かおるこ 小説の部屋

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連載第50回 新編 辺境の物語 第二巻 

2022-02-20 13:13:26 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 22話

 第十二章【月光軍団、屈する】③

 ローズ騎士団参謀のマイヤールが封書を開封しようとしたが封蝋は厳重に留められていた。開けるのに手間取ったマイヤールは、乱暴に封蝋を剝がし手紙を取り出してローラに渡した。
「いいわ、読んでちょうだい。私は逃げられないように、コイツを掴まえておく」
 ビビアン・ローラは手紙はマイヤールに任せてスミレの髪を引っ張った。
 参謀のマイヤールは手紙を広げて明かりにかざし用紙が本物かどうか調べてみた。州都の刻印が押されているので紙は本物だ。
「軍務部の封書に間違いありません。では、読みますね・・・」
『月光軍団の調査は進んでいるのか、敗戦の調査が一区切りしたら、撤収部隊の責任者を州都へ連行してくるように・・・捕虜となった者の解放交渉は・・・』
 マイヤールが読み上げる内容を聞いていたローラが表情を曇らせた。書かれている事柄は、どれも月光軍団の調査に関する事ばかりである。それも、至極当然の業務内容だった。
 こんな手紙ではスミレを追及する材料にはならない。
『・・・王宮からのローズ騎士団様に・・・』
 マイヤールが続きを読み上げた。
 騎士団の名前が出てきたので、やはり予想が当ったかと先を急がせる。
『大事な王宮のお客様には、失礼ありませんよう手広く応接を心掛けて、シュロスの城砦はド田舎だとしても、何もご不便をおかけしてはならないように・・・一人では接待できないだろうから、必要ならば、可愛くて頭が良くて、男にモテて、マジで役に立つ即戦力の人材を派遣しようかと・・・』
「もういい、そんな手紙、ビリビリに破って捨てなさい」
 ローラが最後まで聞かずに手紙を捨てろと命じた。 
 州都の軍務部からの手紙を横取りして開封したというのに、当たり障りのない事ばかり書かれてあった。これではスミレを問い詰めるどころか、手紙を開けたことを抗議されかねない。

 スミレ・アルタクインはホッとしてミユウを見た。
 ミユウは何食わぬ顔で床に散らばった手紙を拾い上げ、半分に破ったうえに、くしゃくしゃに丸めてエプロンのポケットに突っ込んだ。
 州都からの封書はミユウが作った偽の文面に差し替えてあったのだ。そういえば、通常の報告書の堅い文体とは違い、かなりくだけた書き方だった。軍務部ともあろうものが、こんな手紙を寄越してくるはずがない。ミユウが軍務部の便箋を用意し封蝋まで細工したのだ。
 窮地を救ってくれたのはいいが、もっと軍務部らしく重厚な文章にしてくれよ、と思わずにはいられない。『男にモテて、マジで役に立つ即戦力』とは自分自身のことではないか。下手過ぎてバレないかと心配だった。

 ミユウの機転で危機は切り抜けることができた。安心したのも束の間、これで終わりではなかった。 
「ふん、お前、命拾いしたな・・・でも、タダではすまさない」
 ローラがメイドのミユウに床に手を付けと命じた。ミユウは言われるままに四つん這いになった。
「コイツ、椅子なんだよ」
 部下がローラの椅子にされようとしている。それなのに止めることができない。スミレはミユウを見て軽く頭を下げた。
 副団長のビビアン・ローラは人間椅子のミユウに座り、スミレには靴の先を突き付けた。
「州都のお役人様、お前の任務を一つ追加してあげよう。私の奴隷だよ」
 スミレは靴を舐めろと命じられた。何という屈辱的な仕打ちだ。椅子にされているミユウも辛いだろう。だが、ここはどんな無理な命令であっても受け入れなければならない。そして、ピンチを救ってくれたミユウを人間椅子から解放してやりたい。
 スミレは靴を手に取り、つま先に舌を触れた。しかし、靴を舐めたぐらいでは済まなかった。ローラが脚を大きく開き、スミレの顔を太ももに導いた。
「これができないと、立派な奴隷にはなれないよ」
 ローラの長く美しい脚がスミレに襲いかかった。
 ミユウは人間椅子となってローラの尻の下敷きにされ、スミレはローラに跪いて太ももに挟まれ足を舐め続けた。
 東部州都の軍務部に所属する二人はローズ騎士団のビビアン・ローラに屈服させられたのだった。 
    
 鞭で打たれた背中には幾筋もの痕が付いている。色白なだけによけいに目立ってしまう。傷の手当てを終えるとパテリアは、トリルとマギーにカッセルで捕虜になっていた時のことを話した。
「最初はどうなることかと心配だったけど、捕虜とはいっても・・・」
 フィデスとパテリアに対するカッセル守備隊の扱いはとても丁寧だった。自由に行動できたし食事も十分だった。しかも、きちんとした部屋を宛がってもらえた。
「部屋は広くて、二人ではもったいないくらい。寝台もふかふかで、身体を拭いてもいいって言われた」
「すごいじゃん。殴られたりしなかったの」
「ゼンゼン。みんなで酒場に行って盛り上がったんだから」
「酒場に行くなんて、まるで友達みたいだね」
「そうだよ、お嬢様とも仲良くなった。それがさあ、貴族のお嬢様だったのよ」
「ありえない」
「でしょう。お嬢様はお菓子をくれたりした」
 パテリアが楽しそうに話すのでトリルもマギーもつられて笑った。どうやら、カッセルでは拷問や暴行はされなかったようだ。それどころか、かなり歓迎してもらったとみえる。
 今度はトリルが月光軍団の撤退の様子を話した。
「シュロスに着くまでは守備隊が襲ってくるんじゃないかと、そればっかり心配で怖かった・・・」
「それはね、フィデスさんから聞いたんだけど、守備隊のエルダさんがナンリさんに撤収を任せたんだって」
 そうだったのか。ナンリが敵は攻撃してこないから大丈夫だと何度も言っていた。おそらくは守備隊のエルダと交渉したのだろう。
 そうやって自分たちを守ってくれた。
 それにひきかえ・・・
「無事に帰ってきたのに騎士団が来てから、大変なことになっちゃって」
     
 ナンリは久し振りに土牢から出された。
 馬小屋の前で身体を拭けと言われた。冷たい水で顔を洗い、布で身体を拭うと、久し振りに生き返った感じがした。メイドのレモンが洗うのを手伝ってくれた。それがすむと、また首輪をはめられた。
 どうやら兵舎に連れて行かれるようだ。屋内の監獄なら地下の牢獄よりは少しはマシというものだ。
 
 ・・・それは、ナンリの目の前でおこなわれていた。
 両腕を縄で縛られ獄舎の天井から吊り下げられていた。布で目隠しをされているので誰だか分からない・・・
 ローズ騎士団の副団長ローラが鞭を振った。
 ビシッ
「あひっ、ううぅむ」
 悲鳴が牢獄に反響し、吊るされていた身体がくるりと向きを変えた。
 まさかという不安が包んだ。
 似ている。
 騎士団のマイヤールが目隠しを取った。
「フィデスさん!」
 宙吊りになっていたのはフィデスだった。
 
 何という再会なのだ。
 カッセル守備隊に捕虜になっていたフィデスが帰還していたのだ。
 いつぞや、ナンリが一瞬だけ見たフィデスの姿・・・
 夢か幻かと思ったのは現実だった。

「ナンリ、あああ」
 フィデスがナンリを視界の端に捕らえ、身体を揺らして声を上げた。
「フィデスさん」
 ナンリは鉄格子に手を伸ばしたが首に回された縄で引き戻された。
「お前の上官も処罰したわ」
 ローラがしてやったりと言い放つ。
「やめてください、敵を見逃したのは、このあたしだ。だから刑を受けるのはあたしだけでいい・・・」
「そうはいかないよ、こいつは裏切り者なの。カッセルではのんびり過ごしていたんだって。捕虜のくせに監獄にも入れられなかったそうよ。裏切ったから敵に親切にされ、優しくしてもらったわけ」
 ナンリはローラの言葉を反芻する。
 カッセルでは監獄には入れられることなく優しくされていた・・・
 退却するとき、守備隊のエルダにすがる思いで頼んだのだ。エルダは約束通り丁重に扱ってくれたらしい。だが、そのことが裏切りと受け取られ却ってアダとなってしまった。
 フィデスを助ける・・・しかし、拘束されているのでは自分の身体さえ自由ではない。

 そしてさらに、身を捩ったとたんナンリは目を見張った。獄舎の隅の暗い一角に転がっているのは州都軍務部の監察官スミレではないか。スミレは縄でぐるぐる巻きにされ、口には布が詰められていた。スミレまでもがローズ騎士団の毒牙に捕まってしまったのだ。
 ローズ騎士団のミズキとハルナが宙吊りにしたフィデスの両脚に縄を掛けた。膝を縄で縛り、その端を手首に括り付けた。
 参謀のマイヤールが縄の一端を引っ張った。
「うぎゃ・・・うつつつ」
 宙吊りの姿勢にフィデスはたまらずにうめき声を漏らして身を反らした。
 
「ナンリ、お前はそこでゆっくり見物しなさい」
 ローラがニヤリと笑った。
「上官が裏切り者なら、その部下も、みんな同罪というわけ。待たせちゃったわね、フィデス」
 ローラはいよいよ月光軍団制圧の仕上げに取り掛かった。
 フィデスの膝には戒めの縄が縛ってある。脚を広げて宙吊りになり、両膝に体重が掛かっているのだ。これだけでもキツイ責め道具なのに、さらに、騎士団のミズキがフィデスを吊るしている縄を引き上げる。
 フィデスが金切り声を上げてのけ反った。
 宙吊りの地獄責め・・・皮肉なことに、フィデスは月光軍団が守備隊のエルダにおこなった拷問と同じ仕打ちを受けたのだった。
 ローラがフィデスの腹部を小突いた。
「こうやって敵の指揮官をいたぶったそうだね。巡り巡って自分の肉体で、その苦しみを味わうがいいわ」

 違う、そうではない。フィデスさんは、フィデスさんはエルダを助けた・・・
 ナンリは目を閉じた。
 守備隊のエルダを拷問したのは隊長のスワンと参謀のコーリアスだった。フィデスはむしろエルダを助けようとしたのだ。それなのに、どうして無関係なフィデスが宙吊りの刑を受けなければならないのだ。

 フィデスが嗚咽の混じった悲鳴を上げたが、それをビビアン・ローラは無視した。
「やめない。だって、裏切り者だから」
「ああっ、ああっ」
 フィデスが絶叫した。
「何で、こんな・・・ああぁぁぁ」
 ナンリの叫びは掠れて消えた。

 シュロス月光軍団のフィデス・ステンマルク、ナンリ、フラーベル、そして、州都の軍務部のスミレ・アルタクインとミユウはローズ騎士団副団長ビビアン・ローラの前に屈服したのだった。

 

<作者より>

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