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「ファインマン物理学」をカテゴリーとして独立させた。
このシリーズ全5巻は前に読んだことがある。けれども先日原書版を買って少しずつ読んでいるのと、この本を読んでみたいというパートナーが現れたので一緒に読み進んでいくことにしたのだ。精読しなおすことで今まで見落としていた発見があるかもしれない。(以前読んだときのレビュー記事はこちらの記事内に書いたリンクからたどれるようにしてある。)
もちろんこれ以外の物理学書籍も継続して読むので、そのレビューは別記事として書く予定だ。
この「ファインマン物理学」のカテゴリーでは、本を読んで感じたことや空想したこと、などを自由に書こうと思う。特定の本について記事を連載するのは「アインシュタイン選集」以来なので僕としても気合いが入っている。
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第1巻の第1章「踊るアトム」と第2章「物理学の原理」からファインマン先生の壮大な物理学講義がはじまる。
アトムとは原子のことで原子説はこの世界の最小単位を見つけようとする仮説だった。それは紀元前420年のデモクリトスまでさかのぼる。これ以上細かく分けることのできない粒子を見つけたいという意味では現代の素粒子物理学にも通じる思想だ。この世界はどこまで分割できるのか、究極の最小単位までたどり着いたらそこからこの世界の出来事をすべて説明できるのではないかという期待が根底にある。
その「すべて」とは物理現象や化学現象だけなのだろうか?生物の生理的な現象も化学反応の結果である。脳の活動も生理的な現象であるならば人間の思考や感情、そしてその結果生じる人間の活動すべての根源的なメカニズムを原子説に帰着させることができるのだろうか?人間の精神や感情、つまり好き嫌いからはじまり愛情や複雑な心理までについてさえも原子の挙動をベースとした非常に多くの階層のシステムの結果として説明できるようになるのだろうか?人間機械論である。
そんなとりとめのないことを思わずにはいられないのがこの章だ。
次の「物理学の原理」の章では視点を「自然の法則」にフォーカスしている。人間がこの世界のあらゆるできごとを理解するというのはどういうことなのだろうか。このために人間がしうる手法を解説している。
この世界は神様が創ったのかどうかは別として、人間はこの世界におこる現象を観察して、そのしくみを解明しようとする。無数といっていいほどの粒子で構成されている宇宙や自然を支配しているルール=法則のいくつかはこれまでの研究で明らかになってきた。しかし、それを統合的に説明できる法則は(おそらく有限な時間の)人類の歴史が終わるまでに見つかるのだろうか?法則の数は人間が解明したり学んだりできるほど「少ない数」でおさまるのだろうか?脳細胞の数はたかだか140億個であるし、人生もたかだか80年なのだから。
一般の人が高校で学ぶ物理学はせいぜいニュートン力学や電磁気学までであり、それは西暦1600年代、1800年代までに解明されたことである。数学に至っては1600年代くらいまででしかない。それ以降の人類のめざましい成果は専門課程以降にならないと本当の意味での習得はできない。
頑張ってファインマン物理学を第5巻まで理解したとしてもそれは1930年頃の量子力学までだ。(ただし1916年に発表された一般相対性理論の詳細は含まれていないので、これは別の本で勉強しなければならない。)それより高度に発展した物理学や数学の成果を私たちはずっと易しい方法で子孫に伝えることができるのだろうか?そして子孫はそれをベースとして究極の法則や理論にたどり着くことができるのだろうか?
ファインマン先生がこの講義をしたのは1961年~62年にかけてのこと。その後、素粒子物理学は発展し続けクォーク理論や超ひも理論などが生まれた。超ひも理論が本当の意味で「万物の理論」として終着点なのかどうかはまだ誰もわからない。
わからないからこそ興味を強くする人とそうでない人がいるのは確かだ。
しかし最先端理論にたどり着くはるか手前の段階に、超伝導や超流動、反物質、テレポーテーションやタイムマシンの理論がある。少なくともそれらのしくみを本当の意味で理解できるようになるのはこの5巻を読破できるだけの読書習慣と好奇心を持った人には可能なのだと僕には思える。理解に至る過程は学校で強制されながら学ぶ物理学や数学とは全く違う高揚感と発見に満ちた別世界である。
この章では光子の質量がゼロであることにも言及している。それはとてもシンプルな論理と数式で導かれることなのである。秒速30万キロメートルというとてつもない速度で進むとても小さな粒子の質量が簡単に計算できてしまうのも理論物理学の魅力の一例だ。
「ファインマン物理学シリーズ」は大学で物理学を専攻していず、高校レベルの数学には抵抗感のなかった人が独学できる数少ないユニークな物理学専門書なのだ。
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力学と言えば解析力学が現代物理学の基本となっている観がありますが、そうではない古典的手法(?)で取り扱うのに適当な題材かなという思いがあります。後、高校生のときに、月面の離着陸に大きな疑問を感じたからでもあります。
時間のやりくりには僕も頭を悩ませています。特に今週から「体の運動」も習慣づけなければならなくなってしまったので。。。(笑)
「宇宙ロケットの検討」ってロケットのしくみの勉強のことですか?理論の実践のほうにもお強いのですね!
「かぐや」を月面に予定通り衝突させることに成功したばかりですが、このプロジェクトも量子場君の好奇心にふたたび火をつけた一因になったのではと想像しています。「かぐや」はその名のとおり当初から月に戻る計画だったのですね。絶妙なネーミングだと思いました。
例えば、ノーベル賞を取った素粒子論てなんだ、と知りたくて、入門書をひもといても厳しいでしょうね。せめて物理学は完成したと言われる20世紀の初頭に何が起こったかを知らなくては。強いては人は物質に対してどのような理解をしてきたかという科学史の知識があったほうがいいでしょう。
現代は知識を簡単に入手したがります。知るためには積み重ねも必要だ、ということが理解されていない。簡単に手に入れたものは簡単にすべり落ちる。
物理学の面白さをわかってもらうのは、物理学そのものよりも難しいそうです。
まったくアマサイさんのおっしゃるとおり、ファインマン先生が10人も100人も、そして益川先生が500人くらいかかって文科省やテレビ局に押しかけなければいけませんね!
「現代は知識を簡単に入手したがります。」についても同感です。スピードと効率を社会や教育が私達に強いてきた結果なのでしょうね。
「物理学の面白さをわかってもらうのは、物理学そのものよりも難しいそうです。」については僕はまだ半信半疑です。おそらく僕はアマサイさんよりも少しだけ期待が大きく、楽観視しているのでしょう。