泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

ハックルベリー・フィンの冒険

2022-09-09 17:49:36 | 読書
「トム・ソーヤーの冒険」の続編。作者のマーク・トゥエインは、40歳(1876年)で「トム・ソーヤーの冒険」を出版して成功し、すぐにこの続編を書き始めたそうですが、完成まで8年かかったそうです。読み終えると、確かに、この8年の重みを感じます。
 ハックルベリー・フィン(以下「ハック」)は、トム・ソーヤー(以下「トム」)の親友ですが、家族である唯一の父が大酒飲みで、息子の金も俺がボスだからという理由で巻き上げるような毒親の極みのような存在。トムとの冒険で金持ちになり、慈善家によって家や教育も保障されたハックですが、窮屈な生活に馴染めず、父に強制的に引き戻された後も、あまりにも暴力的な父との暮らしにも馴染めず、放浪の旅に出る。知恵を絞って、自分が殺されたことにして。言わば、自ら社会的な存在を消して、自由な身に生まれ変わりたかった。その旅に出た。
 旅の途中で再会したのがジム。ジムは顔見知りの黒人奴隷。かつてのアメリカには、黒人の奴隷がいました。そのジムは、所有者が売ろうとしているのを知って逃げていたのでした。ハックとジムは意気投合して支えあって旅をすることになります。
 次から次に、やっかいごとを乗り越えていく。巨大なミシシッピ川を筏で下っていくのですが、蒸気船とぶつかってしまったり、難破船に乗り込んで強盗と鉢合わせしたり。自称「王様」と「公爵」の二人の詐欺師と旅を共にせざるを得ないこともあった。一族同士の「闘争」に巻き込まれも。
 もう、どうなるんだろうどうなるんだろうとハラハラさせられっぱなし。ハックは機転を効かし、口から出まかせでなんとか乗り越えようとし、ジムが献身的に支える。ジムはハックに「たった一人の親友」だと伝え、心から信頼している。「逃亡奴隷」として懸賞金まで出され追われる身のジムを、ハックはときに裏切ろうとする。本当に黒人奴隷を解放するなんていう大それたことをしていいんだろうかと大変に葛藤する。最後には、世間の評価や慣習や罪よりも、自分の心の声に従うことにする。その時点で、ハックは成長したと感じる。読む私も感動する。
 もう平和だ、もう自由だと思わせておいて、最後の最後に大きな試練が待っている。
 行き詰まった(あらゆる詐欺の手口が通用しなくなって)「王様」が、ジムを売り払うという暴挙に出る。そしてジムはある家の倉庫に幽閉されてしまった。ジムを助けようとハックがその家に近づくと、見知らぬおばさんが飛び出してきて抱きつき、「待ってたんだよトム」と言う。「?」なのですが、ハックはトムになり切って(そうするしかなく)そのお家のお世話になることに。実物のトムは後からやってくる。待ち伏せしてトムと再会したハックは、また二人で共謀してお人好しのおばさんを騙す。トムは、義理の弟のシドになり切って。そのおばさんは、ポリーおばさんの妹のサリーおばさんだった。ポリーおばさんは、トムの親になっている人。
 そしてトムは、いかにして囚人となったジムを解放するかでフル回転。「みんなそうやってるんだから」という本で得た知識を絶対視して、ハックとジムにはどうでもいいような決まり事を押し付けていく。血で暗号を書かなければならないとか、囚人はネズミやクモやヘビを手懐けるものだからとか、穴を掘るのはツルハシではなくナイフじゃなきゃダメとか。流石にナイフではぜんぜん掘れず、時間もないのでナイフで掘ったつもりでツルハシで掘る。トムの「めんどくさい度」は増していた。
 それでも、トムは冒険があまりにも好きだけれど、やると決めたことはやるのでハックも従う。ついに逃亡の決行の日。今度こそ上手く行ったと思いきやまた試練が。トムは、追いかける男衆の放つピストルの弾にふくらはぎを撃たれていた。
 トムは筏を出せと言い張りますが、ハックとジムは許さない。医者を探してトムを助ける。医者を探し出したハックは、サリーおばさんの夫と鉢合わせてしまい、家に連れて返されてしまう。家で、トムとジムの身を案ずるハック。サリーおばさんも、トム(シド)のことを心配して夜も眠れない。そして逃亡した黒人のことはあれやこれやと悪口三昧。黒人の仲間がたくさんいたんだとか、根拠のない話もたくさん。
 で、最終的には、医者がトムを連れて家にやってくる。ジムも一緒で、医者の証言によって、ジムはとてもいい人で、これ以上ない看病をしてくれたと皆の衆に伝え、憶測からのジムへの暴言は影を潜めていく。
 眠っていたトムが目覚めると、サリーおばさんにペラペラとこの冒険の自慢話を始め、ジムは自由の身になったと思っていたけど実際には元の倉庫に戻されており、最後の最後にジムの秘密が明かされる。いつの間にかポリーおばさんも部屋に来ており、しっかり締める。
 ああ、なんという冒険なんだろう。ジムの「秘密」は読んでのお楽しみということで。
 どうしようもない大人たちも、信用できるしっかりした大人たちもいる。居場所のない人も、居場所のない人ととなら協力して居場所を作ることができる。その場所が、ハックとジムの最も快適な場所が、常に流されている筏の上というのが印象的。そしてあっという間に詐欺師たちに占領されてもしまう。
 トムは、最終的に、ハックとジムの恩人のようになるけど、トムもまたハックとジムがいたからこそ心を満たす冒険を堪能できた。お互い様というのでしょうか。誰がヒーローというわけでもない。読んだ人の中で、じわじわと自分にも困難な旅の末には自分の居場所はあるんだと思わせてくれる。
 この物語がアメリカの文学の源流だと言われるのもわかった。連想したのは、スティーブン・キングの「ショーシャンクの空に」。原作は「刑務所のリタ・ヘイワース」。新潮文庫の「ゴールデン・ボーイ」に収められています。
 思えば私も大変な冒険をしてきたのかもしれない。これで終わり、なんてない。ハックだってトムだって、きっとまた連れ立って旅に出るんだろうと思う。ジムはもうこりごりで、家族とともにしあわせに暮らすのが一番だと言いそうだけど。

 マーク・トゥエイン 著/千葉茂樹 訳/岩波少年文庫/2018

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