新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 21話
第十二章【月光軍団、屈する】②
・・・窓の外が騒がしくなった。歓声が聞こえる。図書室からは見えないが、おそらくローズ騎士団が月光軍団の隊員を訓練しているのだろう。若い隊員たちは訓練がキツイとこぼしていた。騎士団から戦場では自分たちを守る盾になれと命じられたそうだ。
外の広場の声がますます大きくなった。ただの訓練ではない、何か起こったのだ。
州都の軍務部のスミレは廊下へ飛び出した。
広場に集められたのは月光軍団の隊員たちだった。訓練のために集められたのだ。訓練といっても騎士団の一方的なイジメみたいなものだった。
月光軍団のトリルは最前列に立っていた。整列してからかなり長いこと待たされている。足が張って座りたくなってきた。騎士団には掃除や洗濯などでこき使われている。それを見かねて、州都から来ているスミレがあれこれ手伝ってくれていた。地位が高い役職だというのに頭が下がる思いだ。ナンリが投獄され、文官のフラーベルが本調子でないのではスミレだけが頼りだった。
あと、あの怪しいメイドもいた。ミユウのことだ。
「来た・・・」
ようやく騎士団の副団長ビビアン・ローラが姿を現した。
「クズども、ちゃんと訓練してるかい。戦場では私たちの盾になるんだからね」
誰が盾になるもんか、トリルはプイと横を向いた。
「今日は訓練の前にいい物を見せよう。これを見れば、お前たちも気合が入るだろう」
ローラが部下に例の者を連れてこいと命じた。
ナンリさんだ。この間は肩口に焼き鏝を躾けられた。またナンリさんに暴行しようとしている。
ナンリが連れてこられたが、頭から布を掛けられていてトリルには表情が見えなかった。もしかしたら、すでに顔が腫れるまで拷問されているのではないか。心が締め付けられる思いがした。
脇から抱えていた騎士団の隊員が小突いた。その拍子に被っていた布が落ちた。
「・・・パテリア!」
トリルは突然のことに状況が掴めない。連れてこられたのはカッセルに捕虜になっていたパテリアだったのだ。
「うう」
パテリアが救いを求めるような眼差しで周囲を見た。その目は宙をさまよい、どうしたらいいのか困惑しているようだ。
カッセル守備隊に捕らえられていたパテリアが帰ってきた。
いつの間に帰還したのだ。帰ってきたのなら喜んで迎えるのに黙っているなんて・・・
その時になってトリルはようやく気が付いた、パテリアが騎士団に拘束されているのだということに。
「コイツは副隊長のフィデスと二人で、カッセルから逃げ戻ってきた」
フィデスさんも!
フィデスさんも帰ってきたとは。だが、フィデスさんが帰還したことを自分たちに隠しているはずがない。フィデスさんに限ってそんなことはあり得ない。
「お二人さんは、守備隊に歓迎されたそうです。お菓子を食べてカッセルでのんびり寛いでいたんですって。いいですねえ、裏切り者は」
歓迎、お菓子を食べる・・・そして裏切り者。いったい何のことかとトリルは首をかしげた。
「・・・?」
そのときトリルは視界の隅に州都のスミレが駆けてくるのをとらえた。その後ろから、メイドのミユウもスミレを追うようにして走ってくる。周囲を警戒しているその姿はただのメイドのようには見えなかった。
「しかし、シュロスでは、いや、バロンギア帝国では、そんな甘いことは許されないのさ」
ローラが鞭を手に取った。
「裏切り者、敗戦の張本人、副隊長のフィデスは牢獄に押し込んだ」
月光軍団の隊員に衝撃が走った。副隊長のフィデスは監獄に入れられたのだ。
「コイツは見習いだから軽く鞭打ち刑にする」
騎士団の参謀のマイヤールがパテリアの服を脱がした。パテリアは裸の背中を露わにして蹲った。ローラは背後に回って鞭を振り下ろした。
ビシッ
「アギャッ、ひいい」
パテリアの白い肌に赤い筋が走った。
「次は前から叩いてやる」
マイヤールがパテリアの髪を掴んで引き起こした。誰もが認める、月光軍団で一番きれいな身体だ。ローラはその身体を鞭で打とうとしている。
「だめよ、そんなの」
トリルはとっさに飛び出した。
「引っ込んでいろ」
「そこの、お前。止めに入るなんて、いい度胸じゃない。コイツの次に、お前にも一発お見舞いしてやろう、覚悟しなさい」
ローラが鞭をしならせた。
パテリアのためなら・・・トリルは身代わりになると決めた・・・
「待ちなさい、その子の代わりに私を打ってください」
ローラを制したのは州都軍務部のスミレ・アルタクインだった。
「州都の下っ端のくせに」
ローラがスミレの脇腹を蹴った。突き飛ばして監獄の壁に叩き付ける。腹にパンチを入れ、前のめりにさせて顎を突き上げた。
ベギッ
「ふげっ」
それでもスミレが倒れないので足払いを掛けて転がした。
「出しゃばったことして、気分が悪いんだよ。謝れ」
捕虜から帰還したパテリアを公開処刑しようとしていた時、州都の軍務部のスミレが止めに入った。自分がパテリアの代わりになると言ったので、望み通り鞭でひっぱたいてやった。
スミレにも罪を着せて投獄してやりたいが、止めに入っただけでは処罰の対象にはならないし、規律違反に問うこともできなかった。そこで、兵舎の監獄で痛め付け、自分のしたことを反省させてやることにした。州都の監察官を支配下に置いておけば、後々、役に立つというものだ。
参謀のマイヤールが近づいてきて、
「ローラ様、これを」
と、封書を差し出した。
「州都の軍務部からの手紙、この監察官の女に充ててます。城砦に届いた郵便物に混じっていたのを文官のニコレットが見つけました」
「ほう、それはお手柄だわ」
「中を開けて読んでみましょう。もしかすると、追及するのにいいネタが出てくるかもしれません」
「それは面白い」
「月光軍団の調査とかいって、陰では私たちのことを告げ口しようとして調べていたりとか」
「州都の軍務部のやりそうなことだわ。やっぱりスパイなんでしょう、この場でお前の正体を暴いてやるからね」
ローラは床に転がしたスミレを足で踏み付けた。
「スパイだったらこんなもんじゃないわよ、もっと厳しく尋問してやるわ」
スミレはドキリとした。
先日は州都の軍務部からの返事をミユウが抜き取って渡してくれた。今朝になってあらたな手紙が届いたのだ。しかも、今回は騎士団に奪われてしまった。その手紙を読まれてはローズ騎士団を監察していたことが発覚してしまう。
軍務部からの手紙を勝手に開封することは許されるものではないのだが、王宮の親衛隊にはそんなことは通用しなかった。スミレは部屋の扉の横にいるミユウにそっと目配せをした。正体を見破られたら、その後のことはミユウに託すしかない。
ミユウは胸に手を当て片目をつぶった。
任せて、ということか。
<作者より>
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