「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
前記事「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」の中で「スクイーズド状態をどのようにして作るかということについては、「量子もつれとは何か:古澤明」のほうで詳しく解説されている。」と書かれていたので読んでみた。
ブルーバックスといえどもあなどれない。この2冊は数式を極力使わないための努力が払われているが、深く理解するには数学的センスや量子力学全体の知識が要求される。文章をやさしく表現しても難しいことに変わりはない。僕自身「これはすごい!奥が深いなぁ。」と何度かうならされた。科学に対して意欲的な高校3年生以上の理数系学生が楽しめるレベルの内容だと思う。
本書では量子テレポーテーションや量子コンピュータにとって欠かせない「量子もつれ(量子エンタングルメント)」のからくりと、からみあった量子ペア(EPRペア)を実験室で作り出す方法について解説している。前半は光子そのものについての性質の解説に充てられている。
やはり光子というのは難しい。本書では「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」とはまた違う観点から光子の性質を解説していた。この2冊には量子力学の一般的な教科書には書かれていない光子の有り様が詳しく書かれている。
まず、古澤先生の著書とは関係なく、これまでに僕が理解している光子のもつ性質、そして古澤先生の著書で光子の性質どのように書かれていたかをまとめてみよう。
*これまでに僕が理解している光子のもつ性質
1)光電効果をはじめ、いくつかの物理現象を説明するために「粒子性」をもった光子という存在を認める必要がある。
2)光子の質量はゼロなので、シュレーディンガー方程式をあてはめることはできない。
3)光子自体が電磁波であり、正の実数値のエネルギーと正または負の実数値の運動量をもっている。
4)光子の波動方程式は(相対論的な)マックスウェルの方程式である。
5)光子のスピンは±1、ヘリシティは±1である。
6)光子は安定な素粒子である。(崩壊寿命がない。相対論により私たちから見ると光子の時間の進みはゼロだからだ。)
7)光子は真空中では秒速約30万キロメートルで進む。他の媒質中ではそれ以下の速度で進む。
8)光子の質量はゼロだが、光を物体に照射すると圧力が計測される。光子には運動量があるからだ。
9)光(=電磁波)には偏光という性質がある。
10)光子は最短時間で到達するルートに沿って目的地点に到達する。出発するときに目的地点を知らないとそのようなルートは決定できないはずなので、常識的に考えると不思議なことだ。
11)光子についても電子の二重スリットの実験と同様に干渉縞が観察される。(参照ページ)
*「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」に書かれていたこと
12)光子の位置と運動量、エネルギーと位相は不確定性原理に支配される。
13)光子が1個の状態の電場はプラス、マイナスの1の一定値を中心に分布し、位相は確定しない。(つまり電場は波型の波形にならない。)
14)光子が0個の状態と2個の状態を重ね合わせると、電場に波型の波形があらわれ始め、3個、4個と増えるに従って正弦波のような波形が観測されるようになる。(レーザー光、コヒーレント状態)つまり、光は光子の集団であり、レーザー光は位相の揃った光子の集団である。
15)光子数の状態はハイゼンベルク描像における状態ベクトルとしてあらわされ、光子の分布の確率密度は状態ベクトルの絶対値の2乗に比例する。
16)重ね合わせる光子数状態を偶数個または奇数個にして得られる波形は波型(なみがた)にはならず、スクイーズド光と呼ばれる自然界には存在しない光になる。
*「量子もつれとは何か:古澤明」に書かれていたこと
17)光子は分割することができる。たとえば光子を2分割すると周波数は2分の1、エネルギーは2分の1になる。(E=hν)周波数を同じに保った状態だと光子は分割できない。
18)光子を「波」と考えると、それは実数波で同じ波長で振幅の異なるsin波成分とcos波成分に分けられる。高校の数IIBで習う三角関数の合成公式を逆にとらえたものだ。
19)上記のsin波成分とcos波成分の間には不確定性関係が見られ、それは光子の位置と運動量に見られる不確定性関係と同じである。ただしsin波成分とcos波成分が光子の位置と運動量を表しているわけではない。
20)不確定性原理が仮定されることによって電磁波の中に光子(量子)が生まれる。
21)原子核の周りをまわる電子に周期的な運動(振動)があると同じ周期の電磁波(=光子)が放出される。
22)原子核の周りをまわる電子の軌道がエネルギーのより低い軌道に移ると、そのエネルギーに相当する電磁波(=光子)が放出される。光子の位相は定まっていない。
23)光子という「考え方」は、量子化した状態の1つの側面に過ぎない。
24)光はもともと「波」なのであり、粒子としての性質は「おまけ」である。量子光学ではたいていの場合、光の波動性でこと足りる。必要なときに「粒子性」にもとづく解釈をすればよい。
まさに「群盲象を評す」という感じだ。
今年刊行された日経サイエンス3月号、4月号には「光子の逆説」および「不確定性原理で「光子の逆説」は解けるか」という記事が掲載されているし、2007年には「やってみよう!“量子消しゴム”実験」という不思議な実験が紹介されていた。(参照:rikunoraさんによる実験結果)
前置きが長くなったが、上記のような光子の性質を思い出しながら本書を読むと良いだろう。
第1章では量子力学に馴染んでいない読者のために、必要な基本的ことがらが解説される。ポイントは量子という小さい世界では位置と運動量、エネルギーと位相(時間)という2つの(共役な)物理量を決められないこと。つまり不確定性原理が成り立っていることだ。
第2章では古典力学の「振り子の運動」を量子化したらどうなるかという解説がはじまる。これは光の量子化を理解する上で、とてもよい思考実験になるのだ。
第3章で光の量子化、つまり光子をどのように考えればよいかが説明される。そして光子=電場であるということは特に重要だ。この章では光子の「波」を波長の同じsin波成分とcos波成分に分けることが述べられているが、きれいな波をわざわざ2つの波に分解する理由が一般の人にはわかりらないかもしれない。高校の数学IIBで習う次の公式を思い浮かべれば2つの成分に分解すると、波の分解ということのイメージがわかると思う。
不思議なことに光子ではsin波成分とcos波成分の間に不確定性関係が見られ、それは光子の位置と運動量に見られる不確定性関係と同じになるのだ。一般読者にはsin波成分を縦軸に、cos波成分を横軸にとったグラフの意味がとらえにくいと思う。これは縦軸に位置を、横軸に運動量をとるグラフに対応していて、物理学では「位相空間」と呼ばれているものだ。
第4章から光そのもの、位相の揃ったレーザー光の話が始まる。レーザー光線は位相の揃った光子を大量発生させ、それらを「重ね合わせる」ことで作られる。光子=電場であるから光子は電子の加速度的な運動によっても発生する。光子の自然放出と誘導放出について学ぶ。
第5章から本書のメインテーマの「量子エンタングルメント」の説明が始まる。1つの量子では位置と運動量を同時に決められないというのが不確定性原理だが、空間的に2つの量子aとbをまとめて考えた状態になると次のような2つの物理量はXとPは同時に決めることができるのだ。不思議なことにこの状況で不確定性原理は破られていないことが示される。
X=Xa-Xb (2つの量子の位置の差)
P=Pa+Pb (2つの量子の運動量の和)
このような2つの量子をEPRペアと呼び、2つ量子の物理量(位置と運動量)はエンタングル(からみあった)状態になっているのだ。どんなに離れていてもこれら2つの量子の物理量はお互いに定まった関係を保ちながら変化している不思議な状態だ。
第6章では量子光学を用いて光子のEPRペアを生成するための準備的な考え方が解説される。詳細は本書を読んでのお楽しみということにしておこう。2個(もしくは偶数個)の光子状態を重ねて生成する「スクイーズド光」についても、ここで解説される。
第7章では量子光学を用いて光子のEPRペアを作るための具体的な実験装置や、そこでどういう状況が発生しているのかについての解説が行われる。かなりトリッキーな考え方にもとづく実験内容に僕は「なるほど!」と驚かされた。
第8章では生成された光子のEPRペアが実際に予想どおりのEPRペアになっているかどうかを検証する実験の手法が紹介される。ここでは「光のホモダイン測定」という手法がとられるが、その考え方の中にラジオのAM波(振幅変調)とFM波(周波数変調)のアイデアが生かされていることは意外だった。
第9章では単一光子状態の生成方法が紹介される。単一光子状態が生成されることは量子力学が正しいことの検証するという意味合いを持つので、これはとても重要な実験なのだ。
第10章では応用テーマ1として量子テレポーテーションのしくみが解説される。本書ではこれをラジオのAM波(振幅変調)とFM波(周波数変調)のアイデアを使った説明が行われ、とてもわかりやすい。量子テレポーテーションの詳細やこれ以外の種類の量子テレポーテーションについては「量子テレポーテーション:古澤明」をお読みになるとよいだろう。
最終章では「多量子間量子エンタングルメントと量子エラーコレクション」の実験について解説している。量子エンタングルメントは3個以上の量子についても発生する。紹介されるのはは9個のエンタングルした量子によるエラーコレクション実験だ。量子エラーコレクションは将来実現される量子コンピュータの基礎技術として不可欠なものだ。
本書の「はじめに」や「おわりに」で著者の古澤先生は昨今の「理科離れ」の状況のことを「おまんまの食い上げだ。」とおっしゃりつつ、とても危惧されている。高校や大学で物理を履修する学生は激減しているそうなのだ。古澤先生がブルーバックスの量子光学シリーズをお書きになったのも、そのような現状を少しでも改善したいというお気持ちからだった。
たとえばiPS細胞による再生医療技術は、今後日本の経済の回復に大いに貢献することだろう。未来に対する期待感が経済活動を活性化させるのだ。
科学に興味をもち、科学や技術方面のしごと選択する若者を増やし、研究者の待遇を改善することも経済回復のための大きな推進力になる。
日頃、科学に関心をもっていない人と話していると、原子のテレポーテーションを含め、量子テレポーテーションの実験が成功していることは、まだまだ知られていないようだ。そのことを話すとたいていの人が「えっ!それ本当なの?まさか~!」という反応を示す。
量子テレポーテーションや量子コンピュータは、物理学徒はもちろん一般の人にとっても魅力あふれる刺激的なテーマだ。テレポーテーションの実験が10年以上も前に成功していることを吹聴したり、ツイッターでつぶやくだけでも、物理学を志す人がでてきて少しは日本の将来にプラスの影響を与えるにちがいない。
古澤先生によるブルーバックス本は、既に3冊でている。見くらべたところ、刊行された順番とは逆に読むほうが理解しやすいと僕は思った。つまり次のような順番だ。
「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
「量子テレポーテーション:古澤明」(Kindle版)
本書で紹介されている内容は量子光学、量子テレポーテーション、量子コンピュータの基礎となる理論、技術である。量子力学を学んだ後に、これらの勉強もしてみたいという方には、ぜひこの3冊を読んでいただきたい。
古澤先生は次のような専門書もお書きになっているので、ブルーバックス本を読んでさらに詳しく学びたくなった方はお読みになるとよいだろう。場の量子論や超弦理論の教科書よりははるかに易しいので、物理学を専攻し量子力学をひと通り学んだ方にとって、チャレンジしやすい内容だと思う。
「量子光学と量子情報科学:古澤明」
「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」(第2版)
関連ページ:
古澤明先生の研究室のHP
http://www.alice.t.u-tokyo.ac.jp/
固体素子を用いて2ビットの量子絡み合いを初めて実現(理化学研究所)2003年
量子コンピュータの実現に向けて大きく前進
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2003/030220/index.html
慶応大ら、Si半導体中で量子エンタングルメント状態の生成、検出に成功(2011年1月)
http://news.mynavi.jp/news/2011/01/24/096/index.html
世界最高純度量子もつれ光源を開発し、実用的な次世代量子暗号技術の確立に成功(2012年2月)
http://www.oki.com/jp/press/2012/02/z11104.html
ノーベル物理学賞 量子力学の基礎実験の最高峰 光子/イオンの状態を操り、測る
http://www.nikkei-science.com/?p=29310
量子ビットとエンタングルメント
http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/hikari/qit/intro_qbit.html
「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/13b6c033f1ea5ef2b647e6eb1e374222
量子テレポーテーション: 古澤明著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f1ef06234bdf0a831ee579f26bb2005b
再読:量子テレポーテーション:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3612f0a3b86c8a8a247fe138f473adb3
量子光学と量子情報科学:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dff342381e47d90aff6ed91edde198a8
量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef75709187cf4b35a12f2d9fdf73a320
テレポーテーションは実現している。(リンク集)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/cc0bc7e88d02231138f8b6a9f5859c93
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「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
はじめに
序章:量子力学とは
- 不可能を可能にするテクノロジー
- 量子力学を検証する
- 量子力学の1つとしての量子光学
第1章:テクノロジーの進歩と量子化の必要性
- なぜ量子化が必要なのか
- 原子に迫る観測技術
- 同時に2つの物理量は決められない
- 雲のような電子の状態
- 「不定」=「あらゆる状態の重ね合わせ」
- ミクロの世界での力学法則
第2章:振り子の量子化
- 水素原子の振り子
- 往復運動の量子化
- エネルギーは決して0にならない
- 量子の集団の振る舞い
第3章:光の量子化
- 光と振り子は等しい
- どの瞬間でも電場は0ではない
- 光子という考え方はいらない?!
- 量子は粒子であり波である?
第4章:レーザー光と量子ゆらぎ
- 光をつくる準備
- レーザー発振=光子の大量生成
- 光は光子の集団
- エネルギーと時間の不確定性
第5章:量子エンタングルメント
- EPRのパラドックス
- 量子のペアは存在する
- 1930年代の思考実験
- 光子の量子エンタングルメント
- 重ね合わせだからこそ
- 波であることの証明
- 粒子としての性質はおまけ
第6章:量子光学を用いてEPRペアを生成するための準備
- 光子を波として考える
- 電磁誘導による光の放出
- 周波数2倍の光を発生
- 光子を2つに割る=2分の1倍の周波数の光を発生
- 位相を制御する
- 周波数だけの違い
第7章:量子光学を用いてEPRペアを生成
- 光パラメトリック過程
- 世界記録樹立が寝た子を起こす!
- 量子光学的トリック
- 固定端反射で位相が反転
- 4分の1波長ぶんだけ位相をずらす!
- まとめ
第8章:量子光学を用いた量子エンタングルメント検証実験
- 量子Aと量子Bを別個に測定
- 光のホモダイン測定
- まとめ
第9章:単一光子状態の生成
- 波動の粒子化
第10章:量子テレポーテーション
- 振幅変調か周波数変調か
- 電気回路に量子効果を考える
- ラジオの世界に置き換える?!
- 量子テレポーテーションとは
- 基本は量子の波動としての性質
第11章:多量子間エンタングルメントと量子エラーコレクション実験
- あらゆる現象にエラーは潜む
- 量子エラーコレクションは可能か?
- 9量子間エンタングルメント
- 量子エラーコレクション実験
- 量子コンピューターの本質
おわりに
索引
前記事「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」の中で「スクイーズド状態をどのようにして作るかということについては、「量子もつれとは何か:古澤明」のほうで詳しく解説されている。」と書かれていたので読んでみた。
ブルーバックスといえどもあなどれない。この2冊は数式を極力使わないための努力が払われているが、深く理解するには数学的センスや量子力学全体の知識が要求される。文章をやさしく表現しても難しいことに変わりはない。僕自身「これはすごい!奥が深いなぁ。」と何度かうならされた。科学に対して意欲的な高校3年生以上の理数系学生が楽しめるレベルの内容だと思う。
本書では量子テレポーテーションや量子コンピュータにとって欠かせない「量子もつれ(量子エンタングルメント)」のからくりと、からみあった量子ペア(EPRペア)を実験室で作り出す方法について解説している。前半は光子そのものについての性質の解説に充てられている。
やはり光子というのは難しい。本書では「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」とはまた違う観点から光子の性質を解説していた。この2冊には量子力学の一般的な教科書には書かれていない光子の有り様が詳しく書かれている。
まず、古澤先生の著書とは関係なく、これまでに僕が理解している光子のもつ性質、そして古澤先生の著書で光子の性質どのように書かれていたかをまとめてみよう。
*これまでに僕が理解している光子のもつ性質
1)光電効果をはじめ、いくつかの物理現象を説明するために「粒子性」をもった光子という存在を認める必要がある。
2)光子の質量はゼロなので、シュレーディンガー方程式をあてはめることはできない。
3)光子自体が電磁波であり、正の実数値のエネルギーと正または負の実数値の運動量をもっている。
4)光子の波動方程式は(相対論的な)マックスウェルの方程式である。
5)光子のスピンは±1、ヘリシティは±1である。
6)光子は安定な素粒子である。(崩壊寿命がない。相対論により私たちから見ると光子の時間の進みはゼロだからだ。)
7)光子は真空中では秒速約30万キロメートルで進む。他の媒質中ではそれ以下の速度で進む。
8)光子の質量はゼロだが、光を物体に照射すると圧力が計測される。光子には運動量があるからだ。
9)光(=電磁波)には偏光という性質がある。
10)光子は最短時間で到達するルートに沿って目的地点に到達する。出発するときに目的地点を知らないとそのようなルートは決定できないはずなので、常識的に考えると不思議なことだ。
11)光子についても電子の二重スリットの実験と同様に干渉縞が観察される。(参照ページ)
*「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」に書かれていたこと
12)光子の位置と運動量、エネルギーと位相は不確定性原理に支配される。
13)光子が1個の状態の電場はプラス、マイナスの1の一定値を中心に分布し、位相は確定しない。(つまり電場は波型の波形にならない。)
14)光子が0個の状態と2個の状態を重ね合わせると、電場に波型の波形があらわれ始め、3個、4個と増えるに従って正弦波のような波形が観測されるようになる。(レーザー光、コヒーレント状態)つまり、光は光子の集団であり、レーザー光は位相の揃った光子の集団である。
15)光子数の状態はハイゼンベルク描像における状態ベクトルとしてあらわされ、光子の分布の確率密度は状態ベクトルの絶対値の2乗に比例する。
16)重ね合わせる光子数状態を偶数個または奇数個にして得られる波形は波型(なみがた)にはならず、スクイーズド光と呼ばれる自然界には存在しない光になる。
*「量子もつれとは何か:古澤明」に書かれていたこと
17)光子は分割することができる。たとえば光子を2分割すると周波数は2分の1、エネルギーは2分の1になる。(E=hν)周波数を同じに保った状態だと光子は分割できない。
18)光子を「波」と考えると、それは実数波で同じ波長で振幅の異なるsin波成分とcos波成分に分けられる。高校の数IIBで習う三角関数の合成公式を逆にとらえたものだ。
19)上記のsin波成分とcos波成分の間には不確定性関係が見られ、それは光子の位置と運動量に見られる不確定性関係と同じである。ただしsin波成分とcos波成分が光子の位置と運動量を表しているわけではない。
20)不確定性原理が仮定されることによって電磁波の中に光子(量子)が生まれる。
21)原子核の周りをまわる電子に周期的な運動(振動)があると同じ周期の電磁波(=光子)が放出される。
22)原子核の周りをまわる電子の軌道がエネルギーのより低い軌道に移ると、そのエネルギーに相当する電磁波(=光子)が放出される。光子の位相は定まっていない。
23)光子という「考え方」は、量子化した状態の1つの側面に過ぎない。
24)光はもともと「波」なのであり、粒子としての性質は「おまけ」である。量子光学ではたいていの場合、光の波動性でこと足りる。必要なときに「粒子性」にもとづく解釈をすればよい。
まさに「群盲象を評す」という感じだ。
今年刊行された日経サイエンス3月号、4月号には「光子の逆説」および「不確定性原理で「光子の逆説」は解けるか」という記事が掲載されているし、2007年には「やってみよう!“量子消しゴム”実験」という不思議な実験が紹介されていた。(参照:rikunoraさんによる実験結果)
前置きが長くなったが、上記のような光子の性質を思い出しながら本書を読むと良いだろう。
第1章では量子力学に馴染んでいない読者のために、必要な基本的ことがらが解説される。ポイントは量子という小さい世界では位置と運動量、エネルギーと位相(時間)という2つの(共役な)物理量を決められないこと。つまり不確定性原理が成り立っていることだ。
第2章では古典力学の「振り子の運動」を量子化したらどうなるかという解説がはじまる。これは光の量子化を理解する上で、とてもよい思考実験になるのだ。
第3章で光の量子化、つまり光子をどのように考えればよいかが説明される。そして光子=電場であるということは特に重要だ。この章では光子の「波」を波長の同じsin波成分とcos波成分に分けることが述べられているが、きれいな波をわざわざ2つの波に分解する理由が一般の人にはわかりらないかもしれない。高校の数学IIBで習う次の公式を思い浮かべれば2つの成分に分解すると、波の分解ということのイメージがわかると思う。
不思議なことに光子ではsin波成分とcos波成分の間に不確定性関係が見られ、それは光子の位置と運動量に見られる不確定性関係と同じになるのだ。一般読者にはsin波成分を縦軸に、cos波成分を横軸にとったグラフの意味がとらえにくいと思う。これは縦軸に位置を、横軸に運動量をとるグラフに対応していて、物理学では「位相空間」と呼ばれているものだ。
第4章から光そのもの、位相の揃ったレーザー光の話が始まる。レーザー光線は位相の揃った光子を大量発生させ、それらを「重ね合わせる」ことで作られる。光子=電場であるから光子は電子の加速度的な運動によっても発生する。光子の自然放出と誘導放出について学ぶ。
第5章から本書のメインテーマの「量子エンタングルメント」の説明が始まる。1つの量子では位置と運動量を同時に決められないというのが不確定性原理だが、空間的に2つの量子aとbをまとめて考えた状態になると次のような2つの物理量はXとPは同時に決めることができるのだ。不思議なことにこの状況で不確定性原理は破られていないことが示される。
X=Xa-Xb (2つの量子の位置の差)
P=Pa+Pb (2つの量子の運動量の和)
このような2つの量子をEPRペアと呼び、2つ量子の物理量(位置と運動量)はエンタングル(からみあった)状態になっているのだ。どんなに離れていてもこれら2つの量子の物理量はお互いに定まった関係を保ちながら変化している不思議な状態だ。
第6章では量子光学を用いて光子のEPRペアを生成するための準備的な考え方が解説される。詳細は本書を読んでのお楽しみということにしておこう。2個(もしくは偶数個)の光子状態を重ねて生成する「スクイーズド光」についても、ここで解説される。
第7章では量子光学を用いて光子のEPRペアを作るための具体的な実験装置や、そこでどういう状況が発生しているのかについての解説が行われる。かなりトリッキーな考え方にもとづく実験内容に僕は「なるほど!」と驚かされた。
第8章では生成された光子のEPRペアが実際に予想どおりのEPRペアになっているかどうかを検証する実験の手法が紹介される。ここでは「光のホモダイン測定」という手法がとられるが、その考え方の中にラジオのAM波(振幅変調)とFM波(周波数変調)のアイデアが生かされていることは意外だった。
第9章では単一光子状態の生成方法が紹介される。単一光子状態が生成されることは量子力学が正しいことの検証するという意味合いを持つので、これはとても重要な実験なのだ。
第10章では応用テーマ1として量子テレポーテーションのしくみが解説される。本書ではこれをラジオのAM波(振幅変調)とFM波(周波数変調)のアイデアを使った説明が行われ、とてもわかりやすい。量子テレポーテーションの詳細やこれ以外の種類の量子テレポーテーションについては「量子テレポーテーション:古澤明」をお読みになるとよいだろう。
最終章では「多量子間量子エンタングルメントと量子エラーコレクション」の実験について解説している。量子エンタングルメントは3個以上の量子についても発生する。紹介されるのはは9個のエンタングルした量子によるエラーコレクション実験だ。量子エラーコレクションは将来実現される量子コンピュータの基礎技術として不可欠なものだ。
本書の「はじめに」や「おわりに」で著者の古澤先生は昨今の「理科離れ」の状況のことを「おまんまの食い上げだ。」とおっしゃりつつ、とても危惧されている。高校や大学で物理を履修する学生は激減しているそうなのだ。古澤先生がブルーバックスの量子光学シリーズをお書きになったのも、そのような現状を少しでも改善したいというお気持ちからだった。
たとえばiPS細胞による再生医療技術は、今後日本の経済の回復に大いに貢献することだろう。未来に対する期待感が経済活動を活性化させるのだ。
科学に興味をもち、科学や技術方面のしごと選択する若者を増やし、研究者の待遇を改善することも経済回復のための大きな推進力になる。
日頃、科学に関心をもっていない人と話していると、原子のテレポーテーションを含め、量子テレポーテーションの実験が成功していることは、まだまだ知られていないようだ。そのことを話すとたいていの人が「えっ!それ本当なの?まさか~!」という反応を示す。
量子テレポーテーションや量子コンピュータは、物理学徒はもちろん一般の人にとっても魅力あふれる刺激的なテーマだ。テレポーテーションの実験が10年以上も前に成功していることを吹聴したり、ツイッターでつぶやくだけでも、物理学を志す人がでてきて少しは日本の将来にプラスの影響を与えるにちがいない。
古澤先生によるブルーバックス本は、既に3冊でている。見くらべたところ、刊行された順番とは逆に読むほうが理解しやすいと僕は思った。つまり次のような順番だ。
「「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明」(Kindle版)
「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
「量子テレポーテーション:古澤明」(Kindle版)
本書で紹介されている内容は量子光学、量子テレポーテーション、量子コンピュータの基礎となる理論、技術である。量子力学を学んだ後に、これらの勉強もしてみたいという方には、ぜひこの3冊を読んでいただきたい。
古澤先生は次のような専門書もお書きになっているので、ブルーバックス本を読んでさらに詳しく学びたくなった方はお読みになるとよいだろう。場の量子論や超弦理論の教科書よりははるかに易しいので、物理学を専攻し量子力学をひと通り学んだ方にとって、チャレンジしやすい内容だと思う。
「量子光学と量子情報科学:古澤明」
「量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明」(第2版)
関連ページ:
古澤明先生の研究室のHP
http://www.alice.t.u-tokyo.ac.jp/
固体素子を用いて2ビットの量子絡み合いを初めて実現(理化学研究所)2003年
量子コンピュータの実現に向けて大きく前進
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2003/030220/index.html
慶応大ら、Si半導体中で量子エンタングルメント状態の生成、検出に成功(2011年1月)
http://news.mynavi.jp/news/2011/01/24/096/index.html
世界最高純度量子もつれ光源を開発し、実用的な次世代量子暗号技術の確立に成功(2012年2月)
http://www.oki.com/jp/press/2012/02/z11104.html
ノーベル物理学賞 量子力学の基礎実験の最高峰 光子/イオンの状態を操り、測る
http://www.nikkei-science.com/?p=29310
量子ビットとエンタングルメント
http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/hikari/qit/intro_qbit.html
「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/13b6c033f1ea5ef2b647e6eb1e374222
量子テレポーテーション: 古澤明著
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f1ef06234bdf0a831ee579f26bb2005b
再読:量子テレポーテーション:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3612f0a3b86c8a8a247fe138f473adb3
量子光学と量子情報科学:古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/dff342381e47d90aff6ed91edde198a8
量子コンピュータ入門:宮野健次郎、古澤明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ef75709187cf4b35a12f2d9fdf73a320
テレポーテーションは実現している。(リンク集)
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「量子もつれとは何か:古澤明」(Kindle版)
はじめに
序章:量子力学とは
- 不可能を可能にするテクノロジー
- 量子力学を検証する
- 量子力学の1つとしての量子光学
第1章:テクノロジーの進歩と量子化の必要性
- なぜ量子化が必要なのか
- 原子に迫る観測技術
- 同時に2つの物理量は決められない
- 雲のような電子の状態
- 「不定」=「あらゆる状態の重ね合わせ」
- ミクロの世界での力学法則
第2章:振り子の量子化
- 水素原子の振り子
- 往復運動の量子化
- エネルギーは決して0にならない
- 量子の集団の振る舞い
第3章:光の量子化
- 光と振り子は等しい
- どの瞬間でも電場は0ではない
- 光子という考え方はいらない?!
- 量子は粒子であり波である?
第4章:レーザー光と量子ゆらぎ
- 光をつくる準備
- レーザー発振=光子の大量生成
- 光は光子の集団
- エネルギーと時間の不確定性
第5章:量子エンタングルメント
- EPRのパラドックス
- 量子のペアは存在する
- 1930年代の思考実験
- 光子の量子エンタングルメント
- 重ね合わせだからこそ
- 波であることの証明
- 粒子としての性質はおまけ
第6章:量子光学を用いてEPRペアを生成するための準備
- 光子を波として考える
- 電磁誘導による光の放出
- 周波数2倍の光を発生
- 光子を2つに割る=2分の1倍の周波数の光を発生
- 位相を制御する
- 周波数だけの違い
第7章:量子光学を用いてEPRペアを生成
- 光パラメトリック過程
- 世界記録樹立が寝た子を起こす!
- 量子光学的トリック
- 固定端反射で位相が反転
- 4分の1波長ぶんだけ位相をずらす!
- まとめ
第8章:量子光学を用いた量子エンタングルメント検証実験
- 量子Aと量子Bを別個に測定
- 光のホモダイン測定
- まとめ
第9章:単一光子状態の生成
- 波動の粒子化
第10章:量子テレポーテーション
- 振幅変調か周波数変調か
- 電気回路に量子効果を考える
- ラジオの世界に置き換える?!
- 量子テレポーテーションとは
- 基本は量子の波動としての性質
第11章:多量子間エンタングルメントと量子エラーコレクション実験
- あらゆる現象にエラーは潜む
- 量子エラーコレクションは可能か?
- 9量子間エンタングルメント
- 量子エラーコレクション実験
- 量子コンピューターの本質
おわりに
索引
ややこしい量子力学から光子の性質をこれだけ箇条書きにされていること、大変助かりました。ありがとうございます。
どういたしまして。記事がお役に立ってよかったです。この記事をあらためて読み直してみました。自分でも楽しみながら書いていたようです。
ボブこと
とねより