「五桁ノ 對數表 及 三角函數表:えふ.げい.がうす著」
先日「サイン,コサイン,タンジェント:ニュートンムック」を紹介したが、僕が高校生の頃までは「三角関数表」や「対数表」が売られていたことを思い出した。1972年に関数電卓が登場したのでこのような数表は必要なくなったわけだが、なぜか売られ続けていた。見かけなくなったのはいつ頃からだろう??
計算ツールコレクションとして1冊そろえておこうと思い、どうせなら古いものをということで「五桁ノ 對數表 及 三角函數表:えふ.げい.がうす著」を購入してみた。
中表紙はこのような感じ。著者名がひらがなで表記されているのはユーモアや洒落ということではない。当時、外来語はひらがなが使われていた。この「がうす」という人は18世紀の大数学者「カール・フリードリッヒ・ガウス」ではなく、1829年生まれの「フリードリッヒ・グスタフ・ガウス」である。本書の翻訳のもとになった原典はドイツ語で書かれたもので「Funfstellige vollstandige logarithmische und trigonometrische Tafeln」として1880年に初版が刊行された。(書名のリンクから1898年に印刷されたドイツ語版を閲覧することができる。日本語版の閲覧はこちらから。)
以下の写真はすべてクリックで拡大する。
次は最後のページ。この本が出版されたのはなんと明治40年(1907年)なのだ。値段は50銭。これは当時東京で働いていた大工さんの日俸に相当する。当時の月給はこのページでわかる。
対数表
三角関数表
最後の4分の1は「用法」にあてられている。高校数学で学ぶ対数の公式が右ページに書かれているのがわかる。
本書が出版された1907年当時を想像してみよう。(参考:「1907年(明治40年)」)日本は日露戦争が終わり活気に包まれていた時代だ。
晩年を迎えていた徳川慶喜は70歳。貴族院議員として東京巣鴨にお住まいになっていた。翌年の1908年に大政奉還の功により、明治天皇から勲一等旭日大綬章を授与されることになる。40歳の夏目漱石はこの年に「坊ちゃん」を発表し、朝日新聞で「虞美人草」の連載を始めていた。
また今月から始まったNHKの朝の連続テレビ小説「花子とアン」の主人公の村岡花子は14歳。東洋英和女学校に編入学して4年目を迎えていた。そして湯川秀樹、三木武夫、中原中也、井上靖、東野英治郎などの方々はこの年に生まれている。90年代にワイドショーやCMで人気者だった「きんさんぎんさん」はすでに生まれていて15歳になっていた。
物理学史について言えば、26歳のアインシュタインが特殊相対性理論、光量子説、ブラウン運動の理論を発表した「奇跡の年」と呼ばれた1905年の2年後であり、「マイケルソン・モーリーの実験(1887年)」の功績が認められてアルバート・マイケルソンがノーベル物理学賞を受賞した年でもある。
また、日本を代表する物理学者の寺田寅彦博士は当時29歳。東京帝国大理科大学で講師をされていた。きっとこのような対数表をお使いになっていたことだろう。そう思うとワクワクしてくる。1907年当時研究に使うことのできた計算道具はソロバンと対数表&三角関数表しかなかった。計算尺や手回し式計算機はまだ一般向けに販売されていなかったのだ。(一部の科学者は外国製の計算尺を使っていたかもしれないが。)
日本製の計算尺として普及したヘンミ計算尺が発売されたのは1933年以降だ。創業者の逸見治郎は1907年当時は29歳である。
1895年 - 逸見治郎、独自の計算尺完成。
1909年 - 逸見、特許庁に出願(特許第22129號)。
1933年 - 逸見、逸見製作所(現・ヘンミ計算尺)を設立。
参考記事:「計算尺ノスタルジア (コンサイス計算尺、ヘンミ計算尺)」
また、手回し式の計算機として有名な「タイガー計算機」が発売開始されたのは1923年(大正12年)のことである。創業者の大本寅次郎は1907年当時は20歳である。
参考記事:「機械式計算機ノスタルジア(タイガー計算器)」
対数表は科学者や技術者にとって不可欠であっただけでなく、一般の事務用にも広く使われていた。対数表を使えば大きい数の掛け算を足し算として計算することができるほか、金利の複利計算を簡単に行うことができる。対数を使えば「掛け算を足し算に」、「べき乗の計算を掛け算に」して計算することができるからだ。明治40年に50銭というそれほど高価なものでなかったことは、この本が広く使われていたことを示している。
計算尺を使えば対数や三角関数の値を求めることができる。しかし値を目で読み取るのだからその精度はせいぜい3桁だ。詳しい計算を行うためには5桁から7桁の対数表や三角関数表に頼らざるを得なかった。研究機関にとっては大型電子計算機が実用化される1950年代後半まで、そして一般の人にとっては関数電卓が普及し始める1972年までは対数表や三角関数表を必要とする状況が続いていたのだ。
実をいうと今年はネイピアによって対数が発明されてからちょうど400年目の年にあたるのだ。ネイピアは 1594年に対数の概念に到達し、この定義を用い20年間計算を続け、7桁の数の対数表を作成し1614年に発表した。
対数の発明により計算が簡易になり精度も高くなったため、大航海時代の長い航海をより安全に行えるようになった。さらに後の時代のフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラスからは、「対数は天文学者の寿命を2倍にした」と讃えらたという。
対数が日本に伝えられたのは1761年より前だったようだ。江戸時代に中国の『数理精薀』 (1723年刊)下編の巻三十八「対数比例」や蘭書によって対数が研究されたことがわかっている。詳しいことは以下のPDF文書をお読みいただきたい。
日本の江戸時代における対数の歴史(PDF)
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1677-14.pdf
対数は英語で「logarithm」という。語源はギリシャ語源の言葉で、 logos(言葉、論理)+arithmos(数学)とういことになるそうだ。日本語でなぜ「対数」と呼ぶようになったのかは調べてみたのだが、よくわからなかった。
ところで1959年に刊行された対数表は、昨年復刊されているのだ。丸善出版の懐の深さを思わずにはいられない。
「≪復刻版≫ 丸善 五桁対数表」
次に紹介しようと思っている代数学の本は、ようやく4分の3あたりに差し掛かっている。あともう少しお待ちいただきたい。
応援クリックをお願いします!
三角関数表と対数表は、祖父が持っていました。たしか歯車のインボリュートの計算とか載っている本だったと思います。こういう古い本はぼくも好きです。
購入は、明倫館ですかね。神田など古本屋が沢山ある所に行きたいですが、なかなか...。昔は良く古本屋めぐりやったけど、最近は本屋にもあまり行かない(^^;)
僕はアマゾンの中古で買いました。今日現在3冊販売されています。1000円くらいです。
http://astore.amazon.co.jp/tonejiten-22/detail/B0090V38V8
値段は少し高くなりますが7桁のも販売されているようです。
あとヤフオクからも購入することができますよ。