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ハナレイ・ベイ

2018-11-09 09:17:01 | 映画2018


 息子を亡くしたサチの喪失感。そして10年間の時を経て、生前のタカシと同じ年代の青年と知り合い、改めて失ったモノの大きさを知り、再生への道を歩みだす。と、筋を書いてみると、やはり短編集の一編なんだと思うのだが、その中には死生観だとか、現代のアメリカ人の日本人に対する上から目線だとか、考えさせられるポイントが印象的だった。

 映像だと、真っ青な空の下でサーフィンするところが爽やかに映っていましたが、ブルーシートを捲りながらスケボーする光景の方が楽しそうに感じました。紺碧の空、海なんて日本じゃ見られそうにもない。こんな鮮やかな色の下では喪失感に浸ることもできず、親子の間で口論が絶えないところからみると、サチは息子の死を受け入れられなかったんじゃないだろうか。特に検死官の「怒りと憎しみの中で死んだ兵士に比べれば、自然の流れの中で死んだ」という言葉に癒されたような表情もあった。また、肉親の死は時が解決してくれると思うのですが、サチの心はハナレイ・ベイで過ごす限り、時が止まったようにも感じとれました。

 原作はもちろん読んでないし、恥ずかしながら村上春樹作品だってひとつも読んだことがない。だから、全体が文学的な風景の中で、突如として登場した元マリーンの男が村上春樹の思想の断片のように感じられたのです。岩国にも海兵隊として駐留していたことのあるその暴力男は「日本は俺たちアメリカ人が守ってやってるんだ」と吐き捨てる。今でも蔓延るアメリカ人の日本人ヘイト。日本人はジャップであり、イエローモンキーであり、真珠湾に奇襲をかけた野蛮人であるのだ。「俺たちアメリカ人が必死で戦ってるのに、呑気にサーフィンなんぞしやがって!(この台詞は想像です)」と。それほど強く印象に残りました・・・

 そして片足の幽霊の話も強烈でした。幽霊であっても会いたい親心。吉田羊の振り返るラストショットが爽やかでした。また、木の根っこを叩き蹴飛ばすシーンもいい。写真と頑なに受け取り拒否していた手形によってようやく涙が出てきたサチ。彼女がカウアイ島に受け入れられたい表現なのだと感じたのですが、どっちなんでしょう・・・


★★★・・

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