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佐原ミズ 「バス走る。」

2007年06月11日 23時42分08秒 | レビュー
バス走る。

新潮社

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日常の中で、ちょっと煮詰まった時。

コンビニでふと手にした雑誌の中に面白い漫画を見つけ、
インスピレーションがわくことがあります。

ゾクゾクッ、と何かが背筋を駆け巡り
目は漫画のコマを見詰め
手は雑誌を持っていても
心は別の場所に飛んでいます。

会ったことのない人……
キャラが喋り、何かを言い合い、
そんな鮮烈なシーンが闇の中に浮かぶように
湧き上がってきては消えるのです。

時々、立ち読みするコミックバンチで見かけた
佐原ミズという作家。

バンチで連載されている「マイガール」を読んだ時、
懐かしくて忘れていた純粋な衝動が心の中に蘇ったのです。

そしてネットで調べてみると「マイガール」1巻が
発売していると分かりました。

更に、8日には上の画像にある「バス走る。」という
短編集が発売されるという情報も。

8日。
マイガールが近くの書店になく「バス走る。」が入荷していました。

家に帰って読むと、やはり吹き抜けた懐かしい風。

夏。
北海道の山の中で、暑い日差しに照らされた自分が
木陰に入って一休みしていると。

不意に風が吹いて優しく頬を、
汗ばんだ肌を撫でていくのです。
振り返ると、そこには気の合う仲間や家族が。

その時持っていた、純粋な想いはなくしたわけではなかったのだ。
そう思えると、鼻の奥がツン……としてきて
涙まで浮かんでくる始末。

この本を読む時、読者が何を感じるかは分かりません。

しかし、無味無臭で毒にも薬にもならない…そんな
資本主義の産物よりは、やや芸術に近く。
どこかで置き去りにしてきた心の欠片に再会できるかもしれない、
それが短編集「バス走る。」だと私は感じました。


この方…佐原ミズの漫画の中で特に印象的なのが
水彩風のタッチで描かれたカラーページです。
イラストレーターの弘司さんのタッチにも似ている気がします。

それ以外はもちろん漫画が収録されています。
内容は少女マンガに近いのですが、
ティーンズ向けに描かれた内容ではないように思いました。

それは決して性的描写や暴力的な描写が
あるというわけではなく、むしろその逆です。

余りにも透き通ったその時間、
日常の中にあったかけがえのない瞬間を描いているため、
いまその時を過ごしている人には響きにくいと思うのです。

かつて誰もが通った道、その中にあって今はない
空気のような「瞬間」の存在感は振り返ることでのみ
実感できるものだと教えてくれているような……。

何か形のある答えに至ろうとするものではなく
道を探す中で、ふと得た実感の輝きを描いている。
そのように感じました。

レビューというより感想に近いものになってしまいましたが、
この作者の漫画に触れる機会になればと思います。