一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

一寸先は闇

1999年09月05日 | 女のホンネ
 夏に弱い私は、怠惰な日々の中で、執筆と読書とお昼寝に明け暮れていた。
 そんなある日、知人の男性作家から電話がかかってきた。
「どう、仕事は順調?」
「ええ、何とか……」
「夏休みは、どこか行った?」
「夏休み、といっても、自由業ですから、あって、ないようなもので……」
「それはそうだ、世間の人の休暇に合わせることはないんだからね」
「ええ」
「ぼくは先週まで、軽井沢だったんだ。のんびりするつもりだったけど、締切に追われちゃってね」
「例の豪華な別荘ですね、うらやましいわ」
 例の、といっても、私は一度も見ていない。なぜか、彼は毎年、この時期に電話をかけてきて、これから軽井沢の別荘へ行くとか、行って来たとか話すので、「例の」と私は言ったのだ。
「来週は、ちょっとカナダへ行って来るんだ」
「ちょっとカナダへですか? 優雅ですね。うらやましいわ」
 昨年はスペインだったかスイスだったか忘れたが、
「優雅ですね。うらやましいわ」
 と、同じ言葉を口にしたことを思い出した。この「うらやましい」というセリフを繰り返さないと、電話は終わらない感じなのである。かといって、「うらやましい」を連発して彼を喜ばせるとかいうつもりでもないのだけれど。
「帰って来たら電話するよ。どこかで食事でもしよう」
「はい」
 最後のこの言葉のやり取りも、昨年と同じ。
 電話を切った私は不機嫌。
 この暑いのに、何て退屈な電話──と、ふたたびベッドにゴロンと横になって、
(今日はスーパーへ買い物に行かなくちゃ。ああ、外は暑そう。夕方になって涼しくなってから行こうっと)
 そう思い、しばし別世界に浸れる小説を読んで、夏の暑さも退屈な電話も忘れることにする。
 けれど――。
 ふと、気づいたのである。電話の知人男性は、優雅な夏休みを自慢したかったのではないかもしれないと。
 彼は私だけでなく、あちこちに同じ電話をかけまくっているのではないかと。
 特に親しいという関係ならともかく、年に数回、パーティなどで会い、食事を誘われるのも年に数回、という私に、有意義な夏休みを過ごしている様子を自慢(しているわけではないかもしれないが)げに電話してくるその真意。
(不慮の事故か急病で、この電話が最後になるかもしれないと、この世での別れの可能性を秘めて、私だけでなく片っ端から知人友人に電話をかけまくってるのかも……) 
『一寸先は闇』という諺がある。明日は何が起こるか、わからない。不運な事故も急病も、その人間にもたらされる運命だけは、予想も予測もできないし、避けることもできないのだから──。
 暑さにウンザリしながら、そう思った。
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