新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 6話
第四章【フィデスの独白ー2】
それから私たちの捕囚生活が始まりました。
カッセルの城砦に連れてこられた最初の夜は牢獄で過ごしました。捕虜になったのですから覚悟はしていましたが、寝床には藁が敷かれていて、身体に掛ける布も用意してありました。食事はパンと温かいスープを出してくれました。おそらくこれもマリアお嬢様の心遣いなのでしょう。
しかし、一夜明けたら、やはり捕虜の扱いでした。
翌日、私たちは兵舎の広場に縛り付けられました。さっそく拷問を受けたのです。ところが、私たちだけではなく、マリアお嬢様とお付きのアンナさんも一緒だったのです。なぜ、この二人が縛られたかというと、兵士のベルネが出陣前にそう決めたからでした。ベルネは嫌がるお嬢様を無理矢理に縄で括り付けました。お嬢様は敵の悪い人よりもよっぽど怖いと泣いていました。
縄が解かれると、私はアリスとエルダに呼び出されました。もう一人の捕虜のパテリアはベルネたちに連行されてしまいました。別々に取り調べられるのです。
そこは兵舎の二階の奥で、広さや造りは幹部級の部屋のようでした。椅子や机があり、絨毯も敷いてあって暖炉も設えてあります。豪華な部屋ですが、どことなく殺風景な感じを受けました。
私はエルダの足元の床に座らされました。
勝ち戦さで凱旋し英雄気取りのエルダです。エルダは明るい顔をしています。うっすらと紅を引いているようです。
開口一番、エルダは、自分は司令官になり、アリスは守備隊の新隊長に就任したと言いました。
「私たちを戦場に置いていった隊長は、その職を解いたわ。代わってアリスさんが隊長になりました」
「今日からはあたしのことは隊長様と呼んでね。凱旋将軍様でもいいわ」
アリスは得意げです。
「就任おめでとうございます、アリス隊長様」
「キャハ、初めて言われた。だってうちの隊員は誰も隊長って言ってくれないんだもの」
勝利したのをいいことに前の隊長を解職したり、二人はカッセルで何でもかんでもやりたい放題のようです。
「この部屋も前の隊長の部屋だったのよ」
立派な部屋だと思ったのは隊長室だったからでした。では、職を解かれた前隊長は部屋を明け渡してどこへ行ったのでしょうか、疑問に思いました。
「前の隊長のことはこっちの問題だから、フィデスさんには関係ないことですけどね」
ひょっとして、きちんとした手続きを経たのではなく一方的に解職したとか、それとも城砦から追放してしまったのかもしれません。
「フィデスさん、昨日はごめんなさい、牢屋に入れちゃって。今夜からこの部屋を使ってください。あなたのために急いで準備したのよ」
私の聞き間違いかと思いました。何と、この大きな部屋を使ってもいいというのです。もう牢屋からは解放してくれました。ですが、急いで準備したというのが気になりました。掃除が行き届いているところをみると、隊長の持ち物などをすべて片付けてしまったのでしょうか。
まさか、前の隊長の身柄までも処分・・・
怖くなったのでパテリアのことを尋ねました。
「一緒に捕虜になったパテリアはどこへ行ったのですか」
「心配しないで、ベルネたちが町を案内しているわ。酒場に行ったか、屋台で盛り上がっているはずよ」
パテリアが無事なようなので安心しました。
「うれしいわ。フィデスさんを捕虜にできて」
エルダが覗き込みます。
「フィデスさん、私のモノになりなさい」
「・・・はい」
「私・・・フィデスさんのことが気に入ったんだ」
「はあ」
「フィデスさんが好きになったの」
おかげでカッセルでの捕囚生活はむしろ楽しいものになりました。私たちはかなり自由を与えられました。部屋の扉は施錠されず監禁されることはありません。監視付きという条件でしたが、カッセルの城砦の中はどこへでも出かけてもよいと言われました。
食事は食堂で守備隊の隊員と一緒です。メイド長が休暇をとって不在なのでイモの皮むきや皿洗いの仕事を与えられました。隊長になったばかりのアリスさんも「新しいメイドを雇ったのに」とボヤキながらカマドの掃除を手伝っていました。捕虜の生活に慣れてきたら畑仕事や水汲みなどをするように指示されました。それくらいの労働はシュロスの城砦でもやっていましたので平気です。
これほど優遇されたのは、撤退の際に、私の部下のナンリが頭を下げてエルダさんに頼み込んでくれたからでした。いい部下を持って幸せです。しかもアリスさんの計らいで捕虜の期間は長くても二十日程度と決められました。それを聞いてパテリアと抱き合って喜びました。
パテリアはスターチさんやお嬢様と一緒に酒場へ行ったそうです。女王様ゲームという遊びをして、マリアお嬢様が勝ったのでマリア女王様に出世しました。そうしたら、お付きのアンナさんに「十年早い」と言われ、結局は王女様ということで落ち着いたというのです。
それでもマリアお嬢様は「私は王女様なのよ」と大喜びでした。
ベルネさんは酒場の支払いをお嬢様に押し付けました。そこは貴族のお嬢様、ではなく、王女様はポンと全額を払ったそうです。
翌日、私はパテリアを連れてマリアお嬢様の部屋に挨拶に伺いました。見習い隊員とはいえ、貴族のお嬢様には特別に個室が与えられていたのです。
お付きのアンナさんがお茶とお菓子を用意してくれました。
お茶が運ばれてくるとお嬢様は床に腰をおろしました。これには驚きました。私がこれまでに会った貴族の人たちはたいてい偉そうにしていて、部屋では椅子に座っていたからです。こちらは床に膝を付き平伏しなければなりませんでした。マリアお嬢様が平民と同じように床に座ってくれたことに感激しました。
ところが、
「戦争で頑張ったから足がパンパンなのよ」
と言って、こちらに足を投げ出しました。なんのことはない、床に座ったのは私に足を揉ませるためでした。
「はいはい、お嬢様」
私はお嬢様の足を揉んで差し上げました。捕虜ですからこれくらいは仕方ありません。私が足を揉んでいるのにもかかわらず、パテリアはというと、お嬢様と並んでお菓子を食べています。その様子は仲の良い友達みたいです。
「お嬢様は戦場から帰って逞しくなりましたね」
「そうなんです、辺境に身を置くのも花嫁修業の一つです。なにしろ、宮殿にいた・・・いえ、お屋敷にいたころは一日中寝そべっていたくらいですから」
アンナさんが言うようにお嬢様は辺境に花嫁修業に来ているのでした。
「ここでは花嫁修業ができていいですね」
「バッチリです」
お嬢様は得意顔です。
その傍らではアンナさんが裁縫を始めました。お嬢様の玩具、人形の首が取れてしまったのを胴体に縫い付けているのでした。壊れた人形を大切にして直しているのには感心しましたが、お嬢様はこれも人任せにしています。裁縫も花嫁修業の一つなのだけどと思いました。
・・・私はエルダさんと親しくなりました。
親しくというのは、それは女性同士で愛し合ったのです。
きれいな顔がすぐそこにあります。私は指でエルダさんの顔を、鼻を唇を触れていきます。なんと美しい顔でしょう。見ているだけで心がときめきます。
エルダさんが私を抱きしめ、そして、唇を重ねてきました。
「ああ、フィデスさん、好きよ」
敵として戦ってきた者が抱き合って愛し合うのです。それは、戦場にいた時には考えもしない夢のようなひと時でした。
<作者より>
本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。第二巻は場面があちこちに飛びますので、分かりずらいところがあるかもしれません。
今回掲載した部分で、マリアお嬢様が人形を修繕する場面、実際にはお付きのアンナに針仕事を任せているのですが、ここは後々の伏線になっております。次の第三巻で解決? しますので、それまでお待ちください。