場所は7日目に突入しました。この日も富士泉関の内掛けが決まって5連勝、6勝1敗。大関誉関も勝利して7戦全勝に。銀奨関も7連勝。そして横綱富士ケ峰関が土俵に立ちました。相手は平幕佐々丸関です。
佐々丸関は身長2m10cm、体重220kgと、現役最巨人最巨漢力士です。でも、横からの攻撃に弱くて、今場所ここまで2勝4敗です。横綱富士ケ峰関にも、これまで5戦して全敗。すべて横綱が勝ってます。横綱富士ケ峰関にとっては組しやすい相手だと思います。
でも、富士ケ峰関は負けてしまいました。佐々丸関の強烈なのど輪とそれに続く渾身の押しに土俵を割ってしまったのです。支度部屋でモニターを見ていた富士泉関は、唖然としてしまいました。今場所初日をのぞいてずーっと調子がよかった横綱が、こんなにも簡単に負けてしまうなんて。
富士泉関はいても立ってもいられなくなり、通路に飛び出しました。でも、なかなか富士ケ峰関は帰ってきません。しばらくしてようやく富士ケ峰関が帰ってきました。
「横綱・・・」
横綱は恥ずかしそうに頭を掻いてました。
「いや~、油断したよ」
軽いセリフだなあ。横綱はあまり危機感を感じてないのかなあ? 初日負けたときはかなり凹んでたのに…
でも、これで5勝2敗。このあと横綱朝桜戦も大関銀奨関戦もあります。実は富士ケ峰関はこの2人の力士に1度も勝ったことがないのです。これでは弟弟子の富士泉関の方が危機感を感じてしまいますよ。
ふと富士泉関の眼が、この場にいた記者が持っていたスポーツ新聞に釘付けになりました。それは競馬の記事だったのです。そうです。この日は土曜日、JRAの競馬が行われる日だったのです。
富士泉関はあたりを見回しました。誰かを探してるみたい。と思ったら、ぼくでした。富士泉関はぼくのところにくると、ちょっと怒ったようにしゃべり始めました。
「おい、もしかして横綱は、今日馬券を買ったのか?」
ぼくはすべて正直に応えることにしました。
「うん、昨日の夜横綱の部屋に行ったら、ずーっと予想してたよ。結果はあんたが土俵に行ってたとき、スマホで見てたよ。たぶん弟弟子には見られたくなかったんじゃないかな?
今日馬券の方は絶好調だったみたい。スマホを見て、思いっきりガッツポーズしてたよ」
「だから今日は、相撲で負けたのに気分がいいのか?」
「うん。そう言や、先週の日曜日はだめだったみたい」
「先週の日曜日て・・・、市松に負けたときか?」
「うん」」
「な、なんてことを・・・」
富士泉関は言葉を亡くしてしまいました。
ちなみに、この日も朝桜関は楽勝しました。これで今場所7戦7勝。通算44連勝となりました。
帰りのクルマの中、富士泉関は何も言えませんでした。
「おまえ、今日で6勝1敗か。いい成績じゃないか」
当の横綱はやっぱり気楽なようです。
「横綱、まさか今日、馬券買ってないですよね」
富士泉関は突然ぽつりと発言しました。
「ああ、あ~、買ってないよ」
ちょっと気のない返答。それに対して富士泉関は何か言いたいようです。「うそ言うなよ!」とでも言いたかったのかな? でも、ぐっとこらえてました。
クルマが葵部屋に着くと、葵親方に報告とあいさつ。そして今日は解散となり、富士ケ峰関は自分のマンションの部屋に帰りました。横綱には今9人の付き人がいますが、マンションは完全プライベート空間で、付き人さえ入れません。そのせいか、1人で帰宅しました。
これで終わりかと思いきや、富士泉関が取的衆を招集しました。富士泉関は取的衆を前に大きな声で質問しました。
「この中に今日、横綱の依頼で競馬新聞を買ってきたやつはいるか?」
するとすぐに1人が手を挙げました。
「ちょっと来いよ」
富士泉関はその力士を呼びました。
「なんで競馬新聞を買ってきたんだよ?」
「なんでって・・・、オレ、横綱の付き人すよ。横綱の命令は絶対す」
ほかの取的からも声が挙がりました。
「オレも買ったことがあります」
「オレも」
「競馬新聞を買ってきたら、横綱のマンションに行って、ポストに入れてくるんですよ」
富士泉関は返す言葉はありませんでした。ただ、「ふ~」とため息をつくだけです。
「わかった、解散。みんな、ありがとう」
そう言うと、富士泉関はぼくを見ました。
「悪いが、今から横綱の部屋に行って、今横綱が何をやってるのか、見てきてくれないか」
「うん、いいよ」
ま、言われなくても行くつもりだったけどね。
で、横綱の部屋に行ってみたら、横綱はパソコンのモニターを見てました。どうやら今日行われたJRAのレースを全部チェックしてるみたい。ときどき止めて、ちょっとリプレイして、とっても熱心に見てます。その情熱、少しは土俵に傾けて欲しいなあ。
それを見終わると、いよいよ競馬新聞を持ちだして予想開始。競馬を予想してる横綱は、とっても幸せそうな顔をしてます。
それから1時間、2時間、3時間・・・、と、スマホを持ちだしてピッピッピッと始めました。どうやらスマホで馬券を買うようです。ぼくはその画面を覗き込んじゃいました。
8日目。今日も横綱富士ケ峰関と富士泉関はクルマで同伴出勤です。あれ、男同士の場合は同伴出勤とは言わないのかな? ま、いっか。
車内では富士泉関が沈んでました。いや、半分沈んでいて半分不貞腐れてると言った方がいいかな? 横綱が気になったようで、声をかけました。
「おい、どうした?」
「なんでもないっすよ。ところで、横綱、今日は馬券買ったんですか?」
「おいおい、何を言うかと思えば・・・。馬券なんか買ってないよ。だいたいわしが馬券を買ったからと言って、勝負に影響があると思うのか?」
「横綱が負けたのは昨日と初日ですよ。両方ともJRAのレースがあった日ですよね」
「それはたまたまだろって」
「横綱は先場所8勝7敗だったんですよ。もし今場所・・・」
「うるせい!」
突然横綱は一喝しました。どうやら触れてはいけないことを言ってしまったようです。富士泉関は黙ってしまいました。2人は沈黙のまま、クルマは会場に到着しました。
横綱土俵入りの時間となりました。昨日までは柔和な顔をしてた横綱富士ケ峰関は、今日はかなり厳しい顔をしてます。さっきの富士泉関の言葉でかなり機嫌を損ねてしまったようです。
一方富士泉関もかなり厳しい、いや、恐ろしい顔をしてます。こんな調子で横綱土俵入りですよ。太刀持ち担当の力士さんがかわいそう。
ま、それでも横綱土俵入りは無難に終わり、富士泉関の取組となりました。今日も富士泉関の内掛けが見事に決まり、7勝1敗に。あと1つ勝てば勝ち越しです。帰り入幕でこの成績はすごいですよね。観客の声援もさらにグレードアップしてきました。でも、当の富士泉関はずーっとぶすーとしてました。
2人の大関、銀奨関と誉関も勝って、中日で給金直し。横綱朝桜関も中日で勝ち越し。通算45連勝。そして問題の富士ケ峰関の出番となりました。
今日の相手は平幕湊翔(みなとしょう)関。ここまで3勝4敗の若手力士です。富士ケ峰関とはこれまで1回対戦していて、そのときは富士ケ峰関が勝ってました。
いよいよ取組の時間となりました。両者見合って、見合って、発気揚々! 残った!
今日横綱は立会つっぱりを選択。そしてのど輪、はず押し。そのまま湊翔関を土俵際まで追い詰めました。勝てる!と思った次の瞬間、なんと湊翔関は体(たい)を大きく開いたのです。突き落とし。横綱の身体はそのまま土俵下に落ちて行ってしまいました。
横綱大敗北。明らかに勝負を焦ってました。もう少し落ち着いて攻めていれば、十分勝てる展開だったのに・・・ これで横綱富士ケ峰関は5勝3敗。今場所ある程度勝ち星を稼がなくっちゃいけないのに、この先どうするんだろう?
佐々丸関は身長2m10cm、体重220kgと、現役最巨人最巨漢力士です。でも、横からの攻撃に弱くて、今場所ここまで2勝4敗です。横綱富士ケ峰関にも、これまで5戦して全敗。すべて横綱が勝ってます。横綱富士ケ峰関にとっては組しやすい相手だと思います。
でも、富士ケ峰関は負けてしまいました。佐々丸関の強烈なのど輪とそれに続く渾身の押しに土俵を割ってしまったのです。支度部屋でモニターを見ていた富士泉関は、唖然としてしまいました。今場所初日をのぞいてずーっと調子がよかった横綱が、こんなにも簡単に負けてしまうなんて。
富士泉関はいても立ってもいられなくなり、通路に飛び出しました。でも、なかなか富士ケ峰関は帰ってきません。しばらくしてようやく富士ケ峰関が帰ってきました。
「横綱・・・」
横綱は恥ずかしそうに頭を掻いてました。
「いや~、油断したよ」
軽いセリフだなあ。横綱はあまり危機感を感じてないのかなあ? 初日負けたときはかなり凹んでたのに…
でも、これで5勝2敗。このあと横綱朝桜戦も大関銀奨関戦もあります。実は富士ケ峰関はこの2人の力士に1度も勝ったことがないのです。これでは弟弟子の富士泉関の方が危機感を感じてしまいますよ。
ふと富士泉関の眼が、この場にいた記者が持っていたスポーツ新聞に釘付けになりました。それは競馬の記事だったのです。そうです。この日は土曜日、JRAの競馬が行われる日だったのです。
富士泉関はあたりを見回しました。誰かを探してるみたい。と思ったら、ぼくでした。富士泉関はぼくのところにくると、ちょっと怒ったようにしゃべり始めました。
「おい、もしかして横綱は、今日馬券を買ったのか?」
ぼくはすべて正直に応えることにしました。
「うん、昨日の夜横綱の部屋に行ったら、ずーっと予想してたよ。結果はあんたが土俵に行ってたとき、スマホで見てたよ。たぶん弟弟子には見られたくなかったんじゃないかな?
今日馬券の方は絶好調だったみたい。スマホを見て、思いっきりガッツポーズしてたよ」
「だから今日は、相撲で負けたのに気分がいいのか?」
「うん。そう言や、先週の日曜日はだめだったみたい」
「先週の日曜日て・・・、市松に負けたときか?」
「うん」」
「な、なんてことを・・・」
富士泉関は言葉を亡くしてしまいました。
ちなみに、この日も朝桜関は楽勝しました。これで今場所7戦7勝。通算44連勝となりました。
帰りのクルマの中、富士泉関は何も言えませんでした。
「おまえ、今日で6勝1敗か。いい成績じゃないか」
当の横綱はやっぱり気楽なようです。
「横綱、まさか今日、馬券買ってないですよね」
富士泉関は突然ぽつりと発言しました。
「ああ、あ~、買ってないよ」
ちょっと気のない返答。それに対して富士泉関は何か言いたいようです。「うそ言うなよ!」とでも言いたかったのかな? でも、ぐっとこらえてました。
クルマが葵部屋に着くと、葵親方に報告とあいさつ。そして今日は解散となり、富士ケ峰関は自分のマンションの部屋に帰りました。横綱には今9人の付き人がいますが、マンションは完全プライベート空間で、付き人さえ入れません。そのせいか、1人で帰宅しました。
これで終わりかと思いきや、富士泉関が取的衆を招集しました。富士泉関は取的衆を前に大きな声で質問しました。
「この中に今日、横綱の依頼で競馬新聞を買ってきたやつはいるか?」
するとすぐに1人が手を挙げました。
「ちょっと来いよ」
富士泉関はその力士を呼びました。
「なんで競馬新聞を買ってきたんだよ?」
「なんでって・・・、オレ、横綱の付き人すよ。横綱の命令は絶対す」
ほかの取的からも声が挙がりました。
「オレも買ったことがあります」
「オレも」
「競馬新聞を買ってきたら、横綱のマンションに行って、ポストに入れてくるんですよ」
富士泉関は返す言葉はありませんでした。ただ、「ふ~」とため息をつくだけです。
「わかった、解散。みんな、ありがとう」
そう言うと、富士泉関はぼくを見ました。
「悪いが、今から横綱の部屋に行って、今横綱が何をやってるのか、見てきてくれないか」
「うん、いいよ」
ま、言われなくても行くつもりだったけどね。
で、横綱の部屋に行ってみたら、横綱はパソコンのモニターを見てました。どうやら今日行われたJRAのレースを全部チェックしてるみたい。ときどき止めて、ちょっとリプレイして、とっても熱心に見てます。その情熱、少しは土俵に傾けて欲しいなあ。
それを見終わると、いよいよ競馬新聞を持ちだして予想開始。競馬を予想してる横綱は、とっても幸せそうな顔をしてます。
それから1時間、2時間、3時間・・・、と、スマホを持ちだしてピッピッピッと始めました。どうやらスマホで馬券を買うようです。ぼくはその画面を覗き込んじゃいました。
8日目。今日も横綱富士ケ峰関と富士泉関はクルマで同伴出勤です。あれ、男同士の場合は同伴出勤とは言わないのかな? ま、いっか。
車内では富士泉関が沈んでました。いや、半分沈んでいて半分不貞腐れてると言った方がいいかな? 横綱が気になったようで、声をかけました。
「おい、どうした?」
「なんでもないっすよ。ところで、横綱、今日は馬券買ったんですか?」
「おいおい、何を言うかと思えば・・・。馬券なんか買ってないよ。だいたいわしが馬券を買ったからと言って、勝負に影響があると思うのか?」
「横綱が負けたのは昨日と初日ですよ。両方ともJRAのレースがあった日ですよね」
「それはたまたまだろって」
「横綱は先場所8勝7敗だったんですよ。もし今場所・・・」
「うるせい!」
突然横綱は一喝しました。どうやら触れてはいけないことを言ってしまったようです。富士泉関は黙ってしまいました。2人は沈黙のまま、クルマは会場に到着しました。
横綱土俵入りの時間となりました。昨日までは柔和な顔をしてた横綱富士ケ峰関は、今日はかなり厳しい顔をしてます。さっきの富士泉関の言葉でかなり機嫌を損ねてしまったようです。
一方富士泉関もかなり厳しい、いや、恐ろしい顔をしてます。こんな調子で横綱土俵入りですよ。太刀持ち担当の力士さんがかわいそう。
ま、それでも横綱土俵入りは無難に終わり、富士泉関の取組となりました。今日も富士泉関の内掛けが見事に決まり、7勝1敗に。あと1つ勝てば勝ち越しです。帰り入幕でこの成績はすごいですよね。観客の声援もさらにグレードアップしてきました。でも、当の富士泉関はずーっとぶすーとしてました。
2人の大関、銀奨関と誉関も勝って、中日で給金直し。横綱朝桜関も中日で勝ち越し。通算45連勝。そして問題の富士ケ峰関の出番となりました。
今日の相手は平幕湊翔(みなとしょう)関。ここまで3勝4敗の若手力士です。富士ケ峰関とはこれまで1回対戦していて、そのときは富士ケ峰関が勝ってました。
いよいよ取組の時間となりました。両者見合って、見合って、発気揚々! 残った!
今日横綱は立会つっぱりを選択。そしてのど輪、はず押し。そのまま湊翔関を土俵際まで追い詰めました。勝てる!と思った次の瞬間、なんと湊翔関は体(たい)を大きく開いたのです。突き落とし。横綱の身体はそのまま土俵下に落ちて行ってしまいました。
横綱大敗北。明らかに勝負を焦ってました。もう少し落ち着いて攻めていれば、十分勝てる展開だったのに・・・ これで横綱富士ケ峰関は5勝3敗。今場所ある程度勝ち星を稼がなくっちゃいけないのに、この先どうするんだろう?