第二次世界大戦下のイギリスの小さな港町が舞台。
16歳のチャスは、港で行われている戦闘に興味津々。港には大砲とサーチライト。湾には護衛船団にタグボート。それに、重要な貨物を積んだ船を狙い撃ちにするドイツのUボートと呼ばれる潜水艦が潜んでいる。
そのUボートがくせもので、なかなか捕まえることができず、貨物船を沈めらているイギリス側は頭を悩ませていました。
あるとき、チャスは川岸に打ち上げられた不審なボウルを発見する。自宅に持ち帰って調べると、暗号らしきメモとバッテリーと時計と発信機が入っていました。
チャスは、この発信機の入ったボウルは、スパイが川に流して、Uボートに機密情報を伝えていたのだと推測します。
チャスは、まだ16歳だけど、だからこそなのか、対ドイツの戦いに勝つために貢献したくて仕方ない。だから彼は、スパイ探しに奔走します。
幼馴染のセムとオードリと、同級生のシーラも巻き込んで。というか、他の三人も乗り気になって。
この物語がただのスパイ探しだけだったら、そこまで広がりはなかったのかもしれません。
というのは、権力者(ボス)たちが描かれているから。
チャスの父さんは工場で働いている労働者です。シーラは、チャスが好意を寄せている女子ですが、北の小高い丘の上に住んでいる。そこに住めるのはごく一部の人たち。シーラの父は市議会議員で治安判事。ボスの中のボス。
もう一つ、階級がある。海沿いに組み立てられた連なる家々。もはや大地の上に家はない。はみ出した海の上に、身を寄せ合っている。ロウ・ストリートと呼ばれる貧民街。そこには売春宿もあり、外国人(マルタ人)も住んでいる。とにかく治安が悪い。だけど、チャスたちは行ってみたい場所でもある。
チャスたちは、手作りの筏に乗ってロウ・ストリートの下を潜り、どこからボウルを流したのか手がかりをつかもうともする。その中で、川を航行する船の波にもまれ、スクリューに危うく飲み込まれそうにもなる。
タグボートの「ヘンドン号」に助けられる。その船長バーリーは、チャスの両親の知り合いでもありました。
チャスはそんな感じで、こうと思ったら突っ走ります。母さんはハラハラしてしょうがない。なんとかチャスを管理しようと口責め。父さんはチャスへの理解があり、妻への配慮もあって、いい父親だなあと思います。
チャスが行動するたびに、一つずつ、手がかりがつかめる。一気にスパイまでは辿り着かない。だけど、ついにスパイが誰なのか、分かるときがきます。
そこに至るには、ロウ・ストリートで知らない人はいないネリーの協力まで取り付ける。ネリーは、売春宿の女主人。ネリーを逮捕しようと長年追いかけている警察署長も絡んできて、警察署長が威張ることのできないシーラの父スマイソンにもつながっていく。風が吹けば桶屋が儲かるじゃないけど、小さな町だから、少年たちの行動がロウ・ストリートからボスたちまでをも動かしていく様子はなるほどと思わせます。全体が有機的に関連していて、無駄がないのは優れた作品の特徴の一つでもあります。
で、スパイは誰だったのか? 私も、最後の最後までわかりませんでした。
でも、捕まってみると、その人もまたただの人。普段は善良な市民が、大きな罠にはまっただけのようで。
スパイであったことがばれれば死刑。恐怖に震え、チャスと目を合わせることもできず、失禁してしまう。
そんな元スパイを見て、チャスは何を思い、どうしたのか?
ぜひ読んでみてください。
ただ、チャスは、このスパイ探しという物語を通じて、一つ大人になったと言えるのではないでしょうか。
立場の違う人間への想像力が、嫌でも身に付く。その力は、例えばガールフレンドへの思いやりにもつながっていく。
「ドイツ」という「敵国」への思いも、微妙に変化していくはずです。
物語は、人の認識を変える力を持っている。そう改めて気づかせてもらいました。
宮崎駿監督の挿絵もまた「これしかない!」と思わせる的確さです。物語の具体化に大いに役立っています。見どころの一つでもあります。
ロバート・ウェストール 作/金原瑞人・野沢佳織 訳/宮崎駿 絵/岩波書店/2009
16歳のチャスは、港で行われている戦闘に興味津々。港には大砲とサーチライト。湾には護衛船団にタグボート。それに、重要な貨物を積んだ船を狙い撃ちにするドイツのUボートと呼ばれる潜水艦が潜んでいる。
そのUボートがくせもので、なかなか捕まえることができず、貨物船を沈めらているイギリス側は頭を悩ませていました。
あるとき、チャスは川岸に打ち上げられた不審なボウルを発見する。自宅に持ち帰って調べると、暗号らしきメモとバッテリーと時計と発信機が入っていました。
チャスは、この発信機の入ったボウルは、スパイが川に流して、Uボートに機密情報を伝えていたのだと推測します。
チャスは、まだ16歳だけど、だからこそなのか、対ドイツの戦いに勝つために貢献したくて仕方ない。だから彼は、スパイ探しに奔走します。
幼馴染のセムとオードリと、同級生のシーラも巻き込んで。というか、他の三人も乗り気になって。
この物語がただのスパイ探しだけだったら、そこまで広がりはなかったのかもしれません。
というのは、権力者(ボス)たちが描かれているから。
チャスの父さんは工場で働いている労働者です。シーラは、チャスが好意を寄せている女子ですが、北の小高い丘の上に住んでいる。そこに住めるのはごく一部の人たち。シーラの父は市議会議員で治安判事。ボスの中のボス。
もう一つ、階級がある。海沿いに組み立てられた連なる家々。もはや大地の上に家はない。はみ出した海の上に、身を寄せ合っている。ロウ・ストリートと呼ばれる貧民街。そこには売春宿もあり、外国人(マルタ人)も住んでいる。とにかく治安が悪い。だけど、チャスたちは行ってみたい場所でもある。
チャスたちは、手作りの筏に乗ってロウ・ストリートの下を潜り、どこからボウルを流したのか手がかりをつかもうともする。その中で、川を航行する船の波にもまれ、スクリューに危うく飲み込まれそうにもなる。
タグボートの「ヘンドン号」に助けられる。その船長バーリーは、チャスの両親の知り合いでもありました。
チャスはそんな感じで、こうと思ったら突っ走ります。母さんはハラハラしてしょうがない。なんとかチャスを管理しようと口責め。父さんはチャスへの理解があり、妻への配慮もあって、いい父親だなあと思います。
チャスが行動するたびに、一つずつ、手がかりがつかめる。一気にスパイまでは辿り着かない。だけど、ついにスパイが誰なのか、分かるときがきます。
そこに至るには、ロウ・ストリートで知らない人はいないネリーの協力まで取り付ける。ネリーは、売春宿の女主人。ネリーを逮捕しようと長年追いかけている警察署長も絡んできて、警察署長が威張ることのできないシーラの父スマイソンにもつながっていく。風が吹けば桶屋が儲かるじゃないけど、小さな町だから、少年たちの行動がロウ・ストリートからボスたちまでをも動かしていく様子はなるほどと思わせます。全体が有機的に関連していて、無駄がないのは優れた作品の特徴の一つでもあります。
で、スパイは誰だったのか? 私も、最後の最後までわかりませんでした。
でも、捕まってみると、その人もまたただの人。普段は善良な市民が、大きな罠にはまっただけのようで。
スパイであったことがばれれば死刑。恐怖に震え、チャスと目を合わせることもできず、失禁してしまう。
そんな元スパイを見て、チャスは何を思い、どうしたのか?
ぜひ読んでみてください。
ただ、チャスは、このスパイ探しという物語を通じて、一つ大人になったと言えるのではないでしょうか。
立場の違う人間への想像力が、嫌でも身に付く。その力は、例えばガールフレンドへの思いやりにもつながっていく。
「ドイツ」という「敵国」への思いも、微妙に変化していくはずです。
物語は、人の認識を変える力を持っている。そう改めて気づかせてもらいました。
宮崎駿監督の挿絵もまた「これしかない!」と思わせる的確さです。物語の具体化に大いに役立っています。見どころの一つでもあります。
ロバート・ウェストール 作/金原瑞人・野沢佳織 訳/宮崎駿 絵/岩波書店/2009
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