昨年末に読み終えていたのですが、感想を書く余裕がなく、年始になってしまいました。それでもこの作品のインパクトは絶大で、読後感が消えることもありません。
私が応募しようとしてる「小説すばる文学賞」の選考委員には宮部さんもいらっしゃるのです。宮部さんの作品に触れるのは「ソロモンの偽証」(新潮文庫)以来でしょうか。文庫で全6巻もある大作ですが、あの時も夢中で読んでしまった記憶があります。
今回もしかり。本当に久しぶりに、就寝前に布団で読むということをしました。続きが気になって。
ネタバレになってしまうので結末は書きません。少しづつ少しづつ真相に近づいていきます。主人公は子持ちの中年刑事(本間俊介)なのですが、足をピストルで撃たれた後のリハビリ中なので休職中です。そのタイミングを狙って、遠い親戚の若い男が訪ねてきます。「婚約者が失踪してしまったので探して欲しい」と。
探し人(関根彰子)を痛む足を引きずりながら勤務先や知人などを訪問し、話を聞いて彰子(しょうこ)がどんな人間なのかを浮き彫りにしていきます。彼女の理解を深めていくことで自ずと今どこにいるのかが見えてくると踏んで。
実際にそうなっていきます。まったく読者の想像を超える形で。
大きなテーマになっているのはクレジット破産です。
この作品が発表されたのは平成4年(1992年、文庫化はその6年後)ですから、私は高校一年生。バブルが弾ける寸前でしょうか。
クレジットカードの発行枚数は鰻登りでした。作中に弁護士による詳しい説明があります。
彰子の「しあわせになりたいだけだった」というセリフがあります。それが本心でしょう。特技もなく地味な生活をしている人たちにクレジットカードは魅力的に迫ってくる。ブランド品を買う。ちょっといい生活をしてみる。カードで。
いつの間にか返済ができなくなっている。それでまた借金。気づけば取り立て屋に追われている。
彰子はそういう人でした。とても真面目だから追い込まれてしまう。
読んでいて思い出したのは松本清張の「砂の器」(新潮文庫)でした。その主人公も誰にも知られたくない過去を持っていました。そしてその過去というのは、誰でもなりうるものです。宮部さんは松本清張をとてもリスペクトされていますので、自ずと作風が似てくるのかも知れません。骨太な「社会派」です。
が、それだけでなく、物語を支える細部の表現がまた素晴らしかったです。たぶん宮部さんでしか書けない的を得た、かつ繊細な言葉。物語を支える様々な人物たちの描き分け。ストーリーが小説の骨組みなら、壁紙や床板、間取り、インテリア、設備なども整っていなければ住み心地のいい家にはなりません。小さくても気持ちのいい庭や緑も欲しいですが、そんな思いにも言葉が届いているというか。
一人のカリスマ刑事(あるいは探偵)が謎解きをしていくというスタイルでもありません。真相に至るヒントは、日頃接している家族や友人、知人との対話から生まれます。刑事の仲間、子供、子供の世話をともにしてくれている同じマンションの住人夫婦、彰子の同級生やその妻、その他にも。出てくる人たちみんなの証言がラストに向かっていく。だから読むことを止めることが難しくなってしまう(しあわせなことですが!)。
種明かしできないモヤモヤが残りますが、気になった方はぜひ読んでみてください。
ある意味ホラーでもあります。私も読後、嫌な夢を見ました……。
ですが、借金への見方は変わると思います。その人だけが悪いのではないのだと。
ミステリーの謎とは、要するに人間のことなのだと。
宮部みゆき 著/新潮文庫/1998
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