日本書紀 巻第十九 天国排開広庭天皇 三十二
・高麗の大乱
・高麗国の細群と麁群の戦い
この年、
高麗(こま)は大いに乱れ、
誅殺される者がたくさんいました。
百済本記は云う、
「十二月申午(きのえうま)、
高麗国の細群(さいぐん)と
麁群(そぐん)とが、
宮門で戦いました。
鼓を伐(う)って戦闘しました。
細詳が敗れましたが、
兵を解かずに三日。
ことごとく細群の子孫を捕えて誅しました。
戊戌(つちのえいぬ)、
狛国(こま)の
香岡上王(ぬたのすおりこけ)
が薨じました。
・細群(さいぐん)
小夫人(しそおりくく)の舅氏(しゅうと)
・麁群(そぐん)
中夫人(くのおりくく)の舅氏
(感想)
(欽明天皇6年)
この年、
高麗国は大いに乱れ、
誅殺される者がたくさんいました。
百済本記は云う、
「12月20日、
高麗国の細群(さいぐん)と
麁群(そぐん)とが、
宮門で戦いました。
太鼓を打ち鳴らし戦闘しました。
細詳が敗れましたが、
麁群は兵を三日間、
解きませんでした。
すべての細群の子孫を捕えて殺しました。
24日、
狛国の香岡上王が薨じました。
日本書紀。
日本の歴史書のはずなのに、
欽明天皇の条は、
外国のお話が多過ぎのような…
別に書けばよかったのに。
明日に続きます。
読んで頂き
ありがとうございました。
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