かおるこ 小説の部屋

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連載第44回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-13 14:47:27 | 小説

<ご注意>

 本日掲載分には人体に焼きゴテを押し当てるシーンがあります。

 

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 中編 16話

 第九章【監禁】②

 スミレ・アルタクインは知らせを聞いてトリルとともに医務室へ駆けつけた。
 医務室の寝台にフラーベルが寝かされていた。ローズ騎士団の文官ニコレット・モントゥーが見張っているので近づくのを躊躇った。しかし、ニコレットはスミレの姿を見ると側へ来るように手招きした。
 フラーベルは目を閉じて眠っているように見えた。暴行を受けて気絶したのだ。だが、騎士団のニコレットのいる前では、その怒りを露わにするのも、そして慰めの言葉を口にするのも憚られる。黙ってフラーベルの手を握りしめた。
 トリルは耐え切れずに顔を覆って泣き崩れた。
「・・・ぅつ」
 別のすすり泣く声がした。泣いているのは騎士団の文官ニコレットだった。
「ちょっとだけ、外に出ているから・・・」
 ニコレットは泣いていたことを見られまいとしてか、席を立って部屋を出て行った。
 スミレはニコレットの後ろ姿に頭を下げた。

 病室を出たニコレットはフラーベルに何か食べさせようと食堂に行った。
 果物か、お菓子があればいい。フラーベルはきっと喜んでくれるだろう。
 ニコレットは、副団長のローラがフラーベルの背後からのしかかっているのを見てしまった。あまりの衝撃に正視できなかいくらいだった。
 私ならフラーベルを抱きしめ、美しい顔を見つめ・・・優しくキスをする。
 食堂には誰も見当たらなかったが、奥の炊事場で人声がした。戸口にいたメイドに尋ねる。
「水と、果物、リンゴか何かありませんか。具合の悪い者に食べさせたいのですが」
「倉庫へ入って自由に取ってください。メイドがいるはずです・・・でも、新入りだから分かるかしら」
 どうやら新しいメイドを雇ったらしい。騎士団でもメイドを探しているのだが、なかなか見つからなかった。参謀のマイヤールには城砦のメイドから適当な女を引き抜くようにと言われていた。
「果物、リンゴはありますか」
「はい、リンゴですね」
 倉庫の入り口で声を掛けると、メイドが棚の下の箱からリンゴを取り出した。新しく雇われたというにしては、迷うことなくリンゴを探し出した。身のこなしも敏捷なようである。
「あなた、いつからここに」
「採用されたばかりです。よろしくお願いします」
「そう、頑張ってね・・・このリンゴ、病人に食べさせたいんだけど」
「はい、でしたら、すり下ろしてハチミツをかけましょう」
 あれこれ気が利くメイドだ。
 ニコレットはそこで思い出した。このメイドは地下牢に行ったときレモンに従っていた女だった。城砦のメイドでありながら、ナンリを虐めているのを見ても知らん振りをしていた。騎士団に取り入ろうという魂胆があるに違いない。これなら副団長の側に置いても役に立つだろう。このメイドを採用してみようかと思った。
 さっそく、そのメイドにリンゴを持たせてフラーベルのいる病室へ戻った。

 ニコレットが病室に戻ってきたのは三十分以上過ぎてからだった。フラーベルのために食堂で水と食べ物を取ってきたという。メイドがトレイを差し出した。
「リンゴをお持ちしました、すり下ろしておきました」
 州都軍務部のスミレはメイドを見てびっくりした。そのメイドはカッセルの城砦に偵察員として送り込んだミユウだったのだ。
 スミレはそっと部屋を出た。ミユウもトレイをトリルに預けて外へ出る。

「スミレさん、やっと会えました」
「ミユウ、いつからここに」
「カッセルでの偵察を終え、シュロスには二日前に着きました。昨日から城砦のメイドになっています。すぐにもお知らせしたかったのですが、なにやらひどく混乱しているようでしたので」
「どこから話を・・・まずは、カッセルの話だ。捕虜は、二人は無事か」
「はい、月光軍団の二人は丁寧な扱いを受けています。捕虜というよりはお客様みたいでした。どうやら指揮官のエルダが、いえ、その後、司令官に昇格しました」
「司令官になったのか、それは昇進だな」
「ええ、人事を取り仕切っているようでした」
「かなり残虐なことをしたと聞いているが」
「そのようですね。ただ、なぜか、捕虜のフィデスさんとは親密そうでした」
「戦いの中でフィデスさんが見習い隊員を助けたことがあったそうだ。その見返りだろうか」
「なるほど」
 ミユウはカッセルでお嬢様と呼ばれている隊員がいたことを思い出した。
「貴族のお嬢様と称する者がいました、たぶんそのことではないでしょうか」
「辺境に貴族とはあり得ない話だ」
「その一方で、エルダは守備隊の前の幹部を拘束していました。自分たちを見捨てて逃げたことへの報復だということでした」
 あれもこれも、スミレにとっては初めて聞く情報だった。さすがは偵察員である、ミユウを送り込んだ甲斐があったというものだ。
「シュロスではローズ騎士団が我が物顔に振舞っていて、大変な状況だ。いま、どうなっているのか把握できないくらいだ」
「ローズ騎士団に乗っ取られたのですね。実は、昨日、ナンリさんが監獄に入れられているのを確認しました」
「どうだった、心配しているのだが面会させてもらえない」
「土牢に入れられています」
「それは酷い。敵の捕虜でさえ土牢へ監禁することは禁止されているというのに」
「ナンリさんは元気でした・・・」
 ミユウはそう言ったあとに、
「・・・思ったよりは
 と付け加えた。
 シュロスではローズ騎士団がナンリを投獄し、カッセルでもエルダが前隊長を監禁している。どちらも身内には厳しい仕打ちだ。というより、仲間だからこそ、微妙な感情のもつれがそうさせるのかもしれない。
「レモンさんという騎士団のメイドが、こっそりナンリさんの世話をしてくれています」
「そのメイドは知っている・・・ミユウ、騎士団に潜入できるか」
 ミユウが頷いた。
     *****
 浅い眠りから覚めぼんやりしていると外へ連れ出された。しばらく歩いていなかったので足元がふらついた。
 兵舎の裏庭に月光軍団の隊員とローズ騎士団が集まっている。中央にはビビアン・ローラが腕組みをして立っていた。
「これからナンリを処刑する」
 参謀のマイヤールが宣言した。
 ナンリが連れてこられた。騎士団のシフォンたちに両脇を抱えられている。
「ナンリさん!」
 月光軍団の隊員からはざわめきが起こった。隊列の後方にいたスミレも思わず前に進み出た。
 いつ以来だろうか、その姿を見たのは。かなりやつれてはいるものの精悍な顔つきは変わらない。だが、立っているのさえ辛そうに見えた。
 スミレは心が痛んだ。
 そして、これから始まることを想像していたたまれなくなった。
 ナンリがスミレを見止め、目が合って二三度頷いた。スミレはナンリが大丈夫だと言ったように思えた。

 脇を抱えていた隊員が手を放したのでナンリはぐらりと揺れた。前屈みになりながらもナンリはビビアン・ローラを見上げた。
「死ねっ」
 ローラが足を振り上げた瞬間、ナンリは本能的に身体をひねってよけた。
 ビシッ
 爪先がナンリのこめかみを掠めた。
「うっ」
 ナンリは地面に膝を付いたが倒れずに踏みとどまる。
「裏切ったヤツはこの通りだ。よく見ておくがいい」
 ローラがナンリの胸を蹴った。
 ガシッ
 それでもナンリは倒れない。ローラのキックを胸で受け止めたのだ。
 こんな蹴りで倒れるようなナンリさんではない。シュロス月光軍団のトリルは拳をギュッと握りしめた。

 ローラはナンリの髪を掴んで押し下げようとした。それをナンリは両手を突っ張り懸命に堪える。
 ここで頭を下げたら月光軍団が屈したのと同じことになる。
「くくっ、うう」
 ナンリは歯を食いしばってローラを睨んだ。ローラはさらに力を込めて頭を押し続ける。負けじとナンリがぐいと頭を持ち上げた。
「こうしてやる」
 敵わぬと思ったのか、ローラがナンリの頭を引き上げた。
「うっ」
 頭を引き上げておいてはすぐに押し込む。ガクガクと頭が上下する。それが何度か繰り返され、ついに力が尽きた。ナンリはローラに屈して頭を地面に押し付けられた。ローラはグリグリとナンリの顔を地面に擦りつけた。
 月光軍団のトリルは涙がこみ上げてきた。フラーベルさんも、そしてナンリさんまでもが残酷な仕打ちを受けなければならないとは。
 ローラの暴行は終わらない。ナンリの腹部に蹴りをみまった。数発の蹴りを受け、ナンリはぐったりとなった。
「ふん、こんなものよ」と、ナンリの髪を掴んで得意そうに引きずりまわした。

 そして、
「月光軍団はローズ騎士団の配下になった。シュロスの城砦は我々が支配する」
 ビビアン・ローラは高らかに宣言した。
 ローズ騎士団が月光軍団を、そしてシュロスを制圧したことを。
 
 しかし、これで終わったわけではなかった。
 参謀のマイヤールががナンリの服を引き裂いた。そこへシフォンとミズキの手によって熱したコテが運ばれてきた。
 スミレは背筋が凍り付いた。
 こんなことが許されるはずがない。
 しかし、ここで飛び出したら騎士団に捕らえられる。自分に与えられた任務は騎士団の監察業務なのだ。
 この蛮行をしっかりと見届けるしかない・・・
「やめてー」
 トリルが悲鳴を上げる。
「ナンリさんっ」
 トリルが飛び出そうとするのをスミレが制した。ここで捕まったらトリルまでもが騎士団の標的になってしまう。
 スミレは自分が処刑を止めようとした。
「待ってください」
 スミレが一歩踏み出したとき、
「来るなッ」
 ナンリが叫んでスミレを押しとどめた。そしてローラに向かって裸の上半身を指し示した。
「やれるものなら、やるがいい」
 お互いに庇い合って助け合うスミレとナンリ。
 それを見てローラが逆上した。
「ふん、いい度胸だわ」
 熱した焼き印をグイッと握った。
「コイツは戦場で敵を見逃した裏切り者である。裏切り者がどうなるか、よく見ておくがいい」
 ローラがナンリの背中に焼き印を押し当てた。
 ジュッ
「ツハギャアー ギャアアア」
 肉が焦げる臭いがした。
「ウウーン・・・」
 月光軍団のナンリは気を失って暗い闇に落ちていった。