木のぼり男爵の生涯と意見

いい加減な映画鑑賞術と行き当たりばったりな読書によって導かれる雑多な世界。

『私が、生きる肌』(蜘蛛の微笑)

2013-07-10 12:45:46 | 日記


「私が、生きる肌」(蜘蛛の微笑)ティエリー・ジョンケ

映画は公開当時に鑑賞済み。
だもんで、ネタバレ状態で読む事に。
この本の薄さ!でネタバレ後に読むのもどーかと思ったが。

なんと面白い。
最大の謎を知っているにも関わらずエキサイト!
読ませるわ~。
過去と現在が入り乱れ、文体が変わるっちゅーワザ。
映画とは違う、復讐譚、クライムサスペンス。

映画では、バンデラスがモヤモヤしっぱなしだったのに対し。
原作の形成外科医は復讐は復讐として貫徹。
笑いっぱなしの悪魔状態。
故に、与えた罰に笑えなくなったとき─
もはや愛情が隠せなくなった時の様子が物を言う。

確かに映画では、どこまでが復讐じゃ?
顔をそっくりに整形する理由も謎。
そりゃ同じ顔してたら、可笑しな事になるだろ。
(復讐と実益(願望)を兼ねてみました~って事か?)
という訳で、バンデラスのモヤモヤには納得するものの。
なんだか判然としない部分も。

その点、原作は完璧。
犯罪があり、独特の復讐(というか犯罪)が行われ、複雑な愛情が描かれる。
ラストの大団円は、映画よりもスリリングに思えましたな。
映画版はチグハグなれど、ヴィジュアルとしてかなり楽しめますが。
アルモドバル監督作が苦手~って人には、お勧めできんな、やっぱり。
『オール・アバウト・マイ・マザー』(1998)か、『ボルベール<帰郷>』(2006)ぐらいにしとこ。

俄然、興味が出てきたティエリー・ジョンケ。
他に翻訳が無いって?
がっかりにもほどがあるわぃ。

『白鯨』

2013-07-01 13:28:52 | 日記


「白鯨」メルヴィル

しょっぱなの鯨に関する抜粋で、すでに発狂寸前に追い込まれる読書体験。
読もうとする努力を、モーレツに必要とする本。

発売当時、売れなかったというのも納得。
鯨に関する知識を総動員するも、
勘違いだったり、古い知識だったり、こじつけ解釈だったりが混入。
なんのこっちゃ?な本文と訳注を併せて読み進むと、何が何やら。
カオ~ス!!

そもそも、船に関する基本的な用語に馴染みがないという致命的なハンデ。
言葉から映像を想像するのが苦しい。
船ったって、ブラックパール号ぐらいしか思いだせんぞ。
お粗末さまな知識で浮かび上がったボンヤリとした船の姿に、
メルヴィルの繰出す有り余る詳細説明。

更に神話やら宗教的、哲学的な記述の多さ。
もちろん、ついていけません。
柱の上で1年ぐらいは考えにふけらないとダメでしょうねぇ。
瞑想者メルヴィルには、追いつけません。

物語部分(宿やら乗組員の話)はさすがに面白いが、
気が付いたら、また説明やら解説に戻っているという─
ああ、無常。。。

メルヴィルの飴とムチぶりに翻弄されるがまま。
鯨=自然に振り回される乗組員状態。

詩的な散文にポエマーぶりを発揮するかと思いきや、
独白やらがチラホラと現れ。
ん?お芝居?戯曲かよ?

メルヴィル氏の知識と思索とテクニックを詰め込んだ船?本?
やっぱ船か?に、船酔い必至。

そして。
エイハブ船長、なかなか出てこないのな。
文学史上に燦然と輝く登場人物。
上手いこと小出しにされ、じらされるなぁ。。。
白鯨に片脚をもがれて、復讐心に燃えるのは分かる。
ただ、片脚を失ったからなのか、化け物のような白い鯨だったからなのか、
鯨に悪意を感じたからなのか、迷うところ。
ま、結局全部ひっくるめてなんでしょーけど。
憎しみを助長するのは、あっという間ですけども、
何が発端というか、一番の原因は何かは興味あるところ。

クライマックスの対決も引っ張るだけ引っ張られ─。
というか。
残り少ないページ数に、
どう盛り上げるつもりじゃ?と、か~な~り不安になりつつ読む。
って終わっちゃったよ。
さんざ説明しておいて、あれだけ色々つき合わせておいて…
手早い終わらせぶり、手短な文章に愕然。
飴とムチの行き着く先は、酢昆布でしたかぁ~。
不思議な甘みと酸っぱさで読了。。。

つーか、ストーリー部分だけ残したら、
確実に中篇小説になる本作。
心底腹立たしい説明部分を削りたい誘惑にかられるも。
明らかに、このクドクド説明文が無いと、成り立たない。
これだけは理解出来ました。

鯨に魅せられ、執着し、果てる。
愛と憎しみはひとつ、というギリシャ悲劇そのまま。
復讐というか、征服欲だな。これって。。。



『クレアモントホテル』と《クレアモントホテル》

2013-05-20 01:13:11 | 日記


「クレアモントホテル」エリザベス・テイラー

映画を先に観て、の読書。
ソフトでかなり夢見がちな映画に対して。
あの、作家が?
まさか!!
だって、「エンジェル」書いた人でしょ?
忘れもしない、今だトラウマな短編「蠅取紙」。
容赦のない物語の、運び手である彼女。
それが、あんな優しき人々を描いたはずがないって!
との確信のもと、読み進める。

案の定~。
辛らつな描写が、あっちにもこっちにも。
でも、さすがにいい話な部分もちゃんと有った。
が、全体的には夢を見させない、現実的な展開。
映画の優しさを期待すると、萎れてしまいそう。

夫に先立たれたパルフリー夫人は、
自立すべく娘と離れて、長期滞在ホテルへチェックイン。
ホテルでは、同じく老後を過ごす長期滞在客が、今日もメニューに愚痴をこぼす。
お互いにそれぞれの性格にどうにか対応しながら、楽しみを見つけようとする人々。
そんなある日、パルフリー夫人は歩道で転んだところを青年に助けられる。
こうして作家志望のビンボーな若者との交流が始まるが…

余生をホテルで送る人々の孤独と人間関係。
これといって何も起こらない退屈さ。
食べて寝て、お喋りをする。
しかし、何かしら予定なり楽しみなりが無いと味気ない。

優しくされないから、優しくできない。
他人に厳しくなるばかり。
飲んで喋って紛らわせる派。
世間を非難するか、自慢話をするか。
色々な歳のとり方、ちゅーか人格形成の仕方。
どうにかして時間を潰す人たち。
シビアな展開をドライな文章で綴った一冊。


映画版は、
老婦人の胸キュンを中心に、
クセは有っても、どこか憎めない人達の群像劇。

主演のジョーン・プロウライトがすでに優しい雰囲気。
どう見ても、愛嬌ある人なつこいおばあ様。
そ~し~て~。
ルパート・フレンド。
どこの貴公子じゃ?
もう、片足、ファンタジーに突っ込んでます。
ロンドン中探しても、こんな若者居ないだろー。
ギターを爪弾きながら、懐メロ歌う姿のメルヘンぶり。
見てるこっちが赤面ですがな。
原作はさて置き、柔軟剤仕上げな映画。



『クレアモントホテル』(2005年米/英)
監督:ダン・アイアランド、原作:エリザベス・テイラー、脚本:ルース・サックス、音楽:スティーヴン・バートン
出演:ジョーン・プロウライト、ルパート・フレンド、アンナ・マッセイ、ロバート・ラング、ゾーイ・タッパー、クレア・ヒギンズ


『体験のあと』(穴)

2013-05-18 23:09:19 | 日記


「体験のあと」(穴)ガイ・バート

起こらなかったことと、起こったことの差がひじょーに激しい。
ワザ有りってとこか?
読後感は、まったくもって満たされませんが。
狙って書かれたんじゃあ、文句も言えんなぁ。
でも、このモワモワ感、なんとかして欲しーな。。。

モワモワに果敢に挑んだのが、あの映画化だったのか?
う~ん…記憶が薄い。
思いだせん!

学校の敷地にある、今は使われなくなった地下室。
5人の男女が食料持参で三日間閉じこもる事にするが…


読み終わったら、違う話になってた─。

というか、新たな話の始まりになってたというべきか。
だったら、続けて欲しいとこなんですけど。
上手いこと、切り上げられちゃってるし。
読者に周到に知らされる事実も、チラりだったり。
事務的な文書だったり…と、どこまでも作為的。
いやらしいな…。

ま、事実、いや~な話ではあるが。
それを感じさせずに読ませるのがスゴイと言えばスゴイ。
青春の1ページ(悲惨なほうの)といった感覚。
サイコスリラーって言うから、それぞれの心理だとばかり。
誰の心理劇なのかが問題。
ここらへん、やっぱ上手いな。

若気のいたり、サバイバル編。
~案の定、ティーンの悪ふざけは悪夢と化す~
回復するまでもう待てない!の巻。

『遠い声 遠い部屋』

2013-05-17 00:19:25 | 日記


「遠い声 遠い部屋」カポーティ

なんちゅー瑞々しさ。
朝露のごとく綴られる文章。
どこの朝市かと確認したくなる新鮮さ。
これを、あの巨体のおっさんが…?

ぶーちゃけてからの印象が余りに強いもんで、つい。
若かりし頃の写真見ると、少し疑いは晴れるが…


人生の残酷さと、生きることの瞬間的な美しさが充満する本。
中でも大人の身勝手さが、辛い。

13歳のジョエルは母の死によって、ど田舎の父の元に呼び寄せられる。
温かみのない義母、個性的な料理人、個性的で趣味人な義母のいとこ。
近所の悪童アイダベル。荒廃したホテルに住む呪い師?
寝たきりの父…

南部の田舎で孤独と倦怠に疲れ果てた人々。
ジョエルは聞きたくもない話を聴かされ、
知りたくもない事実を目の当たりにする。

十二分に面倒を見てもらい、安心して暮らせるはずの家になるはずが。
大人たちに振り回されるジョエル。
強気なアイダベルは、周囲にひたすら反抗する事で生きる。
ジョエルは自分が必要とされている事を理解し、受け入れる事で生きる。

情景も、それぞれの人生もロマンチックだったり、幻想的だったりするけれど。
繊細な感受性に裏付けられた残酷さの、恐ろしさを思い知る一冊。

『暗号名はフクロウ』

2013-04-16 18:00:49 | 日記


「暗号名はフクロウ」モーリス・ドニュジエール

暗闇でも目が見えるという─
明らかにX-メンには入れてもらえないよーな地味な能力を持つ男。
ニクタロープ(昼盲症)の才を買われ、
フランス軍防諜機関にスカウトされる。というか脅しを受ける。
任務地→バハマ=楽園
任務→冒険=ロマン
というお気楽、安直な連想によって引き受けることに。

現地で、これでもか!というほど再三命を狙われるも、
本人は、その深刻さに気づかないという鈍さ。
時に詩を口ずさみ、幸福にひたる能天気男。

物事を悪くとらない、
相手を疑わない、
という諜報機関に居るはずのない性格の持ち主。

相棒の空手チャンピオン、フランソワに白い目で見られつつ。
友情も育ち~の、任務もどうにかこなし~の。
食事も酒も女も楽しむという、器用さ。

鷹揚に構え過ぎな為、文章がなんとなく自慢口調。
そこが笑えるというか、ユーモラスな部分でもあるのは分かるが。
なかなか笑いまでは至らず。
のんびり読めるホラ話といったところか。

丁寧な文章なのが、ちと回りくどい。
そこがまた、ユーモアに繋がってるのは承知ですが。
これまた、なかなか微妙なとこ。

夢見がちな男の、ちょっと気取ったアドベンチャー。

オースティン・パワーズだって小説にしたら、
案外こんな感じになるのかもな。。。

『ヴィオルヌの犯罪』

2013-04-15 21:35:42 | 日記


「ヴィオルヌの犯罪」マルグリット・デュラス

1954年のフランスで実際に起こったバラバラ殺人事件。
デュラスが犯人に面談してまで追求した無動機殺人。
事件を基にはしていても、あくまでも、フィクションですが。
狂気をいかに描くか?にとことんこだわった作品。

インタビュー形式で綴られる事件の全貌。
録音という作業によって、独特の対話、沈黙が生まれる。
奇妙な緊張感。
また、録音の録音などの入れ子式のインタビューもあり、かなり複雑。
デュラスの試行錯誤が伺われる。

‘狂気’の壁にぶち当たった場合、
やはり理解など有り得ないのだと気づく。
思考回路が違うこと自体は必ずしも悪いことではないが。
殺人に至った回路が不明という異様さ。
‘狂気’においては‘こだわり’もまた異常。
繋がらない話、的を得ない語り。
聴いている者が、決して埋められない空白。
この恐ろしさが、ジワジワと伝わってくる本。



『マンハッタンの哀愁』

2013-04-11 16:14:56 | 日記


「マンハッタンの哀愁」ジョルジュ・シムノン

シムノンにハズレ無し。

つっても、全部(三百編!)読んでないけどさー。
そもそも翻訳されてなかろう。

メグレシリーズを含め、10冊前後は読んだはず。
心の襞、気持ちの機微を描く丁寧さ。
ちょっとした行動や、言葉で、突如身近に感じる登場人物たち。
人物に対する姿勢、距離感がじつにフェア。
巧みであるにも関わらず、読者に対してもフェア。
この率直さ、世界共通ー。
世界中で愛読されるゆえんか?


人生に疲れ、行き詰まった中年の男女。
ニューヨークのダイナーで偶然出会ったふたりは、
あてどなく彷徨い、時間を、空間を共有する。
孤独から逃れる為、誰でも良かったはずの偶然は、
いつしか必然へとなり、あらゆる感情の波が押し寄せるが…


相手に何かを見出し、自分の中の何かに気づく。
人生において、確信出来ることがいかに少ないか。

男と女は違う生き物である─。
少なくとも、この小説の二人は。
全く異なる心の旅路を辿り、ゴールも同時ではない。
人生に対する恐怖と恋愛に対する恐怖が折り重なり。
先を争うように、顔を出す。

羞恥と気遣い、疑問とイライラ。
愛情と不安、嫉妬と不快。
そして怒り。
修羅場を向かえ、
離れ離れになり。
そして─

雰囲気的には、死刑台のエレベーターを彷彿。
やはり、カラーではなくモノクロの感覚。
ラストは戯曲のような、空間的な余韻を残す。

不器用な男が
愛を確信するまでの、愛情経路。
二人の違いを巧みに大胆に、
時に赤裸々に描く。
滋味溢れる再出発賛歌。
うう~む、と唸らされるシムノン節。


 「あんた、わたしを追い越したと思っているんでしょ?
 わたしよりずっと先にいると思い込んでいるんでしょ?
 かわいそうな人、ずっと後方にいるのはあんたのほうなのよ」



『ロンドン・ブールヴァード』

2013-04-10 23:52:50 | 日記


「ロンドン・ブールヴァード」ケン・ブルーエン

ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』(1950年アメリカ)
を下敷きに描くノワール小説。

アンドリュー・ロイド・ウェバーが『サンセット・ブールヴァード』としてミュージカル化してたり。
グロリア・スワンソンの怪演?熱演?あーっと凄みがフィルムに焼き付けられた映画。

(人によっては)トラウマも与えるが、インスピレーションも与え続ける名作映画。


出所したギャングのミッチェルが、とあるお屋敷に雑用係として雇われる。
カムバックを夢見る往年の舞台女優とその執事が暮らす閉鎖的な生活。
堅気になろうとするミッチェルに、ギャング仲間から仕事の誘いが…
どんどん深みにはまり、果ては報復合戦に。
愛憎渦巻く修羅場が繰り広げられる。

映画をとても忠実になぞってますが、
ギャング生活の部分が多めでバイオレンス盛りだくさん。
泥沼にはまると、あっちもこっちも血をみるという…
留まる所知らず、ノンストップで展開。

しつこ過ぎない暴力描写なのが、ありがたや。
本や映画からの引用があり、とにかく固有名詞が多い。
音楽に関しては、これでもか、とこだわりを発揮。
この場面では、この曲、とBGM状態。
明記されると、気になるもんで、やっぱググるハメに。
カントリーやフォークなどのしんみり、じんわり系の音楽が基本か?
出てくる固有名詞ぜんぶ調べてたら、二日はかかるぞ。
心して調べるべし。
気にならない人はスルーで読むべし。
そもそも、雑学、知識として知らな過ぎか?

ラストの鮮やかなハードボイルドぶりが嬉しい。
そして、“ほぼ”誰もいなくなった─
これでいいんです。

そういや映画版は公開当時観にいったな。。。
コリン・ファレルがスーツ似合ってはったのは覚えとりますが…
う~んと、サントラも雰囲気も良かった気がするが。
今思えば、原作とは似ても似つかない物になってた訳か。
映画は映画で、良いトコ有ったんだけどな。
ま、別もの、別もの。

今回の収穫。
ラルフ・マクテルの《ストリーツ・オブ・ロンドン》
レナード・コーエンの《フェイマス・ブルー・レインコート》
UNA PALOMA BLANCA (パロマ・ブランカ幸せの白い鳩)なる曲が存在する事実。
オランダのジン“ジュネヴァ”

『怠けものの話』

2013-04-09 00:56:27 | 日記


「怠けものの話」ちくま文学の森9


堀口大学による6行の愚話「蝉」で幕を開ける短編集

O・ヘンリー「警官と賛美歌」は優等生的な出来上がり。綺麗なまとめ方、というかオチ。

ドストエフスキー「正直な泥棒」は呑んだくれの厚かましさと小心さを描く。
短編でも罪の意識に興味を示す所は、さすがドストエフスキー。
玉葱にパン、キャベツのスープという食事風景、生活が泣ける。

魯迅「孔乙己(コンイーチー)」は、酒屋に来ると必ずからかわれるという落ちぶれた男の話。
しかし、この男のおかげで店内に快活な空気があふれるという不思議。
市井の人々の情感溢れ、光景が目に浮かぶような実に味わい深い一編。

モーパッサンの「ジュール叔父」は、アメリカで成功したはずの父の弟が、蒸気船の下働きに?
さすが短編の名手、父母の自慢ぶり、手の平を返したような狼狽ぶり、残酷さが滑稽で哀しい。
人生の辛苦、無常観を漂わせつつ、甥っ子の叔父に対する気持ちが救いになっているあたり、お見事。

モルナール「チョーカイさん」は不精な夫が妻に愛想をつかされるまでを皮肉たっぷりに描く。
どこか不気味さを感じさせる心理戦、不協和音が個性的な話。

サーバー「ビドウェル氏の私生活」は夫のくだらない思いつきが、妻をイライラさせる話。
息を止めてみたり、という他愛無い子供じみた振る舞いに過剰に反応する妻。
ナンセンスで、若干の不条理さをかもす短編。

W・アーヴィング「リップ・ヴァン・ウィンクル」は、アメリカ版浦島太郎。
女房の尻に敷かれた優しい男、愛犬もろともガミガミと責められ追い立てられる日々。
一ポンドのために働くよりは、一ペニーの持ち金で飢えているほうがいいという気ままな男。
ある日、山奥に迷い込み奇妙な老人達と出会い、酒を飲み眠り込んでしまうが…
誰しもこの名前は、聞いた事があるはず。
こんな話だったっけ?と思いつつもリップの人柄が丁寧に描写され恐妻物語としても涙。

上野英信「スカブラの話─黒い顔の寝太郎(ねたろう)」は、九州の炭鉱に居たという、通称スカブラと呼ばれる怠け者のお話。
さぼってばかりいる坑夫は、炭塵がふんわりと皮膚につもり、汗もかかないので、洗い流されず拭きとりもしないので、まんべんなく真っ黒になるという…。
なるほど。
また、首にかけた手拭いは、汗ですぐに真っ黒になるが、怠け者の手拭いだけは、いつまでも白いままという…
なるほど。
しかし、道化の如く喋りまくり、ダボラを吹きまくる怠け者は人気があったという。
‘なに一つ働かないのに、彼がいる日はどんどん仕事がはかどり、彼が休んだ日にはさっぱり能率があがらなかった。
 そして彼のいない日の職場は、八時間が倍にも三倍にも感じられた。’
興味深~い話であり、貴重な記録でもある一編。

ケッセル「懶惰(らんだ)の賦(ふ)」は、めんどくさがりに対する考察。
 ‘断固たる態度で、羞恥心も後悔もかなぐりすてて懶惰にならなければいけない’
 ‘世界中で一番不決断な国民、彼等の不決断は行為に関してではなくて、その行為の継続に関してなのだ’
 ‘身体の中に発動機を備えて、遮二無二にその馬力を消耗しようしているような国民’
世界を旅し、その国民性を観察するエッセイ。
舞台や話がコロコロ変わり、読みづらい部分もあるものの、鋭い人間観察が面白い。

P・モーラン「ものぐさ病」は、怠惰な美貌の女スパイの話。
ものぐさのおかげで、悪行が回避されているやもしれんという可笑しな説を披露。
‘いい気持で砂浜に寝ころんでいて、そのまま戸をこじあける時刻を過ごしてしまう泥棒’とか。

桂米朝演「不精の代参」は、代参を頼まれた不精者が、じゃまくさいを連発する落語。
‘ンー、もう頼まれたら断わるのんじゃまくさいさかい、行こか’
さすが、不精者!

幸田露伴「貧乏」は、金もなくふて寝する夫に、精一杯の心配りで朝酒を都合する世話女房。
悪口を言い合いつつも、お互いの惚れっぷりが心に響く短編。

金子光晴「変装狂」は、やたらと風体を変え、なりすますという趣味を持った男の話。
奇人変人にも、友達や知り合いがいて、世の中にそれなりに受け入れられていたわけか。

谷崎潤一郎「幇間(ほうかん)」相場師が太鼓持ちに弟子入りし、その才能を発揮する話。
生まれながらの愉快者。酒の席でかかせない男。愛嬌あるおひとよしの滑稽譚。
宴の様子や、芸者衆の姿が鮮やかに描かれる、得な男の損な生き様。

石川淳「井月(せいげつ)」実在した俳諧師の流浪の人生。
本物のさすらい人、風来坊は最後は、枯田の道で行きだおれたという。
怠け者とは言え、なんだか寂しさと壮絶さが色濃い一編。

山本周五郎「よじょう」
宮本武蔵の腕を試そうとした包丁人が、一刀で斬られ、その息子はやけを起こし蒲鉾小屋で乞食暮らし。
その場所がたまたま武蔵の通る道だった事から、仇を討つつもりだと勘違いされる話。
世間から鼻つまみものの若者が、ひょんな事からチヤホヤされるようになる可笑しさ。
本人はのらくらしてるが、世間もいい加減なもの。
ダメ息子がちゃっかりと身を立てるに至る、怠け者転じて福となす様が楽しく気持ちよく描かれる。
山本周五郎の文章は読みやすいのが有り難い。

太宰治「懶惰(らんだ)の歌留多(かるた)」
 私の数ある悪徳の中で、最も顕著の悪徳は、怠惰である。
という一文で始まるなまけぶりを吐露する一編。
どれだけ怠け者かというと、魚はとげがあるから面倒くさい、暑くても団扇をあおぐのが面倒くさい。
それがいつの間にか、作家としての懊悩、自分の力量、弱さを赤裸々に告白している。
つれづれなるままに反省する男、太宰治。

坂口安吾「ぐうたら戦記」
 私のように諦めよく、楽天的な人間というものは、およそタノモシサというものが微塵もないので、
 たよりないこと夥しく、つまり私は祖国と共にアッサリと亡びることを覚悟したが、死ぬまでは酒でも
 飲んで碁を打っている考えなので、祖国の急に馳せつけるなどという心掛けは全くなかった。
子供の時分からのサボりまくり人生。
 文学は話ではないよ。それは私自身で、私がそれを表現するか、さもなければゼロだ。
のらくら過ごした戦争と、彼自身の表現者としての内なる戦争を描く、酒のつまみ(板ワサ?)のような味のある作品。

武田麟太郎「大凶の籤」
潔癖と億劫さ故の不潔、行きつ戻りつするその不思議。
規律が僅かでも乱れると、徹底的に怠けだし一切を放擲したくなるという性質。
木賃宿で出会った自称‘高等乞食’と、狐を連れたおみくじ売りと過ごした大晦日を綴る。
怠けの虫に取り付かれ、というか倦怠に陥る様子や、理屈は分かっていても行動に移せないダメ~な感じ。
非常に良くわかります、その感覚。

富士正晴「坐っている」
坐って、考え書いている。坐って食べて呑んで喋っている。
もののこわれ年ならぬ人間のこわれ年があるとは?
ヒゲをはやせば、気分も性格も変わるのか?
独特のテンポの文章とユーモアにニヤニヤと楽しめる作品。

宇野浩二「屋根裏の法学士」
妙なめぐり合わせで法科を卒業したものの、一定の職もなく貧乏する男。
高慢でありながら、内気な男は何もする気がしなくなり、なまけ放題。
押入れの上の段を万年床にし、浮世を軽蔑し昨今の芸術に対して不満を持つ。
 しかし、要するに、この世に処して行くための最大の要素である根気と勇気と
 それから常識とが彼に欠けていた。何もかもが彼にはつまらなかった。
 何もかもが味気なく、何を見ても、何を聞いても、彼には、不快で、
 時には腹立たしくさえなった。
もっと身を入れていればなぁ、頑張らなきゃなぁ、という夢想にふける日々。
このダメさ加減、ピカイチ。

岡本かの子「老妓抄」
ある老妓の芸達者ぶりと、生き方、薀蓄ある言葉。
この芸妓が、発明家になりたいという若者を支援しだすが…という話。
半年は勤勉だったものの、何となくぼんやりしてきて、欲が出ない。
発明は投げ打ったきり、そのうち、出奔癖がつき度々脱走するようになる。
人生に求めるものとは?
奥深~い一編。
 「何も急いだり、焦ったりすることはいらないから、仕事なり恋なり、無駄をせず、
 一揆で心残りないものを射止めて欲しい」
 「そんな純粋なことは今どき出来もしなけりゃ、在るものでもない」
 「いつの時代だって、心懸けなきゃめったにないさ。だから、ゆっくり構えて、
 まあ、好きなら麦とろでも食べて、運の籤の性質をよく見定めなさいというのさ。」


久々に色々な日本語表現、個性ある文章に触れ刺激的な読書体験を満喫。
言葉の豊かさにしみじみと浸る。
怠け者の姿に、自分自身を見出す戦慄と、仲間意識に熱くなる思いを胸に。
言い訳を探す今日このごろ。
最終的には、怠惰なのは生まれつきです!宣言かー