かおるこ 小説の部屋

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連載第46回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-16 14:17:43 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 18話

 第十一章【捕虜の取調べ】①

 国境までということだったが、守備隊のリーナはシュロスの城砦が見える辺りまで送ってくれた。そのうえ、フィデス・ステンマルクに馬車を与えて自分は歩いて帰ると言った。フィデスは捕虜の身でありながら馬車で帰還できるわけだ。もっとも、その馬車はもともとは月光軍団の物だったから取り戻しただけにすぎない。だが、破れた幌は新調してあり車輪や荷台には修理した跡があった。

 フィデスは馭者席に座り手綱を取ったが、すぐには走り出さなかった。
 捕囚生活から帰還できた喜びとともに月光軍団が敗北したことの責任が重くのしかかってきた。無事に退却できただろうか。あれだけの負傷者を抱えての撤退は、さぞや困難だったに違いない。指揮を執ったナンリの顔を見るまでは安心できなかった。副隊長として敗戦の責任を取る覚悟はある。裁判のため州都の軍務部に呼び出され、シュロスの城砦にいられるのは、一日か二日だけかもしれない。
 もう少しカッセルにいたかった・・・エルダさんと二人で。

「フィデスさん、そろそろ出発しましょう」
 パテリアに促されてフィデスは手綱を引いた。馬車の運転には慣れているが、逸る心を抑えゆっくりと走らせた。その気持ちが馬にも通じたのか手綱に合わせてコツコツと歩んだ。しっかり調教してあるようだ。この馬車と馬だけでも今の月光軍団にとっては相当な価値があると思った。
 丘を越えると一気に視界が開けた。見慣れた山々、流れる雲、澄んだ空気、鳥の啼き声、そしてこの匂い。
 やっとシュロスへ帰ってくることができた。赤土の道、どこまでも広がる畑、その先には城砦の尖塔の屋根も見え隠れしている。懐かしい風景を見て漠然と抱いていた不安は吹き飛んだ。
「やっと着いたー」
「パテリアちゃん、よく頑張ったね。ここまで来たらもう安心だよ」
「最初は怖かったけど、みんな親切だった」
 パテリアがお腹を摩った。
「少し太ったかな」
「戦闘に備えて厳しく訓練します、覚悟しなさい」
「は~い。だけど、守備隊の人と仲良くなったから戦うのは無理みたい」
 確かにそうだ。フィデスも戦う気持ちなどはとっくに失せていた。カッセル守備隊の司令官エルダと何度も愛し合ったのだ。すぐに戦闘モードに切り替えることなどできようがない。
 しかし、パテリアの手前、
「そこは気持ちを新たにして、今度こそ絶対に勝たないとね」
 と言った。
 フィデスたちはカッセルの城砦に捕虜になりながらまったく無傷で生還した。しかも、身代金と引き換えでもなかった。何という奇跡だろう。
 城砦に入ったら最初にすることを確認しておく。まず、亡くなった人たちへの慰霊をおこなう。次に戦場で怪我をした隊員の見舞いだ。
 そして・・・ナンリの顔が見たい。
 城砦の塔が大きくなった。門の扉も見えてきた。あと少しだ。
「私たちは戦争に負けて捕虜になったけど、無事に帰ってこれたのだから、胸を張っていいんだよ」
「はいっ」
「よし、その調子」

 城砦に着いた。
 門番の兵は見知らぬ顔だった。これも敗戦の結果なのだろう。フィデスは何と話しかけていいものか迷った。カッセルから無事に生還したと言っても信じてもらえるだろうか。その時はナンリを呼べばいい。ナンリはすっ飛んで来るに違いない。驚く顔が見たいものだ。
 ところが、二人の乗った馬車は橋を渡ったところで止められてしまった。門の中には入れない、馬車の荷台にとどまり外へ出てはいけないと言われた。
 そのまま一時間ほど待たされた。
 もしかするとローズ騎士団は王宮には帰らず、まだシュロスに滞在しているのではないか。文官のフラーベルは接待に追われていて忙しいのだろう。それにしても、こんなに長く待たされるとは。シュロスの城砦は我が家も同然なのに・・・
 何かおかしい、フィデスは次第に不安になってきた。
     *****
「ゲホッ」
 せっかくのワインがむせてしまった。
 参謀のマイヤールから、カッセルに捕虜になっていた兵が帰ってきたという報告を受けた時、ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラはワインを飲んでいた。
 王宮から武器、鎧兜、金貨、ワインなどを手配したが、届くのは明後日になるとのことだ。仕方ないので州都から取り寄せたワインを飲んだ。本来であれば州都から来ている監察官とやらが貢物としてワインを届けるべきなのに、融通の効かない頭の固い監察官だ。
「・・・それで、何だっけ」
 参謀のマイヤールに聞き返した。
「カッセルから捕虜が帰還しました」
「そうだった。こんな時に帰ってくるなんて、どこのバカよ」
「帰ってきたのは二人で、一人は副隊長のフィデスと名乗っているそうです」
 その名前には何となく聞き覚えがあった。
「副隊長っていうのは、ナンリの部隊のアレかな」
「そうです。フィデスはナンリの上官に当たる者です」
「待たせておきなさい、忙しいんだから、ヒック」
 忙しいといっても、ただワインを飲んでいるだけだ。

 ローラは部屋の隅に控えているメイドを呼んだ。新しく雇い入れた女だった。これが思わぬ拾い物だった。聞けば、酒場で働いていたところを兵舎のメイドに採用されたという。文官のニコレット・モントゥーが下働きをさせてみると、テキパキとよく動き、仕事の呑み込みが早かった。さっそく月光軍団から横取りしてやった。
 ニコレットが目を付けたとあって、なかなか気が利くメイドだ。今も、炒った豆を盛ったトレイをスッと差し出した。ちょうど、何かつまみが欲しかったところだった。召使いはこうでなくてはならない。しかも、何を言いつけても嫌な顔を見せない。本当にどんな命令でも服従するかどうか試してみたくなった。何事も初めが肝心である。
「あまり待たせると、捕虜が騒ぎ出すかもしれません。自分の部下であるナンリに会わせろなどと言い出したら困ります」
 ナンリは焼き印を押し付けて地下牢に投げ込んである。
「しょうがない、会ってやりまふか。で、どこにいるの、おおかた拷問でもされて怪我しているんでしょう。ああ、イヤだ」
「門の前で、乗ってきた馬車に待たせてあります。門番の話では、これといって怪我はないようで」
「あちゃ~、捕虜のくせして馬車とはね」
 ローラたち騎士団は川に落ちて泥だらけでたどり着いたとういのに、捕虜が馬車に乗っているというのが癪に障った。
「ヤメた。明日にしよう。酔ってるし、顔赤いでしょ。それにナンリのヤツ、痛め付けちゃったもの。焼き印がバレたらヤバイじゃん。ていうか、死んでたらどうしよう」
 ローラが手を延ばそうとしたが参謀のマイヤールがワイングラスを遠ざけた。
「月光軍団のコーリアスやミレイの証言では、フィデスも敵の隊員を逃がしたと言っていたではありませんでしたか」
「だから何だって言うの。面倒な仕事は明日にして、それよりワイン飲ませて」
「規律違反です」
「やだぁ、勤務中に飲むのは、規律違反だってわかってるけど、マイヤールまでもがお堅いことは言わないでよ」
「違います、その副隊長のフィデスが違反なのです」
「なあんだ、そっちれすか」
 酔いが回ってきてローラの言葉遣いが怪しくなってきた。
「違反、キリーツ違反。みんなでヤレば怖くないって。フィデスもナンリと同罪だ」
「しかも、地位の高い副隊長ですから、部隊長のナンリよりは重罪に問えると思います。副団長として厳しく尋問してください」
「厳しくやったらさ、私もヤバいんじゃない。ワインがバレちゃう。私も有罪とか言われちゃったりしないかな」
「ご自分にはほどほどに」
「それがいい。ご自分には優しく他人には厳しくするぅ・・・ヒック」
 そう言ってローラはグラスのワインを飲みほした。
「また違反やっちゃったぁ、規律違反、サイコー」
 すかさず、メイドがワインの瓶を差し出した。
「あらら、ウレシ~イ。もう一杯飲んでもいいでしょ、だって、コイツが勧めるんだもん」
「どうやら、この女はお役に立ちそうですね。月光軍団から引き抜いてきた甲斐があったというものです」
「そうだ、コイツの名前、まだ聞いてなかったじゃん」
「ほら、ローラ様のお許しが出たよ。名前を名乗りなさい」
 マイヤールに言われてメイドが顔を上げた。
「はい。メイドのミユウと申します。よろしくお願いします」

 フィデスとパテリアはようやく城砦の中に入った。
 捕虜から帰ってきたら、城砦に入るには許可が必要になっていた。案内の者に尋ねると、ローズ騎士団の命令だという。騎士団は王宮にも州都にも帰らずシュロスの城砦に留まっていたのだ。フィデスにとってまったく想定外の事態である。
 二人は兵舎の前で降ろされ別々に連れていかれた。不安な表情を見せるパテリアに、困ったらフラーベルを呼んでもらうよう頼みなさいと言うのが精一杯だった。

 

<作者より>

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