吉原健二 マルチエンジンを持つ。文系、理系を問わず、全分野の情報を、人生論や生活信条まで含めて、披露します。

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速水智子さん(前頁の続き)

2014-02-19 05:47:49 | 思い出
速水智子さんについて
彼女は、凄い!

プラネットシステムという会社を作り、筑波地区で活躍した。

間もなく、茨城大学の教授になった。
5~6年筑波で活躍して、夫の転勤で岐阜に移った。

たちまち、岐阜大学の教授になったのである。

20数年、年賀状交換の続いている彼女は、唯一私を先生と呼んでくれる教授である。

(本当は、学校内で、同僚の先生をお互いに、先生と呼ぶ習慣だけなのである。)


インターネットで彼女を検索して、驚いた。

立派な有名人で、速水智子だけで、続々出てくる。

今年頂いた年賀状よりの写真を、お見せします。


筑波の思い出

2014-02-19 05:17:49 | 思い出
筑波の思い出
私は、55才の第一定年の時に、土浦の専門学校に派遣になった。

茨城県土浦市のはずれに、筑波研究学園専門学校というソニー系列の学校がある。

私は、そこに1年半、講師の講師として派遣になった。
(もちろん、授業も担当する訳だが)
すなわち、主に先生にパソコン技術を教える訳である。

ソニーから4名が派遣されていた。校長の若山さん、理事の川手さん、講師で同僚の藤本さん(TV専門)と私である。

月~木は、ホテル住まい、金土日は、常磐線の特急利用で神奈川県の綾瀬市に帰る。
それでも片道、3時間半である。

楽しみは、夜にあった。
毎晩、学校が16時に終わると、藤本さんと二人で土浦の飲み屋を歩いた。

市内にあるほとんどの飲み屋、約20軒を網羅した。
私は、そんなに呑み助ではない。
まあ、ビールをコップ一二杯で直ぐに真っ赤になる。

それでも、ノミニケーションが好きで行く。

何故、こんなことが出来たか?
もう時効だから打ち明けると、なんと、短距離出張扱いで、旅費、宿泊費、日当まで給料と別に付いたのである。

今でいう、おいしい話だった。

ここで、知り合った人がいる。
飛び切りの美人で、頭のいい人だ!

その人の名は、速水智子(さとこ)さん!
専門学校の先生で、且つ私の生徒だった! (次に、続く)

ハーフパイプ 津田予選落ち!(光速報)

2014-02-19 03:13:38 | オリンピック
新種目のフリースタイルスキー・ハーフパイプは3時30分に終わった。

1位USA
2位カナダ

で、津田健太朗は予選落ちだった。

津田は、今年1月のW杯で7位の成績を挙げた。

後ろ向きに飛ぶエア(空中技)の「スイッチ」を得意とする。

過去の世界選手権3回出場で、19位が最高だった。

昨年末に、スキー事故で父を亡くしており、「天国の父にいい滑りを見せたい!」
と語っていた。