![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/99/3020cfe631d06ee1cbc8a477c67b3990.jpg)
物理学系の記事を書き始めたころはまったく興味がなかった熱力学なのだが、勉強が進むうちにはずすことのできない分野なのだと思えるようになった。ファインマン物理学の第2巻での印象は「とっつきにくいな。」である。(分子運動論や統計力学の章はおもしろかったけれど。)
分子運動論は「熱」というものの正体が原子や分子の運動エネルギーの移動なのだと説明する。ミクロな世界の原子や分子の運動がマクロな世界の挙動を説明できるのだと教えられても、それは信じるか信じないかの問題であり、統計力学を学んでそれが定量的にきちんと示されることがわかるのだ。
そんな統計力学と密接に結びついているのが熱力学なのだと知ったとき、僕の無関心は180度転換した。かといって学びにくい分野であることには変わりはない。いつかちゃんと勉強したいなと思いつつ入門書的な「はじめて学ぶ物理 [熱力学]:野田学著」や「熱力学を学ぶ人のために:芦田 正巳著」などを読んでいた。はじめてこの分野を勉強される方にはどちらもお勧めである。
しかしどちらにも「物足りなさ」を感じたのは事実。そんなときに目にしたのがアトムの物理ノートというサイトの「なぜ熱力学は難しいのだろう?」という記事。学習院大の田崎先生による「熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)」を紹介している。ずっとこの本のことが気になっていた。
分子運動論や統計力学を使わないで「熱」を説明することにチャレンジしたユニークな本である。これまでの伝統的な論理の展開とはまったく違う手順で熱力学を再構成した意欲的な教科書なのである。「熱」を主役にしないスタイルは田崎先生のページでは次のように説明されている。
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「熱」はわれわれには直接に観察・制御できる対象ではない。様々な「目に見える」現象の背後で暗躍する「黒幕」である。相手が「黒幕」なら、真正面から向き合う(向き合ったつもりになる)のは、得策ではない。「黒幕」の周囲の「目に見える部分」、つまり、力学的な「仕事」に着目し、そのふるまいを通じて「黒幕」=「熱」の本性にせまる。
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サブタイトルに「現代的な視点から」とあるように、執筆の段階から草稿をネット公開し、読者からの意見を参考にしながら内容を充実させていらっしゃったようだ。それがこの本の読みやすさに通じていったのだろう。脚注での補足が充実しているのも本書の特色で、著者のこだわりが感じられる。
「より深く勉強する」のにうってつけの本だと思った。アマゾンでのランキングも熱力学本では上位になっているし、多くの人が絶賛しているようだし。10月の第2週あたりから集中して読んでいた。
第1章で熱力学という学問について説明し、この本がほかの教科書とどのように違うのかを「熱く」語っている。
第2章から第8章までがいわば本編。「熱」という概念を導入するのをできる限り引きのばしていて、それがはじめて導入されるのが第5章だ。熱の存在を前提に説明せず、力学的な「最大仕事」を(温度という概念を含む)他の力学的な物理量との関係を明示し、その結果「熱」というものが自然の結果として表舞台に浮かび上がってくるという論法である。そこには分子運動の結果としての熱は登場しない。もちろん熱は分子運動によるものであるには違いないのだが、分子運動から熱を導入する論法を排除しているのがこの本がユニークたるゆえんなのだ。
数式展開についても省略せずに書かれているので、初学者や独学で取り組む読者にとってありがたい。
最後の第9章と第10章についてはレベルが高い。多成分系の化学反応や強磁性体(つまり磁石)に熱力学の理論を適用する。研究者向けの内容なので初学者には理解できない。化学反応や磁性体についての専門書を読んでから取り組まないと、話の筋はわかっても内容理解にはおぼつかない。歴史的に古い熱力学はまだ完成してた理論ではなく発展途上にあるのがわかる。
ともかく読み甲斐のある本なので、熱力学を学んでみたいという方には自信をもってお勧めしたい。
もちろん僕が次に読む本は同じ先生による統計力学の教科書ということになる。
統計力学〈1〉(田崎 晴明著)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/7d/3a515eff1ffaae055f54ba3cda31ac50.jpg)
統計力学〈2〉(田崎 晴明著)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/b7/b5a0b7c1f5e053fbfb1eb5b03ead3df1.jpg)
言うまでもないが、今回紹介したのはこちらの本である。
熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/6f/5ef50d3ffe4d7dc2f2a61b79956ac08a.jpg)
関連サイト:
田崎先生のホームページ:本の詳細な解説や正誤表が読めます。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/halJ.htm
関連記事:
統計力学〈1〉(田崎 晴明著)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/617948cd72bf22f297e999a40f63743b
統計力学〈2〉(田崎 晴明著)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bb7189e7f9437ef342757a9199863e8a
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「熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明)」目次
第1章:熱力学とはなにか
- 気体の熱力学から普遍的な熱力学へ
- 熱力学と普遍性
- 本書の内容について
- 数学についての約束
第2章:平衡状態の記述
- 熱力学的な系の示量変数
- 熱力学の視点
- 操作について
- 等温環境での平衡状態
- 断熱された系の平衡状態
第3章:等温操作とHelmholtzの自由エネルギー
- 等温操作
- Kelvinの定理
- 力学におけるポテンシャルエネルギー
- 二つのブラックボックス
- 最大仕事
- Helmholtsの自由エネルギー
- 圧力と状態方程式
第4章:断熱操作とエネルギー
- 断熱操作
- 熱力学におけるエネルギー保存則と断熱仕事
- エネルギー
- 理想気体における断熱操作
第5章:熱とCarnotの定理
- 環境との熱のやりとり
- Carnotの定理 --- 最大吸熱量の比の普遍性
- Carnotサイクル
- Carnotの定理の証明
- 熱機関と効率の上限
第6章:エントロピー
- エントロピーの導入
- エントロピーと可逆性、不可逆性
- いくつかの例
- エントロピーと熱
- エントロピーの増大則
- 複合状態のエントロピーとエントロピー原理
第7章:Helmholtzの自由エネルギーと変分原理
- Helmholtzの自由エネルギーの微分
- 微分形式による表現
- Maxwellの関係式と簡単な応用
- 変分原理と変化の向き
- つり合いの条件
- 相転移と相の共存
- 相図とClapeyronの関係
第8章:Gibbsの自由エネルギー
- Gibbsの自由エネルギーの導入
- Gibbsの自由エネルギーの微分といくつかの関係式
- 定圧熱容量
- Gibbsの自由エネルギーの性質
第9章:多成分系の熱力学
- 多成分系のHelmholtzの自由エネルギー
- 多成分系のGibbsの自由エネルギー
- 浸透圧
- Henryの法則
- 希薄溶液における平衡
- 化学反応における平衡
- Nernst-Planckの仮説
- 水溶液中の化学平衡
- 濃淡電池の熱力学
第10章:強磁性体の熱力学
- 強磁性体の扱い
- 相転移と臨界現象
- Landauの擬似自由エネルギー
- スケーリング仮説
付録:
- Carnotの定理の完全な導出
- エントロピーの一意性
- 「熱浴」と温度一定の環境
- 熱機関の効率の上限
- 三重点について
- 完全な熱力学関数のまとめ
- 凸関数
- Legendre変換
今後、エネルギーの問題が大きくとりあげられることを思うと、熱力学の理解は重要だと思います。エネルギーを考える上で原点のような気がします。私も負けずに読んでみます。
辛うじて、隔週になりましたね(笑)
最近めっきり寒くなったので、自分の中の分子たちも、もっと振動して暖かくなって欲しいです(>_<)
エネルギー問題への取り組みに熱力学が将来どのようにその役割を果たしていくのか楽しみです。とおりすがりさんがおっしゃっているように、その原点をしっかり理解しておくことは大切ですね。
とおりすがりさんも楽しみながらお読みください。
このところプライベート時間はほとんどすべて勉強と10月スタートのTVドラマの視聴にあてていたので、科学啓蒙的な記事や時事系の記事を書く暇がありません。
衆院選前や民主党が政権をとって以降、書きたいネタは山ほどあったのですが、あまりにたくさんありすぎ変化も激しいのでとりあえず静観しておこうという感じで毎日ニュースをチェックしています。
Windows 7パソコンも発売開始になりましたが、いまいちその流れに乗り切れていません。(笑)
まさんは温かいものをたくさん食べて胃袋から体中の分子に振動を伝えてくださいね!
ほんとうに基礎的な部分がほとんどですが熱力学を学ぶ前提として大切なことがしっかりと書かれていると思います.
どんな学問にしろこういう基礎的なところを厳かにしてはいけないとつくづく感じさせられます.
Doverから出ていて廉価なのもありがたいです.
daiさんはフェルミの熱力学を原書でお読みになっているのですね!Amazonで調べたらDoverのは新品で921円(中古で500円)でした。確かに安いですね!(笑)日本語版は書店で流し読みしたことがありました。
daiさんがおっしゃるように、フェルミ先生の本は熱力学の代表的な本なので僕もおさえておきたい本です。どのような順序で論理を展開しているのかということに関心があります。
ファインマン物理学は原書で読んでいますが、僕の場合どうも英語だと時間がかかりますね。なんとか日本語と同じペースで読めるようになりたいものです。
お互い物理の勉強がんばりましょう!
いまいち分かりやすい本にめぐり会っていないのですが、なにかないかなあ・・・・
更新楽しみにしています。とね日記は月刊でも週刊でも、あまり無理をせずに、むしろ長いことやっていってくれれば私としては嬉しいですよ。個人的な感想ですが
相転移については理解できればうれしいですが僕にはまだ手がとどかないあたりのことになるようです。よい解説書がでてくるといいですね。
ブログは気が乗れば集中的に投稿するし、ネタがなければ放っておくというのが僕の場合、長続きの秘訣のようです。
以前は「理科復活プロジェクト」のような科学啓蒙的な内容に関心が強かったのですが、最近は自分自身がどっぷり勉強に浸かっている感じですね。
熱力学や統計力学は避けておりますが、田崎さんが中心になって訳した『「知」の欺瞞』は大変面白かったことを記憶しています。
田崎先生はこのような本も翻訳されていたのですね。(この本の存在も僕は知りませんでした。)
アマゾンの本紹介やレビューを見てみましたが、とてもよさそうですね。
ぜひ読んでみたいと思います。
紹介していただきありがとうございました。