「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」(オンデマンド版)(正誤表)
内容紹介:
第26番目の散在型単純群、モンスター。その発見を経て,群論研究はまったく新しい様相を呈しはじめた。本書は、この「モンスター」について解説した、本邦初にして唯一の専門書である。自身、26ある散在単純型群のうちの一つを発見している研究者が書き下ろす、現代数学最前線の息吹を感じさせる1冊。
1999年3月26日刊行、249ページ
著者について:
原田 耕一郎(はらだ こういちろう、1941年 - ): ウィキペディアの記事
有限群論を専門とする日本の数学者である。
1941年群馬県生まれ。1965年東京大学理学部数学科卒業。名古屋大学理学部助手、プリンストン高等研究所所員、イリノイ大学研究員、ケンブリッジ大学研究員などを経て、オハイオ州立大学教授。
理数系書籍のレビュー記事は本書で491冊目。
「群の発見:原田耕一郎」という本の紹介記事でも書いたように、今回の本と対になるこの2冊は、大学時代のゼミの担当教官が定年退官することをきっかけに読むことにした。学生時代には歯が立たなかった群論にチャレンジし、先生からいただいた恩に報いることができればという思いがあった。
「群の発見:原田耕一郎」(オンデマンド版)(紹介記事)
「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」(オンデマンド版)(正誤表)
しかし、本書で取り上げられる「モンスター群」を理解してしまおうという野望はもっていない。この群がとてつもない怪物であることは、2006年に読んだ「有限群村の冒険 - あなたは数学の妖精を見たことがありますか?」という数学ファンタジー小説で知っていたからだ。
「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」は専門書である。もとより理解できるはずはなく、第2章から僕はただ文字を目で追っている状態に陥り、最終ページまで流し読みをして読了することになった。得たものは本書で解説される範囲で重要になる数学用語、キーワードくらいである。
章立てはこのとおり。詳細目次は本記事の最後を参照していただきたい。
第1章:群論入門
第2章:群の表現
第3章:モンスター
第4章:モンスターとムーンシャイン
第5章:頂点作用素代数
第6章:頂点作用素代数の自己同型
第7章:物理学から群論へ
付録1:26個の散在単純群
付録2:モンスターの既約表現の次数
付録3:頂点作用素代数に関する定義、定理
付録4:頂点作用素代数の関係式
以下は「まえがき」からの抜粋である。
群が見せてくれる世界はおもしろい。数学的対象が群を通して見せてくれる世界がおもしろいのである。世の中のものは乱雑である。少なくともそのように見える。その中に数学で扱える世界を見出していくのである。たぶんどの世界にもそれなりの秩序はあるのだろうが、我々の目にはそれがよく見えないのである。しかしそのうちに誰かがその乱雑に見える世界に秩序があることを発見する。秩序があることを発見すると、その発見の過程に群が生ずる。
上で述べたことを数学の言葉に置き換えると、秩序とは、考えている数学的対象の持つ対称性のことを意味している。正三角形が対称性を持つことは誰にでもすぐわかる。正三角形の中心の周りの120度の回転は正三角形をもとの位置にもどす。回転するところを見ていなければ、回転したことはわからない。120度の回転を3回繰り返すと、正真正銘もとの位置にもどる。反転と合わせて、正三角形は全部で6個の対称変換を持っている。それら6個の対称変換は変換の積に関して (1)恒等変換を持つ、(2)逆変換を持つ、(3)結合律が成立する、という3つの条件を満足していて、群という数学的構造を持っている。すなわち、正三角形の対称変換群は位数6の(二面体)群である。3個の文字の集合 a, b, c の並べ替えのなす変換全体も群をなし、その位数は6(のやはり二面体群)である。しっかりとした幾何学的構造を持った正三角形も単なる3個の文字 a, b, c の上の対称(変換)群もまったく同じ構造をもつ。正四角形の対称変換群は位数24である。すなわち4個になると群は正四角形と4個の文字 a, b, c, d が違うことを示す力を持っている。しかし、これらの数学的対象の例は簡単すぎて群の威力はとくにない。
また、はじめから対称であるとわかっている事物の対称変換群を考えてもあまり意味のあることは出てこない。かくれた対称性を発見してそこに群が作用していることを見出すと群は力を発揮する。
アーベルがその数年前に解決してはいたのだが、ガロアは(1830年頃)、16世紀にできた「3, 4次方程式の解法」以来、数学者が250年もかかっても解けなかった「5次方程式のベキ根による解法は不可能である」ということを証明するのに群を使った。ガロアは有理数体上に代数方程式の根を付加してできる拡大体には根の置換から生ずる対称変換のなす群、すなわち自己同型群が存在することを発見した。拡大体そのものは無限個の元を含むが、その自己同型群は有限である。そして自己同型群の構造により「5次方程式の解法は不可能である」ことが見通しよく証明されてしまうのである。細部を丁寧に述べれば確か数十ページからの論文が必要であろう。しかし、証明方針だけなら1時間もあれば述べることができる。それが画期的な考え方というものである。
群は、このように、ある数学的対象の上に作用する対称変換群として生じ、その数学的対象を研究するのに役立つのであるが、積が定義された集合で、条件 (1)単位元を持つ、(2)逆元を持つ、(3)結合律が成立する、を満足する抽象群自体の研究もおもしろく、また重要である。そして群の中でも特に単純群の研究が重要である。群Gの部分群Nによる剰余空間G/Nが自然に群になるときNを正規部分群というが、Gの構造は2つの群G/N、Nによりほぼ決定される。ゆえにGはまた単位群以外に正規部分群を持たない群が重要な研究課題になる。そのような群は単純群と呼ばれる。
群を数学的構造を持った集合として明確な形で誕生させたガロアは単純群を確かに意識していた。現在、PSL(2,p)と呼ばれている群おを、ガロアは各素数pに対して定義したが、それが単純群であると、決闘の前夜、友人シュバリエへ書いた手紙の中で述べている。数学のどの部門でも同じようなことは起こるが、群論でも、それが数学的対象の上の対称変換群として扱われようとも、また純粋な抽象群としての群の研究として扱われようとも、単純群を分類し尽くすことが必要である。そして、群論はそれを完成させれば、理論としてはほぼそれで十分と言える。群論における最大の課題となった単純群の分類は、ガロアの死後150年を経た1981年に完了されることになる。素数位数の可換な単純群は無視するとして、単純群は3種類にわかれる。
(1)交代群
(2)線形群=リー型の群
(3)26個の散在型の群
交代群にも、16種類に細分することのできるリー型の群のそれぞれの種類にも、無限個の単純群が属している。それに比べて(3)に属するものは26個しかない。しかし、単純群論において、交代群やリー型の群が、26個の散在型の群の存在の原因になっていることは疑いない。そして、単純群論は26個の花を付けたことによって、単なる数学的構造物から、美しい構造物へと変化した。
散在型単純群のなかで位数の一番小さいのは11個の文字の上の置換群のマシュー群 M_11 であって、その位数は7920である。群を習い始めた頃はこれでも大きい群である。マシューが1860年代に発見している。
M_11 からその間にある散在型単純群24個を飛び超えると、散在型単純群のなかで位数の一番大きいモンスター(群)に達する。その位数は54桁の数である。愛称として付けられたモンスターという名が本名のようになってしまった。その名の通り、大きくてなかなか手がつけられない。秘密をたくさん持っている群でもある。26個の散在型の群のうち20個までがモンスターの'部分'として現れるのがまたおもしろい。本書はモンスターについて主として述べることにする。モンスターのことがよくわかれば他の散在型単純群のこともほぼわかるであろう。
「モンスター」に主題をおいたが、この本でも、やはりまずシローの定理から始めることにした。数学上のことに関して幸運であるとか不幸にもとか言うのは避けたい表現だが、シローの定理が成立して群論は実に幸運だった。なぜあんな良い定理が成立しているのか不思議になるくらいである。だが各素数についてのシロー群が複雑に絡み合って群全体ができている様子はシローの定理からではなかなか容易には見えない。正規部分群がどのようにしてでき上がっているかが、わからないのである。そのため単純群全部の分類は実際問題としては長い間研究対象にならなかった。それを大きく変えたのが(本書ではふれないが)トンプソンによる一連の仕事である。群のシロー群から派生する様々な正規化群の群への働き方を徹底的に追及して強力な定理を発見し、単純群の分類が不可能ではないことを示唆してくれた。実際、トンプソンが現れてからほぼ25年後に、単純群はすべて分類されることになる。その間、21個の新単純群が出現したのも群論の研究に勢いを与えてくれた。しかし、なかでも、モンスターという散在型単純群が存在していて群論は幸運だった。純粋な意味での抽象群論はシローの定理に始まってモンスターの発見でほぼ終わっていると言える。ただしモンスターにたどり着いてみたら、そこに群論では今までに見たこともない世界が広がっていたのである。群が語りかけてくれる世界は本当に広がっていたのである。そのことが本書の主題である。
第2章は「群の表現」と表題がつけてあるが、本書を読むのに必要なことしか述べていない。同じことは第4章で少し述べた保形関数論にも言える。第5、第6章は頂点作用素代数に当てられている。第6章では現在発展中の宮本雅彦の理論を主として述べてある。第7章では物理の弦理論の初歩を述べた。頂点作用素は物理学者が弦理論の中で発見している。数学者によって再発見され、頂点作用素代数として形が整えられ、公理化されることになった。
本書では定理-証明という形では書かれていない。証明を全部追わずに現代数学の趨勢を知るのは必要である。
本書は群論の素養をかなり仮定している。セミナーなどで仲間と読みあうのがよいと思う。また、どんどんとばして読むことも勧める。自分で研究を始めてそれらの結果を使うときになってはじめて証明を読めばよいであろう。
(「まえがき」からの引用はここまで。)
モンスター群が、現実世界の物理現象と関係しているかどうかは、まだわかっていない。しかし「共形場理論:江口、菅原」(オンデマンド版)の187ページには「ℤ_2 オービフォルド 化を行なうと定数項がなくなり、これが最も基本的なc=24のextremal CFTと考えられ、モンスター群と呼ばれる巨大な位数を持つ有限群の研究と深い関係にある事が知られている。」という記述がある。
モンスター群は196,883次元の群で、その要素の数(位数)は808,017,424,794,512,875,886,459,904,961,710,757,005,754,368,000,000,000である。これは54桁の数値で、説明はこちら。千葉大学にはこの恐ろしく大きな「モンスターの位数」を記したモニュメントがある。
また、本書で解説されている「リーチ格子」は弦理論とつながりがあるようだ。「リーチ格子」は24次元で、超弦が存在するのではとされる次元数とも関連があるようだ。つまりこのように24次元球の充填問題のもつ代数構造と超弦理論は深いところでつながっていそうだ。
『1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子Λ24(Leech格子)として知られるようになったものに基づいて、24次元空間の格子状詰め込みを構成したのですが、この詰め込みにおいては、なんと1つの超球に196560個もの超球が接触しています。そして、τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られています。球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論、ルート系,誤り訂正符号(応用代数学)、有限単純群などの理論と関係し、最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています。とくに、24次元リーチ格子:Λ24の発見により、データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが、通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり、純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう。』
接吻数問題 と 24 次元リーチ格子
https://tsujimotter.hatenablog.com/entry/kissing-problem-and-leech-lattice
キス数、接吻数
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3fff2b46269846dff3db22e01744d085
やはり散在型単純群を専門書で読むのは難しすぎた。モンスター群を取り上げた一般向けの本もでている。以下の2冊がその代表だ。これらも読んでみることにしよう。
「シンメトリーの地図帳:マーカス・デュ・ソートイ」(文庫版)
「シンメトリーとモンスター:マーク・ロナン」
翻訳のもとになった英語版はこちらである。「シンメトリーとモンスター:マーク・ロナン」のほうは翻訳の品質がよくないそうなので、読める方は英語版をお読みになったほうがよいかもしれない。
「Symmetry: A Journey into the Patterns of Nature: Marcus du Sautoy」(Kindle版)
「Symmetry and the Monster: Mark Ronan」(Kindle版)
内容:シンメトリーの地図帳
19世紀のパリ、決闘の果てに夭折した天才ガロアは新しい数学の言語を生み出していた。古代ギリシャから続く対称性探求の旅に挑む数学界の探検家たちは、その言葉を駆使して “シンメトリーの素数”を網羅した「地図帳」を完成させる。最後に発見されたのは19万6883次元の空間に潜む巨大結晶「モンスター」だった――。『素数の音楽』の著者と旅する、美しくも奇妙な数学の世界。
内容:シンメトリーとモンスター
200年前に革命的なフランスで始まった数学的探求の物語である。世界中の数学者の間で過去最大の共同研究が行われ、「モンスター」が発見された。親しみやすい散文で語られるこの物語には、聡明でありながら悲劇的な登場人物、対称性の数学におけるブレークスルーをもたらした不思議な数の「偶然」、そして多次元に及ぶ奇妙な結晶が登場する。そして、この物語はまだ終わっていない。私たちはまだ、このモンスターの深い意味、そして時空の物理的構造とのつながりを示唆するヒントを理解していないからである。モンスターの全容が解明されれば、私たちの宇宙の本質について、まったく新しい、より深い理解が得られるかもしれない。
「シンメトリーの地図帳」はNHKで放送された「オックスフォード白熱教室」で解説をしたマーカス・デュ・ソートイ教授がお書きになった本である。モンスター群については第2回で取り上げられている。
第1回 素数の音楽を聴け(動画を再生)
数学の世界の最も基本的な単位であり、“数の原子”ともいわれる「素数」。
基本単位でありながら、素数はなぜてんでんばらばらに並んでいるのか?
その並びには、意味はあるのか?
数々の数学者が挑んでは敗れたこの謎に迫るのが、数学史上最大の難問「リーマン予想」だ。デュ・ソートイ教授が素数の世界を音楽にたとえて、その不思議の国へ誘う。
第2回 シンメトリーのモンスターを追え(動画を再生)
花や結晶の形など、自然界のいたるところで目にする、バランスのとれた美しさの象徴、「シンメトリー(対称性)」。19世紀の天才数学者エヴァリスト・ガロアはこのシンメトリーが、私たちの世界を解き明かす「数学の言語」であることを発見した。
アルハンブラ宮殿を彩る美しいシンメトリーの模様を例に、「形」を「数字」に置き換える画期的な発想を解説。
現代数学において極めて重要な「シンメトリー」の秘密を追い求めた数学者たちの探求と、謎に満ち溢れたその不思議な世界を紹介する。
第3回 隠れた数学者たち(動画を再生)
美しい音楽や絵画、建築や文学。芸術の背後には、実は、数学が潜んでいるのだ。
芸術家たちはときには意図的に、ときには無意識に、創作に様々な数学を利用している。
ランダムに出現する特性を持った素数。自然界の美と調和をつかさどるフィボナッチ数列。果ては、20世紀に発見された新しい図形「フラクタル」まで。
数学と芸術の驚きの関係を、デュ・ソートイ教授が古今の芸術家たちの面白エピソード満載で解き明かしていく。
第4回 数学が教える“知の限界”(動画を再生)
シリーズ最終回もミステリアスな数学の世界をデュ・ソートイ教授が案内する。
数学は未知の世界を解き明かす鍵となってきたが、同時に、「知ることが原理的に不可能な世界がある」という驚くべき“知の限界”まで明らかにした。
無理数、カオス理論、不完全性定理、無限・・・
古代ギリシャから現代にいたる天才数学者たちが挑んできた「知の限界」に関する数学を、愉快なゲームも交えながら解き明かす。
関連記事:
群の発見:原田耕一郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/74c7c45a2a1badf514e48a5b9d4ef5bd
有限群村の冒険 - あなたは数学の妖精を見たことがありますか?
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0095b0117e2a01b09426ad56519e8211
「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」(オンデマンド版)(正誤表)
はじめに
第1章:群論入門
第2章:群の表現
- 指標の直交関係
- クリフォードの理論
- 対称積・外積(交代積)
- アダムス作用素
第3章:モンスター
- モンスターの位数
- モンスターの196883次の既約指標
- モンスターと可換代数
- 有限群と可換代数
第4章:モンスターとムーンシャイン
- マッカイ・トンプソン予想
- コンウェイ・ノートン予想/保型関数
- 再生性を持つ保型関数
第5章:頂点作用素代数
- ムーンシャイン加群の構成
- 頂点作用素代数
- ボーチャズの理論
第6章:頂点作用素代数の自己同型
- 頂点作用素代数 L(1/2, 0)
- 宮本の自己同型
- 自己同型群
- L(1/2, 0)のテンソル積
- コード頂点作用素代数の構成
- 指標形式
- コード頂点作用素代数の加群
- ムーンシャイン加群の構成とその指標形式
第7章:物理学から群論へ
- シュレディンガー方程式
- 最小作用の原理
- 相対論的弦
- 弦の運動方程式
- 量子化、フォック空間
- 頂点作用素
- 作用素積展開
付録1:26個の散在単純群
付録2:モンスターの既約表現の次数
付録3:頂点作用素代数に関する定義、定理
付録4:頂点作用素代数の関係式
あとがき
索引
内容紹介:
第26番目の散在型単純群、モンスター。その発見を経て,群論研究はまったく新しい様相を呈しはじめた。本書は、この「モンスター」について解説した、本邦初にして唯一の専門書である。自身、26ある散在単純型群のうちの一つを発見している研究者が書き下ろす、現代数学最前線の息吹を感じさせる1冊。
1999年3月26日刊行、249ページ
著者について:
原田 耕一郎(はらだ こういちろう、1941年 - ): ウィキペディアの記事
有限群論を専門とする日本の数学者である。
1941年群馬県生まれ。1965年東京大学理学部数学科卒業。名古屋大学理学部助手、プリンストン高等研究所所員、イリノイ大学研究員、ケンブリッジ大学研究員などを経て、オハイオ州立大学教授。
理数系書籍のレビュー記事は本書で491冊目。
「群の発見:原田耕一郎」という本の紹介記事でも書いたように、今回の本と対になるこの2冊は、大学時代のゼミの担当教官が定年退官することをきっかけに読むことにした。学生時代には歯が立たなかった群論にチャレンジし、先生からいただいた恩に報いることができればという思いがあった。
「群の発見:原田耕一郎」(オンデマンド版)(紹介記事)
「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」(オンデマンド版)(正誤表)
しかし、本書で取り上げられる「モンスター群」を理解してしまおうという野望はもっていない。この群がとてつもない怪物であることは、2006年に読んだ「有限群村の冒険 - あなたは数学の妖精を見たことがありますか?」という数学ファンタジー小説で知っていたからだ。
「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」は専門書である。もとより理解できるはずはなく、第2章から僕はただ文字を目で追っている状態に陥り、最終ページまで流し読みをして読了することになった。得たものは本書で解説される範囲で重要になる数学用語、キーワードくらいである。
章立てはこのとおり。詳細目次は本記事の最後を参照していただきたい。
第1章:群論入門
第2章:群の表現
第3章:モンスター
第4章:モンスターとムーンシャイン
第5章:頂点作用素代数
第6章:頂点作用素代数の自己同型
第7章:物理学から群論へ
付録1:26個の散在単純群
付録2:モンスターの既約表現の次数
付録3:頂点作用素代数に関する定義、定理
付録4:頂点作用素代数の関係式
以下は「まえがき」からの抜粋である。
群が見せてくれる世界はおもしろい。数学的対象が群を通して見せてくれる世界がおもしろいのである。世の中のものは乱雑である。少なくともそのように見える。その中に数学で扱える世界を見出していくのである。たぶんどの世界にもそれなりの秩序はあるのだろうが、我々の目にはそれがよく見えないのである。しかしそのうちに誰かがその乱雑に見える世界に秩序があることを発見する。秩序があることを発見すると、その発見の過程に群が生ずる。
上で述べたことを数学の言葉に置き換えると、秩序とは、考えている数学的対象の持つ対称性のことを意味している。正三角形が対称性を持つことは誰にでもすぐわかる。正三角形の中心の周りの120度の回転は正三角形をもとの位置にもどす。回転するところを見ていなければ、回転したことはわからない。120度の回転を3回繰り返すと、正真正銘もとの位置にもどる。反転と合わせて、正三角形は全部で6個の対称変換を持っている。それら6個の対称変換は変換の積に関して (1)恒等変換を持つ、(2)逆変換を持つ、(3)結合律が成立する、という3つの条件を満足していて、群という数学的構造を持っている。すなわち、正三角形の対称変換群は位数6の(二面体)群である。3個の文字の集合 a, b, c の並べ替えのなす変換全体も群をなし、その位数は6(のやはり二面体群)である。しっかりとした幾何学的構造を持った正三角形も単なる3個の文字 a, b, c の上の対称(変換)群もまったく同じ構造をもつ。正四角形の対称変換群は位数24である。すなわち4個になると群は正四角形と4個の文字 a, b, c, d が違うことを示す力を持っている。しかし、これらの数学的対象の例は簡単すぎて群の威力はとくにない。
また、はじめから対称であるとわかっている事物の対称変換群を考えてもあまり意味のあることは出てこない。かくれた対称性を発見してそこに群が作用していることを見出すと群は力を発揮する。
アーベルがその数年前に解決してはいたのだが、ガロアは(1830年頃)、16世紀にできた「3, 4次方程式の解法」以来、数学者が250年もかかっても解けなかった「5次方程式のベキ根による解法は不可能である」ということを証明するのに群を使った。ガロアは有理数体上に代数方程式の根を付加してできる拡大体には根の置換から生ずる対称変換のなす群、すなわち自己同型群が存在することを発見した。拡大体そのものは無限個の元を含むが、その自己同型群は有限である。そして自己同型群の構造により「5次方程式の解法は不可能である」ことが見通しよく証明されてしまうのである。細部を丁寧に述べれば確か数十ページからの論文が必要であろう。しかし、証明方針だけなら1時間もあれば述べることができる。それが画期的な考え方というものである。
群は、このように、ある数学的対象の上に作用する対称変換群として生じ、その数学的対象を研究するのに役立つのであるが、積が定義された集合で、条件 (1)単位元を持つ、(2)逆元を持つ、(3)結合律が成立する、を満足する抽象群自体の研究もおもしろく、また重要である。そして群の中でも特に単純群の研究が重要である。群Gの部分群Nによる剰余空間G/Nが自然に群になるときNを正規部分群というが、Gの構造は2つの群G/N、Nによりほぼ決定される。ゆえにGはまた単位群以外に正規部分群を持たない群が重要な研究課題になる。そのような群は単純群と呼ばれる。
群を数学的構造を持った集合として明確な形で誕生させたガロアは単純群を確かに意識していた。現在、PSL(2,p)と呼ばれている群おを、ガロアは各素数pに対して定義したが、それが単純群であると、決闘の前夜、友人シュバリエへ書いた手紙の中で述べている。数学のどの部門でも同じようなことは起こるが、群論でも、それが数学的対象の上の対称変換群として扱われようとも、また純粋な抽象群としての群の研究として扱われようとも、単純群を分類し尽くすことが必要である。そして、群論はそれを完成させれば、理論としてはほぼそれで十分と言える。群論における最大の課題となった単純群の分類は、ガロアの死後150年を経た1981年に完了されることになる。素数位数の可換な単純群は無視するとして、単純群は3種類にわかれる。
(1)交代群
(2)線形群=リー型の群
(3)26個の散在型の群
交代群にも、16種類に細分することのできるリー型の群のそれぞれの種類にも、無限個の単純群が属している。それに比べて(3)に属するものは26個しかない。しかし、単純群論において、交代群やリー型の群が、26個の散在型の群の存在の原因になっていることは疑いない。そして、単純群論は26個の花を付けたことによって、単なる数学的構造物から、美しい構造物へと変化した。
散在型単純群のなかで位数の一番小さいのは11個の文字の上の置換群のマシュー群 M_11 であって、その位数は7920である。群を習い始めた頃はこれでも大きい群である。マシューが1860年代に発見している。
M_11 からその間にある散在型単純群24個を飛び超えると、散在型単純群のなかで位数の一番大きいモンスター(群)に達する。その位数は54桁の数である。愛称として付けられたモンスターという名が本名のようになってしまった。その名の通り、大きくてなかなか手がつけられない。秘密をたくさん持っている群でもある。26個の散在型の群のうち20個までがモンスターの'部分'として現れるのがまたおもしろい。本書はモンスターについて主として述べることにする。モンスターのことがよくわかれば他の散在型単純群のこともほぼわかるであろう。
「モンスター」に主題をおいたが、この本でも、やはりまずシローの定理から始めることにした。数学上のことに関して幸運であるとか不幸にもとか言うのは避けたい表現だが、シローの定理が成立して群論は実に幸運だった。なぜあんな良い定理が成立しているのか不思議になるくらいである。だが各素数についてのシロー群が複雑に絡み合って群全体ができている様子はシローの定理からではなかなか容易には見えない。正規部分群がどのようにしてでき上がっているかが、わからないのである。そのため単純群全部の分類は実際問題としては長い間研究対象にならなかった。それを大きく変えたのが(本書ではふれないが)トンプソンによる一連の仕事である。群のシロー群から派生する様々な正規化群の群への働き方を徹底的に追及して強力な定理を発見し、単純群の分類が不可能ではないことを示唆してくれた。実際、トンプソンが現れてからほぼ25年後に、単純群はすべて分類されることになる。その間、21個の新単純群が出現したのも群論の研究に勢いを与えてくれた。しかし、なかでも、モンスターという散在型単純群が存在していて群論は幸運だった。純粋な意味での抽象群論はシローの定理に始まってモンスターの発見でほぼ終わっていると言える。ただしモンスターにたどり着いてみたら、そこに群論では今までに見たこともない世界が広がっていたのである。群が語りかけてくれる世界は本当に広がっていたのである。そのことが本書の主題である。
第2章は「群の表現」と表題がつけてあるが、本書を読むのに必要なことしか述べていない。同じことは第4章で少し述べた保形関数論にも言える。第5、第6章は頂点作用素代数に当てられている。第6章では現在発展中の宮本雅彦の理論を主として述べてある。第7章では物理の弦理論の初歩を述べた。頂点作用素は物理学者が弦理論の中で発見している。数学者によって再発見され、頂点作用素代数として形が整えられ、公理化されることになった。
本書では定理-証明という形では書かれていない。証明を全部追わずに現代数学の趨勢を知るのは必要である。
本書は群論の素養をかなり仮定している。セミナーなどで仲間と読みあうのがよいと思う。また、どんどんとばして読むことも勧める。自分で研究を始めてそれらの結果を使うときになってはじめて証明を読めばよいであろう。
(「まえがき」からの引用はここまで。)
モンスター群が、現実世界の物理現象と関係しているかどうかは、まだわかっていない。しかし「共形場理論:江口、菅原」(オンデマンド版)の187ページには「ℤ_2 オービフォルド 化を行なうと定数項がなくなり、これが最も基本的なc=24のextremal CFTと考えられ、モンスター群と呼ばれる巨大な位数を持つ有限群の研究と深い関係にある事が知られている。」という記述がある。
モンスター群は196,883次元の群で、その要素の数(位数)は808,017,424,794,512,875,886,459,904,961,710,757,005,754,368,000,000,000である。これは54桁の数値で、説明はこちら。千葉大学にはこの恐ろしく大きな「モンスターの位数」を記したモニュメントがある。
また、本書で解説されている「リーチ格子」は弦理論とつながりがあるようだ。「リーチ格子」は24次元で、超弦が存在するのではとされる次元数とも関連があるようだ。つまりこのように24次元球の充填問題のもつ代数構造と超弦理論は深いところでつながっていそうだ。
『1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子Λ24(Leech格子)として知られるようになったものに基づいて、24次元空間の格子状詰め込みを構成したのですが、この詰め込みにおいては、なんと1つの超球に196560個もの超球が接触しています。そして、τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られています。球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論、ルート系,誤り訂正符号(応用代数学)、有限単純群などの理論と関係し、最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています。とくに、24次元リーチ格子:Λ24の発見により、データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが、通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり、純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう。』
接吻数問題 と 24 次元リーチ格子
https://tsujimotter.hatenablog.com/entry/kissing-problem-and-leech-lattice
キス数、接吻数
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/3fff2b46269846dff3db22e01744d085
やはり散在型単純群を専門書で読むのは難しすぎた。モンスター群を取り上げた一般向けの本もでている。以下の2冊がその代表だ。これらも読んでみることにしよう。
「シンメトリーの地図帳:マーカス・デュ・ソートイ」(文庫版)
「シンメトリーとモンスター:マーク・ロナン」
翻訳のもとになった英語版はこちらである。「シンメトリーとモンスター:マーク・ロナン」のほうは翻訳の品質がよくないそうなので、読める方は英語版をお読みになったほうがよいかもしれない。
「Symmetry: A Journey into the Patterns of Nature: Marcus du Sautoy」(Kindle版)
「Symmetry and the Monster: Mark Ronan」(Kindle版)
内容:シンメトリーの地図帳
19世紀のパリ、決闘の果てに夭折した天才ガロアは新しい数学の言語を生み出していた。古代ギリシャから続く対称性探求の旅に挑む数学界の探検家たちは、その言葉を駆使して “シンメトリーの素数”を網羅した「地図帳」を完成させる。最後に発見されたのは19万6883次元の空間に潜む巨大結晶「モンスター」だった――。『素数の音楽』の著者と旅する、美しくも奇妙な数学の世界。
内容:シンメトリーとモンスター
200年前に革命的なフランスで始まった数学的探求の物語である。世界中の数学者の間で過去最大の共同研究が行われ、「モンスター」が発見された。親しみやすい散文で語られるこの物語には、聡明でありながら悲劇的な登場人物、対称性の数学におけるブレークスルーをもたらした不思議な数の「偶然」、そして多次元に及ぶ奇妙な結晶が登場する。そして、この物語はまだ終わっていない。私たちはまだ、このモンスターの深い意味、そして時空の物理的構造とのつながりを示唆するヒントを理解していないからである。モンスターの全容が解明されれば、私たちの宇宙の本質について、まったく新しい、より深い理解が得られるかもしれない。
「シンメトリーの地図帳」はNHKで放送された「オックスフォード白熱教室」で解説をしたマーカス・デュ・ソートイ教授がお書きになった本である。モンスター群については第2回で取り上げられている。
第1回 素数の音楽を聴け(動画を再生)
数学の世界の最も基本的な単位であり、“数の原子”ともいわれる「素数」。
基本単位でありながら、素数はなぜてんでんばらばらに並んでいるのか?
その並びには、意味はあるのか?
数々の数学者が挑んでは敗れたこの謎に迫るのが、数学史上最大の難問「リーマン予想」だ。デュ・ソートイ教授が素数の世界を音楽にたとえて、その不思議の国へ誘う。
第2回 シンメトリーのモンスターを追え(動画を再生)
花や結晶の形など、自然界のいたるところで目にする、バランスのとれた美しさの象徴、「シンメトリー(対称性)」。19世紀の天才数学者エヴァリスト・ガロアはこのシンメトリーが、私たちの世界を解き明かす「数学の言語」であることを発見した。
アルハンブラ宮殿を彩る美しいシンメトリーの模様を例に、「形」を「数字」に置き換える画期的な発想を解説。
現代数学において極めて重要な「シンメトリー」の秘密を追い求めた数学者たちの探求と、謎に満ち溢れたその不思議な世界を紹介する。
第3回 隠れた数学者たち(動画を再生)
美しい音楽や絵画、建築や文学。芸術の背後には、実は、数学が潜んでいるのだ。
芸術家たちはときには意図的に、ときには無意識に、創作に様々な数学を利用している。
ランダムに出現する特性を持った素数。自然界の美と調和をつかさどるフィボナッチ数列。果ては、20世紀に発見された新しい図形「フラクタル」まで。
数学と芸術の驚きの関係を、デュ・ソートイ教授が古今の芸術家たちの面白エピソード満載で解き明かしていく。
第4回 数学が教える“知の限界”(動画を再生)
シリーズ最終回もミステリアスな数学の世界をデュ・ソートイ教授が案内する。
数学は未知の世界を解き明かす鍵となってきたが、同時に、「知ることが原理的に不可能な世界がある」という驚くべき“知の限界”まで明らかにした。
無理数、カオス理論、不完全性定理、無限・・・
古代ギリシャから現代にいたる天才数学者たちが挑んできた「知の限界」に関する数学を、愉快なゲームも交えながら解き明かす。
関連記事:
群の発見:原田耕一郎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/74c7c45a2a1badf514e48a5b9d4ef5bd
有限群村の冒険 - あなたは数学の妖精を見たことがありますか?
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0095b0117e2a01b09426ad56519e8211
「モンスター 群のひろがり:原田耕一郎」(オンデマンド版)(正誤表)
はじめに
第1章:群論入門
第2章:群の表現
- 指標の直交関係
- クリフォードの理論
- 対称積・外積(交代積)
- アダムス作用素
第3章:モンスター
- モンスターの位数
- モンスターの196883次の既約指標
- モンスターと可換代数
- 有限群と可換代数
第4章:モンスターとムーンシャイン
- マッカイ・トンプソン予想
- コンウェイ・ノートン予想/保型関数
- 再生性を持つ保型関数
第5章:頂点作用素代数
- ムーンシャイン加群の構成
- 頂点作用素代数
- ボーチャズの理論
第6章:頂点作用素代数の自己同型
- 頂点作用素代数 L(1/2, 0)
- 宮本の自己同型
- 自己同型群
- L(1/2, 0)のテンソル積
- コード頂点作用素代数の構成
- 指標形式
- コード頂点作用素代数の加群
- ムーンシャイン加群の構成とその指標形式
第7章:物理学から群論へ
- シュレディンガー方程式
- 最小作用の原理
- 相対論的弦
- 弦の運動方程式
- 量子化、フォック空間
- 頂点作用素
- 作用素積展開
付録1:26個の散在単純群
付録2:モンスターの既約表現の次数
付録3:頂点作用素代数に関する定義、定理
付録4:頂点作用素代数の関係式
あとがき
索引
もう一つあったはずだけど、目を離したら見失って見つからない!どこへ消えたんでしょうね?
漢字変換のミスをご指摘いただき、ありがとうございました。修正しておきました。
あと、以下の漢字変換ミスを見つけたので、こちらも修正しておきました。
協力な定理 → 強力な定理
本業の仕事が激務なうえ、介護施設で過ごしていた母が家に戻ってきたため3月初めから介護の役目を果たすようになり、自分のために使える時間はますます減ってきました。読者の方からいただいたコメントに返信できないのもそのためです。GWは少しでも多く読書や勉強に割く時間をとりたいと思っています。