「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」(第2版が発売された)
本書は物性物理学研究の大家である宮野健次郎先生と古澤明先生の共著という形で2008年に出版されたもので、タイトルどおり未来のコンピュータである「量子コンピュータ」のしくみについて解説した本である。古澤先生量子テレポーテーションの実験に世界で初めて成功し、量子光学実験の研究で世界をリードしている。全体で160ページほどあり、本の帯には次のように書かれている。
量子コンピュータの背景にある物理がわかる
そのしくみから、
実際の量子テレポーテーションまで。
物理の視点から、ていねいに解説。
もともと大学初年度の授業のためにお書きになったものなので難易度はそれほど高くない。とはいえ高校を卒業したばかりの学生に読めるほど敷居が低いわけではない。やはり線形代数や量子力学をひととおり学び終え、これまでに紹介してきた古澤先生の著作(ブルーバックス本3冊と「量子光学と量子情報科学:古澤明」」)をお読みなってから取り組むとよいだろう。そうすれば本書はとても易しく感じるはずだ。
本書はほぼ100%理解することができた。量子コンピュータやそれに必要になる9量子ビットコード量子エラーコレクションについては「量子光学と量子情報科学:古澤明」の終わりの方で解説されていたが、説明が不十分なためか僕は半分くらいしか理解できなかったのだが本書で救われた形になったわけである。
章立ては次のとおり。(目次詳細はこの記事のいちばん下を参照。)
第1章:古典計算機と量子計算機
第2章:量子ビットを担うもの(1):光子
第3章:量子ビットを担うもの(2):スピン
第4章:量子論理ゲート
第5章:ショアのアルゴリズム
第6章:量子エラーコレクション
第7章:光を用いた量子情報処理実験の例:量子テレポーテーション
量子コンピュータについて知りたかったことが網羅され、具体的な計算手順がていねいに、完全な形で示されているのが良い。特に僕が知りたかったのは次のようなことだった。これらのことは本書を読めばすべて解決する。
- 古典計算機では時間がかかる計算を量子計算機だとどうして超並列処理で「あっという間に」計算できるのか。
- 量子コンピュータを構成する論理ゲート回路、量子演算回路とはどのようなものか。
- 量子コンピュータによる計算は不可逆なものか、可逆なものか。(参考:ランダウアーの原理)
- 量子コンピュータで素因数分解を行うために「ショアのアルゴリズム」というものが考案されたそうだが、それはどういうアルゴリズムで、具体的には量子コンピュータ内でどのように計算が行われるのか。
- 量子エラーコレクションのしくみや実装方法を理解したい。
- 量子コンピュータの中で量子テレポーテーションはどのような役割を果たしているのか。
さらに僕にとって「棚からぼた餅」だったのは、第2章で「アスペの実験」が詳しく解説されていたことだ。
量子力学の正当性が最終的に確認されたのは1982年に行われたアスペの実験によってであり、この実験によって「ベルの不等式」が破れることが検証された。この実験について詳しく知りたいと前から思っていたのだが、日本語の書籍では見つけることができないでいた。今回、本書で詳しい解説と計算手順を理解できたのはとてもうれしかった。第2章本編では理解しやすいように実験を簡略化した形で紹介し、章末に補足という形で実際に行われた実験方法と計算手順が示されている。
理解を確実にするためには、想定される他の計算条件でも手を動かして計算するのがよいが、これは各章末の練習問題にまとめられ、解答も詳しく計算を省略しないで盛り込まれている。
本書の雰囲気と難易度をお伝えするために、百聞は一見にしかずということで2ページだけお見せしよう。易しすぎもなく、難しすぎもないことがおわかりになるはずだ。
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好奇心を満たすためだけでなく、将来量子コンピュータエンジニアになって、この新しい領域のパイオニアとして活躍しようと思っている方には、本書を特にお勧めしたい。
本書を含めた古澤先生による著作はブルーバックス本が3冊、専門書が2冊ある。あわせてお読みいただきたい。
「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」
「量子もつれとは何か:古澤明」
「量子テレポーテーション:古澤明」
「量子光学と量子情報科学:古澤明」
「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」(第2版が発売された)
関連ページ:
宮野健次郎先生へのインタビュー
http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/research/profiles/013/index.html
古澤明先生の研究室のHP
http://www.alice.t.u-tokyo.ac.jp/
量子コンピュータって何? その1
http://www.itmedia.co.jp/anchordesk/articles/0807/04/news072.html
量子コンピュータ
http://www.nec.co.jp/rd/innovative/quantum/top.html
イオンで作る量子コンピューター
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0811/200811_042.html
固体素子を用いて2ビットの量子絡み合いを初めて実現(理化学研究所)2003年
量子コンピュータの実現に向けて大きく前進
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2003/030220/index.html
慶応大ら、Si半導体中で量子エンタングルメント状態の生成、検出に成功(2011年1月)
http://news.mynavi.jp/news/2011/01/24/096/index.html
世界最高純度量子もつれ光源を開発し、実用的な次世代量子暗号技術の確立に成功(2012年2月)
http://www.oki.com/jp/press/2012/02/z11104.html
ノーベル物理学賞 量子力学の基礎実験の最高峰 光子/イオンの状態を操り、測る
http://www.nikkei-science.com/?p=29310
量子ビットとエンタングルメント
http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/hikari/qit/intro_qbit.html
D-Wave社の量子コンピュータは「本物」~米研究者グループが「量子効果を確認」とネイチャーに発表
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20130701_605845.html
「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/13b6c033f1ea5ef2b647e6eb1e374222
量子もつれとは何か:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/34a3c78d568e5df901611df3cbb96557
量子テレポーテーション: 古澤明著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f1ef06234bdf0a831ee579f26bb2005b
再読:量子テレポーテーション:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3612f0a3b86c8a8a247fe138f473adb3
量子光学と量子情報科学:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dff342381e47d90aff6ed91edde198a8
発売情報: クラウド量子計算入門: 中山茂(感想記事)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d360b69100fbe723c5b9410dbf3f5f4d
テレポーテーションは実現している。(リンク集)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cc0bc7e88d02231138f8b6a9f5859c93
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「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」(第2版が発売された)
まえがき
第1章:古典計算機と量子計算機
- なぜ量子計算機か
- 計算の複雑さ
- 量子計算機が扱う情報:量子ビット
- 量子計算機の働き
第2章:量子ビットを担うもの(1):光子
- 光子の偏光
- EPRパラドックス
- アスペの実験
- 量子力学の公理
- 絡まった状態
補足:ベルの不等式とアスペの実験のより詳しい対応
第3章:量子ビットを担うもの(2):スピン
- スピン
- シュテルン-ゲルラッハの実験
- スピンの回転
第4章:量子論理ゲート
- 古典論理ゲート
- 量子論理ゲート
- さまざまな量子論理ゲート
- 絡まった状態
- 量子テレポーテーション
- ドイッチ-ジョサのアルゴリズム
第5章:ショアのアルゴリズム
- 公開鍵暗号
- 量子離散的フーリエ変換
- 位相推定問題
- 位数計算
- ショアのアルゴリズムの実際
- 量子コンピュータの計算速度に関する考察
第6章:量子エラーコレクション
- 量子エラーコレクションの背景
- ショアの9量子ビットコード量子エラーコレクション
- ビットフリップエラーに対する量子エラーコレクション
- 位相フリップエラーに対する量子エラーコレクション
- 任意のエラーに対する量子エラーコレクション
第7章:光を用いた量子情報処理実験の例:量子テレポーテーション
- 光を用いた量子テレポーテーション実験の意義
- 光子の偏光を用いた量子テレポーテーション実験
付録:FFT(高速フーリエ変換)
練習問題解答
参考文献
索引
あとがき