「新装版 集合とはなにか:竹内外史」はじめて学ぶ人のために
今年は数学系の本をほとんど読んでいないので、ずいぶん前に買い置きしていた本書を読んでみた。
数学基礎論の世界的第一人者でいらっしゃる竹内外史先生が1976年にお書きになった現代集合論の入門書で、2001年にブルーバックスから新装版として復刊されたものだ。
内容紹介
現代数学にどんな役割を果たしているか? 現代数学のあらゆる文野で議論の展開に必須の集合。これをわかりやすく一般向きに解説した書として評価の高かった名著にカントールの評伝を追加して新装復刊!
内容(「BOOK」データベースより)
「集合」抜きに現代数学は展開できない。集合とはなにかという問題は、新しい集合の公理の探究という問題をはらんで、現代数学の最も深い問題といってよい。集合概念がもたらす深遠な謎、集合論の中に潜むロマンチックな創造の精神、これらを数学の訓練を経ていない人々に説明した名著にカントールの評伝を追加して復刊。
数学で学ぶ集合に対するイメージは、学習経験に応じて人それぞれだと思う。であるからタイトルだけ見て買うと当てが外れしまう方が出てくるかもしれない。次のような方が本書が対象とする方だろう。
1)現代数学が集合論をベースに構築されてきたということを既に知っていて、その集合論の本質、現代集合論の抱える問題に関心がある方。
2)ゲーデルの不完全性定理、数学基礎論、数学とは何かということに思いを巡らせている方。
3)論理学やパラドックスに興味を持ち、集合論の抱える問題に興味がある方。
4)カントールの集合論やその限界について知りたい方。
5)著者の竹内外史先生のお名前をこれまでに耳にしたことがあり、先生の著作に関心がある方。
6)「現代集合論入門:竹内外史」を読むための準備としてお読みになる方。
反面、次のような方は本書の対象読者ではない。勘違いして買わないように注意していただきたい。「はじめて学ぶ人のために」という副題が誤解を生むかもしれない。
1)中学、高校の数学の授業で「集合」についてよくわからなかったから、お助け本として読んでみたいと思っている方。
このような方は本書ではなく、一般の学習参考書や問題集で学んだほうがよい。
2)大学の数学の授業で「集合・位相」を学んでいるがよく理解できないので、これなら大丈夫かと思って読んでみようとお考えになっている方。
このような方は本書を読んで悪いということはないのだが、授業や試験対策には役立たないのでご注意を。むしろ「集合への30講:志賀浩二著」のほうをお勧めする。
大学の数学科でも集合論を学ぶ学生はあまりいないと思う。かくいう僕もその一人だった。ブルバキの「数学原論」がそうであるように現代数学は集合論を基礎にして構築されている。集合の考え方自体は人類誕生と同じころまで遡れるが、数学の分野として研究され始めたのは19世紀の終りであるから比較的新しい。以下は集合論の歴史についてウィキペディアの記事からの引用である。
「ゲオルグ・カントールによるフーリエ級数の研究において、実直線上の級数がよく振る舞わない点を調べる過程で集合の概念が取り出された。彼はやがて有理数や代数的数のなす集合が可算であるという結果を得て、それをリヒャルト・デーデキントとの書簡の中で伝えている。
そこでは実数についてもこれが成り立つかという問題に取り組んでいること、どうやらそうではないらしいことが述べられている。それからわずか数週間で、彼は実数が可算でないということについての証明を得る(カントールの対角線論法)。
実数集合の持つ超越的な性格は同時代の数学者の一部のあいだに揺籃期の集合論そのものに対する拒否反応を巻き起こした。カントールの師レオポルト・クロネッカーによる嫌悪(カントールの人格までも否定したほどだった)はカントールに不幸な影響を与えることになった。
ツェルメロによって選択公理とその帰結としてすべての集合上に整列順序関係が入るということがはっきりさせられた。選択公理の意味するところやその妥当性についてはルベーグとボレル、ベールの間の議論などに代表されるように数学者たちによる活発な議論の的となった。
一方で、カントールが頭を悩ませつづけた連続体仮説:「実数集合(自然数集合のベキ集合との間に全単射がある)は自然数集合の次に大きい集合であるか?」は、クルト・ゲーデルとポール・コーエンの業績によって(ZFCそれ自体が矛盾を含まない限り)ZFC公理系からは証明も反証もできないことがわかった。」
本書では第1章で中学、高校で習うような基本的なことがらを説明し、第2章でカントールによる集合論、集合の濃度、積集合を説明する。第3章から公理的集合論、選択公理、BG集合論について述べた後、第4章で現代集合論、連続体仮説、ゲーデルの構成的集合、到達不能数、決定公理などの解説が行われる。
章が進むにつれて難しくなるのだが、竹内先生の語り口が軽妙なので話の筋を追うのには苦労しない。またどんなに集中して読んだとしても、全てを理解するのは不可能だ。一般向けの本なので詳しい証明が書かれていないからである。集合に対するそれぞれの数学者の考え方がどのようなものであり、どのように進化していったかを理解することができれば本書を読む目的は達せられたと言ってよいだろう。
数学は厳密な証明を積み重ねていく学問だから、その基礎になっている集合論は厳密に定義され、矛盾などひとかけらもないと思っている人がいるかもしれない。本書を読めばそれがとんでもない誤解であること、集合論を構成するためにはさまざまな前提条件を置くことが可能で、何を公理として認めるかによって集合論は多様な可能性を持つようになる。そして、今もなお集合論自体に内在する矛盾を解決するために、数学者が試行錯誤を続け、数学の最前線のひとつであることがわかるだろう。
集合論の醍醐味は「無からの創造」、「無矛盾性の追求」を通じて創造主たる神に近づく努力を続けることにあるようだ。
一般教養として現代集合論のあらましを知るための良書である。
本書を読んで、さらに詳しく学んでみたくなった方には同じ著者による次の本をお勧めする。
「現代集合論入門:竹内外史」
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「新装版 集合とはなにか:竹内外史」はじめて学ぶ人のために
まえがき
復刊にあたって
読者へのアドバイス
第1章:立場の変換:翻訳語としての集合
- 立場の変換
- 主語と述語
- 単純明快な論理の世界
- 論理的演算
- 翻訳語としての集合
- 共通部分と和集合
- 否定の翻訳
- 集合の差
- すべての存在
- ∀と∃の翻訳
- 部分集合
- 空集合
第2章:楽園追放
- 創世記
- 物の集まり
- 集合の集合
- 空集合と部分集合
- 部分集合の数
- 集合の濃度
- 積集合
- カントールの対角線論法
- 集合の世界
- 楽園追放
第3章:公理的集合論:現代数学の基盤
- ツェルメロの集合論
- 関数について
- 選択公理
- フレンケルの置換公理
- フォンノイマンの正則性の公理
- 公理的集合論
- BG集合論
第4章:現代集合論:華麗なる展開
- 連続体仮説
- ゲーデルの構成的集合
- コーエンの仕事
- 到達不能数
- 測度可能数
- 決定の公理
- アラベスク
第5章:未来への招待:私の立場から
- 集合とはなにか
- 連続体について
カントール
- 生い立ち
- カントールの集合論
- 幻滅
- 再び数学へ
- 集合論の矛盾について
あとがき
記号表
索引
今年は数学系の本をほとんど読んでいないので、ずいぶん前に買い置きしていた本書を読んでみた。
数学基礎論の世界的第一人者でいらっしゃる竹内外史先生が1976年にお書きになった現代集合論の入門書で、2001年にブルーバックスから新装版として復刊されたものだ。
内容紹介
現代数学にどんな役割を果たしているか? 現代数学のあらゆる文野で議論の展開に必須の集合。これをわかりやすく一般向きに解説した書として評価の高かった名著にカントールの評伝を追加して新装復刊!
内容(「BOOK」データベースより)
「集合」抜きに現代数学は展開できない。集合とはなにかという問題は、新しい集合の公理の探究という問題をはらんで、現代数学の最も深い問題といってよい。集合概念がもたらす深遠な謎、集合論の中に潜むロマンチックな創造の精神、これらを数学の訓練を経ていない人々に説明した名著にカントールの評伝を追加して復刊。
数学で学ぶ集合に対するイメージは、学習経験に応じて人それぞれだと思う。であるからタイトルだけ見て買うと当てが外れしまう方が出てくるかもしれない。次のような方が本書が対象とする方だろう。
1)現代数学が集合論をベースに構築されてきたということを既に知っていて、その集合論の本質、現代集合論の抱える問題に関心がある方。
2)ゲーデルの不完全性定理、数学基礎論、数学とは何かということに思いを巡らせている方。
3)論理学やパラドックスに興味を持ち、集合論の抱える問題に興味がある方。
4)カントールの集合論やその限界について知りたい方。
5)著者の竹内外史先生のお名前をこれまでに耳にしたことがあり、先生の著作に関心がある方。
6)「現代集合論入門:竹内外史」を読むための準備としてお読みになる方。
反面、次のような方は本書の対象読者ではない。勘違いして買わないように注意していただきたい。「はじめて学ぶ人のために」という副題が誤解を生むかもしれない。
1)中学、高校の数学の授業で「集合」についてよくわからなかったから、お助け本として読んでみたいと思っている方。
このような方は本書ではなく、一般の学習参考書や問題集で学んだほうがよい。
2)大学の数学の授業で「集合・位相」を学んでいるがよく理解できないので、これなら大丈夫かと思って読んでみようとお考えになっている方。
このような方は本書を読んで悪いということはないのだが、授業や試験対策には役立たないのでご注意を。むしろ「集合への30講:志賀浩二著」のほうをお勧めする。
大学の数学科でも集合論を学ぶ学生はあまりいないと思う。かくいう僕もその一人だった。ブルバキの「数学原論」がそうであるように現代数学は集合論を基礎にして構築されている。集合の考え方自体は人類誕生と同じころまで遡れるが、数学の分野として研究され始めたのは19世紀の終りであるから比較的新しい。以下は集合論の歴史についてウィキペディアの記事からの引用である。
「ゲオルグ・カントールによるフーリエ級数の研究において、実直線上の級数がよく振る舞わない点を調べる過程で集合の概念が取り出された。彼はやがて有理数や代数的数のなす集合が可算であるという結果を得て、それをリヒャルト・デーデキントとの書簡の中で伝えている。
そこでは実数についてもこれが成り立つかという問題に取り組んでいること、どうやらそうではないらしいことが述べられている。それからわずか数週間で、彼は実数が可算でないということについての証明を得る(カントールの対角線論法)。
実数集合の持つ超越的な性格は同時代の数学者の一部のあいだに揺籃期の集合論そのものに対する拒否反応を巻き起こした。カントールの師レオポルト・クロネッカーによる嫌悪(カントールの人格までも否定したほどだった)はカントールに不幸な影響を与えることになった。
ツェルメロによって選択公理とその帰結としてすべての集合上に整列順序関係が入るということがはっきりさせられた。選択公理の意味するところやその妥当性についてはルベーグとボレル、ベールの間の議論などに代表されるように数学者たちによる活発な議論の的となった。
一方で、カントールが頭を悩ませつづけた連続体仮説:「実数集合(自然数集合のベキ集合との間に全単射がある)は自然数集合の次に大きい集合であるか?」は、クルト・ゲーデルとポール・コーエンの業績によって(ZFCそれ自体が矛盾を含まない限り)ZFC公理系からは証明も反証もできないことがわかった。」
本書では第1章で中学、高校で習うような基本的なことがらを説明し、第2章でカントールによる集合論、集合の濃度、積集合を説明する。第3章から公理的集合論、選択公理、BG集合論について述べた後、第4章で現代集合論、連続体仮説、ゲーデルの構成的集合、到達不能数、決定公理などの解説が行われる。
章が進むにつれて難しくなるのだが、竹内先生の語り口が軽妙なので話の筋を追うのには苦労しない。またどんなに集中して読んだとしても、全てを理解するのは不可能だ。一般向けの本なので詳しい証明が書かれていないからである。集合に対するそれぞれの数学者の考え方がどのようなものであり、どのように進化していったかを理解することができれば本書を読む目的は達せられたと言ってよいだろう。
数学は厳密な証明を積み重ねていく学問だから、その基礎になっている集合論は厳密に定義され、矛盾などひとかけらもないと思っている人がいるかもしれない。本書を読めばそれがとんでもない誤解であること、集合論を構成するためにはさまざまな前提条件を置くことが可能で、何を公理として認めるかによって集合論は多様な可能性を持つようになる。そして、今もなお集合論自体に内在する矛盾を解決するために、数学者が試行錯誤を続け、数学の最前線のひとつであることがわかるだろう。
集合論の醍醐味は「無からの創造」、「無矛盾性の追求」を通じて創造主たる神に近づく努力を続けることにあるようだ。
一般教養として現代集合論のあらましを知るための良書である。
本書を読んで、さらに詳しく学んでみたくなった方には同じ著者による次の本をお勧めする。
「現代集合論入門:竹内外史」
応援クリックをお願いします!このブログのランキングはこれらのサイトで確認できます。
「新装版 集合とはなにか:竹内外史」はじめて学ぶ人のために
まえがき
復刊にあたって
読者へのアドバイス
第1章:立場の変換:翻訳語としての集合
- 立場の変換
- 主語と述語
- 単純明快な論理の世界
- 論理的演算
- 翻訳語としての集合
- 共通部分と和集合
- 否定の翻訳
- 集合の差
- すべての存在
- ∀と∃の翻訳
- 部分集合
- 空集合
第2章:楽園追放
- 創世記
- 物の集まり
- 集合の集合
- 空集合と部分集合
- 部分集合の数
- 集合の濃度
- 積集合
- カントールの対角線論法
- 集合の世界
- 楽園追放
第3章:公理的集合論:現代数学の基盤
- ツェルメロの集合論
- 関数について
- 選択公理
- フレンケルの置換公理
- フォンノイマンの正則性の公理
- 公理的集合論
- BG集合論
第4章:現代集合論:華麗なる展開
- 連続体仮説
- ゲーデルの構成的集合
- コーエンの仕事
- 到達不能数
- 測度可能数
- 決定の公理
- アラベスク
第5章:未来への招待:私の立場から
- 集合とはなにか
- 連続体について
カントール
- 生い立ち
- カントールの集合論
- 幻滅
- 再び数学へ
- 集合論の矛盾について
あとがき
記号表
索引
ですねー
空集合だけから基数を作って行く所にはしびれました。(読んでないけど、載ってるんかな?)
でも未だにコーエンの強制法を理解してない。
選択公理,整列可能定理くらいなら楽勝だったんだけど
> 空集合だけから基数を作って行く所にはしびれました。(読んでないけど、載ってるんかな?)
はい、載っていますよ!
第3章以降は急に難しくなります。というより本書の説明だけでは不十分で「現代集合論入門」のほうを読む必要がありそうです。
ブルーバックスはページ数が限られているので、あれもこれもと詰め込むと「広く浅く」になりがちですね。
それでも一般向け教養書に類書はほかに無いので、この本は貴重だと思いました。