泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

踏切の幽霊

2023-10-07 22:01:22 | 読書
「幽霊塔」に続いては、「踏切の幽霊」。先の直木賞候補作。残念ながら受賞には至りませんでした。
 というのは、著者の「幽霊人命救助隊」(文春文庫)を4年半前に読んでおり、感動していたから。その本は、今でも働く本屋で売り続けています。
 今回は、正直、前回よりも「感動」はしなかった。
 感動するのは、おそらく、自分を作る大事な一部と重なるから。その意味で、この作品は、どうも共感できるところが少なかったように感じました。それが直木賞受賞作との差なのかはわかりませんが。
 下北沢付近の踏切内に幽霊が現れ、よく電車が急ブレーキをかけて止まっていました。その原因を探るべく、新聞記者から妻の死をきっかけに女性誌記者へと転職していた松田が担当になる。妻の死への自責の念を持ち、人生にやる気を失っていた松田は、妻が今も自分の近くにいる証を求め彷徨ってもいました。
 松田が、隠されていた事実を、一つずつ明らかにしていきます。それは、幽霊となったものが、松田なら私の存在を明らかにしてくれると信じていたからでもあります。
 踏切の幽霊の声を聴こうとして、霊媒師が現場で仕事をする場面があります。その霊媒師から松田は、妻が今もそこにいて、とても穏やかな顔をしていると告げる。松田が仕事ではあれ、幽霊の存在に近づく中で、自身も救われていく。
 それでも、強い感動に結びつかないのは、幽霊がしょうもないやつらに殺されたから。どうしてもそこが陳腐に感じてしまう。
 父に性虐待をされた挙句、客を取るようにされてしまった少女時代。キャバクラで働くようになっても、娼婦として扱われ、ヤクザに囲われ、悪徳政治家に弄ばれ、バカにされて、死んでもいいやつだと思われ、実際殺されてしまう。死んでも死にきれず、心臓を刺されたにも関わらず、坂の上にある踏切まで歩いていった。なぜ、踏切まで歩いたのか? が最大の謎として最後まで引っ張る力となっています。
 幽霊にさせられた彼女は、次々に復讐を果たしていく。自分の仲間は助けていく。
 だから幽霊話というより復讐話になっています。だからなんだかすっきりしない。
 浮かばれないというのか。浮かばれないからこそ書かれた小説とも言えるのですが。どこまで普遍性があるんだろう。
 幽霊が謎解きに使われてしまった、というような感じもあって。
 うーん、なんだろう。
 幽霊の扱いは難しい、ということでしょうか。
 超自然現象を連発してしまうと白けてしまうというか。
 落とし所が難しい。とてもデリケート。
 なんでもありなようでいて制約がある。その線引きの妙。
 参考にはなりました。
 松田のその後とか、殺された娘さんのお母さんのその後とか、もう少し書かれていたらよかったのかなとも思います。
 陳腐さは個性を消してしまう。没個性の暴力装置に抗う話として読むこともできます。そこまで思い当たって、初めて感動が押し寄せてきました。死なされた一人の人間の悲しみが、うめき声とともに迫ってきます。

 高野和明 著/文藝春秋/2022

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