
伊良部シリーズは17年ぶりになるのですね。
「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」(いずれも文春文庫)。「空中ブランコ」で直木賞を射止めています。
伊良部は精神科医。得意分野はパニック障害や社交不安障害、広場恐怖症などの神経症全般。
前三作は読みました。電車で笑ってしまった唯一の小説かもしれません。
新作を見かけるなり「買う」と即決していました。
伊良部も進化していました。伊良部だけでなく、看護師のマユミも。伊良部は、さらに肥えていたかもしれません。
行動療法のプログラムを組むと言っては、患者たちと外に出かける。
喫煙場所ではない場所でタバコをふかす人に注意せよ、とか、狭い場所に長時間いることができない人をヘリコプターに乗せて飛ぶ、とか、特定の人と関わることが怖い人たち(男子たち)にコスプレ(メイドカフェの衣装)させてハロウィンの渋谷をパレードさせる(やらないでね!)とかとか。
今回はマユミちゃんも大活躍。実はバンド活動をしていて、キーボードがやめちゃったからピアニストの患者に参加してもらったり、テレビのコメンテーターとして伊良部がリモート出演したとき、背後に割り込んでバンドのCDを宣伝したり(マユミが画面に映ったときだけファンが観るので視聴率が上がる)。意識が朦朧の患者にはいきなりビンタ(やらないでね)。怒ることができない患者には噛んでいたガムをおでこに貼る、などなど。
著者自身、パニック障害になった経験があります。だからこそ、わかる。だからこそ、書ける。自分の弱みを最高の魅力に変えた小説という意味で、私にとってはお手本になるような小説たち。
この小説を読んでいる間、夢を見ました。
「電気あんま」(わからなければ検索してみてください。ちゃんと出てきました)してくるやつに怒ってビンタして止めさせるというもの。かなりすっきりしてました。深層心理にまで、届いている証かと。
あっという間に読んでしまって、読み終わるのが惜しくなって、また新作を楽しみにしてしまう。それは稀有であり、しあわせなことだとも思います。
なんらかの心理的な障害、あるいは壁に悩まされている方にはおすすめです。
「いらっしゃーい」と歓迎され、鼻をほじりながら伊良部に「まじめだなー」と言われるでしょう。
まじめなことはとても大事なこと。必要なことであり、捨てるべきじゃない美質。
なのですが、「何に対して」まじめなのか?
脳内で強化されてしまった結びつきによって発症してしまった患者たち。
でもその強化は、生きるために必要なことでもありました。
伊良部は、強すぎる結びつきを解いていく。様々な行動療法にショック療法を交えて。ときには単純な肉体労働も課す。伊良部は楽しんでいるように見えるけど、全ては「治療」。
「外に出て人とともに汗を流す。それが一番必要なこと」
たまにはいいことを言う。筋は通っている。筋がなかったら、伊良部はただの変態になってしまう。そのバランス感覚が絶妙なのでしょう。
バランス感覚は、もう著者がつかむしかないものなのでしょう。誰がどう言ったからといって身につくものじゃない。生活をつないできて、自分のものとなった裏付けがないと筋にはならない。
「解決策」もまた、その人だけが見つけられるもの。迷惑行為に対して、「ラジオ体操第2ー。タンタカタン、タンタカタン、タタタタタンタタン」と、ラジオ体操第2で対抗するおじさんの解決策は、もはや発明とでも言えそうです。
「心の病」は、進化のチャンスとも言えます。今までの方法では行き詰まってしまったから症状が出る。薬はいっとき楽にして助けてはくれますが、根本の解決にはなりません。今までとは違った、何か「新しい方法」の誕生が待たれています。その意味で、治療は創造と似ています。
「私の心の病」の根本的な解決策は「ランニング」であったと言えます。この「」に入るものは、人によって違う。前の「」から後ろの「」に至るまでが物語となるのでしょう。
個々の物語に伴走するもの。それが小説なのでしょう。
「まじめ」であるのは「自分自身の欲求」に対して、です。
「権威」や「言葉」や「知識」や「常識」や「慣習」や「正義」や「親」や「学校」や「会社」や「社長」や、ではなくて。
今日も走る前、近くの神社にお参りしてきました。
思い切り手を2回叩きます。「パチン、パチン」といい音が出るようになりました。
それは、自分の胸の奥にある欲求に集中するため。
様々な付着物を払い落とし、私自身に還るため。
頭を下げるのは、頭が一番上にあるから「エライ!」と勘違いしないためなのかもしれません。
頭もまた体の一部。頭だけでは空回りしてしまいます。
胸の位置まで頭を下げる。それもまた、私にとっては必要な行動療法なのでしょうね。
この小説を読んで、自分にはどんな行動療法が必要なのか、想像して試すのも楽しいかもしれません。
奥田英朗 著/文藝春秋/2023
「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」(いずれも文春文庫)。「空中ブランコ」で直木賞を射止めています。
伊良部は精神科医。得意分野はパニック障害や社交不安障害、広場恐怖症などの神経症全般。
前三作は読みました。電車で笑ってしまった唯一の小説かもしれません。
新作を見かけるなり「買う」と即決していました。
伊良部も進化していました。伊良部だけでなく、看護師のマユミも。伊良部は、さらに肥えていたかもしれません。
行動療法のプログラムを組むと言っては、患者たちと外に出かける。
喫煙場所ではない場所でタバコをふかす人に注意せよ、とか、狭い場所に長時間いることができない人をヘリコプターに乗せて飛ぶ、とか、特定の人と関わることが怖い人たち(男子たち)にコスプレ(メイドカフェの衣装)させてハロウィンの渋谷をパレードさせる(やらないでね!)とかとか。
今回はマユミちゃんも大活躍。実はバンド活動をしていて、キーボードがやめちゃったからピアニストの患者に参加してもらったり、テレビのコメンテーターとして伊良部がリモート出演したとき、背後に割り込んでバンドのCDを宣伝したり(マユミが画面に映ったときだけファンが観るので視聴率が上がる)。意識が朦朧の患者にはいきなりビンタ(やらないでね)。怒ることができない患者には噛んでいたガムをおでこに貼る、などなど。
著者自身、パニック障害になった経験があります。だからこそ、わかる。だからこそ、書ける。自分の弱みを最高の魅力に変えた小説という意味で、私にとってはお手本になるような小説たち。
この小説を読んでいる間、夢を見ました。
「電気あんま」(わからなければ検索してみてください。ちゃんと出てきました)してくるやつに怒ってビンタして止めさせるというもの。かなりすっきりしてました。深層心理にまで、届いている証かと。
あっという間に読んでしまって、読み終わるのが惜しくなって、また新作を楽しみにしてしまう。それは稀有であり、しあわせなことだとも思います。
なんらかの心理的な障害、あるいは壁に悩まされている方にはおすすめです。
「いらっしゃーい」と歓迎され、鼻をほじりながら伊良部に「まじめだなー」と言われるでしょう。
まじめなことはとても大事なこと。必要なことであり、捨てるべきじゃない美質。
なのですが、「何に対して」まじめなのか?
脳内で強化されてしまった結びつきによって発症してしまった患者たち。
でもその強化は、生きるために必要なことでもありました。
伊良部は、強すぎる結びつきを解いていく。様々な行動療法にショック療法を交えて。ときには単純な肉体労働も課す。伊良部は楽しんでいるように見えるけど、全ては「治療」。
「外に出て人とともに汗を流す。それが一番必要なこと」
たまにはいいことを言う。筋は通っている。筋がなかったら、伊良部はただの変態になってしまう。そのバランス感覚が絶妙なのでしょう。
バランス感覚は、もう著者がつかむしかないものなのでしょう。誰がどう言ったからといって身につくものじゃない。生活をつないできて、自分のものとなった裏付けがないと筋にはならない。
「解決策」もまた、その人だけが見つけられるもの。迷惑行為に対して、「ラジオ体操第2ー。タンタカタン、タンタカタン、タタタタタンタタン」と、ラジオ体操第2で対抗するおじさんの解決策は、もはや発明とでも言えそうです。
「心の病」は、進化のチャンスとも言えます。今までの方法では行き詰まってしまったから症状が出る。薬はいっとき楽にして助けてはくれますが、根本の解決にはなりません。今までとは違った、何か「新しい方法」の誕生が待たれています。その意味で、治療は創造と似ています。
「私の心の病」の根本的な解決策は「ランニング」であったと言えます。この「」に入るものは、人によって違う。前の「」から後ろの「」に至るまでが物語となるのでしょう。
個々の物語に伴走するもの。それが小説なのでしょう。
「まじめ」であるのは「自分自身の欲求」に対して、です。
「権威」や「言葉」や「知識」や「常識」や「慣習」や「正義」や「親」や「学校」や「会社」や「社長」や、ではなくて。
今日も走る前、近くの神社にお参りしてきました。
思い切り手を2回叩きます。「パチン、パチン」といい音が出るようになりました。
それは、自分の胸の奥にある欲求に集中するため。
様々な付着物を払い落とし、私自身に還るため。
頭を下げるのは、頭が一番上にあるから「エライ!」と勘違いしないためなのかもしれません。
頭もまた体の一部。頭だけでは空回りしてしまいます。
胸の位置まで頭を下げる。それもまた、私にとっては必要な行動療法なのでしょうね。
この小説を読んで、自分にはどんな行動療法が必要なのか、想像して試すのも楽しいかもしれません。
奥田英朗 著/文藝春秋/2023
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