新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 5話
第三章【奇襲攻撃】①
そして一夜が明けた。
「テントがざわついている」
ローズ騎士団の宿営地に物見に行っていたリーナが戻ってきた。
「マーゴットの薬が効いたんだ」
「そりゃそうよ、あれは毒だもの」
「さすがは毒女」
宿営地で遭遇した月光軍団のトリルたちにも助けられた。騎士団に知られたらお仕置きが待っているだろうに、それを覚悟で手引きしてくれたのだ。両者の亀裂が深いという証拠だ。しかも、フィデスとナンリが宿営地にいるという情報が得られたことで、救出作戦が立てやすくなった。突撃隊は騎士団の副団長を捕縛し王宮に帰ることを認めさせる。その間にリーナは二人の捜索に回ることにした。
ローズ騎士団と月光軍団の宿営地では体調不良を訴える者が続出した。重症ではないが、発熱したり、身体に力が入らなくなる隊員が現れた。食中毒かと思ったが元気な者もいて、食べ物が原因ではなさそうだ。どうやら不衛生な辺境の水が合わなかったのだろう。その証拠に月光軍団の隊員には誰一人として症状が出ていなかった。
騎士団副団長のビビアン・ローラも熱が出て全身がダルくなった。寒気もするのでメイドのミユウに暖かい布団を持ってくるように言いつけた。このような事態になると王宮が恋しいと言う者が増えるだろう。国境を拡張して侵攻できたのだから、カッセル守備隊と交戦する前に撤収を考えてもよいかもしれない。
ローラがテントで横になってうとうとした時だった。
俄かに外が騒がしくなった。敵だ、奇襲だ、武器をなどと声が飛び交う。
「奇襲!」
よりによって、こんな時に奇襲攻撃とは。ローラは起き上がろうとしたが身体が重くて動けなかった。メイドを呼んだが返事はない、使いに出すのではなかった。
カッセル守備隊の攻撃が始まった。
ベルネとマーゴットの二人は幹部がいそうなテントを目指して疾走した。スターチとクーラは騎士団の特徴である銀色の鎧兜を身に着けた者を見つけると槍で威嚇した。
騎士団の隊員は慌てふためいた。奇襲攻撃に驚いてその場に倒れ込み、あるいは這いつくばって逃げだした。月光軍団のトリルたちは攻撃が始まると、仲間の隊員を集め炊事場の付近に避難した。予め集合場所に決めておいたのだ。お嬢様が約束した通り、守備隊は月光軍団には攻撃をしてこないようだ。トリルは目の前で騎士団の隊員が蹴散らされるのを見て小さくガッツポーズした。
ローラは軽装の胸当てだけを着けてテントから首を出した。駆け回る足音、怒鳴り声、鎧がぶつかる音。初めて経験する戦いに恐れおののいた。攻撃してきたのが守備隊なのか、あるいは山賊なのかさえも定かではなかった。山賊には苦い思い出がある。悪夢が蘇った。
テントの周りに騎士団の隊員の姿が見えないのが何とも心細い。テントに隠れようとしたところへ敵兵が現れた。
「た、助けて」
「ローラ様、奇襲です、守備隊の奇襲です」
「お、お前か」
そこにいたのはメイドのミユウだった。持ってこいと頼んだ布団を抱えている。こんな混乱した状況にあっても忠実に命令を実行している。ミユウを戦場に帯同してきて良かった。部下には見捨てられたのに新米のメイドが駆け付けてくれたとは皮肉なことだが・・・
「鎧を着て守備隊と交戦してください」
「やっぱり守備隊か」
メイドの報告で襲ってきたのはカッセル守備隊だと判明した。いつの間にか、宿営地の近くにまで忍び寄っていたのだった。
「みんなどうしたのよ、何で助けに来ないのよ。参謀を呼びなさい」
「体調が悪くて倒れたんです。怪我人も出ています。副団長、このままではいけません、槍を取ってください」
「何ということよ、ヤバすぎる」
ローラはミユウが持ってきた布団をひったくるようにして奪い取った。
「お前は外にいろ、敵が来たら誰もいないと言うのよ」
そう言ってテントの入り口を閉ざした。
「情けないヤツ」
居場所を教えるなとは聞いて呆れる。これでも王宮の近衛兵なのか。シュロスで威張り散らしていたのは単に虚勢を張っていただけだった。テントに隠れて怯えている姿こそがローラの本性だ。
ミユウがテントから出ると、そこへ攻撃部隊が馬を駆って走ってくるのが見えた。
駆け付けたのはベルネとマーゴットだった。
大きなテントの前にメイドが立っているのが見えた。
「そこをどきなさい。中を調べるわ」
カッセル守備隊のベルネに詰め寄られミユウは思わずたじたじとなった。なるほど、これが月光軍団を壊滅させた相手か。敵の戦士は身体も大きく、のしかかってくるような圧力を感じた。しかし、州都の軍務部に所属する者としては守備隊の戦闘員などに負けたくない。足に力を込めて相手を睨み付けた。
「ここにはローズ騎士団の副団長はいない」
テントの中のローラに聞こえるくらいの大きな声で叫んだ。
「メイドは下がっていろ。騎士団の副団長に用があるんだ」
「だから、ここには・・・うわっ」
ミユウはテントに飛び込むと、布団を被って隠れているローラに当たりを付けて蹴った。
「ふげぃ」
狙い通り、ローラが悲鳴を上げた。
守備隊のベルネがテントを覗いた。メイドが、ここだと言わんばかりに丸まった布団を指差している。協力的なメイドである。マーゴットが布団を捲ると、すね当てと胸覆いだけを身に着けた騎士団の隊員がガタガタと震えていた。
「ローズ騎士団の副団長ですね」
「い、いえ、違います、違いますって」
マーゴットが顔を確かめた。
「副団長のローラに間違いないわ。チュレスタであんたの肩を揉んでやったでしょ」
「えっ・・・」
ローラがマーゴットに気が付いた。
「あの時のマッサージ?」
「そうよ、宿に潜り込んで偵察してたんだ」
正体がバレたと悟ったローラはメイドを盾にして背後に隠れた。
「助けて・・・お前がなんとかしろ」
「なんとかしろと言われても・・・いいですよ、分かりました。副団長ローラ様のご命令とあれば、このメイドのミユウが戦いましょう」
ミユウは槍を手に取ると、
「どうなっても知らないから」
と言いながら、背後を確かめ狙いを付けながら槍を引いた。
ボゴ、槍の石突きがローラの鳩尾を直撃した。
「おげえ・・・痛いっ、ゲボボボ」
ローラがお腹を押さえてのたうつ。
「すいません、だって、槍の稽古なんかしてないもん、メイドだから」
「出て行け、お前なんかクビだ」
「ハイハイ」
ミユウがテントを出ていった。ローラは嫌でも敵と向かい合わなければならなくなった。それもたった一人で。
「ウッヒ」
胸元に槍の穂先が付き当てられブルブル震えた。これは敵わぬと布団を引き寄せ身体に巻き付ける。
「カッセル守備隊が参上しました。部隊長のベルネです」
「はい、守備隊の隊長様、いえ、部隊長様でございますね」
「この槍を少し動かせば、あなたの命はなくなるんですよ、副団長殿」
「そんな危ないことは、やめて、おた、お助けを、ウヘッ」
ローラはじりじりと下がり、ついに、テントの隅に追い詰められて逃げ場を失った。
「王宮の親衛隊である偉い奴に乱暴はするなと、そう言われてきた」
ベルネは布団に槍を突き刺し撥ね上げた。
「要求を聞いてくれるのなら、槍を収めてもいい」
「ミユウ、助けて、どこにいるの」
「メイドなら逃げました。クビにしたんじゃなかったんですか」
ベルネが槍の先でローラの耳元を叩いた。
「アヒッ、命だけはっ・・・命だけは助けてください、何でも聞きますから」
ローラは命惜しさにそう答えるしかなかった。
州都の軍務部のスミレ・アルタクインが確認すると、月光軍団の隊員には身体の不調を訴える者もおらず、怪我人もいなかった。カッセル守備隊は月光軍団には攻撃を控えているようだ。そこへ部下のミユウが駆け付け、騎士団のローラが敵に発見されたと報告した。それを聞いて月光軍団のトリルたちは手を取り合って喜んだ。
ここまでは予想通りだ。昨夜、部下のミユウが敵の偵察と遭遇し、カッセル守備隊の目的が騎士団を追い帰すことにあると判明した。ローラの命まで奪うことまではしないだろう、スミレは交渉役を買って出ることにした。
「ミユウ、案内してくれ、敵と交渉してみよう」
スミレはミユウを伴って副団長の元へと走った。
宿営地にはあちこちに騎士団の隊員が倒れていた。毒による食あたりのためだとしても、騎士団は応戦するどころかローラを助けに向かおうともしない。
逃げたはずのメイドがテントに戻ってきて、見張りをしていたマーゴットに、交渉役を連れてきたと言った。メイドの後ろに控えている騎士は重装備だが、剣は抜かずに鞘に納めている。交渉役は「バロンギア帝国、東部州都の軍務部所属スミレ・アルタクイン」であると名乗った。
<作者より>
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