木のぼり男爵の生涯と意見

いい加減な映画鑑賞術と行き当たりばったりな読書によって導かれる雑多な世界。

《愛、アムール》

2013-04-06 15:21:46 | 日記


『愛、アムール』(2012年フランス/ドイツ/オーストリア)

静かに心臓が破裂する映画。

老いたふたりを、固唾を飲んで見守る緊張感。

教え子のピアニストの活躍を誇りに、老後を楽しむ音楽家夫婦。
のどかな日々は、アンヌの発作で終わりを告げる。
術後に半身不随になってしまった妻を介護する夫ジョルジュ。
病院に入院させないという約束を守り、高齢のジョルジュは懸命に付き添うが…

症状が、どんどん悪化していく恐怖。
事態が深刻になっていく残酷さ。
思うように動けない、ピアノが弾けないという絶望。
でも、本は読めるし自分で食べられるし話も出来る。
しかし、言葉の発音が難しくなり、思考が緩慢とし、動く事すら出来なくなる。
水に手を伸ばす事も不可能、流動食を飲み下すのがやっと。
出来ていた事が出来なくなるという憤り。
他の人に頼らなくては生きていけないという屈辱。

おそらく厳しく良いピアノの先生だったのだろう。
何事もきちんとこなしていた立派な妻であり、母だったのだろう。
動きを奪われ言葉を奪われ、かつての自分ではなくなっていく悔しさ。
本人も辛いが、見守る家族のショックも大きい。
目の前で刻々と、愛する者から何かが奪われていく。
優しい夫は、高齢な身で献身的に介護する。
冷静で思いやりがあり、我慢強い姿が泣ける。

全ての行動は愛情あってのものだと納得。
だからこそ、彼女も迎えに来てくれる。

生活の延長線上にある死を受け入れる事。
一つ一つのシーンとして瞬間が刻まれる映画。
人生はシーンであり、瞬間であり、全ては続いている。

とても言葉では言い表せないような気持ちを、
一本の映画を通して受け止める、という体験。

『愛、アムール』(2012年フランス/ドイツ/オーストリア)
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ、美術:ジャン=ヴァンサン・ピュゾ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、
アレクサンドル・タロー、ウィリアム・シメル

『探偵ムーディー、営業中』

2013-04-05 13:25:10 | 日記


「探偵ムーディー、営業中」スティーヴ・オリヴァー


このタイトルの狙い、何ですかー?
そしてこの表紙…
何を期待すればいいんだ?
マイアミ・バイス?
というかドン・ジョンソンかマーク・ハーモンだな、と予想。
確認の為、購入。

戦争の後遺症により精神病院から退院したばかりのムーディー。
夜はタクシードライバーをしつつ、念願の探偵デビューも果たす。
失踪した夫の行方を探す依頼を受けるが…

設定は1978年。
“あいだの離れたグレーの目、角張った顎、何度も折られたような鼻。
人によってはハンサムだと言うが、荒々しい顔だ。”
(って、こらこら。
ハンサム自慢に、ちょっと引く。。。)

“「いつ探偵になりたいと思ったんだ?」
「病院に居るときに幻覚でハンフリー・ボガードとよく話をしてたときだ」”
(っておいおい。あまり聞かないねぇ、この理由…
ツッコんでいいんだか、聞き流すべきか?
とりあえず、更に引く。。。)

“俗物やいかがわしい人間の大勢いる不潔で敵意に満ちた地獄のような大都会だと、
私のようにすねた人間もその他大勢になってしまう。が、ここでならユニークでいられる。”
分かったよーな分からんような…
いじけてても、強気。やさぐれ系ハードボイルドか?

タクシーの乗客を通して見えてくる生活。
不動産業や弁護士、ヒッピー、元カノが登場。
全員、隠し事ありそうな雰囲気。
ムーディーの別れた妻と幼い娘の描写が温かいのがいい。
けど、かなりメソメソしてるムーディー。
探偵に向いてないな、お前、と言われる始末。
殺人はあるが、凄惨さは無し。
緊迫感はほどほど、どちらかというと事件よりも人物描写が中心。
底辺に生きる人々を描くのが上手く味わい深い。

独特のトーン、ニヒル度は低い。
思わずニヤリとさせられる、ユーモアを感じる文章。
“六時頃、関節炎にかかったプレッツェルにでもなったような気分で目が覚めた。”
“着ているのは、歩くとからだにぴったり張りつくタイトなラベンダー色のドレス。
悪趣味なのが私だけでないことがわかって安心した。”
“私は、でん粉が入った皿と同じくらい感じやすい”

その鼻どうしたの?と必ず聞かれるムーディー。
オーウェン・ウィルソンが適役か?
デヴィッド・ストラザーンの渋さをプラスすれば完璧なのだが…

原題:MOODY GETS THE BLUES

『曲芸師のハンドブック』

2013-04-01 00:18:52 | 日記


「曲芸師のハンドブック」クレイグ・クレヴェンジャー


他人になりすまし、生きる男。
人の名を騙り、筆跡を変え、ありとあらゆる証明書を偽造する。
運良く書類偽造の才に恵まれ、人格を創りあげる想像力と惜しみない努力によって、
生み出される人物たち。

で、なんでここまでするのか?
3日は続くという激しき偏頭痛のおかげで、錠剤がぶ飲み。
発見され次第の救急搬送→病院→カウンセリングという名の精神鑑定→施設行きor帰宅

この最後の施設行きを逃れる為に、毎回違う名前で担ぎ込まれる必要性が…
でもって、鑑定ではカウンセラーに、誤飲と納得してもらわねば!
という訳で、先生相手に涙ぐましい努力。
クリア過ぎる人生でもいかんし、鬱を怪しまれてもいかんし、他人と違い過ぎてもいかん。
落ち着き過ぎもダメなら感情を出し過ぎもいかんが、冷酷過ぎてもいかん。
が反省は見せねば。。。

現在形で進むカウンセリングで偽の人生と彼の過去が明らかに。
完全な嘘と、本当の人生、なりすましの生き様。
いつでも敵は、なにか大きな組織やらシステム。
チェックシートでしか人を判断しない、マニュアルでしか対応しない─
そういう世の中なら、それに合わせて生きてくしかないな。

悲惨なビンボー暮らしや、刑務所にて生き残る知恵?を学び。
薬や酒で現実逃避をしつつ、愛にさまよう。
しぶとく生きる男の、どこか哀しいさすらい人生。

作者の熱き反骨精神が貫かれた一冊。


『こわれる』

2013-03-30 23:57:52 | 日記


「こわれる」ゼルダ・フィッツジェラルド

女のロマネスク~というシリーズの一冊。
ロ・マ・ネ・ス・クー!!
う~ん、このひとことに深い意味もなく胸騒ぎ。

祝祭と狂乱のジャズ・エイジに輝けるフィッツジェラルド夫妻。
誰もが羨む若く美しい二人の愛憎渦巻く夫婦生活。
ゼルダが精神分裂症と診断され、入院中に6週間で書き上げたという自伝的小説。


アメリカ南部でワガママ放題に育ったアラバマ。
彼女はあまたの求婚者の中から、画家志望の青年ディヴィッドを選ぶ。
若くして画家として成功した彼との散財、パーティー三昧の日々。
娘も産まれ、パリに落ち着いたものの、
アラバマはバレエの練習に夢中になっていく。。。


熱烈、モーレツに語られる文章について行くのが大変。
表現しようとし過ぎで、ちょっとうるさく感じ食傷気味になるとこがあるものの。
徐々に慣れる。
中盤のバレエ教室のあたりでは、一流小説並みに興味深く魅力的で面白い。
バレエの先生や生徒達が活き活きと描写され、どんどん読み進む。

画家という設定にはなっているが、やはりスコットが眼に浮かぶ。
どーしても、有名人に対する、要らぬのぞき趣味が頭をもたげて読んでしまう。
でもって、この夫婦を分かったような気になってしまう…
まぁ、仕方ないか。

お互いに気まぐれな二人の不安定な日々。
今さら変われない性格、生き方、考え方。
延々に続くかと思われるパーティーやらディナーやらの社交的な付き合い。
その場限りの会話、会話、会話…
人また人、友人というよりも知り合い、知人、他人…
大きな目的がある訳でもない、浮かれ集う事の無意味さ、空虚さ。
更に、有名画家の妻として、チヤホヤされる夫に付き添うだけの存在である不満。
不満は苦痛となり、焦燥は怒りとなり…
逃げ場を求め、はけ口を探し、バレエにたどり着く。

実家に居た時には、父の庇護の元に暮らし。
結婚してからは、夫に養われて生活。
独立したい、自分で生きていきたいという欲求。

時流の波に乗り、時代に押しつぶされた女の一生。

研究者の間では、
スコットが悪い、ゼルダが悪いとお互いに非難し合っている様子。
娘さんが、どちらも責める必要はないと言っていた通りだと思う。
時代が彼らを選び、輝かせ、被害者にもしたんだと思う。


「あたし、ママが言ったことがよくわかんないのよ、パパ。あたしに注意してくれたんだけど、
それが、人生のバック・シート・ドライバー(他人に指示をするだけで、自分ではなにもしない
ひとのこと)にはならないようにっていうことなの」

《世界にひとつのプレイブック》

2013-03-29 15:30:45 | 日記


『世界にひとつのプレイブック』(2012年アメリカ)

その場の空気を切り取るのが上手い!
家族ならではの親密な空間+情緒不安者が居る家族の緊張感が見事。
失った愛に恐慌をきたした挙句、
芽生えた愛にも恐慌する男を丁寧に、魅力的に描くラブ・ストーリー。


妻の浮気現場を最悪の状況で目撃してブチキレて以来、感情を抑えられないパット。
夫を事故で失い情緒不安定で歯止めのきかないティファニー。
二人の出会いが、思わぬ事態を招き、両家族を巻き込みとんでもない状況に。
気がついたら、笑顔と愛情(と大金)をかけての大勝負に。。。

シリアスで暗めの映画かと思い、あまり気乗りせずに鑑賞。
にも関わらず、不謹慎は重々承知で何度も爆笑。

ヘミングウェイの小説に「なんだよ、このオチ!!」
窓から投げ出したくなる本って、あるよねー!?
むしょうに腹立たしいオチ、失礼しちゃうと思わずにいられんオチ。
個人的には今のところ、“まだ”窓から放り投げた事はないが。

親友とのディナーの席にて、
精神安定剤の話題で盛り上がるパットとティファニー。
閉口する親友夫婦。
続く沈黙、淀む気まずさ…

この親友夫婦が、笑いを誘う。
家庭円満で成功者のストレスぶりが痛いんだが、可笑しい。
パットに心配されたり、元気付けられたりする始末。

近所の無神経なカメラ小僧の大胆さ。

パットが、自分はティファニーより断然ましだと信じ、
「君と一緒にされたくない」と真顔で何のためらいも無く否定するさま。

精神科の先生やら、施設で出会った人物やらが、
いつの間にやら大変近しい人になって輪が出来てる様子。

それぞれの間や、編集が上手いし、挿入歌も良くて笑っちゃいました。
監督の登場人物に対する温かい眼差しに、安心して笑っちゃえる作品。
地域密着型監督とでも言うか、地元感覚あふれる撮影、雰囲気も味わい深い。

母役のジャッキー・ウィーヴァーの上手いこと。
今回は、オスカー受賞ならずとも、この人いつでも獲れると思うわ。
しっかり者のお母さんのオロオロ加減、うんざり具合が魅せる。
『アニマル・キングダム』での鬼祖母役の印象が強かったのに、
コメディセンスもある事を証明。

ブラッドリー・クーパーとジェニファー・ローレンス。
傷つきバランスがおかしくなった人物を、
痛々しすぎて観客を苦痛に追いやる事なく、バツグンのセンスの良さで表現。
これみよがしでない、さりげない演技で役柄の魅力を伝える。
ガンガンに押しまくる演技ではなく、押したり引いたりの絶妙さ。
相手の呼吸に合わせる、相手の演技に答える細やかな演技がすん晴らしい。
ダンスはヘボいが(意図的にですけど)、演技のダンスは満点ですな。

次から次へと緊急事態が発生すれども、
反省は最小限で立ち向かう逞しさに前向きにならずにいられん。
っつー愛すべき作品。
と同時に、
何よりもラブストーリーとして成功している映画。


『世界にひとつのプレイブック』(2012年アメリカ)
監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル、原作:マシュー・クイック、撮影:マサノブ・タカヤナギ、
音楽:ダニー・エルフマン、音楽監修:スーザン・ジェイコブス
出演:ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ、ジャッキー・ウィーヴァー、
クリス・タッカー、アヌパム・カー、ジョン・オーティス、シェー・ウィガム、ジュリア・スタイルズ

『兄弟!尻が重い』

2013-03-28 21:26:05 | 日記


「兄弟!尻が重い」山上龍彦

あまりにも、いいタイトルなので買わずにいられませんな。
7編収録の短編集。
雰囲気的には、中島らもに近いか?

深刻さに差は有れど、様々な悪夢をコミカルに描く短編の数々。

‘兄弟!尻が重い’
一旦、腰をすえて呑みだすとハンパなく居座る男の恐怖。
なんで恐怖なの?と思うかもしらんが。
「奴は最低一週間は動かないんだ」
って、どんだけ長っ尻じゃー。
ニコニコとご機嫌で飲む男に、帰れ!の一言が言えない…
家中の食料を食い尽くされ、それでも接待するしかない状況。
口が上手く、底なしに厚かましい男。
長っ尻列伝とか尻長人名録とかに(有ったとしたら)名を連ねるであろう人物。
迎える側の憔悴と、その後の過剰なトラウマが可笑しい。


他人ごとじゃない気がする一編‘隣人の華’。
近所に引っ越してきた、清く正しい一家の主にめんどくさいなぁと感じる。
言う事なす事、全てごもっともなれど、息苦しさを感じなんか白けてしまう…

 間違いはない。ボタンのかけ違えをさせたまま手足を縛り拘束しておくと
 発狂してしまうタイプ。

隣人観察の結果、上記の結論に至る。
彼に対する焦燥、いらいらがつのる。
あげくに妻からは
 「あなたの心組みが子供の頃からあまり進歩していないことには今さら驚かないけど、
 ご近所との仲たがいだけはやめてちょうだいね」
と言われる始末。

 「ただ慇懃無礼という言葉を、いやあれはそういうのでもないな、
 何と言えばいいのか、清廉潔白陰険無礼とでも言うか、輝いているのに無感覚、
 受け入れているかのようで黙殺、とにかく他人を拒絶する行為をやけに健康的で
 文部省推薦の顔でやるのがいかん。本人がそれを最良唯一のものと信じている
 らしいのが絶対にいかん。あの男は自分の慈愛に満ちた挙措の中に驚くべき悪意
 が秘められていることに気づくべきだ」

分かる、分かる。
居る居る、こういうタイプの人。
う~ん、なかなかの名編。

他には、ギックリ腰の眼も当てられない一日を描いた‘ロケットマン’
小津映画のような‘秋刀魚日和’
電車模型が蘇らせる恐怖に慄く‘モ 300’
最悪最低亭主の始末の仕方に右往左往する‘突きの法善寺横丁’
料理オンチの男のあがきを描く‘夢の宴’

『青白い炎』

2013-03-26 04:29:17 | 日記


「青白い炎」ウラジーミル・ナボコフ

遊んどるな。こいつ…

誰も知らないジョン・フランシス・シェイドなる偉大な詩人の999行の詩。
詩人のファンである怪しげな文学教授がチョーこじつけ注釈をつけ。
一冊の本にまとめた、という設定の小説。

まず詩からして、首を傾げたくなる事しかり。
回顧詩とでも言うか、人生を物語った内容ではあるんだが…
真面目なのかーと思ってたら、おや?なんか…ん?何かがおかしい。
違う。あれ~?とほのかに漂う可笑しさ。
そして、やっぱ深刻なのか?と思いきや、不真面目さが見え隠れ。
非常~に、こそばゆい詩なのであった。。。

で、問題の注釈。
詩からして、すでに問題ありにも関わらず、
それをさ~ら~に上塗りする問題有り注釈。
注釈ではなしに、これ以上曲がれない超歪曲自己中解釈。
人の詩を、自分の物語にしとるがな!
自分、回顧し過ぎやろ~。


 首に羽毛の輪のある美しい鳥、優美な雷鳥よ、
 おまえはわが家の真後ろに中国を見つけた。
 その仲間は『シャーロック・ホームズ』に登場するのではないか、
 靴を逆向きに履いて後退する足跡をつけた男は?


 注釈:二七行 シャーロック・ホームズ
  わし鼻の、やせて骨ばった、かなり人好きのする私立探偵で、コナン・ドイルのさま
 ざまな物語の主人公である。いまのところこれがどの物語への言及(「バスカヴィル家の犬」)
 なのかを確かめる手だてはないが、われらの詩人がこの<後退する足跡の事件>をでっち上げ
 たのではないかと、わたしは疑っている。 


真面目に読んでたら、吹き出すわぃ。
そっちがそのつもりなら、こっちだってとことん楽しんだるぅ。
もう、自由~。フリーダ~ム!!
で、含み笑いでいやらしく読む。

が、バカに出来ないのが。
ちゃんと韻を踏んでる事実。
詩のページは右に日本語、左に英語の原文が掲載。
英語をチラ見しながら、確認出来る心遣い。
(え?英詩読んだ訳じゃなく、見ただけですけど、何か?)
行末が、見事に詩のお約束をクリア。


 湖畔道路を通って学校へ行くとき
 湖から学校の正面玄関の柱廊を認めることができる
 だがいまは、一本の木も邪魔立てしていないのに、
 いくら見てもその屋根さえ見えないのはなぜなのか、
 わたしにはわからない。おそらく空間上の多少の歪みが
 窪みやうねりを生じさせ その挙句貧弱な眺望を、
 真四角な緑地に立つゴールズワスとワーズミスとのあいだの
 木造家屋を追い出したからだろう。

わたしにもわからない。
あなたの言ってることが─。
空間上の多少の歪み…窪みやうねりを生じ…
謎めいてるどころじゃなく、意味不明。
それ、超常現象?
もしや砂漠でオアシス見えたりする、あれ!?


 注釈:四七─四八行 ゴールズワスとワーズミスとのあいだの木造家屋
  木造家屋とは、~からわたしが借りていた、ダリッジ通りの家を指している。

ってマジで?ホントかよ?
この感じでツラツラと自分の話に持ってくパターン多いなぁ。
ちなみに上記の注釈は、約16ページに渡って延々と続きます。


 たとえば《心臓病》はいつも父に思いを馳せさせるし、
 《膵臓癌》は母への思いを掻き立てる。

その名称で思いを馳せるのかぁぁああ。
そして、思いを掻き立てるのかぁぁああ。
ま、チグハグな言葉の遊びが冴えてますな。


 わたしは時空のなかに散らばったような気がした。
 片足は山頂に、片手は
 絶えず波に打たれる浜辺の小石の下に、
 片方の耳はイタリアに、片方の眼はスペインに、
 洞窟にはわたしの血が、星々にはわたしの頭脳が。

散らばり過ぎやろ。

 わが三畳紀には鈍い鼓動があった。更新世前期には
 視覚上の緑のしみが、
 わが石器時代にはぞっとする震えが、
 そしてわが尺骨突起部にはすべての明日が。

生命誕生から、人類誕生へ─
もはや、収拾つかず。


中盤は詩人の娘の悲劇が主題に。
笑っちゃいかん展開にも関わらず、言葉の選び方が面白くて…
所々で、震える。

しかも、[ここで時間が分岐した。]という宣言のもと、
(宣言するのも、どーかと思うが。)
見てるテレビと娘の悲劇が同時進行。
やたらと詳細で詩的な番組の説明、画面の無理矢理な劇的描写が連なる。

テーマが現在に移り、死について語られだすと、
かなり本物らしい感じの詩になりだしますが。
その分、注釈が荒れ狂いだす…


 注釈:五九六行 地下室の水溜りを指さすのだ
  欠陥のある配管を表わす無味乾燥な用語のなかから、
 何かしら冥府の川が滲み通り忘却の川が漏れ出てくるような、
 そんな夢を見ることがあるのを、われわれは知っている。


注釈によって語られるゼンブラという国の物語。
これが、徐々に面白くなってきて先が知りたくなってくる。
過去と現在が繋がっていくスリルも楽しめる。
一風変わった形式では有るものの、
結局のところは、とても小説な本。



これから読もうと思った人、ここからネタばれ注意。


ウラジーミル・ナボコフ~ウラジーミル・ナボコフ~ウラジーミル・ナボコフ~
ウラジーミル・ナボコフ~ウラジーミル・ナボコフ~ウラジーミル・ナボコフ~

どうやら、注釈者が狂人だったというオチ。
どれぐらい狂人か?が問題らしいが。
自分自身を錯覚してるようだけど、
詩に関しては愉快犯ですな。
ゼンブラを謳いあげて欲しかったのに、
詩を読んで、愕然と絶望したという事実。
気を取り直して、詩に対してではなく、自分に魔法をかけて読む。
で、こじつけゼンブラ物語詩の出来上がり。
ここら辺の事が、本人にも分かってるようなので。
詩に関しては執念深い奇人どまり、と見た。

解釈は色々あるらしく、
この本に関する解説本、追求本もあるらしい。
こうなると、詩+注釈の小説の解釈本の解説本が必要になりそ。
そうなると、詩+注釈の小説を解説+解釈した上での解釈本に対する解説+追求が要るってこと?

《善き人》

2013-03-24 23:57:36 | 日記


『善き人』(2008年イギリス/ドイツ)

優しき男が、ふとしたきっかけでズルズルとナチスにはまり…

安楽死をテーマに執筆した小説が、ヒトラーに気に入られてしまい。
気が付いたら、ナチに入党しているジョン。
断ったら、大変な目に合うのは明白。
気弱になる事、しばしば。
ユダヤ人である親友のモーリスは猛反発、絶好か?
ジョンは美しく若い愛人と再婚、順調に出世するなか。
ついにナチスの手がモーリスへと…

良識があり、優しく穏やかな男が。
恐怖の前に、良識は影が薄くなり。
優しさは、ただの優柔不断となり。
穏やかさは気弱さと成り果てる。
美しい妻や出世を手に入れる度に、大切な何かも失っていく。

普通の人が、あれよあれよとナチに深入りする様が恐ろしい…
迷ったあげくの行動が、報われない姿が痛々しいが。
最後の藁を躊躇される身は、もっと辛い。

勇気が有れば…
奸智にたけていれば…

受け身な男は辛いよ、な状況。
現実逃避したくなるよなぁ。

もろ手を挙げて賛成した訳でも、
進んで参加した訳でもないが。
自らが所属し、反対はしなかった事実が、
実態として、結果として目の前に現れ、
重く、ひたすら重~くのしかかる。


引き返せない。
償えない。


難しい題材を、文句なしに映像化。
って、原作戯曲読んでないので違いは不明。
ヴィゴ・モーテンセンが、またしても上手い。
なんかよく分からんが、ヴィンテージものの演技(褒めてます)。


ハンソロが固まっちゃった時のチューイの嘆き。
この映画鑑賞後の第一感想、チューイのあの鳴き(泣き)声。。。


『善き人』(2008年イギリス/ドイツ)
監督:ヴィセンテ・アモリン、原作戯曲:C・P・テイラー、脚本:ジョン・ラサール、撮影:アンドリュー・ダン
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジェイソン・アイザックス、ジョディ・ウィッテカー、
スティーヴン・マッキントッシュ、マーク・ストロング

『友情』

2013-03-23 23:54:41 | 日記


「友情」フレッド・ウルマン

懐かしい青春の日々。

1932年、十六歳。
少年の友情にナチスが暗い影を落とす。


美しく高潔な友情に憧れるハンス。
優雅で自信に満ちた、伯爵家の子息コンラディン。
ふたりはお互いを認め合い、影響し合い友情を深めていく。

詩を読み、旅行をし、あらゆる事を語り合う。
時に激しい討論に至るも、真剣そのもので議論する。
相手に対する誠実さ故に、まっすぐにぶつかり合う事が出来る。

朴訥とさえ言えるシンプルに綴られる文章。
過去に対する優しさに満ちていると同時に、
底知れぬ哀しさ、癒されぬ傷が静かに横たわっている。
どのエピソードも重要であり、人物像が鮮やか。

絶望と憤りが有ってさえ、奪う事の出来ない友情の輝き。
色褪せない、忘れる事の出来ない気持ち。

純粋故に、ナチスに未来を見出すコンラディン。
ハンスのお父さんの考えや行動にも、胸を打たれる。

たった数ヶ月の交流が、人生に大きな意味を与える不思議。
一行の重さを実感する、見事な結末。

じんわりと、いつまでも心に残る名作。

『AIソロモン最後の挨拶』

2013-03-22 23:57:13 | 日記


「AIソロモン最後の挨拶」ジョン・マクラーレン

小説…というか脚本?
ほぼセリフで進むストーリー展開。

双子の兄弟ヒルトンとコンラッド。
人工知能を開発中のヒルトンは融資を断られ挫折。
挙句の果てに、末期ガンと診断される。
思い残す事多すぎ!なヒルトン。
憎き奴には復讐を、親しい人には感謝を送るべく完全犯罪を計画。
…最後に笑うのは?

サスペンス色が濃いのかと思ったら、
ぜーんぜん。
戯画チックな人物達による、エンターテイメント。
オタク度も低く、どの分野も掘り下げる気は特に無し。
サラサラ~っと読めるクライム・コメディ。

作者が気にならない事は、触れないという爽やかさ。
あまりの淀み無さに、ツッコミを忘れて読んでまう。
笑いよりも軽いノリという意味でのコメディ。

キーワードを打ち込んでパソコンが自動作成した小説じゃないでしょうねぇ?
ちょっとした疑惑を感じる本。