(神戸市 東遊園地) 2015.1.17撮影
あれから27年
夜が明けて
20階から見ると
地割れがあちこちに
あの日の静寂は今も忘れない
救急車や消防車のサイレンが
いつまで経っても
聞こえてこない。
27年の月日の流れの中
子供たちは成人し
そして
大事な家族を見送って10年
家族は3人になった
早いようで
遅いような27年
(神戸市 東遊園地) 2015.1.17撮影
あれから27年
夜が明けて
20階から見ると
地割れがあちこちに
あの日の静寂は今も忘れない
救急車や消防車のサイレンが
いつまで経っても
聞こえてこない。
27年の月日の流れの中
子供たちは成人し
そして
大事な家族を見送って10年
家族は3人になった
早いようで
遅いような27年
あの日から27年、被災された方々には長くもあり、また昨日のようにも感じる年月だったことでしょう。
ヨッピーさんにもこの27年間には色々なことがあったことでしょう。
当日は、大津市のtakayan宅でも相当な揺れを感じましたので、
神戸では私には想像もつかないくらいの揺れだったのでしょうね。
当時息子は大学3回生、娘は高校3年生でしたが、2階から大声で降りてきたことを覚えています。
その二人も今ではいい歳のおじさんとおばさんになっています。
今後30年の間には、東南海や南海地震という巨大地震が起きる確率が相当高いと予想され、
それは明日に起こっても不思議ではないと言われています。
どのような備えをすれば良いのかも分からずに、明日もきっと
今日と同じ日が来ると信じて暮らしてはいますが、今日は朝からテレビのニュースを見ながら、
やはりそれなりの覚悟と備えをしておかなければならないだろうと強く感じるものがありました。
地震や台風、異常気象による大洪水など、今更ながら自然の脅威に対して、
いかに人間の力が弱いものかと、あらためて実感させられますね。
運良く直接被災することがなく暮らしてきた者も、この日のことを教訓として
忘れることがないようしなければと思います。
27年ホントに色々なことがありました。
まさか大事な家族を闘病の末、
失うことなるとは夢にも思いませんでした。
本人が一番無念だったと思います。
大津でもそんなに揺れたのですね。
時々起こる小さな地震でも、身体は以上に反応しているのがわかります。
覚えているんですね、あの時の揺れを身体は。
身体がキュッと固まるような何とも言えない感じがあります。
喉元過ぎれば…で、大きな地震が来ると言われていても、
準備万端かと言われれば、およそ及ばなくて。
人は嫌なことも時間とともに忘れられるから生きても行けます。
でも忘れないことも大事ですね。
自然の力には、勝てないですもんね。
もうこんな大きな地震や自然災害は、出来るだけ起きて欲しくないですね。