とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド

2019年02月10日 14時15分02秒 | 物理学、数学
数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」(丸善出版

内容紹介:
20世紀の現代数学から見て、17世紀の天才たちはどこまで到達していたのだろうか?本書は、現代ロシアの世界的数学者アーノルドが、17世紀のニュートンやホイヘンス等による近代数学の萌芽を振り返り、それらが200年後、300年後にどのような形で開花することになったかを独自の切り口で語ったものである。数学上の業績の解説だけではなく、ニュートンとライプニッツの先取権争いや、ニュートンとフックの確執など、伝記的な挿話も織り交ぜられ、生き生きとした興味深い読み物となっている。
1999年7月刊行、151ページ。

著者について:
ヴラディーミル・イーゴレヴィッチ アーノルド(Vladimir Igorevich Arnol'd)
1937年生まれ。1959年モスクワ大学卒業。在学中の1957年にヒルベルト第13問題を(否定的に)解決したことで有名になる。恩師のコルモゴロフのプログラムに沿って、太陽系の安定性を導く摂動理論を確立し、1965年に師とともにレーニン賞を受賞し、物理・数学博士となる。クラフォード賞、ハーヴェイ賞を受賞。1965年年モスクワ大学教授、その後モスクワのスチェクロフ研究所、パリ大学ドーフィン校の決定数学研究所勤務。ヒルベルト第13問題の解決、KAM理論、力学系、特異点理論、代数幾何学、シンプレックティック位相幾何学、流体力学、偏微分方程式などで数多くの業績を残している。著書『古典力学のエルゴード問題(吉岡書店1972)』、『古典力学の数学的方法(岩波書店1981)』、『常微分方程式(現代数学社1981)』、『カタストロフ理論(現代数学社1981)』など多数。2010年没。

訳者について:
蟹江幸博(かにえ ゆきひろ):ホームページ:http://kanielabo.org/
1948年2月生まれ。1976年3月京都大学大学院理学研究科博士課程数学専攻修了。三重大学名誉教授。著書、訳書多数。
蟹江先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で392冊目。

本書は昨年秋に開催された「第59回 神田古本まつり、第28回 神保町ブックフェスティバル」の際、明倫館書店の店内の本棚から買ったものだ。天体力学、特に太陽系の惑星の運動の安定性、カタストロフィ理論、カオス理論に興味がでてきたので、同シリーズの「天体力学のパイオニアたち(上、下)」と組合せで購入。「天体力学のパイオニアたち」の第5章で解説されるKAM理論(Kolmogorov-Arnold-Moser theorem)というわけで、その中のひとりが今回紹介する本の著者、アーノルド博士ということである。KAM理論については、次のページをお読みになるとよい。

世界は「複雑系」に満ちている (2)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kitanok//Complex/complx02.html


数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」(丸善出版)では17世紀、18世紀の科学者、つまりホイヘンス (1629?1695)、バロー (1630?1677)、ニュートン (1642?1727) とフック (1635?1702)らの業績とエピソードを数理解析にしぼって紹介している。章立ては次のとおり。

第1章:万有引力の法則
第2章:数理解析
第3章:伸開線から準結晶へ
第4章:天体力学
第5章:ケプラーの第2法則とアーベル積分のトポロジー
附録1:軌道が楕円であることの証明
附録2:ニュートンの『プリンキピア』の補題XXVIII

以下は蟹江先生による「訳者あとがき」から抜粋した各章の紹介である。

第1章では、近代数学と理論物理学の幕を開いたニュートンの『プリンキピア』が何のために書かれ、そこでニュートンが何をし、何をしなかったか。また、彼の先行者たち、同時代の競争者と協力者が何をしたのかが語られている。特に、ニュートンとフックとの間に起った出来事が、従来あまり触れられることのなかった視点で語られている。

第2章では、解析学(微分積分学)がいつ、何のために創られたのか、解析学の基本的なアイデアがどこからきたのか、どのように発展したのかが語られる。19世紀末の解析の基礎の議論が顛末に見えるダイナミックな語り口で、直接にニュートンの衣鉢を引き継ぐアーノルドならではと思わせるものになっている。特に、引用されるブルバキの(おそらくはヴェイユの)見方との対照が面白い。

第3章は、この本流に隠されていた感のあるホイヘンスを祖とする、1つの数学が語られる。数学としての内容が、時代の定式化(枠組み)を越えていて、現代に、シンプレクティック幾何学、変分法、最適制御、特異点理論、カタストロフ理論などの現代数学の分野として開花している。

第4章は、解析学を用意して宇宙の神秘に分け入ったニュートンの力学理論が、後世どのように発展し、その力を実証してきたかが語られる。ハリー彗星の回帰の予言、海王星や冥王星の存在の予言、土星の環の隙間の理由、太陽系の安定性、三体問題の厳密解が予言した木星軌道上の小惑星のトロヤ群、太陽観測に適した宇宙船の位置など、理論が現実に応用されるさまが生き生きと語られている。

第5章はと附録2では、ヒルベルトの第16問題である、代数曲線のトポロジーの問題が『プリンキピア』の中に、ケプラーの第2法則として関係して議論されていたことが発掘されている。


150ページほどの本なのですぐ読めてしまった。科学教養書としては日本やアメリカのものと一風変わった趣きのある本であることが訳書であっても伝わってくる。説明しつくそうと意気込まず、荒削りで熱のこもった本だという印象を受けた。

17世紀、18世紀の科学史はすでに何冊かで読んでいたが、知らないことはたくさんあるのだなと思う。特にニュートンについてもそうだ。『プリンキピア』はユークリッド幾何を使って書かれていて、微積分記号を発明したのはライプニッツであるから、ニュートンが解析学に貢献したのはせいぜい流率法(微分に相当する方法)くらいなのだと思っていたが、ニュートンはすでに数値を使って級数の値を求めることを熟知しており、テイラー級数に相当するものを獲得していたそうだ。この時代の科学者たちが後世発見され、現代数学の主要な概念として使われることがらを、その時代に発想していたことを思うと、卓越した能力に驚かされるばかりである。それらが功績として残されなかったのは、次々にアイデアが湧き出でて発表するためにまとめ上げる時間がなかっただけなのだ。第2章と第3章をお読みになるとわかる。

特に興味深く読めたのが第4章。もともと天文好き、太陽系好きだからであるかもしれない。ニュートンによって明かされた未来永劫に続く惑星の運動は、個別の楕円軌道を考えるのならそれでよい。しかし実際には惑星どうしが引力を及ぼし合っているから多体問題であり、摂動計算をして将来の位置を求める必要がある。離心率や近日点が変化することはニュートンも気づいており級数を使った摂動計算によってこの問題に取り組んでいる。また、その後ラプラスは太陽系の安定性についての研究をしている。太陽系の惑星の運動は永久になめらかに変化するだけなのか?それとも、ある日カタストロフィのようにばらばらになってしまうのか?とどのつまり摂動計算の級数が収束するのか発散するのかにかかっている。この時代に、そしてニュートン力学だけでこの壮大な問題にペンと紙だけで挑んだはるか昔の科学者に想いを馳せると、人類ってすごいなと思ってしまうのだ。特に土星の環の間隙がどうしてできるのかという話が面白かった。


本書は北海道大学の石川剛郎先生(紹介ページ)もお読みになり、書評をお書きになっているので合わせてお読みいただきたい。

数理解析のパイオニアたち
V.I. アーノルド 著 蟹江 幸博 訳
http://mathsoc.jp/publication/tushin/1901/1901ishikawa.pdf

石川先生は数学書をたくさんお書きになっている。研究分野は今回紹介したアーノルド博士とかぶっているようだ。

石川先生の著書: Amazonで検索


本書は丸善出版のとシュプリンガー版のがあるが、どちらも絶版である。丸善出版のほうは法外なプレミア価格がついているから、シュプリンガー版のほうをお勧めする。アマゾンだと「なか見検索!」ができるので、参考にしていただきたい。

本書は1989年にロシア語で刊行され、翌1990年に英語版が刊行された。ロシア語版の入手が困難だったため日本語版は大部分を英語版から、一部だけロシア語版から翻訳したのだという。英語版はこちらからお買い求めいただける。

Huygens and Barrow, Newton and Hooke: Pioneers in mathematical analysis and catastrophe theory from evolvents to quasicrystals



KAM理論を学んでみたい方には2冊お勧めする。ひとつは「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」が書いた次の本だ。ただし日本語版は英語版の初版を翻訳したもので、第2版の日本語版はまだ刊行されていない。

古典力学の数学的方法: V.I.アーノルド



この本の大もとの原書はロシア語であるが、英語版の第2版はこちらである。(上の日本語版の翻訳のもとになった初版はこちらだ。)

Mathematical Methods of Classical Mechanics 2nd Edition: V.I. Arnol'd」(Kindle Edition



KAM理論はこの本でも学ぶことができる。

重点解説ハミルトン力学系 2016年 12 月号 数理科学 別冊



関連記事:

天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5c51d50e2141c8ae58c9323ad49b65a1

天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/88846fbb12ed1f8b11a49f0659b93c75


 

 


数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」(丸善出版


第1章:万有引力の法則
1.ニュートンとフック
2.落体の問題
3.逆2乗の法則
4.『プリンキピア』
5.球面の引力
6.ニュートンは軌道が楕円であることを証明したか?

第2章:数理解析
7.ベキ級数による解析学
8.ニュートン多面体
9.バロー
10.テイラー級数
11.ライプニッツ
12.解析学の発明についての論議

第3章:伸開線から準結晶へ
13.ホイヘンスの伸開線
14.イヘンスの波面
15.伸開線と正20面体
16.正20面体と準結晶

第4章:天体力学
17.『プリンキピア』以後のニュートン
18.ニュートンの自然哲学
19.天体力学の勝利
20.ラプラスの安定性定理
21.月は地球に落ちてくるか?
22.3体問題
23.ティティウス--ボーデ則と小惑星
24.間隙と共鳴

第5章:ケプラーの第2法則とアーベル積分のトポロジー
25.積分の超越性に関するニュートンの定理
26.局所代数性と大域代数性
27.局所非代数性に関するニュートンの定理
28.滑らかな代数曲線の解析性
29.局所的に代数的に積分可能な卵形線の代数性
30.特異点を持つ代数的に積分可能でない曲線
31.ニュートンの証明と現代の力学

附録1:軌道が楕円であることの証明
附録2:ニュートンの『プリンキピア』の補題XXVIII

訳者あとがき
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 楕円関数入門: 戸田盛和 | トップ | 天体力学のパイオニアたち 上... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
木軌道上 (hirota)
2019-02-11 11:44:52
木星軌道上だろうなー。
返信する
Re: 木軌道上 (とね)
2019-02-11 20:57:01
hirotaさんへ

タイプミスのご指摘、ありがとうございました!
なおしておきました。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

物理学、数学」カテゴリの最新記事