かおるこ 小説の部屋

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連載第45回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-02-15 15:40:24 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 17話

 第十章【フィデスの独白ー3】

「捕虜の期間は終わりよ、二日後に帰ってもいいわ」
 捕虜になって十二日目のことでした。隊長のアリスさんにそう言われました。解放はまだまだ先だと思っていたので一緒に捕虜になっていたパテリアと抱き合って喜びました。
 いつもより念入りに部屋の掃除をしました。それからパテリアはスターチさんや三姉妹と一緒に町へ出かけました。
 シュロスの城砦と月光軍団の状況に思いを馳せました。ナンリが指揮を執ったのですから、必ずや全員無事に退却できたことと信じます。来訪していたローズ騎士団はすでに王宮へ帰っていることでしょう。月光軍団の立て直しが急務です。州都の軍務部に敗戦の責任を問われることは間違いありません。もしかしたら、すでに州都の軍務部が調査員を派遣している頃かもしれません。

 私はエルダさんと二人きりでした。
 ローズ騎士団のことが話題になりました。
 王宮の親衛隊ローズ騎士団は辺境の視察が目的なので、戦いの準備はしていないと思われます。月光軍団の敗戦を目の当たりにしても戦いに出てこれないだろうということで一致しました。しかも、エルダさんはローズ騎士団が困るようなことを仕掛けたと言ったのです。チュレスタを出発した騎士団の荷馬車を襲い金貨や衣装などを奪い取ったのでした。レイチェルたち三姉妹が山賊の一団と組んでやったそうです。そういえば三姉妹はカッセルへ帰還する時に姿が見えませんでした。密かにチュレスタに潜入していたのでした。金貨を奪われたのでは戦闘どころではありません、騎士団は早々に引き上げるしかないでしょう。
 騎士団から敗北の責任を問われないだろうかとか、いろいろ思案していましたが、事態はそれほど悪くないかもしれません。
「月光軍団の副隊長たちに、大怪我をさせたこと、あれはやり過ぎたかもしれない」
 エルダさんは副隊長たちを鞭で打ったことを言いました。
「私たちは人数ではとうてい敵わなかったから、無事に退却するためには仕方がなかったんです」
「分かるわ。こっちもアリスさんや、レイチェルを酷い目に遭わせたし・・・エルダさんも」
 私はエルダさんの髪に手をやりました。その髪は戦いの中で捕虜になった時に短く切り落とされたのでした。
「こんなに短く切ってしまって」
「戦争よね、戦場だった・・・でも」
 エルダさんは床に座りました。
「ごめんなさい。許してください」
 そう言って両手を付いて頭を下げたのです。
「あの人たちの一生を台無しにしてしまったかもしれない。私が命令したんです。私がやれと命じたんです。手を下した隊員には責任はありません。私がいけなかった・・・ごめんなさい」
「エルダさん」
「雷で倒れた隊員にも取り返しのつかないことをしてしまった。謝っても遅いけど、ごめんなさい、全部、私が悪かったんです」
 すすり泣く声が聞こえました。エルダさんは魔法使いのカンナが死んだことを謝罪したのです。まるで自分が殺害したかのような言い方です。けれどカンナはたまたま雷が落ちて命を失ったのでした。
「今度、戦いになったら私は死んでも構わない。どうせ命を落とすのなら、フィデスさん・・・あなたに殺されたい」
「そんなことできない。できるわけがない、だって」
 私はエルダさんの手を取りました。
「エルダさんが好きだから」
 一目見た時から、初めて会った時から、私はエルダさんが好きでした。
 そして捕虜になってから、私たちはお互いに愛し合ったのでした。
 好きな人を、愛する人を、エルダさんを、殺せるはずがありません。
「ずっと一緒にいたいけど、フィデスさんにはシュロスでの生活がある。いつまでもカッセルに引き留めておくわけにはいかない。家族や友達、月光軍団のナンリさんたちも待っていることでしょう」
「私のこと、そんなにまで思ってくれているのね」
 エルダさんが顔を上げて私を見つめました。
「フィデスさんのためなら、いつかフィデスさんのために、私の、私の命を捧げたい」
 それからエルダさんがポツリと言いました。
「私も帰りたい。でも、帰るところが分からないの。帰るところが・・・分からないんです」
 帰るところが分からない。
 いったいどういうことでしょうか。私にはその意味が理解できませんでした。
 その夜、私はエルダさんとしっかり抱き合いました。

 シュロスの城砦へ帰る日がきました。

 その朝、私はレイチェルと二人になりました。私は思い切って話してみました。
「レイチェル、あの時・・・」
 しかし、そこで言葉に詰まりました。
 レイチェルは私の目を見て黙って頷きました。
 間違いありません。
 そうです、その目は確かにあの時、見たものです。私とナンリを見逃してくれた目でした。しかも、レイチェルの胸に下がっているペンダントには、怪物の首に掛かっていた物と同じ宝石が付いていたのです。
 あの怪物の正体はレイチェルだったのです。信じられないことですが、レイチェルの肉体には何か特殊な能力が備わっているのです。
 恨みが込み上げてきました。憎しみが湧き上がってきました。けれどもそれは一瞬で、すぐに私は恨みも憎しみも捨てました。
 私たちは怪物に襲われ、怪物、いえ、レイチェルに助けられたのです。
 私たちを助けてくれたお礼を言わなければなりません。
「ありがとう・・・助けてくれて」
 私は涙が止まりません。

 このことは絶対に黙っていようと決心しました。

 私はアリスさんとカエデさん、ロッティーさんに別れの挨拶をし、エルダさんの元へ行きました。
「こんなに早く帰してくれて、ありがとう」
「こちらこそ、いろいろ話ができて嬉しかったわ」
「敗戦軍の捕虜だったのに、丁寧に扱っていただいたことを感謝します。捕虜になって良かったと思うくらいだわ」
 エルダさんが私の手を取りました。
「どう・・・指のキズ、見せて」
 昨夜、私はうっかりして包丁で指を切ってしまいました。血が床にも滴りました。側にいたエルダさんが右手の人差し指を傷口に宛てました。すると不思議なことが起きました。たちまち血が止まり傷口が塞がって痛みもなくなったのです。怪我を治せる不思議な手です。エルダさんは魔法を使ったのよと言って笑いました。
「いつでも使えるというわけでもないけど・・・好きな人にだけ」

 別れる前にどうしても言いたいとことがありました。
 レイチェルのことです。月光軍団を壊滅させたのは、怪物、いえ、怪物に姿を変えたレイチェルでした。そして、私とナンリを見逃して助けてくれたのもレイチェルだったのです。
「私・・・私とナンリは・・・レイチェルに」
 そこで言葉に詰まりました。
「レイチェルに・・・助けてもらいました。命を救ってもらいました」
 エルダさんも頷きます。
 私たちは強く抱き合いました。

 いよいよ出発です。
 国境付近まで馬車で送ってくれることになりました。馬車はリーナさんが運転してくれます。
 ベルネさん、スターチさんがいます、もちろん三姉妹も。そして、お嬢様はというとボロボロと泣き出してお付きのアンナさんに手を焼かせています。
「また会いましょう」
 私とパテリアは手を振りました。
 しかし、再び会うとき、それは戦場で会うことになります。会いたいけれど、また戦わなくてはならないのです。

 こうして私たちはカッセルでの捕囚生活を終え、シュロスの城砦へ帰ることになりました。

 ところが、そのシュロスでは恐ろしい事態が待ち受けていたのです。

 

<作者より>

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