希望列車で行こう!

勇気は幸福の乗車券、希望列車に、飛び乗ろう。

希望列車157

2010-10-14 18:59:04 | 日記
池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、言っています。

『本来、「苦」と「楽」は、一体(いったい)なのです。』

なぜだろう・・?

「苦」と「楽」は、正反対だし、楽は、いいけれど、苦は決して、いいものではない。望んで、苦を求める人は、いないと思う。それなのに、「苦」と「楽」は、一体・・?

さらに、池田先生は、言っています。

『真の「楽しさ」とは何か。それは『生命の充実(じゅうじつ)』です。その充実とは、苦難と戦う中にこそある。
労苦(ろうく)を厭(いと)わず、必死に祈って、壁(かべ)を破(やぶ)る。勝利する。だから喜びも大きい。本当に楽しいのです。』

充実は、苦難と戦う中にある。

確かに、苦を望む人なんていない。けれど、その苦難に立ち向かい挑戦していった時、充実(じゅうじつ)が生まれ、本当の意味の『楽しさ』が生まれる・・ ということだろうか。

たしかに、なんにもしなかったら、面白くない。どんな趣味を始めるにしても、なにかしらの努力は必要だし、なにかしらのガンバリは、必要だ。そこを、がんばりきれた時、充実が生まれ、楽しみが生まれる。その楽しみが、癖(くせ)になり、もっともっと、がんばろうとする。

そう考えると、確かに、「苦」と「楽」は、一体なのかもしれない。

けれど、まだ、趣味の世界ならともかく、現実の苦闘(くとう)渦巻(うずま)く世界に生きていると、そう趣味のように楽しく生きていけないのも、 事実だと思う。苦は苦でしかなく、ともかく辛(つら)く、苦しいという場合もあると思う。

すなわち、現実の苦難に埋(う)もれ、苦難に負けてしまう場合も、あるかもしれない。

それは、なぜだろうか・・?

それは、それらの現実の苦難に打ち勝つだけの、『生命力』『パワー』が、自分の中にないからだと思う。

この苦難に打ち勝つ『生命力』『パワー』がないということが、苦難に負け、不幸を生み出す原因だとも言えます。
自分の中に、苦難に打ち勝つだけのエネルギーがない・・。そこから、苦は苦としてしか、受け止められなくなり、さまざまな不幸が、生まれてしまう。

ようは、その苦難に打ち勝つだけの生命力、パワーが、自分の中にあればいいわけです。そうなれば、その苦難に打ち勝つ強い強い生命力、パワーが、 苦難を充実に変え、苦を楽に変えていってしまう。そしてその力(ちから)は、やがて、その人に、さまざまな幸せを、もたらしてくれる。

その苦難に打ち勝つ生命力、パワー、エネルギーを、生命の根源から生み出す唯一(ゆいいつ)の方法と言っていいのが、創価学会が実践している、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです。

だから、池田先生が言うように、本当に楽しいんです。苦難をチャンスと受け止め、真剣に祈り、挑戦していく。南無妙法蓮華経は、無限の生命力そのものなので、南無妙法蓮華経を、となえていくと、自分の中に生命力が、ドクドクと、わき上がってきます。その生命力は、苦難に打ち勝つ力(ちから)となり、 壁(かべ)をやぶり、勝利することに、つながっていく。

それは、言い知れない充実となり、歓喜となっていく。そして、心からの幸せが生まれる。

だから、本当に楽しいんです。心の底からの『楽しい』という充実なんです。

『南無妙法蓮華経は、歓喜(かんき)の中の大歓喜』と言います。

その通り、創価学会の中で、南無妙法蓮華経を、となえながら、あらゆることに挑戦していくと、本当に楽しいんです。
それは、歓喜となり、充実となり、人生の勝利と幸せを、生みます。

それが、「苦」を「楽」に変える、歓喜の中の大歓喜といえる、創価学会が実践する、南無妙法蓮華経を、となえる仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・!

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