夏色茶屋

東京在住の主婦、日々の暮らしを綴ります

帰省、叔母の手術

2016年12月22日 | 
2016年、12月叔母入院の覚書。

叔母の手術のために14日から帰省。
姉が前日からレンタカーで帰省していたため、私は空港バスで市内の駅まで行き、それから叔母の入院している病院へタクシーで駆けつける。
術前の先生のお話を聞いて、姉と母と実家へ。
翌日は11時に病院へ行ったけど、緊急手術のために遅れて、叔母は13時半に手術室に入室。
15時半に呼ばれて先生からの説明を聞く。
検査の結果は良性だったので腫瘍だけを切除して手術終了。良かった良かった
姉が二日も病院に泊まってくれて私は昼間に叔母の世話をしただけで終わった。
いくらプロとは言え、私より歳上なのに申し訳ない。

手術の当日ずっと病院に付き添ってくれた知人のKさん御夫妻。
夕方私が帰るとご近所さんが次々と様子を訊ねに来てくれる、そして電話が鳴る鳴る。
叔母の普段の丁寧な付き合いが良くわかった。

私は17日夜遅く東京に戻った。
22日今日、叔母経過良好で姉に付き添われて無事に退院
職場では「叔母さんのために~」と言われたけど、父が亡くなってから姉と私にとっては叔母は家族同然の存在なのだ。


画像はお昼に食べた国立病院機構○○医療センターの食堂の定食。
魚のフライ定食と焼魚定食。

 
   



父の亡くなった病院へ3○年ぶりへ出向いた。
リニュアールされ当時の面影は全くなかった。
医療ミスで亡くなったことを忘れたかったのだろう、私の中で病院の記憶は抹殺されていた。
狭い街なのに病院の場所をすっかり失念していた。
タクシーで病院の門に入った時に不思議な気持ちになったけど、涙は出なかった。
一生行くことは無いだろうと思っていた場所。高校3年生の夏を思い出しやはり胸が痛かった。


嬉しい事もあった。
空港でバスに乗った途端に「○○さん」と旧姓を大きな声で呼ばれた。
大学の学科の同級生Tさんだった。
彼女はうちの姉と中学で同じ学年だった人で、私はTさんの妹S子と同じクラスで仲良しだったのだ。
まさかお姉さんの方と隣の県の大学、それも同じ学科の同級生になるとは思ってもみなかった。

いろいろあって4浪で大学に入学していたTさんは、専門の実習の時も波瀾万丈だった。
同じグループだった私達も本当に大変だった。彼女はよくぞ卒業できたと思う。
手短に近況を話してくれたTさんはとても明るかった。
卒業後、彼女は幸せな納得できる人生をおくってきたのだなと思えた。
私も彼女の事は忘れたことはなかった。
若い頃の思い出話によく登場するので、娘も彼女の事はよく知っているくらいだ。
Tさんが幸せそうで本当に良かった、嬉しい再会だった。


画像は地元の○○空港。
のんびりしていて着いた途端に眠くなった。
寝ぼけてバスに乗り込みTさんに会い思いっ切り目が覚めた。笑

           

          
コメント
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