黄砂なんだかだだの曇りなのか朝から空がぼんやり。
練馬区立美術館へ。
西武・中村橋駅下車。
線路沿いに行けば早いけど、やっぱり少し商店街を歩きたい。
練馬区立美術館。
「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」。
会期は2月28日~4月18日。
富士には電信柱も良く似合ふ。
明治初期から現代までの電線。電柱が描かれた作品ばかりを集めた展覧会。
展示室は撮影禁止だけど、面白かったです。
プロローグの日本最古の電線絵画から始まって第12章まで。
第1章・晴れやか 誇り高き電信柱
第2章・晴れやか 誇り高き電柱ー電気の光
第3章・富士には電信柱もよく似合ふ
第4章・切通しと電柱ー東京の増殖
第5章・帝都 架線の時代
第6章・伝統と電柱ー新しい都市景観
第7章・災害と戦争ー切れた電線、つなぐ電信線ー
第8章・東京の拡大ー西へ西へ武蔵野へー
第9章・”ミスター電線風景”朝井閑右衛門と、木村荘八の東京
第10章・碍子の造形
第11章・電柱 現実とイメージ
第12章・新電線風景
明治2年(1869年)12月に東京築地鉄砲洲の東京運上所内に電信局が開局し電信が横浜から東京まで開通したことによって、電信柱・電信線が風景に現れた。
今では景観を損ねるから始まって様々に邪魔者扱いされることの多い電信柱と電線。
私の住む区でも電線が無い場所がありそれは画期的なこととされている。
けど、電信柱・電線ができた頃は電気をいう新しいエネルギーを運ぶということと相まって、電信柱・電線があることが画期的だったのだ。
モダンで斬新な風景として日本画と限らず洋画と限らずアーティストたちを刺激した。
なんと掛け軸に碍子を描いた作品まであったのだ。
碍子の展示はまるで彫刻作品のようだ。
明治元年に生まれた人は生きてれば153才。
ということは、今現在日本で暮らしてる人たちの全員が生まれた時から電信柱と電線の風景があったということだ。
原風景のひとつといっていい。
ん。。。
なるほどなぁと思うのだった。
*作品の画像は図録からです。