰え、筋力がなくなってきていることは大いに自覚している。
ストレッチをしている同世代も多いのだが、
どうもおれの場合、続かない。
ドラッグストア作業をするとスクワットもどきを何度もくりかえす。
翌日は、いわゆる「ミが入っている」状態になる。
歩数も1万を超える。
だけど、これは決して筋トレにはなっていないんですよね。
フィジカルなことはほかにもいろいろあるが、
メンタルな部分での変化もある。
執着心がなくなった…といえばなんかエラソーな言い方だけど、
こだわりが若い頃より薄くなっている気がする。
たとえば、縁がなくなったものを思い出して考えることがない。
去って行った者の名前くらいは憶えているが、
別にそれが残念とかいうことはなく、
縁がないことを選択した自分は正しかったんだという自負、
それが自信になる。縁とはそういうものだと。
愛着はあるけど、執着はなかなか厄介なものだ。
過ぎていったものを追うこともない。
ただ、亡くなったひとたちのことを追慕する気持ちは深くなってきた。
彼らの電話番号がどうしても携帯から消せないでいる。
縁がなくなった人の名前は削除してしまうのにね。
☆
久しぶりにfatfat氏から近況報告があった。
庭の雑草を刈る草刈り機を購入して、使ったという。
草刈りは、やってみるとわかるが結構な運動量が要る。
しかも暑いこの時期だ。
さわやかな汗を流したことだろう。
そろそろ一献いってもいいかな…という感じなので、
9月になったらおっさんの軽い飲み会をやろうと計画した。
外食、外飲みはここのところやっていない。
立ち飲み屋がある界隈を通り過ぎると、呑んでいる連中がいる。
うまそうにグラスや盃を傾けている情景はいいなぁと思う。
だけど、どうしてもそこに自分の姿を置くのがイヤだ。
ひとりで日本酒のグラスを手にしている姿は似合わない…と思うのだ。
似合う人もいる。
だけどおれはアカン。
こころの奥の方から「やめとけ」という声がする。
でも、もうそろそろいいかな、というのが今である。
「呑むんかい!」
ってことだけど、久々に友人たちと集うのは嬉しいものである。
☆
友だちの父上は御年96歳で、お寺の和尚さん。
今は僧籍を後継者に譲って、ご隠居暮らしをされている。
能面を作ったり、能楽堂に鑑賞に出かけたりされている。
時に、お寺の本堂に人々を集め、講話というのだろうか、
スライドで写真を投影しながら話をされているという。
一度出かけてみたいと思いつつ、なかなか行けていない。
この父上殿は、中国の仏教遺跡「三大石窟」にも旅をされている。
特に「莫高窟」には詳しいというので、話を伺いたい。
写真もたくさん持っておられる。観たいみたい。
アフガニスタンのバーミヤン大仏を訪ねたのは2003年のことだ。
二体の大仏がタリバーンによって爆破された後すぐのことだった。
今はどういう形で保存されているのかわからないが、
おれが出かけた時は、大仏の真下まで行くことができたし、
爆破されてはいたけど、大仏の横の径を登ることもできた。
バーミヤンの町の通りで野菜を売っていた老爺がいた。
トマトを求めると、少年が飛び出してきて英語で話しかけてきた。
少し前までアメリカの兵隊がいたから英語を学んだという。
現地の通貨を持っていなかったおれは、1ドル紙幣を差し出した。
すると少年は「おじいちゃん、良かったな!1ドルだよ」。
老爺は紙幣を光にかざしたりして喜んでいた。
おれは実に複雑な気持ちで立ち尽くしていた。
ドル紙幣など使ってよかったのだろうか?問題は起こらないだろうか?
しかし、渡してしまったものは仕方がない。
その後、少年といろいろ話をした。
歩いて30分のところに母と弟、祖父母と住んでいるといった。
父親はいないと。
弟の面倒を見ながらバーミヤンの市場通りまで来て、
野菜販売の手伝いをしているという。
そんな他愛のない話をしているうちに夕暮れになってきた。
おれは彼に小さなハーモニカをプレゼントした。
「ありがとう。いろいろ話をしてくれたね」
少年は、おそらくハーモニカを初めて見ただろうし、手にした。
そして「吹いてみろ」というと恥ずかしそうにためらった。
アフガニスタンでは歌舞音曲が永らく禁止されていたから、
楽器を演奏することなど経験がなかったんだろう。
おれが去りかけようとした時、小さな音が出た。
少年は身をよじって喜んだ。いや、恥ずかしがった。
「じゃあな」
と別れると、歩きながら少年は少しずつ音を出していった。
それっきり少年とは会っていない。
今またタリバーンの支配によってアフガニスタンは混乱している。
少年の持っているハーモニカは大丈夫だろうか。
プレゼントしたことは正しかったのだろうか。
今でも気になるのだった。