新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 10話
第六章【スミレとナンリ】②
予定の時刻を過ぎたがローズ騎士団の到着は遅れていた。
フラーベルは城門の前で騎士団を迎えた。
敗戦の後始末に追われているところに、今度は騎士団の来訪で頭が痛い。スミレの話ではチュレスタの温泉では宿屋を何軒も借り切って、かなりの贅を尽くしていたという。辺境のシュロスの宿をみたら不満が出ることだろう。いっそのこと、シュロスを素通りして州都へ行って欲しいくらいだ。戦後の出費は嵩むし、さらに、騎士団の接待の費用が掛かってしまう。州都にも金銭の要求があったというから、ローズ騎士団は当面の資金は確保していると思われる。その件でスミレは、騎士団は金遣いが荒いくて州都の金庫が空っぽになったと憤慨していた。州都から来た監察官のスミレはナンリの後輩だけあって、何かと月光軍団の味方になってくれそうだ。
シュロスの城砦の前には王宮から来るローズ騎士団を一目見ようと、大勢の人が集まっていた。しかし、なかなか到着しないので群衆からはヤジも聞こえてきた。
出迎え役として、国境の川に架かる橋にトリルとラビンを派遣してあるが、連絡はまだない。
「見えましたっ」
櫓の上から見ていた物見の隊員が叫んだ。
いよいよ騎士団のご到着だ。フラーベルもナンリは身体に気合を入れた。
人々がざわつきだした。これまでとは違って期待を込めた歓声が湧いた。
王宮からの華やかな一行を迎えるはずだったが・・・
真っ先に駆け込んできたのは使者として送り込んだトリルだった。
「大変です、ローズ騎士団が何者かに襲撃されました」
〇 〇 〇
ローズ騎士団が温泉でまったり過ごしている時、守備隊の三姉妹とメイド長のエリオットは密かに作戦を開始していた。
三姉妹の一人レイチェルは、マーゴットが調合した薬を混ぜた酒を騎士団の馬車の警備兵や工夫に飲ませた。すぐさま効き目が表れて腹痛を起こす者が続出した。そこで新たに馬車を運転できる者を雇ったのだが、それが山賊だったのである。
騎士団の一行が国境の川に差し掛かったのを見て、山賊の首領ミッシェルが襲撃の合図を出した・・・
・・・チュレスタを出発したローズ騎士団は金銀の鮮やかな飾りを施した馬車に乗り込んだ。
シュロスに向かうにあたって鎧兜の装備は胸当て肘当てなど最小限しにした。この日のために用意したピンクの上着、太もも丸出しのスカート。これこそ美人の証し、王宮の香りだ。辺境の田舎者に見せ付けるにはもってこいの衣装である。
ほどなくして国境沿いの橋に到着した。橋を渡れば、そこから先はバロンギア帝国の領土である。川岸の向こうには帝国旗を掲げた出迎えの一団が見えた。月光軍団の使者であろうか。文官のニコレット・モントゥーが先頭になって橋を渡り、出迎え役の兵に指示を出す。
頃合いを見て、副団長のビビアン・ローラと参謀のマイヤールが乗った馬車が木製の橋を渡り始めた時だった。
後方でドッと喚声が上がった。荷馬車が襲撃を受けたのだ。襲ってきたのは山賊だった。山賊は手際よく金貨や銀貨を積んだ馬車を襲い、着替えを積んだ馬車を焼き払った。輸送隊の護衛や工夫たちは応戦するどころか山賊とともに荷物を略奪していった。工夫たちが山賊の一味であったとは知る由もない。
奇襲攻撃に驚いたローズ騎士団は輸送の部隊を見捨てて馬車を走らせた。橋を渡り切れば文官のニコレットと月光軍団がいる。そこまで行けば加勢を頼めると思ったのだ。
ところが、橋の中ほどに差し掛かったとき一斉に水鳥が飛び立った。鳥の大群と羽ばたきに驚いて馬が立ち上がった。馬車がグラリと傾き、副団長のビビアン・ローラは扉から投げ出された。
「うっひぇ」
後から落ちてきた参謀のマイヤールとぶつかり、もつれあって川の中に転がり落ちた。ローラはドボンと川底に沈んだ。何が起きたか分からない。浮き上がったローラは土手に這い上がろうとした。そこに魚を獲る網があったので掴んだのだが、それがワナだった。
「うああっ、きゃあ」
ローラは網に絡めとられた。網の一端が支柱に結ばれていたので空中高く吊り上げられる。網の目に挟まった長い脚をバタバタさせ空中で無様な姿を晒した。
「何よ、これ、ど、どうなっているのっ」
ビリッ
右脚が網の目を突き破った。身体が沈み、大きく開いた股に縄の結び目が食い込む。
「つはぎゃぁ、おっひいい」
両脚が網を破った。落ちてはいけない、必死で網を繋いである縄を引っ張った。そのせいで縄が緩み、身体がズルズルと下がった。
「誰かぁ、たはっ、たぁ、助けてぇぇ」
ローラはクルリと半回転し逆さ吊りになった。頭が下になり、目の前に地面が迫ってくる。あせって暴れるとブランコのように揺れだした。薄絹のピンクの衣装は千切れ、マントが下がって顔に覆い被さった。ローラは空中で艶めかしい姿を披露してしまった。
「ふぎゃああああ」
ボキッ
網を吊っていた支柱が重みに耐え切れずボキンと折れた。ローラは土手に滑り落ちて、斜面をゴロンゴロンと転がった。寸でのところで踏みとどまったが転がる勢いは止められない。
ドッボーン
ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは頭から川にダイブした。またしても全身ずぶ濡れ、水草に足を取られてズルンと転び、水中で手足をジタバタさせるしかなかった。
ローズ騎士団の参謀のマイヤールは用水路の柵にしがみついた。手を伸ばして土手の草を引っ張ると身体や持ち上がった。これで助かると思いさらに強く引くと草が抜け、反動で水路の桶に頭から飛び込んだ。
「・・・ぎゃああ」
水路の桶に待っていたのは大量のヒキガエルだった。
「ぶっ、カエルだあっ」
もがけばもがくほどヒキガエルのプールに引きずり込まれる。ぶよぶよしたカエルの腹が顔にベットリくっついた。ピンクの衣装の中にまでカエルが侵入し、身体中がヌルヌルになった。
「キエェェェ、ゲェェェ」
気持ち悪い、生きた心地もしない。悲鳴を上げて泣き叫んだ。マイヤールの美しい顔にもヒキガエルが張り付く。さらに一匹、また一匹、次々にカエルが顔面にぶつかった。
「ウゲゲゲ、ゲブッ、ブヒェェェ」
ゴボボ
美人のマイヤールはカエルの大群の中に沈んだ。
出迎え役の月光軍団は戦闘態勢を取ったものの、敵味方の区別がつかないので応戦することをためらった。
「副団長を助けなさい、誰か」
文官のニコレットが叫ぶ。月光軍団のトリルとラビンは敵を追うのをやめて騎士団の救出に向かった。
「早く、助けてぇ」
恥も外聞もなくローラは泣き喚く。月光軍団が投げた縄を掴み、ようやく土手に引き上げられた。
「ウゲェ・・・ゲェェェ」
ローラは泥水を吐き出した。
参謀のマイヤールは四つん這いになってブルブル震えた。衣装の襟から大きなカエルが、口からはオタマジャクシが飛び出した。
「もう・・・勘弁してッ」
副団長のビビアン・ローラ、参謀のマイヤールを始め、ミズキ、ハルナ、シフォンたちは全身泥まみれになってしまった。騎士団自慢の銀の鎧は外れ、特注のピンクの衣装と白いマントはビリビリに破れた。馬車に積んであった衣装は燃やされたので着替えることもできない。せっかく温泉できれいに磨いたのに泥水に浸かって元も子もなくなってしまった。
ローラは月光軍団が用意した荷馬車に乗せられ、ずぶ濡れでシュロスの城砦にたどり着いたのだった。
歓迎会は一転して屈辱の場に変わった。王宮の親衛隊ローズ騎士団のローラは、泥塗れのみっともない姿で月光軍団の前にへたり込んだ。
「あはあ・・・お助けを」
見物の群衆からはドッと笑い声が上がった。
「三姉妹・・・というか、これもエルダの仕業だ」
ナンリは小さく呟いた。
<作者より>
本日もお読みくださり、ありがとうございます。
連載第33回で三姉妹たちが襲撃作戦の計画を立てましたが、少し間を置いて、今回、ようやく繋げることができました。ここは、映画やドラマで使われる回想シーンのように書きました。