最近、ドラマにもなったという『広重ぶるう』を見かけて、中身も見ずに買って帰りました。
ここ数年、広重に関するエッセイを連載しているからです。
幸い、大学の元学長から、経営者、ご家庭の主婦まで、私の連載にしては多くの読者に恵まれています。
この本を手にしたのは、読者の方から「私も読みました!」というレスポンスが来るかもしれないと思ったからです。
しかし『ゆるキャン△』三期を批判する記事を読んだ方は、私が重箱の隅をつついてまわる、いかに狭量で性格の悪い人間か、わかっていただけたろうと思います。この作品も、まずタイトルに、あの時代なら英語の「ブルー」ちゃう、オランダ語の「ブラウ」(blauw)やろうがと思ってしまいました。中身を見なかったのは、一行でも読んだら購買意欲がゼロになってしまう可能性があったからです。
ブログでは真の姿をさらしている私ですが、公然・合法部門のしろまっくさんさんには、もしこの作品に感動したという人がいたら、「ぼくちんも読みました~☆とっても感動しますた!」と社交辞令を述べるくらいの社会性(?)はあります。そうじゃなきゃ、今も生き残っているわけないじゃないですか。
本作も、やはりプロの小説家さんは文章もお話づくりも、キャラクターの造形も、人間関係の描き方もうまいなあと思いました。
広重なんて、永谷園のお茶漬けに入っていた浮世絵カードでしか知らないという人も多いでしょう。そういう人は、この作品を楽しめるかもしれないなと思いました。
しかし、私の連載の読者はどうだろう?
私のエッセイに感化され、浮世絵展を見に行かれた読者の方がいました。
しかし、楽しみにして行ったのに、この展覧会はちっともおもしろくなかったそうです。
「絵の解説が無味乾燥で最悪だった。黒さんの文章はおもしろいのに」
私は苦笑いしながらこう答えたものです。
「そりゃあ当然でしょう。学者さんやら学芸員さんが書いているんだから。管理栄養士さんが作った病院食のようなものです。私は料理人です。健康のことなんか気にせず、人類の三大快楽である糖分も塩も脂も使いたい放題ですから、おいしいのは当然ですよ」
こう語った私は、管理栄養士さんの仕事を否定するわけではありません。むしろリスペクトしています。入院中に食べた病院食は、糖分も塩分も脂も極限まで抑えながらどれもおいしかったのに感動したものです。あのおいしさで量が3倍あれば完璧でしたね。病院食はすべて、写真を撮り、感想を残しています。ある日のメニューの、かぼすやすだち、ゆず、レモンのいずれでもない柑橘系の調味料は、今も謎です。退院後、管理栄養士さんによる食事指導の機会があり、あの日のメニューについて質問したのですが、記録が残っていなくてがっかりしました。コストギリギリの病院食だから、高いものは使っていないはずです。残る可能性はライムです。今度ためしてみようかなと思います。
パッと開いたページに、人気を博した藍の一色摺りの北斎の『富嶽三十六景』に対抗して、自分は舶来の高価なベロ藍(ベルリン藍)で勝負するんだと広重が息巻くシーンがあり、そのまま本を閉じました。
いや、北斎の『富嶽三十六景』は、そのベロ藍を使った名品であることは定説ですよ?
プルシアンブルー、発見地の名前をとって「ベルリン藍」(ベロ藍)は、18世紀半ばにはオランダ経由で日本に伝わり、平賀源内も絵に用いたようです。北や広重の時代には、ベロ藍は中国(清)で生産されるようになっており、価格もかなり暴落していたそうです。このことに目をつけた、永寿堂の西村屋与八が、ベロ藍の一色摺りの『富嶽三十六景』を企画したというのが、私の知っている話です。
文庫本の解説の浮世研究者さんも、作者の誤りを直接に指摘しないまでも、北斎もベロ藍を用いたことに触れています。「広重のほうがベロ藍を使いこなしていた」と苦し紛れのフォローを入れていますが、ベロ藍を用いた浮世絵作品として世界的に最も有名なのは、「Great Wave」の愛称のある北斎の「神奈川沖浪裏」でしょう。もちろん、人気と作品の完成度は別です。私はベロ藍を用いた広重の水景は傑作ぞろいで、北斎の「神奈川沖浪裏」に負けない名品もあると思います。
私が許せないのは、史実を無視または捏造する作家の姿勢です。北斎の『富嶽三十六景』がベロ藍だったことを知らなかったのならたんなるアホです。知っていたうえであえて史実を歪曲したのなら、それはネット右翼にも通じるもっと悪質な歴史改竄です。
非常にいやな思いをしてしまいました。
作中の広重が摺師と交わす会話が、なんだか学者や学芸員同士の会話のようだなあと白けてしまいました。当時の職人はもちろん、現代の労働者も知らないんでしょうね。
現代も伝統を守り続ける浮世絵工房にちゃんと取材していたら、こんなひどい小説は書けなかったろうと思います。まあ、そんなことをしていたら、コストに合わないし、「エモさ」しか求めない読者層のニーズにも応えられないのかもしれません。ざんねんなことです。
私の知る印刷職人は、現代の浮世絵師、故・岡田嘉夫画伯の命がけのライフワークを、「美人やが鮫肌やな」と酷評し、画伯を激怒させていたものです。
鮫肌? この言い方には、ミソジニーも混じっているかもしれません。しかし、オフセット印刷ひとすじ半世紀以上の職人の美意識が籠められています。
北斎は変わり者で有名でしたが、広重だって茶目っ気も洒落っ気も山っ気もある人だったと私は思いますよ。
岡田画伯の最後の画集に関するお話。