新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 14話
第八章【忍び寄る魔の手】②
ワインを取りに行ったマイヤールが食堂に居合わせたフラーベルを連行してきた。
なかなかの美人である。ローラは一目見てフラーベルが気に入った。召使いに欲しくなった、夜の召使いにもなりそうだ。
美貌に見惚れて滞在費を請求することなどあっさり忘れてしまった。
「お前、私の召使いになれ」
召使いとは・・・文官のニコレットは副団長に目を付けられてしまったので困惑した。
「召使い・・・ですか」
「新しい召使いが欲しかったの・・・コイツは」
部屋の隅にいるレモンを指差した。
「レモンはお払い箱だわ。お前の方がいいもの、専属の召使いにしたい」
フラーベルは美人だし気品もある。シュロスにいる間だけでなくそのまま王宮にお持ち帰りしてもいい。
「わ、私には事務の仕事がありまして、州都への報告書を作成したり・・・」
「州都への報告はこっちでするわ。今後はニコレットが城砦の事務や経理を取り仕切るのよ」
「はい、お任せください」
フラーベルと一緒に仕事ができることになりそうなのでニコレットは嬉しくなった。
「そういえば、すでに東部州都の軍務部から調査員みたいのが来ていましたよ」
参謀のマイヤールが言った。
「州都の軍務部・・・手回しがいいことね」
「スミレとかいう女です。敗戦の状況を調べている様子でした」
「敗北の戦犯はもう分ってる。部隊長の・・・ナンリとかいう名の者だ」
ナンリの名前が出てきたのでフラーベルは動揺した。
「そいつを厳しく取り調べた。州都への報告書なんかは、こっちで書いておくわ」
「ほらね、あなたの仕事を減らしてあげているのよ、感謝しなさい」
「お前は言うなりに金を出せばいいだけ」
「ナンリは、いえ、部隊長は何と言ったのですか、そのお調べに対して」
フラーベルはすがるように尋ねたが、ローラはそれを遮り、
「ちょっと、そのワイン見せてよ」
と、ビンを手に取った。
「いいワインだわ」
「食堂の奥のワイン倉庫にありました」
「隠してたのね、早く飲みたいよお」
「副団長、乾杯の前に、ナンリを取り調べたんでしたよね」
「そうだった・・・アイツは敗戦の責任を認めたんだ」
「ナンリがですか!」
「戦場で敵を見逃したんだって。規律違反を犯したんだよ。それでアイツは監獄行きにしてあげた、そのうち厳罰に処する」
責任、規律違反、監獄・・どうしてそんなことが起きるのか。
「ナンリを助けて欲しいか」
「はい・・・」
ローラが脚を組み替えた。長く伸びた太ももが露わになった。
「お前が言うことを聞けば考えてあげてもいい」
ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラがフラーベルの太ももの撫でた。
ほどよいむっちり感、スベスベしていて柔らかそうな太もも。触りたくなる、キスしたくなる美しい脚だ。だが、それが気に入らない。美しすぎるフラーベルの脚が許せない。この世に自分の脚よりも美しい脚が存在してはいけないのだ。
ローラはフラーベルにのしかかって脚を絡ませた。フラーベルの脚の間に割り込み、右脚をフラーベルの左脚に巻き付けた。
「うくく・・・ふふ」
脚に力を入れグイグイ締め上げる。
「うっ、つほぅ」
フラーベルのきれいな顔が苦悶に乱れる。それを見るのが楽しい。さらに身体を接近させ肩を抱いて引き寄せた。両足の自由を奪おうとするとフラーベルも脚を絡めてきた。
美しい二人の女が互いの美脚を絡めて太ももの戦いになった。
ぶるん、ドタッ、ズズリ、ズリ、ぶるるん、四本の太ももがもつれ合った。
しかし、王宮の親衛隊たるものが辺境の軍隊の文官に負けるわけにはいかない。自分の方が美人だし脚も綺麗なのだ。ローラは絡めた脚に力を込めて締め上げた。
「フラーベル、お前なんか・・・」
「ああ、ああ・・・うっ」
次第にフラーベルの脚の力が抜けていくのが分かった。太ももの勝負はローラの勝ちだった。だが、勝ったローラの身体も火照っている。ローラは胸に手を当てて息を整えた。それから、フラーベルを四つん這いさせ、背後から押さえ付けた。
*****
州都の軍務部のスミレ・アルタクインは兵舎を監視していた。
今や月光軍団は解体寸前の様相を呈している。
隊長のスワンを戦闘で失い、副隊長はカッセルに捕虜にされた。これだけでも大きな損失だったが、それに加えて残存部隊もローズ騎士団の監視下に置かれてしまった。ナンリだけでなく文官のフラーベルまでもが騎士団に呼び出されたまま戻ってこなかったのだ。今朝になってフラーベルが事務を執っていた部屋は騎士団に占拠されてしまったのである。
迂闊であった。
しかし、あまり動き回ると騎士団に目を付けられてしまうだろう。若い隊員のトリルたちも動揺している様子だった。大きな騒動になる前にナンリとフラーベルを探し出さなければならない。
しかし、こちらはスミレ一人だ・・・
ローズ騎士団のメイドが出てきて食堂のある棟に入って行くのが見えた。スミレはすぐに後を追った。
メイドはスミレの姿を見ると軽くお辞儀をした。
「レモンちゃんだったわね。ちょっと、訊いてもいいかしら・・・」
スミレはメイドのレモンを食堂の奥に連れていった。カゴや樽が積まれた物置のような場所だ。ここなら誰にも聞かれる心配はない。
低い椅子が二つ置いてあったので、スミレが先に座ってレモンにも座るよう進めた。するとレモンは、そうするのが当たり前といった仕草で床の土間に膝をついた。騎士団の前ではそうしているのだろうが、これではまるで奴隷だ。スミレも椅子を横にどけて床に腰を下した。
「昨日、私と一緒にいた人、フラーベルさんを探しているんだけど。何か心当たりない?」
「はあ・・・」
短い沈黙のあとでレモンが言った。
「・・・その人は、召使いになれと言われて」
「召使い!」
召使いという言葉が頭を駆け巡った。誰がフラーベルを召使いにできるのだ。
「最初は経理のことで、費用を立て替えさせる件だったのですが」
レモンがその時の状況を話し始めた。
ローズ騎士団の副団長のビビアン・ローラはフラーベルを気に入り、召使いになれと命じた。そして、フラーベルを跪かせ脚を舐めさせたり、太ももで絞め上げた・・・
女性同士で何という酷いことをしたのだ。スミレは想像して背筋が寒くなった。
フラーベルは宿の物置部屋に閉じ込められたので、レモンが背中を摩ったり水を飲ませたという。
「それからフラーベルさんは、ナンリさん助けてと、うわ言を言っていました」
「ナンリ!」
レモンからナンリの名前が出てきた。
「ナンリさんはどこにいるの」
レモンは後ろを振り返って誰もいないことを確かめている。ナンリに関する情報を持っているようだが、それも良い内容ではなさそうだ。
「ナンリさんは・・・牢屋に監禁されています」
「牢屋・・・」
絶句してしまった。
レモンは取調べの様子を見ていたそうだ。ナンリは戦場で敵を助け、見逃したことにより規律違反の罪を言い渡された。そして、敗戦の責任を取る形で地下の監獄に入れられたのだった。
「ナンリさんはぐるぐる巻きに縛られ、壁に繋がれていました」
今日になってようやく食事を許されたので、レモンがパンと水を持って行って世話をした。
「ありがとう、よく話してくれたわ」
スミレは礼を言ってレモンを送り出した。
ローズ騎士団に城砦を乗っ取られた・・・
事態はスミレ・アルタクインが思ってもみなかった方向に進んでいる。
<作者より>
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