チュンサンとサンヒョクは丘の上のベンチに移動して、静かに腰を下ろした。二人ともしばらく黙ったまま、静かな時が流れた。丘の上からはソウルの街の明かりがキラキラと輝いて見えた。外の空気は、春が目前だというのに、まだ凍ったように冷たい。
「誰から聞いたんだ?君のお父さんか?」
チュンサンはぽつりとつぶやいた。
「そうだ」
「そうか、、、二人とも知ってるんだ、、、」
二人はまた黙ってしまった。ふとチュンサンは気が付いてサンヒョクを見つめた。
「まさか、まさかユジンには言ってないよな?」
それだけは避けたいと思っていた。今となってはそれがただ一つの望みだった。ユジンが知ったらどれだけ絶望して傷つくだろう。考えただけでも胸が痛む。
「言わなかった、、、というか言えなかった。ユジンにはそんなこととても言えないよ。それよりこれからどうするんだ?」
今度はサンヒョクもチュンサンを見つめた。二人はじっと見つめあって、お互いの瞳の奥に映る悲しみを確かめた。
「僕が、、、彼女と一緒に遠くに逃げたいといったら、、、、君は行かせてくれる?」
サンヒョクはチュンサンの目に光る涙をじっと見つめた。YESと言いたかった。でも言えない。
「チュンサン、、、」
チュンサンを見つめるサンヒョクのまなざしは悲しみにおおわれていた。チュンサンのユジンを想う気持ちがわかるからこそ、許すことはできなかった。ふたりは黙りこくったままいつまでも暗闇を見つめていた。
次の日、キム次長とチョンアは途方に暮れていた。イミニョン理事とチョンユジンの二人ともに、全く連絡が付かないうえに、二人とも無断欠勤しているのだ。チョンアもキム次長も、結婚の話までは聞いていたが、結婚式が本当に行われていて、しかもサンヒョクはユジンを連れ去ってしまい、そのサンヒョクすらも変な様子で、ミニョンに至っては打ち捨てられた雑巾のようにボロボロだったことが、どうにも不可解で仕方がなかった。ミニョン・ユジン・サンヒョクの間に色恋沙汰ではない何かが起きているのは明白だった。その時、チョンアの携帯が不意に鳴った。相手はユジンであった。ユジンもまた、チュンサンと全く連絡が取れず困っていた。
チョンアからチュンサンがソウルにとどまっていると聞いて、ユジンはチュンサンのマンションに出かけた。しかし、インターフォンをいくら鳴らしても叫んでも、自宅にいる様子はなかった。
ユジンはチュンサンの会社であるマルシアンにも出かけたが、受付の女性までも、理事の動向は一切知らないし、全く連絡が付かないと困っていた。ついにユジンはある場所に出向いていった。それはチュンサンの母親であるカンミヒの事務所であった。きっと冷たくあしらわれるだろうが、それでもいてもたってもいられなかったのだ。
ユジンは廊下の椅子に座って、ポラリスのネックレスを握りしめていた。どうかチュンサンと連絡が取れますようにと祈りながら。すると、ミヒが部屋から出てきた。ミヒはユジンを見ると、案の定冷ややかなまなざしで「何しに来たの?」と言った。ユジンはぺこりと頭を下げて言った。
「お久しぶりです。」
「用件は?」
「チュンサンと連絡が取れないんです。居場所をご存じですか?」
「何の話?」
「会社にも自宅にもいないんです。お母様だったらきっとご存じだと思って。教えていただけませんか?」
「あなた、まだうちの息子と付き合ってるの?あなたのお母さんにも別れるように言ったのに。」
ユジンは簡単に引き下がらなかった。目に涙をいっぱい溜めて懇願した。
すみません。反対されてるのは知ってるんです。でも、私たち別れたくありません。」
ミヒはあきれたような顔で言った。
「あなた、私が反対してる理由を聞いてないの?あの子ったら言ってないのね、、、。帰ってちょうだい。話すことなんてないわ。」
ミヒは冷たく言い放った。それでもユジンは追いすがる。
しかし、ミヒはとりつく島もなかった。
「どこにいるか知らないし、探さない方があなたのためよ。」
ミヒは今度こそ踵を返すとさっさと行ってしまった。ミヒも少しは心が痛んだが、ヒョンスの娘なのだから自業自得だ、自分だってあの時背を向けられて命綱を切られたのだから、と心に言い聞かせた。ユジンは独り廊下に取り残された。もはや、チュンサンを探すすべはなかった。ユジンが失意のまま階段をとぼとぼ降りていると、急いで駆け上がってきた女性に押されてしまい、手に持っていたポラリスのネックレスを落としてしまった。
ネックレスはチャリンと音を立てて1階の廊下に転がった。ユジンは慌ててネックレスを拾ったが、3連でつながっていたポラリスの一つがポッキリ折れていた。
ユジンは静かに折れた星を眺めていた。まるで、チュンサンと自分のようだった。この前まで二人は一緒だったのに、たった一つの衝撃で離れ離れになってしまった。二人の象徴のポラリスが壊れてしまうなんて、なんて不吉なんだろう、ユジンは体の震えが止まらなかった。チュンサンに今すぐ会いたくて会いたくてたまらなかった。
その日の夜、ミヒはハイヤーでチュンサンのマンションに向かった。チュンサンが誰にも会わずにマンションに閉じこもっていることはわかっていた。チュンサンがこの前「自分の父親はユジンの父親なのか」と必死の形相で問い詰めた時のことを思い出していた。自分のエゴだとしても、ちっぽけなプライドだとしても、たとえ自分の息子をずたずたに傷つけることになっても、一度始めたゲームから降りるつもりはなかった。これは愛する人にぼろきれの様に捨てられた女の最後の意地だ。最後まで続けてみせる、この秘密は地獄までもっていく、ミヒは強い決意で冬の夜空を見つめていた。