「東大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(Kindle版)(詳細)
『はじめて学ぶ物理学』演習篇
内容紹介:
東大の入試問題を教材に、考え方と探究方法を手ほどきします。
東京大学の入試問題は基礎を重視してつくられており、教材としても最適な素材である。「問題演習を通して高校物理の理論体系を実践的に学ぼう」との目的で,約50年間にわたる過去問から61題を精選し、[考え方][解答][探究]という形で丁寧に解説する。高校生・受験生にも、大人の物理ファンにも楽しめる好著が誕生!
2021年3月1日刊行、304ページ。
著者について:
吉田弘幸(よしだ ひろゆき): Twitter: @y__hiroyuki
科学的教育グループSEG講師。高校生と大学受験生に物理を河合塾、SEGなどで教鞭をとられている。数年前まで駿台で数学も教えていた。大磯小・中・高の出身。最終学歴は慶應義塾大学法科大学院。
理数系書籍のレビュー記事は本書で453冊目。
ツイッターでときどき交流させていただいている吉田先生の最新刊である。
僕が大学受験生だったのは1980年代前半だから、およそ40年前のこと。社会人になってからはセンター試験の問題はたまに確認していたが、2次試験の問題はまったくチェックしていなかった。細かいことはまったく忘れている。当時と今とはどう違うのだろう?これが本書を読んでみたいと思った1つめの理由だ。
物理に関してはその後、大学の物理学の知識が脳内に上書きされ、高校物理はどのように解いていたのか思い出せない。入試の問題は微積分を使わずに、どのようにして解いていたのだろう?
また「東大の物理」というジャンルの本は、すでに何種類か刊行されている。吉田先生は既刊の本とどのように差別化をしたのだろう?これは本書を読みたいと思った2つめの理由だ。そのような疑問を持ちながら、順番に読み進んだ。昔、受験生だったころの感覚は蘇ってくるのだろうか?
まず、「東大の物理」という言葉でイメージしがちなのは難問・奇問が多いのではないだろうかというものである。しかし、この予想は外れていた。物理にせよ数学にせよ難問・奇問が出題されていたのは、全国いっせいに行われる共通一次試験が行われる前の時代、1970年代までだ。それは団塊の世代が受験生だったころのこと。だから、そのような難問は1980年代初めに受験生だった僕は、過去問として見かけてはいた。
本書に取り上げられているのは、難問・奇問ではなく「易しくはない良問ばかり」である。そして、次に思ったのは問題が長文なので読解力が求められること、そして現実の自然現象や実験をテーマにした「役に立つ」問題がほとんどであることだ。これはそのまま大学の物理学の勉強に結びついていく。
また「解答・解説」の観点でみた本書の特徴は、入試のためだけでなく、大学に入ってからの学びを強く意識して書かれていることだ。理解を深めるために微積は必要に応じて使っていること、扱われているテーマに関する科学史を解説し、出題者の意図や気持ちがわかるように書かれている。
ただし、実際の入試では微積は使わないので、受験生は注意しなければならない。そのため高校物理では公式を覚えて、問題に対して適用する方法、パターンを習得することが求められている。本書での解説は、論理的な整合性を大切にし、微積を使っているわけだが、高校生や受験生が読むと高校物理では何が教えられていなかったがよくわかるはずだ。外側から高校物理を見ることになるからである。
僕は東大以外の国立大学を受験していたから、東大の物理の問題を詳しく学んだのは初めてだ。40年前にこれらの問題が解けたとは思えない。当時の感覚はすっかり忘れているから、今の僕が自力で解けるのはセンター試験レベルの問題なのだろう。しかし、いまじっくり読んでみると、良問ばかりであることはよく理解できた。受験生だけでなく社会人であっても大いに楽しめる本に仕上がっている。
本書は吉田先生の前著「はじめて学ぶ物理学 上、下 学問としての高校物理: 吉田弘幸」の演習書として書かれているのが大きな魅力である。これは「東大の物理」というジャンルの他の本にはない利点だ。
あと、本書は書店の学習参考書のコーナーにはほとんど置かれていない。一般の理学書のコーナーだけでなく、学習参考書のコーナーにも置くべきだと思う。全国の書店には、これをお願いしたい。
問題をひとつずつ解説するのは本書にお任せして、印象に残った問題について感想を書いておこう。
第1部 力学
力学に関しては、エネルギー保存則、運動量保存則、角運動量保存則が重要で、問題に対してどのように適用すればよいかを身に着つけるのが大切だということがとてもよく理解できた。
第9講 円軌道から浮き上がらない条件【1995年度第1問】
第10講 円錐面上の質点の運動【2007年度後期第1問】
これら2問は、入試の問題とは関係なく、高校時代から「こういう問題が解けるようになるといいなぁ」と自分自身で思いついていた問題で、解答するに至らずそのままになっていた。思わぬ形で解き方を学べてうれしかった。
第14講 地球を貫通するトンネル内の振動【2005年度第1問】
これは有名な問題だ。しかし、現実にはあり得ない状況である。実際にこのような状況をあてはめることができる現象はあるのだろうか?と思いながら僕は解説を読んだ。
第2部 熱学
第18講 熱気球【1973年度第1問】
本書のなかでいちばん古い問題だ。団塊の世代の人たちは、こういう問題に頭を悩ませていたのだなと思った。
第21講 コンデンサーの極板間引力と気体の圧力【1987年度第2問】
昨年は「コンデンサーなど物理」という前文部科学大臣のツイートが話題になった。しかしコンデンサーが熱学の問題として出題されるのは異例である。受験生はさぞ焦っただろうと想像した。
第3部 力学的波動
第25講 防波堤の開口部における回折【1997年度第3問】
第26講 媒質の境界における反射【2016年度第3問】
第29講 水路を伝わる水面波【1989年度第3問】
これら3問はどれも(水の)波に関する出題である。高校物理で学ぶ波は正弦波であるが、これら3問を学んでいるときどうしても2011年3月の東日本大震災の津波のことを思い出さずにはいられなかった。特に2016年度の問題は震災後である。水面の表面の波(波浪)や津波は正弦波ではないから高校物理では学ばない。津波はどのような波なのか?周期性がある波なのかと気になったので調べたところ、次のPDF資料を見つけた。
2.2.3 津波伝播の概要 第 2章 - 総務省消防庁
https://www.fdma.go.jp/disaster/higashinihon/item/higashinihon001_06_02-02-03.pdf
12回 津波を知る 1. 津波とは (1)津波の定義:津波と波浪の違いは?
https://www.srm-bcp.com/lecture01/images/20120704135730_1.pdf
第4部 電磁気学
第32講 磁場による加速【2004年度第2問】
第33講 磁場によるレンズ【2013年度第2問】
第36講 箔検電器【1994年度第2問】
第42講 磁石の落下による電磁誘導【2007年度第2問】
解説の中で微積分がいちばん使われているのが電磁気学だ。高校時代に学んだときは d ではなく Δ は使われていたことを思い出した。しかし、微分方程式を解いて公式を導出していたわけではない。
磁場による加速や磁場によるレンズの問題は、ブラウン管のしくみの理解に通じる出題である。液晶テレビに切り替わった時期、テレビのアナログ放送が終了したのが2011年7月24日だ。地デジが普及して液晶テレビが広まったのは2007年あたりで、受験生が4歳の頃だ。ブラウン管を知らず、この問題が何の役に立つのか想像できない受験生がいるかもしれないと思った。
第43講 磁場の時間変化による電磁誘導【1985年度第3問】
この問題では次のブログ記事の2つめの例「ファインマンも解けなかった問題を解明~ファラデーの電磁誘導の法則とローレンツ力はなぜ同じ起電力を与えるのか~」を思い出した。高校物理ではこれを自明のこととして学んでいたのだろうか?
自然法則: 量子力学による古典物理学の謎の解明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a1e326855ceb0a640f75c08d2c0fb423
第5部 光波
第47講 光を用いた距離の測定【1991年度第3問】
第49講 虹の原理【2003年度後期第3問】
第53講 マイケルソンの干渉計【1982年度第4問】
光を用いた距離の測定、マイケルソンの干渉計は科学史の中で特に重要な実験に使われた装置だ。とてもセンスがある出題だと思った。また虹の原理に関する出題は、本書のなかでいちばん難度が高いと思った。当時はもちろん、今でも僕はこの問題を解くことができない。解説を読んでようやく理解した。
第6部 原子
第54講 光電管を組み込んだ電気回路【1989年度第2問】
第55講 光の圧力による振動【1991年度後期第2問】
第56講 物質波の二重スリット干渉【2005年度第3問】
第60講 電子・陽電子の対消滅【1981年度第4問】
原子や素粒子は、僕が高校生の頃の教科書や学習参考書にも書かれていたが、前期量子論にここまで踏み込んでいただろうか?ほとんど覚えていないのだ。2006年以降、僕は大学レベルの量子力学を学んでいるため、受験生だったころの記憶が改変、上書きされているのだろう。プランク定数が高校時代の教科書に書かれていたのは何となく覚えている。プランクの量子説、アインシュタインの光量子仮説、ド・ブロイ波やボーアの原子模型の説明もきっとあったのだろう。しかし、40年も経つとほとんど忘却の彼方である。はっきり覚えているのは、これらのことを学んでいたとしても、僕は量子力学のことをまったく理解していなかったということだ。それは、2006年以降に量子力学を学んだとき、すべて初めてのことばかりだったからである。
けれども、光の圧力や物質波の二重スリット干渉、電子・陽電子の対消滅を高校時代に学んでいなかったことは断言できる。このような問題が出題されていたことを知り驚かされた。近年は高校物理でここまで踏み込んで量子論を教えるようになっているのだろうか?
本当に久しぶりに、入試問題の雰囲気を味わわせていただいた。高校生、受験生の頃は目先の目標が頭を占めており、入試に関係ないことに想いを巡らせる余裕がないのが普通だ。僕自身もそうだったし、大学で学ぶ物理学や数学がどのようなものかまったくイメージできていなかった。
高校時代、僕は力学と電磁気学、熱学、波動、原子の単元で扱われている自然現象、物理法則の間に整合性があるとは思っていなかったし、それぞれエネルギーや運動量を通じて関連づいていることに気がついていなかった。その整合的な関連付けは大学以上の物理学で理論的に学ぶことなのだ。
今のようにインターネットで先取りして知ることができず、周囲に大学入学後に学ぶ内容を教えてくれる人がいなかった。その意味で今は昔よりもずっと恵まれている。志望する大学の学部、学科の選択を誤らないためにも、本書はよい指針となるだろう。また、社会人にとっては自分が受験生だった頃を思い出しながら読むことで、実に味わい深く読むことができる。立場が違うと読み方、感じ方が変わってくるのだ。
ところで、「東大の物理」というジャンルではすでに何種類か本が刊行されている。吉田先生の本とどのように違うのか、どのような差別化がされているのかを述べておこう。
まず、有名なのが次のような本である。これは受験、入試に特化した本だ。解答や解説はあっさり書かれている。東大を物理で受験しようとする人には、じゅうぶんなのかもしれないが、自然科学としての物理を学ぶのには不十分である。微積分を使わないで解答、解説が行われている。この2冊は、毎年刊行されるから常に新しい問題で学ぶことができるのが長所だ。
「東大の物理27カ年[第7版] (難関校過去問シリーズ)」
「2021年度用 鉄緑会東大物理問題集 資料・問題篇/解答篇 2011-2020」(Kindle版)
あと、次の本は一見、吉田先生の本と競合しているように見える。しかし、書店で確認したところ「レベル」がまったく違うので、はっきりと棲み分けされていることがわかった。この本の対象読者は低く設定されており、東大を物理で受験する学生がこの本を読むとは思えない。少なくとも入試向けではないし、実際の入試問題がそのまま掲載されているわけでもない。あくまで東大の物理の問題を題材にして物理学、自然科学を味わい、楽しむための本である。吉田先生の本が難し過ぎると感じる人は、こちらの本を読んだ方がよいと思った。
「入試問題で味わう東大物理:三澤信也」(Kindle版)(詳細)
以下は、吉田先生がこれまでにお書きになった本である。先生はなんと通勤電車(丸の内線)で執筆されているのだという。ほんの数駅乗車するだけの短い時間、東京の電車はコロナ禍とはいえ、それなりに混んでいる。電車でノートPCを広げたことがない僕には、通勤しながら本を書いたり仕事をしたりするのは「芸当」なのだ。真似するのは無理である。
「はじめて学ぶ物理学 上 学問としての高校物理: 吉田弘幸」(Kindle版)(紹介記事)
「はじめて学ぶ物理学 下 学問としての高校物理: 吉田弘幸」(Kindle版)(紹介記事)
「道具としての高校数学 : 吉田弘幸」(Kindle版)(詳細情報)
姉妹編が発売:
「京大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(Kindle版)(詳細)
『はじめて学ぶ物理学』演習篇
関連記事:
はじめて学ぶ物理学 上、下 学問としての高校物理: 吉田弘幸
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4e7d533361d93a855199ec4e2f26a044
「東大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(Kindle版)(詳細)
『はじめて学ぶ物理学』演習篇
はじめに
第0講 物理の問題の解き方【1992年度後期第3問】
第1部 力学
第1講 宇宙ステーション内の仮想重力【1998年度第1問】
第2講 電車内の単振動【2003年度後期第1問】
第3講 棒の重心の位置の測定【2002年度第1問】
第4講 斜面を滑る三角台上の物体の運動【2004年度第1問】
第5講 駆動装置をもつ2物体の運動【1987年度第1問】
第6講 3通りの条件による物体の加速【2008年度第1問】
第7講 台と物体の繰り返し衝突【1990年度第1問】
第8講 ばねで繋がれた2物体の運動【2003年度第1問】
第9講 円軌道から浮き上がらない条件【1995年度第1問】
第10講 円錐面上の質点の運動【2007年度後期第1問】
第11講 糸で結ばれた質点とおもりの運動【1983年度第3問】
第12講 斜面に沿って滑る小球の単振動【2000年度後期第1問】
第13講 2つのローラーに支えられた棒の運動【1998年度後期第1問】
第14講 地球を貫通するトンネル内の振動【2005年度第1問】
第15講 糸で結ばれた2物体の運動【2015年度第1問】
第16講 宇宙船の軌道【2001年度後期第1問】
第2部 熱学
第17講 重力による密度や圧力の傾斜【2008年度第3問】
第18講 熱気球【1973年度第1問】
第19講 浮沈子の原理【2015年度第3問】
第20講 2室に仕切られた容器内の気体【1988年度第3問】
第21講 コンデンサーの極板間引力と気体の圧力【1987年度第2問】
第22講 水の相転移【2009年度第3問】
第23講 空気ばねによる振動【1996年度第3問】
第24講 熱サイクルの可逆性【1999年度後期第3問】
第3部 力学的波動
第25講 防波堤の開口部における回折【1997年度第3問】
第26講 媒質の境界における反射【2016年度第3問】
第27講 流れのある場合の水面波の反射【2003年度第3問】
第28講 固体中の横波と縦波【2013年度第3問】
第29講 水路を伝わる水面波【1989年度第3問】
第30講 閉管内の気柱の共鳴【1993年度第3問】
第31講 斜め方向のドップラー効果【1983年度第1問】
第4部 電磁気学
第32講 磁場による加速【2004年度第2問】
第33講 磁場によるレンズ【2013年度第2問】
第34講 2つの点電荷による電場【2004年度後期第2問】
第35講 静電場中の荷電粒子の運動【1997年度後期第3問】
第36講 箔検電器【1994年度第2問】
第37講 コッククロフト-ウォルトン回路【2011年度第2問】
第38講 太陽電池の特性【2014年度第2問】
第39講 傾斜のある磁場中のコイルの運動【1995年度第2問】
第40講 交差するレール上の金属棒の運動【2003年度第2問】
第41講 磁場中の回転子の運動【1996年度第2問】
第42講 磁石の落下による電磁誘導【2007年度第2問】
第43講 磁場の時間変化による電磁誘導【1985年度第3問】
第44講 オシロスコープ【1983年度第4問】
第45講 変圧器によるエネルギーの伝送【1993年度第2問】
第46講 鉄心内の磁束の時間変化【2002年度第2問】
第5部 光波
第47講 光を用いた距離の測定【1991年度第3問】
第48講 全反射による輝点の強度変化【1992年度第3問】
第49講 虹の原理【2003年度後期第3問】
第50講 くさび干渉【1998年度第3問】
第51講 可干渉光と非可干渉光【1987年度第3問】
第52講 回折格子【1994年度第3問】
第53講 マイケルソンの干渉計【1982年度第4問】
第6部 原子
第54講 光電管を組み込んだ電気回路【1989年度第2問】
第55講 光の圧力による振動【1991年度後期第2問】
第56講 物質波の二重スリット干渉【2005年度第3問】
第57講 Fe原子のエネルギー準位【1998年度後期第3問】
第58講 炭素14,三重水素のβ崩壊【1995年度第3問】
第59講 放射線の観測【2000年度後期第3問】
第60講 電子・陽電子の対消滅【1981年度第4問】
あとがき
『はじめて学ぶ物理学』演習篇
内容紹介:
東大の入試問題を教材に、考え方と探究方法を手ほどきします。
東京大学の入試問題は基礎を重視してつくられており、教材としても最適な素材である。「問題演習を通して高校物理の理論体系を実践的に学ぼう」との目的で,約50年間にわたる過去問から61題を精選し、[考え方][解答][探究]という形で丁寧に解説する。高校生・受験生にも、大人の物理ファンにも楽しめる好著が誕生!
2021年3月1日刊行、304ページ。
著者について:
吉田弘幸(よしだ ひろゆき): Twitter: @y__hiroyuki
科学的教育グループSEG講師。高校生と大学受験生に物理を河合塾、SEGなどで教鞭をとられている。数年前まで駿台で数学も教えていた。大磯小・中・高の出身。最終学歴は慶應義塾大学法科大学院。
理数系書籍のレビュー記事は本書で453冊目。
ツイッターでときどき交流させていただいている吉田先生の最新刊である。
僕が大学受験生だったのは1980年代前半だから、およそ40年前のこと。社会人になってからはセンター試験の問題はたまに確認していたが、2次試験の問題はまったくチェックしていなかった。細かいことはまったく忘れている。当時と今とはどう違うのだろう?これが本書を読んでみたいと思った1つめの理由だ。
物理に関してはその後、大学の物理学の知識が脳内に上書きされ、高校物理はどのように解いていたのか思い出せない。入試の問題は微積分を使わずに、どのようにして解いていたのだろう?
また「東大の物理」というジャンルの本は、すでに何種類か刊行されている。吉田先生は既刊の本とどのように差別化をしたのだろう?これは本書を読みたいと思った2つめの理由だ。そのような疑問を持ちながら、順番に読み進んだ。昔、受験生だったころの感覚は蘇ってくるのだろうか?
まず、「東大の物理」という言葉でイメージしがちなのは難問・奇問が多いのではないだろうかというものである。しかし、この予想は外れていた。物理にせよ数学にせよ難問・奇問が出題されていたのは、全国いっせいに行われる共通一次試験が行われる前の時代、1970年代までだ。それは団塊の世代が受験生だったころのこと。だから、そのような難問は1980年代初めに受験生だった僕は、過去問として見かけてはいた。
本書に取り上げられているのは、難問・奇問ではなく「易しくはない良問ばかり」である。そして、次に思ったのは問題が長文なので読解力が求められること、そして現実の自然現象や実験をテーマにした「役に立つ」問題がほとんどであることだ。これはそのまま大学の物理学の勉強に結びついていく。
また「解答・解説」の観点でみた本書の特徴は、入試のためだけでなく、大学に入ってからの学びを強く意識して書かれていることだ。理解を深めるために微積は必要に応じて使っていること、扱われているテーマに関する科学史を解説し、出題者の意図や気持ちがわかるように書かれている。
ただし、実際の入試では微積は使わないので、受験生は注意しなければならない。そのため高校物理では公式を覚えて、問題に対して適用する方法、パターンを習得することが求められている。本書での解説は、論理的な整合性を大切にし、微積を使っているわけだが、高校生や受験生が読むと高校物理では何が教えられていなかったがよくわかるはずだ。外側から高校物理を見ることになるからである。
僕は東大以外の国立大学を受験していたから、東大の物理の問題を詳しく学んだのは初めてだ。40年前にこれらの問題が解けたとは思えない。当時の感覚はすっかり忘れているから、今の僕が自力で解けるのはセンター試験レベルの問題なのだろう。しかし、いまじっくり読んでみると、良問ばかりであることはよく理解できた。受験生だけでなく社会人であっても大いに楽しめる本に仕上がっている。
本書は吉田先生の前著「はじめて学ぶ物理学 上、下 学問としての高校物理: 吉田弘幸」の演習書として書かれているのが大きな魅力である。これは「東大の物理」というジャンルの他の本にはない利点だ。
あと、本書は書店の学習参考書のコーナーにはほとんど置かれていない。一般の理学書のコーナーだけでなく、学習参考書のコーナーにも置くべきだと思う。全国の書店には、これをお願いしたい。
問題をひとつずつ解説するのは本書にお任せして、印象に残った問題について感想を書いておこう。
第1部 力学
力学に関しては、エネルギー保存則、運動量保存則、角運動量保存則が重要で、問題に対してどのように適用すればよいかを身に着つけるのが大切だということがとてもよく理解できた。
第9講 円軌道から浮き上がらない条件【1995年度第1問】
第10講 円錐面上の質点の運動【2007年度後期第1問】
これら2問は、入試の問題とは関係なく、高校時代から「こういう問題が解けるようになるといいなぁ」と自分自身で思いついていた問題で、解答するに至らずそのままになっていた。思わぬ形で解き方を学べてうれしかった。
第14講 地球を貫通するトンネル内の振動【2005年度第1問】
これは有名な問題だ。しかし、現実にはあり得ない状況である。実際にこのような状況をあてはめることができる現象はあるのだろうか?と思いながら僕は解説を読んだ。
第2部 熱学
第18講 熱気球【1973年度第1問】
本書のなかでいちばん古い問題だ。団塊の世代の人たちは、こういう問題に頭を悩ませていたのだなと思った。
第21講 コンデンサーの極板間引力と気体の圧力【1987年度第2問】
昨年は「コンデンサーなど物理」という前文部科学大臣のツイートが話題になった。しかしコンデンサーが熱学の問題として出題されるのは異例である。受験生はさぞ焦っただろうと想像した。
第3部 力学的波動
第25講 防波堤の開口部における回折【1997年度第3問】
第26講 媒質の境界における反射【2016年度第3問】
第29講 水路を伝わる水面波【1989年度第3問】
これら3問はどれも(水の)波に関する出題である。高校物理で学ぶ波は正弦波であるが、これら3問を学んでいるときどうしても2011年3月の東日本大震災の津波のことを思い出さずにはいられなかった。特に2016年度の問題は震災後である。水面の表面の波(波浪)や津波は正弦波ではないから高校物理では学ばない。津波はどのような波なのか?周期性がある波なのかと気になったので調べたところ、次のPDF資料を見つけた。
2.2.3 津波伝播の概要 第 2章 - 総務省消防庁
https://www.fdma.go.jp/disaster/higashinihon/item/higashinihon001_06_02-02-03.pdf
12回 津波を知る 1. 津波とは (1)津波の定義:津波と波浪の違いは?
https://www.srm-bcp.com/lecture01/images/20120704135730_1.pdf
第4部 電磁気学
第32講 磁場による加速【2004年度第2問】
第33講 磁場によるレンズ【2013年度第2問】
第36講 箔検電器【1994年度第2問】
第42講 磁石の落下による電磁誘導【2007年度第2問】
解説の中で微積分がいちばん使われているのが電磁気学だ。高校時代に学んだときは d ではなく Δ は使われていたことを思い出した。しかし、微分方程式を解いて公式を導出していたわけではない。
磁場による加速や磁場によるレンズの問題は、ブラウン管のしくみの理解に通じる出題である。液晶テレビに切り替わった時期、テレビのアナログ放送が終了したのが2011年7月24日だ。地デジが普及して液晶テレビが広まったのは2007年あたりで、受験生が4歳の頃だ。ブラウン管を知らず、この問題が何の役に立つのか想像できない受験生がいるかもしれないと思った。
第43講 磁場の時間変化による電磁誘導【1985年度第3問】
この問題では次のブログ記事の2つめの例「ファインマンも解けなかった問題を解明~ファラデーの電磁誘導の法則とローレンツ力はなぜ同じ起電力を与えるのか~」を思い出した。高校物理ではこれを自明のこととして学んでいたのだろうか?
自然法則: 量子力学による古典物理学の謎の解明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a1e326855ceb0a640f75c08d2c0fb423
第5部 光波
第47講 光を用いた距離の測定【1991年度第3問】
第49講 虹の原理【2003年度後期第3問】
第53講 マイケルソンの干渉計【1982年度第4問】
光を用いた距離の測定、マイケルソンの干渉計は科学史の中で特に重要な実験に使われた装置だ。とてもセンスがある出題だと思った。また虹の原理に関する出題は、本書のなかでいちばん難度が高いと思った。当時はもちろん、今でも僕はこの問題を解くことができない。解説を読んでようやく理解した。
第6部 原子
第54講 光電管を組み込んだ電気回路【1989年度第2問】
第55講 光の圧力による振動【1991年度後期第2問】
第56講 物質波の二重スリット干渉【2005年度第3問】
第60講 電子・陽電子の対消滅【1981年度第4問】
原子や素粒子は、僕が高校生の頃の教科書や学習参考書にも書かれていたが、前期量子論にここまで踏み込んでいただろうか?ほとんど覚えていないのだ。2006年以降、僕は大学レベルの量子力学を学んでいるため、受験生だったころの記憶が改変、上書きされているのだろう。プランク定数が高校時代の教科書に書かれていたのは何となく覚えている。プランクの量子説、アインシュタインの光量子仮説、ド・ブロイ波やボーアの原子模型の説明もきっとあったのだろう。しかし、40年も経つとほとんど忘却の彼方である。はっきり覚えているのは、これらのことを学んでいたとしても、僕は量子力学のことをまったく理解していなかったということだ。それは、2006年以降に量子力学を学んだとき、すべて初めてのことばかりだったからである。
けれども、光の圧力や物質波の二重スリット干渉、電子・陽電子の対消滅を高校時代に学んでいなかったことは断言できる。このような問題が出題されていたことを知り驚かされた。近年は高校物理でここまで踏み込んで量子論を教えるようになっているのだろうか?
本当に久しぶりに、入試問題の雰囲気を味わわせていただいた。高校生、受験生の頃は目先の目標が頭を占めており、入試に関係ないことに想いを巡らせる余裕がないのが普通だ。僕自身もそうだったし、大学で学ぶ物理学や数学がどのようなものかまったくイメージできていなかった。
高校時代、僕は力学と電磁気学、熱学、波動、原子の単元で扱われている自然現象、物理法則の間に整合性があるとは思っていなかったし、それぞれエネルギーや運動量を通じて関連づいていることに気がついていなかった。その整合的な関連付けは大学以上の物理学で理論的に学ぶことなのだ。
今のようにインターネットで先取りして知ることができず、周囲に大学入学後に学ぶ内容を教えてくれる人がいなかった。その意味で今は昔よりもずっと恵まれている。志望する大学の学部、学科の選択を誤らないためにも、本書はよい指針となるだろう。また、社会人にとっては自分が受験生だった頃を思い出しながら読むことで、実に味わい深く読むことができる。立場が違うと読み方、感じ方が変わってくるのだ。
ところで、「東大の物理」というジャンルではすでに何種類か本が刊行されている。吉田先生の本とどのように違うのか、どのような差別化がされているのかを述べておこう。
まず、有名なのが次のような本である。これは受験、入試に特化した本だ。解答や解説はあっさり書かれている。東大を物理で受験しようとする人には、じゅうぶんなのかもしれないが、自然科学としての物理を学ぶのには不十分である。微積分を使わないで解答、解説が行われている。この2冊は、毎年刊行されるから常に新しい問題で学ぶことができるのが長所だ。
「東大の物理27カ年[第7版] (難関校過去問シリーズ)」
「2021年度用 鉄緑会東大物理問題集 資料・問題篇/解答篇 2011-2020」(Kindle版)
あと、次の本は一見、吉田先生の本と競合しているように見える。しかし、書店で確認したところ「レベル」がまったく違うので、はっきりと棲み分けされていることがわかった。この本の対象読者は低く設定されており、東大を物理で受験する学生がこの本を読むとは思えない。少なくとも入試向けではないし、実際の入試問題がそのまま掲載されているわけでもない。あくまで東大の物理の問題を題材にして物理学、自然科学を味わい、楽しむための本である。吉田先生の本が難し過ぎると感じる人は、こちらの本を読んだ方がよいと思った。
「入試問題で味わう東大物理:三澤信也」(Kindle版)(詳細)
以下は、吉田先生がこれまでにお書きになった本である。先生はなんと通勤電車(丸の内線)で執筆されているのだという。ほんの数駅乗車するだけの短い時間、東京の電車はコロナ禍とはいえ、それなりに混んでいる。電車でノートPCを広げたことがない僕には、通勤しながら本を書いたり仕事をしたりするのは「芸当」なのだ。真似するのは無理である。
「はじめて学ぶ物理学 上 学問としての高校物理: 吉田弘幸」(Kindle版)(紹介記事)
「はじめて学ぶ物理学 下 学問としての高校物理: 吉田弘幸」(Kindle版)(紹介記事)
「道具としての高校数学 : 吉田弘幸」(Kindle版)(詳細情報)
姉妹編が発売:
「京大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(Kindle版)(詳細)
『はじめて学ぶ物理学』演習篇
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はじめて学ぶ物理学 上、下 学問としての高校物理: 吉田弘幸
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「東大の入試問題で学ぶ高校物理:吉田弘幸」(Kindle版)(詳細)
『はじめて学ぶ物理学』演習篇
はじめに
第0講 物理の問題の解き方【1992年度後期第3問】
第1部 力学
第1講 宇宙ステーション内の仮想重力【1998年度第1問】
第2講 電車内の単振動【2003年度後期第1問】
第3講 棒の重心の位置の測定【2002年度第1問】
第4講 斜面を滑る三角台上の物体の運動【2004年度第1問】
第5講 駆動装置をもつ2物体の運動【1987年度第1問】
第6講 3通りの条件による物体の加速【2008年度第1問】
第7講 台と物体の繰り返し衝突【1990年度第1問】
第8講 ばねで繋がれた2物体の運動【2003年度第1問】
第9講 円軌道から浮き上がらない条件【1995年度第1問】
第10講 円錐面上の質点の運動【2007年度後期第1問】
第11講 糸で結ばれた質点とおもりの運動【1983年度第3問】
第12講 斜面に沿って滑る小球の単振動【2000年度後期第1問】
第13講 2つのローラーに支えられた棒の運動【1998年度後期第1問】
第14講 地球を貫通するトンネル内の振動【2005年度第1問】
第15講 糸で結ばれた2物体の運動【2015年度第1問】
第16講 宇宙船の軌道【2001年度後期第1問】
第2部 熱学
第17講 重力による密度や圧力の傾斜【2008年度第3問】
第18講 熱気球【1973年度第1問】
第19講 浮沈子の原理【2015年度第3問】
第20講 2室に仕切られた容器内の気体【1988年度第3問】
第21講 コンデンサーの極板間引力と気体の圧力【1987年度第2問】
第22講 水の相転移【2009年度第3問】
第23講 空気ばねによる振動【1996年度第3問】
第24講 熱サイクルの可逆性【1999年度後期第3問】
第3部 力学的波動
第25講 防波堤の開口部における回折【1997年度第3問】
第26講 媒質の境界における反射【2016年度第3問】
第27講 流れのある場合の水面波の反射【2003年度第3問】
第28講 固体中の横波と縦波【2013年度第3問】
第29講 水路を伝わる水面波【1989年度第3問】
第30講 閉管内の気柱の共鳴【1993年度第3問】
第31講 斜め方向のドップラー効果【1983年度第1問】
第4部 電磁気学
第32講 磁場による加速【2004年度第2問】
第33講 磁場によるレンズ【2013年度第2問】
第34講 2つの点電荷による電場【2004年度後期第2問】
第35講 静電場中の荷電粒子の運動【1997年度後期第3問】
第36講 箔検電器【1994年度第2問】
第37講 コッククロフト-ウォルトン回路【2011年度第2問】
第38講 太陽電池の特性【2014年度第2問】
第39講 傾斜のある磁場中のコイルの運動【1995年度第2問】
第40講 交差するレール上の金属棒の運動【2003年度第2問】
第41講 磁場中の回転子の運動【1996年度第2問】
第42講 磁石の落下による電磁誘導【2007年度第2問】
第43講 磁場の時間変化による電磁誘導【1985年度第3問】
第44講 オシロスコープ【1983年度第4問】
第45講 変圧器によるエネルギーの伝送【1993年度第2問】
第46講 鉄心内の磁束の時間変化【2002年度第2問】
第5部 光波
第47講 光を用いた距離の測定【1991年度第3問】
第48講 全反射による輝点の強度変化【1992年度第3問】
第49講 虹の原理【2003年度後期第3問】
第50講 くさび干渉【1998年度第3問】
第51講 可干渉光と非可干渉光【1987年度第3問】
第52講 回折格子【1994年度第3問】
第53講 マイケルソンの干渉計【1982年度第4問】
第6部 原子
第54講 光電管を組み込んだ電気回路【1989年度第2問】
第55講 光の圧力による振動【1991年度後期第2問】
第56講 物質波の二重スリット干渉【2005年度第3問】
第57講 Fe原子のエネルギー準位【1998年度後期第3問】
第58講 炭素14,三重水素のβ崩壊【1995年度第3問】
第59講 放射線の観測【2000年度後期第3問】
第60講 電子・陽電子の対消滅【1981年度第4問】
あとがき