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量子情報と時空の物理 第2版: 堀田昌寛

2019年09月21日 15時37分55秒 | 物理学、数学
量子情報と時空の物理 第2版: 堀田昌寛」(電子版)(サイエンス社のページ

内容紹介:
初版:
量子情報物理学の入門的実用書。本書は、基礎物理学の諸分野において、近年そのニーズに高まりを見せている量子情報物理学の入門的実用書である。多くの具体例をはさみながら、前半では量子情報理論の入門的解説を行い、後半ではブラックホールや量子多体系への応用を、量子情報の時空的観点から論じている。また、量子エネルギーテレポーテーションに関する新しい知見も紹介している。

第2版:
刊行されてから5年を経た今回の改訂では、第4章に「基底状態のエンタングルメントと局所強受動性」、第7章に「場の理論におけるパートナー公式」の2節を新たに加え、より充実した内容となっている。

2019年5月25日刊行、208ページ。

著者について:
堀田昌寛(ほった まさひろ)
研究者情報: https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000060261541/
ブログ: http://mhotta.hatenablog.com/
ツイッター: @hottaqu


理数系書籍のレビュー記事は本書で427冊目。

自然法則の原理に迫るような研究は、専門家でない一般の物理学徒にとっても強く惹かれるものだ。量子情報、そして時空の物理学はともに現代物理学のキラーワードである。自分の実力に合っているかどうかに関わらず本を買ってしまう。僕もその一人だった。購入したのは2014年に刊行された初版のほうである。

初版は発売からしばらくして絶版になり、高値での中古書も買えない状態が続いていた。買い求めた本を見たところ、どうも僕には難し過ぎる。憧れの本はいずれ読むことにしようと積読状態になり、いつでも読めるようにと自炊してiPadに入れておいた。

そのタイミングで刊行されたのが第2版である。どうせ読むのなら新しいほうが良いに決まっている。発売されてすぐ購入し、少しずつ読み進めていた。


前提知識

著者の堀田先生は量子力学、量子情報物理学の専門家である。初版が刊行された頃に、先生がご自身のブログで一般の物理学徒向けにいくつも解説記事を書かれていたので読ませていただいていた。特に次の記事が僕には衝撃的だった。

波動関数の収縮はパラドクスではない。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/05/094917

先生による理論の基本となる考え方は、量子現象の実在論的解釈(ontological intepretation)ではなく、認識論的解釈(epistemological interpretation)というものである。

量子力学の根本に関わる問題についてのブログ記事は、2014年の投稿に集中しているのだが、特に重要なのは次の記事である。これらを読むだけでも、ちまたに溢れている「量子力学の通俗書」が初学者に印象づけてしまう固定観念を取り払うことができる。量子情報理論や量子コンピュータの教科書だけでなく、この枠組みに沿った新しい量子力学の教科書と通俗書が必要だと僕は思うのだ。本書をお読みになる前に理解しておくとよいだろう。

摂動論と、"時間とエネルギーの不確定性関係"という名の幻。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/11/155744

測定時間とエネルギーの測定誤差の間に不確定性関係はない。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/26/061840

鉛筆とインフレーション宇宙とスクィーズド状態
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/11/192142

デコヒーレンスは多世界解釈の観測問題を解決しているわけではない。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2015/02/04/074443

量子論で、自分の脳を自分で観測するということ。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2016/02/28/140736

認識論的な量子力学についてのコメント
https://togetter.com/li/758266

量子力学における「実在性」について
https://togetter.com/li/953738

この世界の中の「存在」は観測者や測定機に依存した概念だった
https://togetter.com/li/1401553


また量子テレポーテーションやブラックホールの防火壁仮説に関しては、次の記事をお書きになっている。

量子テレポーテーションは、本当はテレポーテーションではないのか。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/05/24/060626

量子テレポーテーションでアリスとボブの間のどこを量子情報は飛んでいくのか。
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2016/02/08/143133

ブラックホール防火壁仮説I:プロローグ
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/13/115916

ブラックホール防火壁仮説Ⅱ:量子情報理論的なブラックホールの年齢 (ペイジ時間の考え方)
http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/15/112849


本書の内容

量子情報物理学の入門的実用書とはいうものの、本書はやはり僕にとって難し過ぎた。理解度が3割を切る場合、読むのをあきらめることにしているのだが、本書は例外である。最先端の領域で、どのようなことが、どのような手法で研究されているかを知りたかったからだ。通俗書やブログ記事では満たすことができない好奇心を放置することなく、たとえ一歩であっても理解を深めたかったからだ。

章立てはこのようになっている。本書の「まえがき」はPDFファイルとして公開されている。

第1章 量子情報と量子状態
第2章 量子測定
第3章 量子操作
第4章 量子エンタングルメント
第5章 連続測定と量子ゼノン効果
第6章 ウンルー効果と量子情報
第7章 ホーキング輻射と量子情報
第8章 量子エンタングルメントと負エネルギー
第9章 量子エネルギーテレポーテーション
付録A 連続系の状態トモグラフィ
付録B シュミット分解
付録C フォンノイマンエントロピーの凹性の証明
付録D トレースノルムが行列凸関数である証明
付録E ガウス状態のネガティビティの公式の導出

以下、「まえがき」からの引用を含めて、概要を紹介しておこう。

第1章 量子情報と量子状態

「量子情報とは何か」というテーマを様々な具体例を挙げながら深める。情報理論的視点を強調した「現代的コペンハーゲン解釈」の立場から、量子情報の本質を概観する。量子ビットと量子情報、量子状態トモグラフィ、混合状態の純粋化、量子情報のアイデンティティ、量子複製禁止定理など。

第2章 量子測定

量子測定理論の基礎を解説した。ここでは理想測定ではない一般的な測定の定式化が紹介される。また量子状態は情報的概念であり、持っている系の知識量に応じて測定者毎に異なってもいいことも強調される。量子状態にそのような測定者依存性があっても、各量子状態から予言される測定結果に関しては全く矛盾を出さない巧妙な理論構造を量子力学が保持していることも見る。現代的コペンハーゲン解釈における量子測定の本質的な特徴を見るためにポインター基底測定が紹介される。まず理想化された測定を解説し、次に実際の量子系で誤差を伴う場合など理想測定とは異なる一般測定を解説する。キーワードはPOVM(positive operator valued measure, 正演算子値測度)だ。

第3章 量子操作

量子物理学、量子情報理論で重要な一般的量子操作の数学的側面の解説。量子縺れを定義するのに必要な局所的操作と古典通信 (LOCC) の概念が導入される。また最も一般的な物理過程は量子通信路理論で使われる完全正値性写像という数学的概念で統一的に扱えることも述べる。キーワードはTPCP写像(trace-preserving completely-positive map、トレース保存完全正値写像)、LOCC(local operation and classical communication、局所的操作と古典通信)である。

第4章 量子エンタングルメント

量子縺れの操作論的定義から始まり、種々の量子縺れ指標が紹介される。局所性の定義の重要性、量子縺れエントロピー、2体系の状態変化と量子縺れ、確率的LOCCによる状態変化と量子縺れ、混合状態に対する量子縺れ測度の一般論、ネガティビティと対数ネガティビティ、ガウス量子状態に対するネガティビティ、基底状態の量子縺れと局所強受動性、量子テレポーテーション。

第5章 連続測定と量子ゼノン効果

測定による反作用が注目系の時間発展に影響を与える量子ゼノン効果について述べられる。短時間の間に何回も連続して系を理想測定すると系の運動が止まってしまうのが量子ゼノン効果である。またシュレーディンガーの猫の思考実験と量子ゼノン効果を組み合わせて出てくるパラドクスを解決しながら、日常における普通の観測行為が対象の量子系のダイナミクスに影響を与えない理由が解説される。

第6章 ウンルー効果と量子情報

量子場の真空状態において一様加速度運動をする測定者が熱浴を観測するウンルー効果を紹介し、その量子縺れの解析を行う。一様加速度運動をする測定者と等価原理、慣性系での量子場、一様加速度系での量子場、ウンルー効果と量子縺れエントロピー、真空状態のネガティビティ、ウンルー効果とブラックホールなど。

参考:「ブラックホールと時空の歪み: キップ・S. ソーン」の紹介記事の中で、次のように書いた。「仮想粒子をブラックホールの地平に向かって自由落下する加速系から見ると、実際の粒子として観測されることが本書の第11章で解説されている。同じ事象が見る立場(異なる系)で「無」になったり「有」になったりすることに、特に興味を持った。(専門的には「ウンルー効果」と呼ばれている。)」

第7章 ホーキング輻射と量子情報

ブラックホールから放出されるホーキング輻射を情報理論的切り口から解析を行う。またブラックホール蒸発に関する情報喪失問題の最近の進展にも触れる。ブラックホール形成と(空間1次元の)動的鏡モデル、2次元動的鏡モデル、ホーキング輻射の量子縺れ、量子縺れのモノガミー(一夫一婦制)とホーキング輻射、ブラックホールの情報喪失問題、場の理論におけるパートナー公式など。

参考記事:「ブラックホール戦争:レオナルド・サスキンド

第8章 量子エンタングルメントと負エネルギー

多体量子系の基底状態の量子縺れが負エネルギー領域を持つ量子状態を作り出すことが示される。また量子場における負エネルギーの性質とブラックホール蒸発における負エネルギー流も解説される。基底状態の量子エンタングルメントが生み出す負エネルギー密度、量子場の負エネルギー密度、ブラックホール時空での負エネルギー密度流など。

第9章 量子エネルギーテレポーテーション

多体系基底状態の量子縺れを用いるとLOCC によって操作論的な意味でのエネルギー転送が可能となる量子エネルギーテレポーテーション (quantum energy teleportation,QET) という量子プロトコルが解説される。情報量とエネルギーの非自明な関係とともに、ブラックホール蒸発過程に対して QET が導く新たな知見が紹介される。基底状態の量子縺れ破壊と局所冷却問題、ミニマルQETモデル、一般スピン鎖系におけるQET、QETにおけるエネルギーと情報量の関係性、量子場を用いたQET、ブラックホールとQETなど。


堀田先生には申し訳なかったが、今回は未消化に終わってしまった。巻末の参考文献をたよりに学び続けるつもりである。時期を見て、また再読してみたいと思う。

第2版も絶版になる可能性があるため、いずれ読みたいと思っている方は、今のうちに購入しておくことをお勧めする。本書は一般相対論や場の量子論の初等レベルの知識を前提にしている。


関連する連投ツイート:

ブログ記事のほか、堀田先生は量子情報物理学に関してとても示唆に富むツイートをされている。特に興味を引いたものをピックアップしておく。タイトルは僕のほうで勝手につけさせていただいた。

陽電子、時間を遡る粒子(新入生へ)
https://twitter.com/hottaqu/status/1113209661958762496

量子情報物理学の立場での時間(過去と未来)
https://twitter.com/hottaqu/status/1114644781223649285

物理学において存在とは
https://twitter.com/hottaqu/status/1114635953941831680

基礎方程式における時間の反転対称性
https://twitter.com/hottaqu/status/1127146412926328833

量子もつれと時間の反転対称性
https://twitter.com/hottaqu/status/1127283390300823553

人工意識、クオリア、波動関数
https://twitter.com/hottaqu/status/1158911039729065984

2次元空間でのアインシュタイン方程式
https://twitter.com/hottaqu/status/1162576442040864768

物理学者の“数式で見る世界”
https://twitter.com/hottaqu/status/1161929480601915392

Reeh–Schlieder定理
https://twitter.com/hottaqu/status/1168475167242240000

現代物理学における実在性とは、量子テレポーテーション
https://twitter.com/hottaqu/status/1170405426971779072

シュレーディンガーの猫について
https://twitter.com/hottaqu/status/1180641440164020224

二重スリット実験と実在性
https://twitter.com/hottaqu/status/1200631946868477952

標準的なコペンハーゲン解釈では、観測者に意識があろうとなかろうと、どちらの立場でも同じ結論を得るので問題がない。
https://twitter.com/hottaqu/status/1203500253153906688

多世界解釈においては意識をもった観測者は不要で、機械である測定機または記憶装置だけでうまくいくという主張もあるが、それもおかしい。
https://twitter.com/hottaqu/status/1203414013024931841


関連記事:

新版 量子論の基礎:清水明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c7ebf325a27e9ac9114d0a7dc609ca94

ヒルベルト空間と量子力学 改訂増補版:新井朝雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/84313bfed4331fe0c1343a55a531809a

量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/196b59dc50fca361ba523036e7eeb908

量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a4ef01e94a8c0384cec353ebe4d542e4

量子力学の数学的基礎: J.v.ノイマン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/09b65f36119894f5b852bbf38421af45


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量子情報と時空の物理 第2版: 堀田昌寛」(電子版)(サイエンス社のページ


第1章 量子情報と量子状態
  1.1 量子ビットと量子情報
  1.2 量子状態が導く頻度主義的確率と単発測定における客観情報
  1.3 量子状態トモグラフィ
  1.4 混合状態の純粋化
  1.5 量子情報のアイデンティティ

第2章 量子測定
  2.1 ポインター基底測定
  2.2 量子測定における現代的コペンハーゲン解釈のいくつかの本質的側面
  2.3 一般化された量子測定

第3章 量子操作
  3.1 一般的量子操作としてのTPCP写像
  3.2 LOCC:局所的操作と古典通信
  3.3 連鎖する測定過程としてのLOCC
  3.4 LOCCのユニタリー化
  3.5 TPCP写像と量子状態の間の双対性

第4章 量子エンタングルメント
  4.1 量子エンタングルメントの操作論的定義
  4.2 量子エンタングルメント解析における局所性の定義の重要性
  4.3 エンタングルメントエントロピー
  4.4 2体系の状態変化と量子エンタングルメント
  4.5 確率的LOCCによる状態変化と多体系の量子エンタングルメント
  4.6 混合状態に対するエンタングルメント測度の一般論
  4.7 ネガティビティと対数ネガティビティ
  4.8 ガウス量子状態に対するネガティビティ
  4.9 基底状態のエンタングルメントと局所強受動性
  4.10 量子テレポーテーション

第5章 連続測定と量子ゼノン効果
  5.1 直接測定によるゼノン効果
  5.2 間接測定での量子ゼノン効果の実現不可能性
  5.3 一方向性量子ダイナミクスと崩壊時刻の確率分布
  5.4 一方向性条件を厳密に満たすモデル

第6章 ウンルー効果と量子情報
  6.1 一様加速度運動をする測定者と等価原理
  6.2 慣性系での量子場
  6.3 一様加速度系での量子場
  6.4 ウンルー効果とエンタングルメントエントロピー
  6.5 真空状態のネガティビティ
  6.6 ウンルー効果とブラックホール

第7章 ホーキング輻射と量子情報
  7.1 ブラックホール形成と動的鏡モデル
  7.2 2次元動的鏡モデル
  7.3 ホーキング輻射の量子縺れ
  7.4 量子縺れのモノガミーとホーキング輻射
  7.5 ブラックホールの情報喪失問題
  7.6 場の理論におけるパートナー公式

第8章 量子エンタングルメントと負エネルギー
  8.1 基底状態の量子エンタングルメントが生み出す負エネルギー密度
  8.2 量子場の負エネルギー密度
  8.3 ブラックホール時空での負エネルギー密度流

第9章 量子エネルギーテレポーテーション
  9.1 基底状態の量子エンタングルメント破壊と局所冷却問題
  9.2 ミニマルQETモデル
  9.3 一般スピン鎖系におけるQET
  9.4 QETにおけるエネルギーと情報量の関係性
  9.5 量子場を用いたQET
  9.6 ブラックホールとQET

付録A 連続系の状態トモグラフィ

付録B シュミット分解

付録C フォンノイマンエントロピーの凹性の証明

付録D トレースノルムが行列凸関数である証明

付録E ガウス状態のネガティビティの公式の導出

参考文献
索引

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