そのころサンヒョクはヨングクと一緒にバーで飲んでいた。ヨングクは食事をしてちゃんと寝て仕事を言っているかをひどく心配していた。それというのも、前回ユジンが別れを切り出した時のサンヒョクは、ハンガーストライキで危うく命を落とすところだったからだ。サンヒョクは大丈夫というように笑って見せたものの、その手には水割りのグラスと禁煙していたはずのタバコが握られており、全く説得力がなかった。左手の薬指には婚約指輪がはめられたままになっている。実はサンヒョクはヨングクと待ち合わせをしていた時に、ユジンと似た髪形で同じようなコートを着た女性を追いかけて、危うく車に引かれそうになったのだった。しかし、追いついてみると、それは全く似ていない女性だった。サンヒョクは自分がいかにユジンに未練があるかを自覚して、打ちのめされていた。そしてぽつりぽつりと話し始めた。
「それがさ、不思議なくらい平気なんだ。全然実感がないんだよ。僕は本当にユジンと別れたのかな。僕とユジンは離れていてもいつも心は一緒だった。だから軍隊に入った時も、半年間会えなくても平気だった。少しくらい会わなくても、別れた気がしないんだよ。でも、会いたいよ。ほんとにものすごく会いたい。さっきなんて、ユジンに似た人を追いかけてる自分がいたんだよ。笑えるだろ?ユジンが婚約式の時に、チュンサンと間違えてミニョンを追いかけてこなかっただろ。あの時もこんな気持ちだったのかなって。でも、死んだって思ってたから、僕よりずっと辛かったんだろうって。だろ?」
ヨングクはサンヒョクの気持ちを考えると何も言えなくなって、サンヒョクの気が済むまで、黙って聞いていることにした。
「ユジンとやりたいことがあったのに、何にもできなかった。たくさん旅行もしたかったし、結婚もしたかったし、かわいい子供たちを一緒に育てたかった。笑いの絶えない家庭を作りたかった。いつも一緒に手をつないで笑っていたかった、、、。」
「きっと時がたてば解決するよ、、、。」
すると、サンヒョクは涙でいっぱいの目でヨングクを見て言った。
「時って、どれぐらい時がたてば忘れられるんだろう?10年?20年?ユジンと過ごした時間よりも、ずっと長い時間か?」
その顔は真剣すぎて恐ろしいぐらいだった。そして、がっくりとうなだれてつづけた。
「正直こんなことは言いたくないけれど、チュンサンがうらやましい、、、。」
サンヒョクの指には、吸わなくなって静かに燃え続けるタバコに火が、いつまでも揺らめいていた。
次の日の朝、チュンサンの誕生日当日、ユジンとチンスクは朝ごはんを食べていた。チンスクは昨晩も遅かったため、とても眠そうでほとんど目を開いていなかった。チンスク曰く、最近のチェリンは仕事の鬼になっているらしい。1日に何度もウインドウのディスプレーを変えたり、とにかくイライラしているようだった。しかも、その原因はチュンサンに失恋したせいだという。チンスクは気まずいままの関係に我慢できないと言い出した。ヨングクも先日の飲み会で、チュンサンとユジンに言いすぎたと思っているし、ユジンたちが悪いことをしているみたいにこそこそするのもかわいそうだと思っていた。そんなチンスクに、ユジンは申し訳なさそうに、でもうれしそうに言った。
「チンスク、チュンサンがね、記憶が戻ったの。みんなのことも思い出したのよ。昔と同じ状況だったり、ちょっとしたきっかけがあると、記憶が少しづつ戻ってくるみたいなの。だからみんなを覚えてるって。」
「ユジン、じゃあ一度みんなで集まろうよ。喧嘩になってもいいじゃない。一度派手に喧嘩すればすっきりするかもしれないし。私とヨングクで場所と時間を決めておくから、そうしようよ、ねっ?ヨングクも謝りたいみたいだし。」
「チンスク、ごめんね。気を使わないで。サンヒョクとチェリンの気持ちを考えるとまだそっとしておきたいの。みんなで会うのはもう少し時間がたってからにしよう。もっと先の方がいいよ。ところで、チンスクだけでも、チュンサンの家に来てくれないかな?」
「チュンサンの家?どういうこと?」
「実はね、今日はチュンサンの誕生日なのよ、、、。」
それを聞いて、チンスクの心に一つのアイデアが沸いた。これをきっかけに、みんなを集めようと決心したのだった。
夕方、仕事中のチンスクにヨングクから電話が来た。コソコソと電話をするチンスクの背後で、チェリンがイライラしてアシスタントを怒鳴りつけている声が聞こえた。ヨングクは一緒に遊ぼうと電話をかけてきたのだった。チンスクは怒って言った。
「ちょっと、今日はチュンサンの誕生日でしょう?一緒に行くって約束したじゃない。もうユジンに言っちゃったんだから絶対来てよね!」
チンスクはそれを聞いた背後のチェリンが、キッと睨んでいるのに気が付かなかった。しかもヨングクはサンヒョクの手前、行きたくないと電話の向こうでごねている。
「二人にどんなひどいことを言ったか覚えてないの?気が進まないかもしれないけど、サンヒョクには電話してね」
そういって電話を切り、後ろを振り向くとチェリンが仁王立ちになって自分をにらんでいた。チンスクは
「チェリン」と優しく呼びかけた。しかし、チェリンは怒ったような声で言った。
「行きなさいよ。いいから行きなさいよ」
それがチェリンにできる精いっぱいのやさしさだった。チェリンは目に浮かんだ涙を誰にも気が付かれないようにそっとぬぐって、仕事に戻っていくのだった。
一方でヨングクは、思い切ってサンヒョクに電話をかけてみた。サンヒョクは
「そうか、チュンサンの誕生日なのか、、、お前も行くのか?でも僕は夕方から収録があるんだ、、、。うん行けたら行くよ。」と力なく言って切った。
こうしてすべてのメンバーに声はかけられた。チュンサンの誕生日の準備が整った。