「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (岩波現代文庫): R.P.ファインマン」
内容
「ねえ、リチャード、あなたは何を研究しているの?」友達の奥さんがそう尋ねてきた。はてさて、どうする、ファインマンさん。物理が全然わからない人に、自分の研究を理解してもらえるか。それも、超難解で鳴る量子電磁力学を。光と電子が綾なす不思議な世界へ誘う。
2007年6月刊行、221ページ。
著者について
リチャード・P.・ファインマン
1918‐88年。アメリカの物理学者。量子電磁力学のくりこみ理論で、1965年、シュウィンガー、朝永振一郎と共にノーベル物理学賞受賞。カリフォルニア工科大学などで教鞭をとる。『ご冗談でしょう、ファインマンさん』『困ります、ファインマンさん』などの著書はロングセラー。
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2019年9月2日に追記:
原書を読んで、この記事よりずっと詳しい紹介記事を書きました。
QED: The Strange Theory of Light and Matter: Richard P. Feynman
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1860569fe58727fce5256356863001f9
フランス語版の紹介記事です。(2019年9月23日)
Lumière et matière - Une étrange histoire: Richard P. Feynman(光と物質のふしぎな理論)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/625073adb96b546870720092abd5158d
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一昨日の記事で紹介したように、この本は1982年にファインマンが一般の人に対して行った4日間の講演をまとめたもので、最初の2日間が経路積分、後の2日間が量子電磁力学についての講義になっている。経路積分のほうは以前「入射角と反射角は等しいのだが...(光学)」という記事で紹介した内容を詳しくしたものになっている。この本はファインマンの一般向けの本の中で特にお勧めの1冊だ。
でも「一般の人」というのはどのような人をさすのだろう。日ごろ物理学や数学に全く関心のない人たちの中で生活していて思うのだが、果たして彼らにこの本は受け入れられるだろうか?おそらく無理だろう。物事の本質を知ることを放棄し、目に見えたり耳で聞こえたする感覚の世界だけに価値を求める人がいるのは事実だし、実用的なことを学べさえすればよいという人も多い。そのような人はわざわざ物理学の講演会に来たりしないものだ。学びの対象やスタイルは人それぞれなのだと思う。
物理学の一般向けの啓蒙書や講演というのは、数学は苦手だけれど自然や物理の世界には興味があるとか、これをきっかけにして数学や物理を勉強してみようと思っている人が読んだり聞いたりするものだと思うのだ。テレビや映画を見るように完全に受け身ではなく、少なくとも「理解したい」という積極的な姿勢を持っているのが、このような本を読む「一般の人」なのだと思う。
そのように学ぼうとする意志を持って集まった聴衆に対してファインマン先生は学者ぶらず、ひとりよがりにならず、ニコニコしながら熱く語りかけていたに違いない。この講演で語られた物理学科の大学院生レベルで学ぶ難解で、これまで経験したことのない不思議な理論を、できるだけ多くの人に日常的な感覚の中で理解してもらおうという先生の気持ちがこの本を読むと伝わってくる。
相対性理論や量子力学、そして素粒子論や超ひも理論についてはよい入門書や一般向けの本が数多くあるが、量子力学と素粒子論の間のギャップを埋める一般向けの本は限られている。数式なしで伝えることがとても難しい分野だからだ。大学では経路積分や量子電磁力学は量子力学の後で学ぶものだ。ところが量子力学を学んでいない人でもわかるようにファインマン先生はこれらの理論を見事に説明している。
日常感覚でとらえる光や電子は、高校の物理で学ぶイメージと同じだ。光や電子は法則によって決まる経路をたどって進む。ところが量子力学や経路積分では全く違う世界観が繰り広げられる。光子や電子は人間が観測していないとき、空間と時間を満たす波動関数の状態で存在し、あらゆる経路を通って進んでいるのだ。そのあらゆる経路を積分(加え合わせる)ことで日常目にする光や電子による物理現象が説明される。
この経路積分の計算をファインマン先生は高速で回転する矢印の足し算と掛け算を使って説明する。この矢印こそ光子や電子の波動関数であり、その本質は複素数のベクトルなのだ。本書で説明される矢印の演算規則こそ複素数の足し算と掛け算の規則である。けれども先生はあえて複素数やベクトルという言葉を使わないことで、講義を聴いている一般の人の関心を損ねないように配慮している。
更に本書の後半では「ファインマン・ダイアグラム」が紹介される。これは光子や電子をはじめ、さまざまな素粒子の運動や相互作用を図示する手法だ。ひとつの現象に対して可能な複数のパターンの図形が描かれ、あらかじめ定められた計算方法でその現象がおきる確率が計算される。
「可能な複数のパターン」というのがポイントで、経路積分と同じように複数の可能性が同時に成り立っているという量子の世界に特有な状態を意味している。(生きている状態と死んでいる状態の両方が共存しているシュレディンガーの猫と同じこと。)このミクロの世界では、電子は時間を逆行しながら運動したり、光子を放出したり吸収したり、仮想的な状態で光子が存在していたり、常識では考えられない現象が繰り広げられている。
しょせんミクロの世界の出来事だからと考えるのは早急だ。なぜなら私たちの体だけでなく、日ごろ目にしている世界はほとんどすべて電子と光子の作用だけで説明できてしまうのだし、これらミクロの世界の現象の「総合計」が、日常感じている私たちの世界そのものなのだから。
本書は読んで難しく感じるところがあるかもしれない。それはそれでよいのだ。わからないところがあるからこそ、より深く考えることになり、次の段階を学ぶきっかけになるものだ。実際にお読みになってみると、新しい世界観がきっと得られることだろう。
特に原書でお読みになりたい方はこちらの本でどうぞ。
「QED: The Strange Theory of Light and Matter」(Kindle版)
この本の元になった講義は1979年と1983年に行われたようだ。1979年に行われた講義は、こちらからご覧いただける。本を読んでからだと講義がわかりやすい。(動画を検索)
QED: Photons-Corpuscles of Light (Richard Feynman 1/ 4)
第1回 第2回 第3回 第4回 プレイリスト The Vega Science Trustの公開動画
各回の講義の後に行われた質疑応答が素晴らしい。本には書かれていないことについて、興味深い話を先生はたくさんお話しになっている。
1983年に行われた講義もYouTubeでご覧いただける。こちらのほうが画質がよい。本書の内容は第2回から始まる。
Richard Feynman: Quantum Mechanical View of Reality 1
第1回 第2回 第3回 第4回
日本語版は2種類でている。単行本のほうは絶版なので古書店でお求めいただきたい。
「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (岩波現代文庫)」
「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (単行本)」
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12月19日に追記:
この本の第1章、第2章で説明される光子の状態(状態ベクトル)について「複素数ではなく実数である。」というアドバイスを(僕よりずっとこの分野に精通されている)読者の方からいただいた。つまり紹介した本の光子の矢印を使った計算や説明は成り立たなくなってしまうのだ。いただいた説明と僕とのやりとりはひとつ前の「ファインマンの経路積分に入門しよう!」のコメント欄をお読みいただきたい。
「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 」
目次
まえがき
序
ファインマンの挨拶
1)はじめに
2)光の粒子
3)電子とその相互作用
4)未解決の部分
訳者あとがき
参考リンク:
経路積分とは何か?(Applet同梱版)
http://homepage3.nifty.com/iromono/movingtext/pathintegral1.html
現代物理と仏教を考えるページ
~ファインマンの経路積分量子化と華厳経を中心に~
http://kishi123.server-shared.com/
(僕は仏教については一般常識以上の知識を持ち合わせていないので、物理学と仏教の関係について意見できる立場にはないが、岸さんのこのサイトはファインマンの経路積分を物理学的な側面から詳しく、きちんと解説されているので紹介させていただいた。)
<スペース・シャトル>危険の確率:ファインマンによる事故原因の究明
http://book.geocities.jp/bnwby020/kikenritu02.html
次の動画は本書の内容に沿っているのでお勧めだ。光のガラスによる部分反射の実験と鏡による反射の実験、ファインマン図を使って光子と電子の相互作用を解説している。英語字幕付きなのでリスニングの練習用に使ってもよいだろう。英語がわからなくても見ているだけで楽しめると思う。
Quantum Electrodynamics
経路積分とファインマン図は、次の動画で学ぶとよい。とても詳しく解説している。
Feynman's Infinite Quantum Paths | Space Time(経路積分の解説動画)
The Secrets of Feynman Diagrams | Space Time(ファインマン図の解説動画)
この2つの動画は「量子力学の再生リスト」の一部である。
ファインマン先生による量子電磁力学の教科書
ファインマン先生は量子電磁力学の教科書をお書きになっている。アマゾンから販売されているほか、著作権切れであるため無料で読むこともできる。
「Quantum Electrodynamics: Richard P. Feynman」(Kindle版)
無料版:
Quantum Electrodynamics - R.P. Feynman (PDF)
https://archive.org/details/QuantumElectrodynamics/page/n49
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内容
「ねえ、リチャード、あなたは何を研究しているの?」友達の奥さんがそう尋ねてきた。はてさて、どうする、ファインマンさん。物理が全然わからない人に、自分の研究を理解してもらえるか。それも、超難解で鳴る量子電磁力学を。光と電子が綾なす不思議な世界へ誘う。
2007年6月刊行、221ページ。
著者について
リチャード・P.・ファインマン
1918‐88年。アメリカの物理学者。量子電磁力学のくりこみ理論で、1965年、シュウィンガー、朝永振一郎と共にノーベル物理学賞受賞。カリフォルニア工科大学などで教鞭をとる。『ご冗談でしょう、ファインマンさん』『困ります、ファインマンさん』などの著書はロングセラー。
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2019年9月2日に追記:
原書を読んで、この記事よりずっと詳しい紹介記事を書きました。
QED: The Strange Theory of Light and Matter: Richard P. Feynman
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1860569fe58727fce5256356863001f9
フランス語版の紹介記事です。(2019年9月23日)
Lumière et matière - Une étrange histoire: Richard P. Feynman(光と物質のふしぎな理論)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/625073adb96b546870720092abd5158d
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一昨日の記事で紹介したように、この本は1982年にファインマンが一般の人に対して行った4日間の講演をまとめたもので、最初の2日間が経路積分、後の2日間が量子電磁力学についての講義になっている。経路積分のほうは以前「入射角と反射角は等しいのだが...(光学)」という記事で紹介した内容を詳しくしたものになっている。この本はファインマンの一般向けの本の中で特にお勧めの1冊だ。
でも「一般の人」というのはどのような人をさすのだろう。日ごろ物理学や数学に全く関心のない人たちの中で生活していて思うのだが、果たして彼らにこの本は受け入れられるだろうか?おそらく無理だろう。物事の本質を知ることを放棄し、目に見えたり耳で聞こえたする感覚の世界だけに価値を求める人がいるのは事実だし、実用的なことを学べさえすればよいという人も多い。そのような人はわざわざ物理学の講演会に来たりしないものだ。学びの対象やスタイルは人それぞれなのだと思う。
物理学の一般向けの啓蒙書や講演というのは、数学は苦手だけれど自然や物理の世界には興味があるとか、これをきっかけにして数学や物理を勉強してみようと思っている人が読んだり聞いたりするものだと思うのだ。テレビや映画を見るように完全に受け身ではなく、少なくとも「理解したい」という積極的な姿勢を持っているのが、このような本を読む「一般の人」なのだと思う。
そのように学ぼうとする意志を持って集まった聴衆に対してファインマン先生は学者ぶらず、ひとりよがりにならず、ニコニコしながら熱く語りかけていたに違いない。この講演で語られた物理学科の大学院生レベルで学ぶ難解で、これまで経験したことのない不思議な理論を、できるだけ多くの人に日常的な感覚の中で理解してもらおうという先生の気持ちがこの本を読むと伝わってくる。
相対性理論や量子力学、そして素粒子論や超ひも理論についてはよい入門書や一般向けの本が数多くあるが、量子力学と素粒子論の間のギャップを埋める一般向けの本は限られている。数式なしで伝えることがとても難しい分野だからだ。大学では経路積分や量子電磁力学は量子力学の後で学ぶものだ。ところが量子力学を学んでいない人でもわかるようにファインマン先生はこれらの理論を見事に説明している。
日常感覚でとらえる光や電子は、高校の物理で学ぶイメージと同じだ。光や電子は法則によって決まる経路をたどって進む。ところが量子力学や経路積分では全く違う世界観が繰り広げられる。光子や電子は人間が観測していないとき、空間と時間を満たす波動関数の状態で存在し、あらゆる経路を通って進んでいるのだ。そのあらゆる経路を積分(加え合わせる)ことで日常目にする光や電子による物理現象が説明される。
この経路積分の計算をファインマン先生は高速で回転する矢印の足し算と掛け算を使って説明する。この矢印こそ光子や電子の波動関数であり、その本質は複素数のベクトルなのだ。本書で説明される矢印の演算規則こそ複素数の足し算と掛け算の規則である。けれども先生はあえて複素数やベクトルという言葉を使わないことで、講義を聴いている一般の人の関心を損ねないように配慮している。
更に本書の後半では「ファインマン・ダイアグラム」が紹介される。これは光子や電子をはじめ、さまざまな素粒子の運動や相互作用を図示する手法だ。ひとつの現象に対して可能な複数のパターンの図形が描かれ、あらかじめ定められた計算方法でその現象がおきる確率が計算される。
「可能な複数のパターン」というのがポイントで、経路積分と同じように複数の可能性が同時に成り立っているという量子の世界に特有な状態を意味している。(生きている状態と死んでいる状態の両方が共存しているシュレディンガーの猫と同じこと。)このミクロの世界では、電子は時間を逆行しながら運動したり、光子を放出したり吸収したり、仮想的な状態で光子が存在していたり、常識では考えられない現象が繰り広げられている。
しょせんミクロの世界の出来事だからと考えるのは早急だ。なぜなら私たちの体だけでなく、日ごろ目にしている世界はほとんどすべて電子と光子の作用だけで説明できてしまうのだし、これらミクロの世界の現象の「総合計」が、日常感じている私たちの世界そのものなのだから。
本書は読んで難しく感じるところがあるかもしれない。それはそれでよいのだ。わからないところがあるからこそ、より深く考えることになり、次の段階を学ぶきっかけになるものだ。実際にお読みになってみると、新しい世界観がきっと得られることだろう。
特に原書でお読みになりたい方はこちらの本でどうぞ。
「QED: The Strange Theory of Light and Matter」(Kindle版)
この本の元になった講義は1979年と1983年に行われたようだ。1979年に行われた講義は、こちらからご覧いただける。本を読んでからだと講義がわかりやすい。(動画を検索)
QED: Photons-Corpuscles of Light (Richard Feynman 1/ 4)
第1回 第2回 第3回 第4回 プレイリスト The Vega Science Trustの公開動画
各回の講義の後に行われた質疑応答が素晴らしい。本には書かれていないことについて、興味深い話を先生はたくさんお話しになっている。
1983年に行われた講義もYouTubeでご覧いただける。こちらのほうが画質がよい。本書の内容は第2回から始まる。
Richard Feynman: Quantum Mechanical View of Reality 1
第1回 第2回 第3回 第4回
日本語版は2種類でている。単行本のほうは絶版なので古書店でお求めいただきたい。
「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (岩波現代文庫)」
「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (単行本)」
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12月19日に追記:
この本の第1章、第2章で説明される光子の状態(状態ベクトル)について「複素数ではなく実数である。」というアドバイスを(僕よりずっとこの分野に精通されている)読者の方からいただいた。つまり紹介した本の光子の矢印を使った計算や説明は成り立たなくなってしまうのだ。いただいた説明と僕とのやりとりはひとつ前の「ファインマンの経路積分に入門しよう!」のコメント欄をお読みいただきたい。
「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 」
目次
まえがき
序
ファインマンの挨拶
1)はじめに
2)光の粒子
3)電子とその相互作用
4)未解決の部分
訳者あとがき
参考リンク:
経路積分とは何か?(Applet同梱版)
http://homepage3.nifty.com/iromono/movingtext/pathintegral1.html
現代物理と仏教を考えるページ
~ファインマンの経路積分量子化と華厳経を中心に~
http://kishi123.server-shared.com/
(僕は仏教については一般常識以上の知識を持ち合わせていないので、物理学と仏教の関係について意見できる立場にはないが、岸さんのこのサイトはファインマンの経路積分を物理学的な側面から詳しく、きちんと解説されているので紹介させていただいた。)
<スペース・シャトル>危険の確率:ファインマンによる事故原因の究明
http://book.geocities.jp/bnwby020/kikenritu02.html
次の動画は本書の内容に沿っているのでお勧めだ。光のガラスによる部分反射の実験と鏡による反射の実験、ファインマン図を使って光子と電子の相互作用を解説している。英語字幕付きなのでリスニングの練習用に使ってもよいだろう。英語がわからなくても見ているだけで楽しめると思う。
Quantum Electrodynamics
経路積分とファインマン図は、次の動画で学ぶとよい。とても詳しく解説している。
Feynman's Infinite Quantum Paths | Space Time(経路積分の解説動画)
The Secrets of Feynman Diagrams | Space Time(ファインマン図の解説動画)
この2つの動画は「量子力学の再生リスト」の一部である。
ファインマン先生による量子電磁力学の教科書
ファインマン先生は量子電磁力学の教科書をお書きになっている。アマゾンから販売されているほか、著作権切れであるため無料で読むこともできる。
「Quantum Electrodynamics: Richard P. Feynman」(Kindle版)
無料版:
Quantum Electrodynamics - R.P. Feynman (PDF)
https://archive.org/details/QuantumElectrodynamics/page/n49
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