前回のスマスイから先週末の母の外泊は、当日に入院以来キャンセルした。
1週間の間に急に病状が進み、痛みが増えて麻酔の量は4倍も増え、痛みの場所も移動し、
腸閉塞をおこし、筋力もかなり低下していると外泊当日に先生から説明があった。
ご飯もほとんど食べれなくなった。
その日は、引っ越し翌日で午後一に西宮の団地の最終検査があり、おとうとの転出手続きもあり、
母の友人に会わせるひょっとしたら最後のチャンスになるかもと密かに計画をたてていた。
いざ自家用車に乗ろうとしたが、足が全く動かず私は、パニックになってしまい
何度もトライしてもお互いの動きが合わなくて母を車に乗せる事ができなかった。
先生から説明を受けていたにも関わらず、たった1週間の間にこれほど変わるのか、
麻酔で力が入らないのでどうする事も出来ず。
車に乗れなくなった時、母が唯一楽しみにして生き甲斐にしている外出が途絶えると
ずっと覚悟していたのだが、実際その時を目の当たりすると
パニックと病気の母に厳しく声がけをしてしまった自分がとっさにとってしまった態度が情けなく泣いてしまった。
結局、病棟を出て時間も経たないうちに母は、またベットに戻り、予定も迫っていたので
残念だけど初めて外泊キャンセルをした。
先生と看護師さん達がその日の急な変更にもすぐに対応して下さり
落ち込んだ母を慰めてくれたと夜、西宮から戻り母に会いに行くと母が話してくれた。
本当にありがとうございました。
私が母に生きてもらいたいと願う時間の目標は、
初めて緩和ケア病棟を訪れ、あと1ヶ月と言われた時の1ヶ月。
新しく病院が移転する7月の始め。
そして昨日の母の誕生日。
ずっと母は、その目標をクリアしてくれている。
できればもっともっと生きてもらいたい。
1週間の間に急に病状が進み、痛みが増えて麻酔の量は4倍も増え、痛みの場所も移動し、
腸閉塞をおこし、筋力もかなり低下していると外泊当日に先生から説明があった。
ご飯もほとんど食べれなくなった。
その日は、引っ越し翌日で午後一に西宮の団地の最終検査があり、おとうとの転出手続きもあり、
母の友人に会わせるひょっとしたら最後のチャンスになるかもと密かに計画をたてていた。
いざ自家用車に乗ろうとしたが、足が全く動かず私は、パニックになってしまい
何度もトライしてもお互いの動きが合わなくて母を車に乗せる事ができなかった。
先生から説明を受けていたにも関わらず、たった1週間の間にこれほど変わるのか、
麻酔で力が入らないのでどうする事も出来ず。
車に乗れなくなった時、母が唯一楽しみにして生き甲斐にしている外出が途絶えると
ずっと覚悟していたのだが、実際その時を目の当たりすると
パニックと病気の母に厳しく声がけをしてしまった自分がとっさにとってしまった態度が情けなく泣いてしまった。
結局、病棟を出て時間も経たないうちに母は、またベットに戻り、予定も迫っていたので
残念だけど初めて外泊キャンセルをした。
先生と看護師さん達がその日の急な変更にもすぐに対応して下さり
落ち込んだ母を慰めてくれたと夜、西宮から戻り母に会いに行くと母が話してくれた。
本当にありがとうございました。
私が母に生きてもらいたいと願う時間の目標は、
初めて緩和ケア病棟を訪れ、あと1ヶ月と言われた時の1ヶ月。
新しく病院が移転する7月の始め。
そして昨日の母の誕生日。
ずっと母は、その目標をクリアしてくれている。
できればもっともっと生きてもらいたい。